現実の輪郭が滲む。
虚無はすぐ隣に張り付いて、今にもまた子の芯を折ろうと嘲笑っているのが分かる。
無論そんな分かり易い呼び声に負ける筈はないが、月が煌々と輝く夜空の下、下肢の痛みを堪えながら息を切らせ這うようにして帰営しようとしている己の姿を思い浮かべれば、惨めさに涙が零れそうになった。
チンピラ風情などには負けぬ実力がまた子にはある。大人数での大立ち回りを少人数で潜り抜けた経験もある、捕らわれた事とて初めてではない。捕らわれて痛めつけられただけで済んでいた今までが、むしろ幸運だったのだろうか。
まさか自分が、捕らえられて陵辱の対象になるなどと思ってもみなかった。否、そういう卑劣な手を取る輩がいるのであろう、という予想は頭の中ではしていた。
しかし、まさか自分がそういった目にあうはずはないと頭のどこかで思っていたのだ。そしてそういう役回りは、捕虜として捕らえられたか弱い女なのだろうとも。
否が応でも突きつけられた圧倒的な「力」の差。「力量」ではない単純明快な「力技」としての差に捻じ伏せられるなどと、まさか鬼兵隊の幹部を張っている己の身に振りかかるとは。
だがそれは全て過信だったのだ。全多方面での危機を予測して乗り込むべきだった、敬愛し想い慕うあるじの野望が成就される前に斃れる訳にはいかないと思い続けてきたというのに。
「……晋助さま」
想う彼の名を口にした途端、堪えていた涙が決壊した。鬼兵隊幹部としてではなく、ただの女としての部分が受け入れがたい現実に打ちひしがれている。
しかし、停泊している艦(フネ)が見えてくると涙を拭い唇を噛んだ。この醜態、誰にも感づかれてはならない。背筋を伸ばすと、また子は甲板にいる見張りに帰営の合図をした。
*****
艦内は静まり返っている。足音を忍ばせ自室へ一歩、また一歩と近づくごとに感情が解けていくのがよく分かった。
早くシャワーを浴びて身体中にこびり付いた臭いを取り去ってしまいたい、何よりも身体の奥深く放たれた毒を掻き出したい…。
先刻までの光景を反芻すれば、吐き気に襲われて思わず廊下に蹲った。
「っ…」
下卑た男共の嘲笑う声が鼓膜に蘇る、伸びてくる手、容赦なく突き入れられる雄。反芻すればするほど、額に脂汗が滲んでくる。
ノイズとして蘇る音や感覚がまた子の身体中を覆いつくそうとしていた。湿った地下の空気までが鼻先にまで迫っている、気持ち悪さに意識が揺らいだ刹那。
「おい、来島」
ぱちん、と霧散した幻影。顔を上げれば、闇よりも濃い存在として立つあるじの姿が在って、また子は一瞬呼吸を止めた。
「晋助、さま…」
「何やってんだ、報告はまだかよ」
「あ…」
しまった、先に高杉の所へ報告に訪れるのが先であったのだ。我が身のことばかりに捉えられていたことを恥じ入ったまた子は、壁に縋るようにして立ち上がった。
「報告遅れて申し訳ないッス…目標の首魁以下全員、皆殺しにしたッス」
報告に虚偽はない。また子を蹂躙して満足気にしている男共の頭をぶち抜いている。
「そうか。これであの辺りでの『商売』もやり易くなるってもんだ、ご苦労だったな」
たった一言の労いの言葉で泣きそうになるだなんて、どうにかしている。狂おしいほど彼を慕っているこの感情がなければ、ここまで喰らいついてはいない。
「じゃ、じゃあ私これで…」
「なァ、一杯付き合えよ」
「は…?」
「なァに、俺の部屋だ。面倒はあるめぇ」
また子の返答など聞きもせず、高杉は先に立って歩いて行ってしまう。無論それはまた子が拒否をするなどとは思ってもなかろう、しかし今夜だけは固辞しなくてはならない。
高杉の前で醜態を曝すことは恐怖であり、そして恥なのだ。何より、平静でいられれる自信は全くと言っていいほどない。
「あの、晋助さまっ…今夜は、ちょっと…」
離れていく背に声を掛けると、顔だけで振り返った相手が僅かに小首を傾ぐ。ピンクのスカートの裾を握り締めて、また子は言葉を繋げた。
「ありがたいっスけど、ちょっと具合が悪いんっス…すみま」
「お前の具合が悪いなんぞ、明日は雪でも降るんじゃねェか?」
言い終える前に言葉を遮った高杉が喉奥で笑う。続きを言えずにいると、こちらに戻ってきた高杉はまた子の手首を突然掴んだ。
「!? 晋助さ…」
「とりあえず話聞かせろ、今後何か支障があったら困るからな」
低い声に恐怖で背筋が粟立つ。翡翠の右目に何もかも見透かされているようで、拒否もできぬままのまた子は高杉に手を引かれたまま彼の居室へと引っ張り込まれた。
*****
「いつまでだんまりしてるつもりだ、てめぇの口は飾りじゃねぇだろ?」
開け放たれた障子の向こうに広がる夜空に浮かんでいた月は、どうやら厚い雲に覆われているらしく、うっすらと月光が雲の輪郭を浮かび上がらせている。
紫煙を燻らせる相手の表情は、弱く灯した蝋燭の明かりも相まって余計剣呑に見えた。…どこの女が恋い慕う相手に強姦された、などと言えるだろうかとまた子はただ唇を噛む。
「お前、マワされたな?」
唐突に言われ、僅かの間相手の問うた意味を咀嚼しかねて唖然としてしまった。そして問いの中身を理解した途端、己の呼吸と室内の空気が一気に固まる。
平坦な声で核心をついた高杉は紫煙を吐き出し、気怠げに肘置きに凭れかかった。
「ち、違…」
慌てて首を振るが、表情に平静を貼り付けられていないことはまた子自身がよく分かっている。確信を得たであろう高杉は、なんでもないことのように言葉を次いだ。
「なに、よくある話だろう。とはいえ…」
一旦言葉を切った相手は、また子の内心までを見透かすように右のまなこを細めた。
「鬼兵隊の幹部張ってる奴の失態にしては随分と粗末だとは思わねぇか」
…高杉の叱責は尤もであろう。女という以前に、己は鬼兵隊の一員である。一点の落ち度もあってはならぬのだ。しかし。
「っ…」
まだ受け入れることなど出来ていない現実を、誰より思って止まぬ高杉に突きつけられて涙が零れ落ちる。彼との関係が発展する未来など、予想すらしたことがなかった。
それは無論鬼兵隊という枠の中だけで構築されるだけの関係だと諦めていたからだ、それでも。
「っ…ひっ…く…」
「…来島よォ、てめぇに泣かれたらまるで俺が悪者みてぇじゃねェか」
決壊した涙腺は、後から後から涙を押し出してくる。正面から高杉の顔を見ることはできず、また子は手の甲で涙を拭いながらようよう声だけは押さえつけ顔を反らした。
「すいません…私…」
泣き顔を見られたくないと思って顔を背けたのだが、呆れたような溜め息が聞こえて益々居たたまれなくなる。
高杉に否定されたら最後、何を主柱に据えて生きてゆけばいいのか分からなくなってしまう。
「まァ、てめぇの嘆きは分からない訳じゃねェがな。それとこれと話は別だ。…仕置きが必要、だな」
かん、と灰を落す音が聞こえて視線だけを上げる。すると、口の端を吊り上げた高杉が冷たいまなこのまま愉しげな声色で宣告を下した。
「てめぇで穴穿って見せろ」
「え…?」
唖然としているまた子に呆れるかのように舌打ちをし、高杉はちぎりを丸めながら苛立たしげに言葉を次いだ。
「中に出されたモノ、掻き出して見せろって言ってんだよ」
…これは、鬼兵隊という組織の幹部という位に甘えていた己への罰なのだろう。言葉を紡げぬまま居るまた子をじっと正面から見詰め、高杉は小首を傾いだ。
「…来島よ、お前は誰のモンだ?」
問いに答えられぬのは、恐怖が勝っているからだ。視線に射殺される…そう思うのに、恐怖と混じり合うのは場面にそぐわぬ温い色をした感情で、また子は震える唇を必死に押し堪えて声を出した。
「私は、…晋助さまの、モノ、っス…」
「…ふん…ならてめぇがやるこたァ一つだ。…そうだろう?」
搾り出した回答にさして興味もなさげに一笑に付した高杉の視線に促され、唇を噛み締めながらまた子はそろりと脚を開く。羞恥心で身体中が千切れそうになりながら、ショーツをゆっくりと脱いだ。
「っ…ぅ…」
視線で舐られる、というのはこういうことだろうか。心から慕い、敬愛して止まない高杉の視線が、己の下肢に注がれている。
袷を寛げ、胸の先端を弄りながら右の指で下肢に触れた。
「んっ…」
…視線を感じる。冷たい、刀のような視線だ。
無言が支配する空間は重苦しくまた子の心を苛んでいるというのに、しかしそれと同時に身体の芯がとろりと淵を失い始めていた。
「ん、ぁっ…」
自慰のやり方を知らぬほどおぼこではない。眼前の相手を思いながら何度か自身を慰めたこともある、
とはいえその相手の前で自慰を強制されるとは予想だにしていなかった。
硬くなった胸の尖りを押し潰し、指の腹で捏ねる。すると滲んできた蜜はあっという間に量を増し、陰唇全体を濡らした。
「あ、ぅんん…」
くちくちと聞こえてくる音に頭が沸騰する。
短い息を吐きながら、浅いところを擦り続けているがやはりまだ恥ずかしさが勝っていてその先を越えられない。
すると、向かいから舌打ちが聞こえてきた。
「撫でてるだけじゃあ出てこねぇだろ」
「っ…」
ぬめった肉の外側ばかりを撫でているのまた子に焦れたのか、高杉の声が飛んできたのだ。
ぎゅっと目を閉じ、覚悟を決めると中指を埋めた。
「は…! っ…」
淫核よりもずっと奥まで指を埋め、肉の壁を擦りあげる。
ぐちぐちと濡れた音を立てながら蜜は溢れ出し、指の根元まで垂れているのが分かった。
「あ…ぁ…!」
見られている。先程までは羞恥心が勝っていたというのに、一旦指を入れてしまえば理性は脆くもあっという間に瓦解し、
もっと視線で嬲って欲しいとさえ思い始めている。上下に抜き差しすると、こぽりと愛液が溢れ出した。
「ふ…あァ、あ…」
被虐心が勝りはじめ、薬指をも入れれば益々満たされる。
上下に、左右にと指を動かし、胎内奥深くに放たれた毒液を掻きだす光景を想像しながら、必死に指を使う。
合間にぷっくりと屹立したクリトリスを撫でれば、背筋を走る快楽は掻き混ぜることの比ではない。
くにくにと指の腹で弄っていると、包皮の皮が剥け、充血した核が顔を出した。
「は…あァ…あっ、ふ…!」
羞恥心も超越し、先刻までの恐怖心と不快感をも彼方に放り出した己は只の雌だと自覚すれば、
それすら快感の奈落に堕ちるだけのスパイスになる。
「おいおい、俺は『てめぇで中のモンを掻き出せ』と言ったんだがなァ?」
うっすらと目蓋を上げた先に座す高杉は、愉しげに目を細めながら頬杖をついている。
その視線は弱者を嬲り殺すときのそれだ、凶器のような視線にすら欲情して、また子は熱い吐息を吐いた。
「しん、すけさまァ…」
「…まるで発情期の雌犬だな。仕置きにもなりゃしねェ」
くつりと喉奥で笑いながらも己が名を呼びながら乱れていく姿に気をよくしたのか、
間合いを詰めてきた高杉は挿入しているまた子の指を左右に開かせた。
「んあ…!」
「まぁいい。首魁を始末したてめぇの努力は買ってやる。手伝ってやるからそのまま拡げてろ」
拡がった入り口から、もう一本の指が浅く挿入される。入り込んできた高杉の指は、また子の淫核だけを柔く擦り上げた。
「んあァァ…!」
反射的に閉じかける脚を大きく開かされ擦られる、剥き出しになった淫核は擦られ押し潰され、また子はびくびくと畳の上で身体を跳ねさせた。
「あ、あ、あ…しん、す…さま…あ、あ、駄目…イクっス…ぅ…!」
あっさりと果てを見たまた子の膣口から、勢いよく蜜が飛び散り畳を汚していく。
駆け上がった絶頂の余韻に浸っていると、突然身体をうつ伏せにひっくり返された。
「クク…僅かだが残ってるぜ、臭いやがる」
耳元で言いながらまた子の眼前に愛液のこびりついた指をちらつかせる。
間近でダイレクトに聞こえる低音は子宮に響き、果てを見たばかりだというのにまたしても芯が疼いてしまい恍惚の予感に戦慄いた。
「おい、聞いてんのか」
「ん…! ぐ…!」
すると、不機嫌な声と共に突然口腔にそれを突っ込まれて目を見開く。
容赦なく咥えさせられる指は舌を押し潰し、息苦しさに畳に爪を立てた。
「よォくしゃぶってみろ、味が残ってンだろ?」
「う…えっ…ぐ…」
嘔吐くまた子に構うことなく指を突っ込み続けながら、空いた手で腰を掴まれているのが分かる。
そして開ききった挿入口に硬く滾った楔を押し当て、円を描くように入り口を嬲りはじめた。
不快感と直接与えられぬ快感のもどかしさに苛まれ、脳が霞がかったような錯覚に陥る。
抵抗しても無駄だと相手の手首を両手で掴み、素直に舌を這わすとつぷつぷと肉の壁を楔が掻き分けながら入り込んできた。
「ん…ん…」
破瓜の痛みは既にない。無理矢理開かされた部分が痛むことは否定できないが、充足感のほうが勝っていた。
ぬめった内壁が肉楔を包み込み、奥へ奥へと導いている。やがて子宮口と亀頭の先端が触れると、やっと口腔から指が引き抜かれた。
「ん…晋助、さま…」
下腹部に力を入れ、挿入された楔の形を思えば恍惚とする。
膣内を満たす質量が与えてくれる圧迫感すらいとおしい、ゆっくりとした抽送が開始されると苦しさに首が反った。
目を閉じて神経を身体の内部に集中させると、まるで内部の肉を逆撫でするように動く肉楔の形や硬さをつぶさに感じることが出来る。
身体の奥底から滾々と溢れてくる熱に翻弄され、また子は畳に縋りついた。
「あ、あ…んっ…」
先刻までの苦痛などもう感じられはしない。繋がった部分は酷く熱く「生」を生臭く伝えている。
一旦入り口近くまで引き抜かれ、満たされたばかりの洞は空洞になってしまった状況に満たされず、自然と腰が揺れた。
「あ、や…しん、すけさま…」
「口に出さねぇと分からねぇぞ?」
低い声に笑われて唇を噛む。その間もカリは裸になった淫核を擦りつづけ、物憂げな溜め息を洩らすと突然臀部に破裂するような痛みが走った。
「ああァ!」
「ぼんやりしてんじゃねェよ」
二度、三度と叩かれて内壁が収縮する。収めるもののない収縮は余りに空疎で、涙を零しながらまた子は悲鳴じみた声で啼いた。
「奥までっ…奥まで挿れて欲しいっス…!」
「ハッ…楽しませてくれるなァ、来島よ」
ずぶりと勢いよく穿たれた楔の衝撃に目を見開き、激しく揺す振られる。
両の手で腰を強く掴まれていては崩れ落ちることも出来ず、額を畳に擦りつけながら只管声を上げた。
「あ、あ、あっ…お、く…当たってるっス…あ、あ――」
深々と子宮奥深くまでを貫かんとしているのかと錯覚するほどだ。
目蓋を上げると、結合している部分から体液が糸を引いて畳に滴り落ちているのが見えて益々理性が飛んでいく。
「あ、あ…しん、すけさまっ…気持ちいい、っスぅ…! 中にっ…中にくださいっ…!」
肉襞が収縮している、果てが近い。肉洞が没入された楔にぴったりと纏わりつき、感じる形もより明確に感じられた。
「あ、あ…またイクっス…ああァ…!」
「っ…いいぜ…てめぇが欲しがってる種、くれてやらァ…!」
僅かの後、二度三度と小刻みに突き上げられ胎内に熱液が放たれる。
しゃくりあげる肉楔が落ち着くと、覆い被さっていた相手はまた子の傍らに転がった。
呼吸を整えながら視線を窓外に投げれば、また月が姿を現している。
墨汁を溶いたような空に浮かぶ月、それは今隣で呼吸を乱しているあるじだろう。
彼がいれば、どれほど辛いことがあっても耐えられると心から思う。
晋助さま、あなたが私の月明かりっス。失敗にどんな罰を下されようと、また子は晋助さまのお傍から絶対離れないっス。
<終>