「今、なんて言った」  
「……煙草。教室で吸ったらまずいんじゃあないの?」  
「ああ……いや、そうじゃなく」  
「別にあなたじゃあなくてもいいのよ。例えばゴリラ、はお妙さんがいるから何があってもやらないだろうけど沖田くんでもいいわ。極端な話、ロープと台があればいい。私はそれでも構わないけど、何かあったら先生に迷惑がかかるでしょ」  
 だからあなたに頼んだの、と猿飛あやめは無表情のままに言った。涙など浮かんですらいない、その瞳からはなんの感情も読み取れなかった。  
「……やっぱりいいわ、どうかしてた。忘れて。私帰るから」  
「……待てよ」  
 思わず土方はその腕を掴んで引き留める。振り向かないあやめの背中が堪らず声をかけた。  
「手、震えてんぞ」  
「…………ッ、放って」  
「目の前で自棄起こしてる女を放っておけるか!」  
 思いの外大きく響いた声に、土方自身が驚く。  
「…………悪い」  
 二人して下を向く。それでもあやめの腕を放す気にはなれなかった。だから、代わりに問う。  
「銀八のどこが良いんだよ」  
 言ってからしまった、と思った。泣かれるのは厭だった。しかし予想に反してこちらを向いたその顔は穏やかに微笑んでいた。  
「わかんない。強いて言うなら全部、かしらね。それこそ月並みだけど」  
 その笑みに、顔に熱が集まるのを感じた。  
「綿菓子みたいな髪も、死んだ魚みたいな眼も、いつも煙草吸ってる口も、教科書よりジャンプの方を多くめくる指も。……私を傷つけないように、下手に優しくしないできっぱり完全に振ってくれた優しいところも。全部全部、愛しいの」  
 沈みかけた夕日に照らされた見たこともないその笑顔があんまり儚くて、美しくて、この世のモノではないようにすら思えて。  
 気がついたら、土方はあやめを抱き締めていた。  
 
「ちょ……」  
「お前、綺麗だ」  
「な、何を言って」  
「綺麗だよ、すげえ。お前が振られた理由が俺には解らねえ。それぐらい綺麗だ」  
「ば、馬鹿……」  
「馬鹿でいい。……なあ、猿飛」  
「なっ、なによ」  
「さっき言ってたの……するか」  
「……え」  
「忘れたいんだろ?」  
「ん……それは」  
「マゾだかなんだか知らねェが、それでお前がちょっとでも楽になるならやる」  
「……うん」  
 躰を離して再び手を伸ばそうとした時に、手で静止される。何かと思ったら、彼女はトレードマークである赤いセルフレームの眼鏡を外して隣の机に置いた。そのまま前後の机を三つ繋げると、その上に座る。  
「こっちの方がやりやすいでしょ?」  
 あやめが彼の前で眼鏡を外すのは初めてだった。いつもよりどこか幼く見える。右目の下の泣き黒子が印象に残った。  
「じゃあ、その……するぞ。俺もやったことないから、痛いかも知れないけど」  
「痛いのがよくてお願いしたのに、おかしなことを訊くのね」  
 あやめが笑うのにつられて土方も微笑んで、彼女の肩に手を伸ばし――その細く白い首に節くれだった指を巻き付けた。  
 
「……いくぞ」  
「……ん」  
 ぐ、と徐々に力を込める。あやめが苦しそうに息を漏らした。日暮れ時の教室で、グラウンドで部活に励む生徒の歓声や吹奏楽部の調子外れたトランペットの音が遠く聞こえる。その中でクラスメイトの首を絞めているという現実に、土方は目眩がした。  
「は、ッ……」  
「……猿飛」  
 目を閉じて首を絞められている彼女は、一体何を考えているのだろうか。瞼の裏に居るのは、間違いなくあの糖分教師だろう。それがどうにも腹立たしく、ぎちりと両手の力を強めた。  
 ゆっくりと二つの躰が机の上に倒れる。さらりと夕日と同じ紫の髪が散って、仄かに甘い香りがした。あやめの上に馬乗りになって首を絞めているその体勢は、端から見たらセックスのそれだと気付いてさらに土方の興奮を煽る。  
「ふ、……ッ、は……」  
「猿飛」  
「せ……んせぇ……」  
「……ッ!」  
 つう、と一筋。涙があやめの頬を伝った。それと同時に、おそらく無意識で紡がれた名前。  
 嗚呼、こうまでしないと、君は誰かの前で泣くことすら出来ないのか。  
 不器用で、幼くて、愚直で。……なんて、愛おしい。  
「ごほッ、ガハッ!げほ、は、ぁッ」  
「猿飛」  
 土方は咳き込んで起き上がろうとするあやめの両手を掴んで、再度机に押し倒す。  
「ぜ、は、何……ッ」  
「猿飛」  
 彼女の長い髪に指を絡めて、どこか焦点の合わない瞳を見つめる。さらさらと流れる絹糸の束をそっと掬って口付けた。やはり、甘い香りがする。  
「な……ッ、ひじかた、くん」  
「やっぱお前、綺麗だ」  
「な、にを言って」  
 卑怯だと我ながら思う。弱っている、殆ど接点のない自分にすら弱点をさらけ出す程に弱ってしまっている彼女の心につけこむのだからこれを卑怯と呼ばずしてなんと呼ぶのか。  
 彼女が自分以外の男の前で泣かないのならば、その謗りを甘んじて受けよう。  
 あやめの躰をすっぽりと包んで、肩に顔を埋めた。  
「泣けよ」  
「……ひ、じかた、くん」  
「こうしてたら、お前がどんな顔で泣いても見えないから。だから、安心して泣け。気が済むまでこうしてるから。だから一人で、抱え込むな」  
「ふ、……ゥ、う、うぅぅ、ひ、ぁ、ぁぁぁ、せんせ、せんせぇっ……!」  
「大丈夫。大丈夫だから」  
「ぅ、ぁぁぁっ!せんせっ、せんせい!ふ、ぁぁあん!ああっ、あああぁぁぁっ!!」  
「……俺が、いるから」  
 重なりあったセーラー服と学生服。暫くの間、彼ら以外誰もいない三年Z組の教室にあやめの泣き声だけが谺した。  
 
 
 
 
 
「……落ち着いたわ、ありがとう」  
「ああ」  
 ぐし、とあやめがセーラー服の袖で顔を拭う。それを視界の端に捉えて、躰を離した。  
「……あったかいのね、土方くんは」  
 土方が内心かなり名残惜しみながら躰を起こすと、あやめも起き上がる。  
「私、今度は私のことを好きになってくれる人を好きになりたいわ。……いつまでも報われないなんて、悲しいじゃあない」  
 そんな人、居ないかも知れないけど。そう言って自嘲気味に笑う彼女にもどかしくなって、土方はおもむろにその桜色の唇に口付けた。  
「ん、え、土方くん……?」  
「お前、鈍すぎ」  
「え、あの、今何を、あ、え、土方く、え、ええ?だって今の、ふ、ふぁーすと、き、……え?」  
 ぷしゅうと湯気が出そうな程に耳まで顔を真っ赤に染めたあやめが可愛くて、今度は額に口付ける。ちゅうと、わざと音を立てて。  
「俺が好きでもねェ女に胸なんか貸すと思うのかよ」  
「あ、あの、それって、それって」  
「……言わせんな恥ずかしい」  
 嗚呼、きっと今の自分の顔も彼女に負けず劣らず真っ赤なのだろう。それでも伝えたいから、あやめの顔を胸に押し付けたまま辛うじて話す。からからの喉から上擦る声を絞り出して。  
「授業中も休み時間も、ずっとお前を見てた。お前の横顔を、暇さえあれば見てた。修学旅行も文化祭も、お前と一緒に回りたかった。お前はずっと銀八を見てたから、気づいちゃいなかったが。俺は、ずっと、お前のことが――……、あー糞、言えるかよ」  
 尻すぼみになる語尾に反比例するようにして、土方はあやめを抱く腕の力を強める。彼女と同じく不器用で愚直で幼い自分は言葉では上手く伝えられないから、せめて体温で伝えたかった。  
 
「ん……土方くん、苦し……」  
「ああ、すまねェ」  
「……すまないと思ってるなら離して」  
「離さねェ」  
「別にどこにも行かないわよ」  
「それでも厭だ」  
「どうして」  
「幸せだからだ」  
「……馬鹿」  
「言ったろ、馬鹿でいいって」  
「離して。馬鹿」  
「そんなに離してほしいか」  
「……ん」  
「なら触らせろ」  
「え!?ちょ、な、んんぅッ」  
 あやめの躰を机に押し倒して唇を重ねる。今度は深く、噛みつくように。舌を唇の隙間に割り入れると怯えたように肩が震えた。構わずちゅる、と舌を絡ませる。  
 歯茎をなぞり上顎を撫でて文字通り彼女の唇を貪る、長い長い接吻。互いの息が上がるのも唾液が机に垂れるのも、気にならなかった。  
「は、あ、ん……ッ、こん、な、の」  
「気持ち良かったか?」  
「な……、そんな、言えるわけ」  
「気持ち良かったんだな」  
「……ッ、馬鹿!馬鹿土方ぁ!」  
「怒ってても可愛いぞ」  
「かわ、ッ!?」  
「可愛いのを可愛いって言って何が悪ィ」  
 赤くなって口をぱくぱくさせるあやめに気を良くして、クラスの誰より大きい胸に手を当てる。柔らかい肉の奥底で心臓が早鐘を打っていた。  
 
「……ドキドキしてんな」  
「やっ……そりゃ、あんな、されたら」  
「俺にドキドキしたのか。押し倒されて、キスされて」  
「ふぁ……や、ぁ、揉んじゃ、厭」  
「本当に厭か?」  
「わかんな、ぃ……ぁ、厭、耳、みみダメぇ……!」  
「はッ……駄目ならなんでそんな気持ち良さそうなんだよ」  
「や、はぁぁッ!」  
 耳を犯すように舐めながら、豊かな両の胸を揉みしだく。完全にAVと沖田が持ってくるエロ本の影響が出ているが、土方にその自覚はない。  
「……直接、触るぞ」  
「ん、ふ……」  
 セーラー服を捲り、淡いピンク色のブラをずらす。外し方など知る筈もない。ぷるんと露になる上を向いた双丘、下着と同じく桃色の起ち上がった突起。きめ細かな肌は白く、薄闇に浮き上がるように見えた。  
「……すげえ」  
「な、……何か、その、変……?」  
「逆だ」  
「へ?」  
「いや……なんていうか、言葉が見つかんねえ……」  
「ちょ、やあぁっ!あぁ!そんな!そんな吸ったら!ぁぁッ!」  
 土方は夢中で先端にむしゃぶりついた。片方を舌で転がし舐めしゃぶり、ちゅぱちゅぱと吸う。その間もう片方を胸ごと揉みながら弄ぶ。それを交互に繰り返し、土方の口元とあやめの胸は唾液まみれになっていた。  
「や、……ぁん、あ、ぁっ、ふぅ……っ」  
「可愛い……猿飛」  
「ん……んんッ、んーッ」  
 顔をずらして再び口付ける。荒くなった息が顔にかかってくすぐったい。舌を思い切り吸い上げると、聞いている土方がとろけそうに甘い声が漏れた。  
「こっちも、触るぞ。……いいか?」  
「聞かないでよ……っ」  
 くちっ、と水音が土方の耳に届く。あやめの誰にも触れられたことのないその場所は、下着が用を成さない程とろとろに濡れていた。  
 そっと腰骨をなぞり、ブラと揃いの下着に指をかける。おずおずと腰を浮かせる様が、またいじらしかった。  
「濡れて糸引いてる、猿飛のここ」  
「あ、はぁッ!や、ぁんっ、んんっ!」  
 躰ごとあやめの脚の間に移動した土方は、初めて見るそこに指を一本差し入れる。あやめは圧迫感に悲鳴を上げるが、それは土方を煽る結果にしかならない。  
 持てる知識を総動員して敏感な芽を探り当て、そっと擦ると蜜が溢れてきた。気を良くして更に擦ると、腰が跳ねる。きゅうきゅうと指を締め上げるそこに長いそれを出し入れしながら、もう片方の手で芽を愛撫する。  
 じゅくじゅくと厭らしい音を立てて土方の指を呑み込むそこに、土方は見ているだけで果ててしまいそうな程興奮していた。  
 
「も、いいか?入れるぞ、猿飛」  
「……馬鹿ッ!」  
「な、んだよ。痛かったのか?」  
「違う、わよ……ただ、ただッ……」  
 真っ赤になって目を反らし、あやめは消え入りそうな声で呟くように言った。  
「こんなことしてるんだから、名前で……呼びなさいよ」  
 
 その台詞が土方の理性を飛ばした。  
 両足を肩にかけて、千切れそうに狭い中に挿入する。本来なら優しくするべきだったしそのつもりだったが、できなかった。果てるのを堪えただけ上出来である。  
「あ、あぁ、痛!痛い、痛いぃ……!や、あぁ!あ!はっ、あ、はげし、ぁ!」  
「はッ、あやめ、ッ……!」  
 あやめの中を押し拡げ、柔らかく濡れた肉に包まれる。涙を流して痛がる彼女が愛しくて、もっと痛め付けたいと思った。何も考えないし考えられない土方は、ただ獣のように腰を振った。  
「はっ、あ、や、あ、そこ、だめ、だめぇ、や、ぁんッ」  
「ッ、気持ちいい、か?」  
「い、言えるわけ、ないで、あぁんっ!!」  
「気持ちいいん、だな」  
「や、そんな、そんなしたら、あ、ああ、あああっ、あ、だめ、きちゃう、なんか、あ、あぁっ」  
「はぁ、は、ッ、あやめ、お前、すげえ……ッ、締め付けてきて、気持ちいい」  
「あ、は、や、きちゃう、くる、くるぅぅぅっ!!」  
「俺……ッ、も、っ出る!!」  
 
 土方が精を吐き出すのに続いてあやめも果て、二人はぐったりと机に倒れ込んだ。  
 
 
 
「すっかり暗くなっちまったな」  
「そうね。もうだいぶ暖かいけど」  
 とっぷりと日の暮れた帰り道、土方とあやめは並んで歩いていた。先程あれだけのことをしたというのに、土方の心臓は爆発寸前だった。深呼吸して、彼は言葉を紡ぐ。  
「なァ、あやめ」  
「なに?土方くん」  
「その『土方くん』っての、やめねえか。その……俺、お前のこと、大事にするから。あんなことしといてあれだけど、責任は取るし」  
「……じゃあ、ちゃんと言ってよ」  
「な、あ、は、あの……あー、なんだ……一回しか、言わねえぞ」  
「ん」  
「……お前が、好きだ。この世で一番好きだ。その、あ……愛してる。だから、一緒にいてくれ。具体的にいうと付き合ってくれ、末永く、その……よろしくお願いします!!」  
 土方の大声に驚いて歩道を渡っていた猫が逃げる。直角に頭を下げて返事を待つ数秒が、永遠のように思えた。くすりとあやめが笑う。  
「頭上げなさいよ馬鹿。そんなの知ってるわよ、十四郎」  
 きっちり責任取ってよね、と笑うあやめの指に指を絡めて、土方も笑った。  
 
 
幕  
 
 

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