時々、夢を見る。  
 あなたが私に会いに来てくれる夢。  
 優しい目でこっちを見て、あたたかい手で手を握って、したこともないのにキスをしてくる。  
 そうしてぎゅっと抱きしめて、でもいつのまにか裸で抱き合っていて、とろけるように入れてくる。  
 ダメなのにって思いながら抵抗できなくて、自分から腕をまわしてしがみついてしまう。  
 誰かの夢を見るのは相手が会いたいと思ったからだって聞いたことがあるけど本当かしら。  
 今どこにいるの銀さん・・・会いに行きたい。  
 こうやって夢の中でだけ逢瀬を重ねても、どうにもならないのに。  
 
 
 ──頬を何かが伝う感触で目が覚めた。  
 まだ熱い涙を片手でぬぐいながら身を起こす。  
 同じ夢、私たちにはありえない交わりの夢。  
 この夢を見たあとはいつも銀さんが怪我をしている。  
 今日もどこかで血を流しているんだろうか。  
 眠れなくなり障子を開けて月を探し・・・ふと視界の隅に、月の光と溶け合うように銀色の髪が風に揺らいだ。  
 夢のつづきに目眩がして、息をのんだ。  
 「・・・よお」  
 「・・・どうしたんですか」  
 馬鹿みたいな返事をするので精一杯だった。案の定、答えは返ってこない。  
 心臓が早鐘を打って口から飛び出していってしまいそうで、指をそろえて口元を隠した。  
 銀さんは月を見上げたままこちらを見ようともしない。  
 よくよく見ると髪に血がこびりついている。  
 いつもの着物は肩にかついでいてよくわからないけど、黒いインナーにも赤黒い染みがかすかに見えた。  
 「こんなところじゃ風邪ひきますよ。手当てぐらいしますから上がってください」  
 今度は誰を護るために何と闘ってきたのかしら。  
 こんな状態じゃ聞いたところで答えるわけもないし。  
 いまだ臨戦態勢のようなぴりぴりした気配を撒き散らされるのも迷惑だし、さっさと帰ってもらうことにして、  
私は銀さんの腕を取ろうとした。  
 いきなり殺されるかと思うほどの勢いで抱きすくめられ、縁側の下の芝生に組み敷かれる。  
 驚いて見上げた銀さんの目が血走っていて、背筋が凍る感覚に一瞬で侵される。  
 「夜着で庭に出るたぁ、ちと無防備じゃねぇのか? 悪い強姦魔がひそんでるかもしれねーだろ」  
 「・・・良い強姦魔なんて初耳ですけど」  
 「何言ってんだ。目の前にいるじゃねーか」  
 色気のかけらもない会話が逆に今の状況をリアルに感じさせてくる。  
 犯す気だわ。本気で。  
 つかまれたままの腕がしびれるほどの時間、私たちは無言でにらみ合い、折れたのは私が先だった。  
 ゆるんだ息を吐いてしまった瞬間に、喰いつかれるように唇を吸われる。  
 鉄が混ざった唾液の味が、強引に割り込んでくる舌から口中に広がる。  
 荒々しいファーストキスになったもんだわと冷静に評価を下そうと考えていたけれど、銀さんの手の動きが  
順序をすっとばす意であると気づいた瞬間には、恐怖しか湧いてこなくなっていた。  
 片手で胸元を肌蹴られてごつい手で胸をわしづかまれ、もう片手は裾を大きくめくりあげて無遠慮に侵入  
してくる。  
 手に集中している隙をついて唇を離し、ありったけの声で叫ぼうとしたのも無駄で、すぐにまた塞がれてしまった。  
 確かにいつかはこうなることを望んでいたけど、こんなに乱暴で怖いやり方は酷いじゃない。  
 
 いつも夢じゃあんなに優しかったのに。  
 乳房も痛いだけで、揉まれた痕がくっきりと残っている。  
 急に太ももの間に硬くて熱い物が押し付けられ、上へ上へと這い上がってこようとしていた。  
 暴れても頑強な身体が身じろぐこともなく、確実な動きで大事なところへあてがわれ、あとは貫くだけという  
体勢になり、恐怖がいや増す中、吐息も荒く銀さんが囁く。  
 「オメー処女なんだろ?」  
 「知っててこんな・・・最低!」  
 怒りで涙がにじむ。  
 「頼むよ、ダメなんだよ俺、今オメーを抱かないとおかしくなっちまうんだ・・・」  
 言い訳なのこれ。理解不能だわ。  
 「狂っちまいそうで・・・ダメなんだよ・・・」  
 言い終わらないうちに、ずぶりと入ってくる。  
 「いてーよな・・・お妙・・・すまねぇ・・・」  
 声が出ないほどの灼熱感に数瞬身悶えして、叫び声が出る前に、ふわりと優しくキスをされた。  
 それだけで・・・声を我慢してしまう私は馬鹿なのかもしれない。  
 かわりに銀さんの肩に爪を立てて抗議をした。  
 血の匂いが漂う。  
 私のなのか、銀さんのなのか、それとも護ろうとした誰かの血なのか。  
 銀さんの心が傷ついていることぐらい分かる。  
 衝動が激しすぎて心が壊れそうになっていることぐらい、見つけた時から分かっていた。  
 こんな方法しかないのかしら。この人を癒してあげるには身体を捧げるしかないのかしら。  
 終わったらすっきりしてまたどこかへ行ってしまうのかしら。  
 そして、また違う誰かを護るのかしら。・・・  
 「・・・いい加減にして!」  
 激痛だけの交わりを強要していた銀さんの動きが、私の怒鳴り声で一瞬ゆるむ。  
 反発にそなえてか、腰を押さえつけていた手に強く力がはいる。  
 銀さんは私を見据えて、離れてしまった唇を軽く舐めた。  
 「私、私は・・・馬鹿かもしれないけど、けどっ・・・一回きりなんて許しませんから!!」   
 しばらく呼吸も忘れて目をぱちぱちさせてた銀さんは溜息をつくと、やっと眉間をゆるませた。  
 「・・・やっぱオメー馬鹿だろ。責任取るつもりでここに来たんだからよ」  
 想像もしていなかったまさかの返答に、今度は私が目をぱちくりさせていた。  
 「ちょっと・・・このまましばらく抱かせてくれ・・・」  
 気が抜けたように息を深く吐いて、銀さんは夢でしてくれたように優しく、ただ抱きしめて目を閉じた。  
 草の合間に銀色の髪、月の光。夜の闇に鈴虫の音。  
 私は入れられたままじゃ動くことも出来なくて、とうとう処女じゃなくなってしまったことと、想いが通じたことを、  
至極複雑な気持ちで反芻していた。  
 なんなのかしらこれ。  
 そうっと目の前に揺れる銀髪に触れてみる。  
 張り詰めた、生か死かというような緊迫感は微塵も感じられない柔らかな手ごたえに、安堵の息がもれる。  
 いくら強くても魂が先に折れたら戦場では死ぬ。  
 銀さんが生きるために私の存在が必要なら──この痛みにも耐えてもいいかもしれない。  
 時間が経つほどにジンジンと痛みを増してくるこの身体も、許せるかもしれない。  
 夢とは大違いなのね。銀さんもセックスも。  
 達観というか諦観というか、寝息を立て始めた銀さんの憎らしい頬に、悔しいけれどそっと口付け、  
恨み言のリストを延々脳裏に書き綴った。  
 
 
 
       完  
 
 

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