古い長屋が建ち並ぶその町には、雨が振り続いていた。このおんぼろの焼板の向こうに一体どのぐらいの人間が住んでいるのだろうか。
人気を感じない陰鬱な場所に、なぜか轟音がとどろいていた。
「っ…!!」
浮いた身体はすぐに壁に叩きつけられ、脆い板の壁を貫いて無人の長屋に転がり込んだ。
立ち上がろうにも、痛みという鎖が身体を縛りつける。奴の動きは存外に素早く、起こそうとした頭は靴底で踏みにじられた。
「なぁんでこんなところでまた会うかねぇ…」
かろうじて動く目で私は見上げた。男は片手で雨に濡れた顔を拭っている。その表情はいつもの銀ちゃん以上に冴えていなかった。
重そうな瞼を親指と中指で揉み解しながら、動けない私の頬にさらに重さを乗せてくる。
痛いと口に出すのは屈辱だったが、咽喉からもれるうめき声を押さえることはできなかった。
「ククッ…宇宙で修行編に突入した方がよかったんじゃねえの?
言っただろ、こんなところにいたら才能潰れちまうってよ」
耳障りな声だ。っていうかなんで笑ってんだ。声どころか存在自体が不快だった。今すぐ上顎と下顎掴んで引き裂いてやりたいヨ。
こいつは吉原で会った夜兎…。あの時血に身を委ねて殺しておけばよかったと今更ながら思っている。
…いやいや、新八が命がけでとめてくれたんだから、そんなことを思ってはいけないのはわかってるアル…。
とにもかくにも、私は人探しの依頼でこんなスラムをうろついていたのだが、なんでこんなところで会ったのかは私が聞きたいヨ。
けど、こいつも私を見た瞬間にビビリ倒してたし、ホントに偶然だったんだろう。
私は両手を靴裏と顔の間に無理やりいれて、渾身の力で持ち上げる。
少しずつ持ち上がる男の足。このまま足首ひっ掴んで投げ飛ばしてやろうか、それとも立ち上がる勢いで足持ち上げて、股関節を外してやろうか…!?
「ふんご…んごおおおおおおお…!!」
「いい目になってきやがったぜ。
そういえば北斗の拳のリンもこういうのやってたな」
男の言葉の終わりと銃声が重なる。激痛が両肩を貫いた。
「ぎゃああああああああああ!!」
男の持つ傘が火を噴いたのだ。血が小さな噴水のように飛ぶのを私は見た。
私の腹の上を男がまたぐ。胸倉を掴まれて頬を拳で打たれる。目だけでぎょろりと男を睨みつけてやる。
「なんで…笑ってるアルか…リンになれなかったからってあざ笑ってるアルかっ…!」
男の顔を初めて間近で見た。
こういうドブくさいことをしていなければ、表情がもっと引き締まっていれば、もっと寡黙なら、もっと優しくて器がでかければ魔女宅のパン屋のオヤジみたいになれたかもしれないのに…。
こんな風に年はとりたくないアルな。
頭突きで男の鼻を潰してやろうとした瞬間、唐突に唇が塞がれる。
……多分コレ、コイツが唇ひっつけたネ…ってアレッ?
「ぬおおおおおおおおお!!」
銃で撃たれたはずの腕は振り子のように飛んで男の頬を穿った。痛みなんてカンケーないヨ!根性さえあればなんでもできる!!!
やる気元気神楽アル!!!
「何するネ!?!?今すぐ死ね!ウオオオオオ夜兎の血よ我に力をオオオオ!」
「オイ何その飛影みてーなオーラ。っていうか俺も夜兎なんだけど。
俺にゃ力貸してもらえねーんかね、主に精神を支える的な」
黒い不吉な気配を纏いながら必死で手の甲で唇を拭う。ひたすらに気持ちが悪い。ぬるぬるしてる。
しかも唇をこすり付けていた手の甲が何かくさい。今なら出せるヨ炎殺黒龍破…!
「くらエエエエエエエエエエあっ…!?」
両手が男に奪われ、上半身と共に床に叩きつけられる。
男の舌が、私が吐いた血を拭うべく、顎のラインから唇の端へとなめあげてゆく。唇を割って口内に入ってくる舌がホントに不快。
ぬるぬるしてるし分厚いし、息が定春以上に生臭いヨ。これ、ファーストキスアルか…!?
「ぷっ…はっ!オマエ、ちゃんと歯ぁ磨いてるアルか!?キモイアルヘタクソ!」
「なんって口のワリーガキだ。手足だけじゃなく心までへし折ってやろーと思ってたのによ。
俺の心が折られちまいそーだわ……アレッ、泣いて…」
「泣きたくなるヨ!!泣きたく…うっ、うう…」
堪えきれずに流れる涙を、男は優しく唇で拭う。無精ひげが痛いヨ早く離れろクソオヤジ。
「泣きてーのはこっちだよホント…なんでんなことしちまったかな」
雨で濡れて身体に張り付いた服越しに、無骨な指が這いずりまわる。
「きもち、わるいアル…ぎんちゃん…しんぱちぃ…」
「今他の男の名前呼ぶなんざヤボだよヤボ。
ホラ…下着ぐれーつけとかねーと危ねえぜ。ココがわかっちまったら恥ずかしいだろ?」
乳首が雨の冷たさで硬く尖っている。男はそこを執拗に爪で引っ掻いた。
「っ…!?っ、〜〜〜〜!!」
「オラどうした、炎殺黒龍破はでねーのか?あ?
にしても、片腕ってのぁやりにくいなぁ」
いつの間にか私の両手は空いていた。
必死で胸を隠そうとしたが、胸の前にある男のでかい頭が邪魔で、その頭を押しのけるのにせいいっぱいだ。
男の舌が服越しに乳首を弄ぶ。
う、うそアル…!?これ、現実のことアルか!?
くすぐったくって、変なカンジ…!。身体がむずむずするヨ…。
「やめ…やめろっ!!イヤネ!!はなすアル!!」
「なんでクネクネしながら言ってんの」
「してねーヨハゲ!!オマエの前髪全滅させてやろうかあああ!?」
「全滅される前にコトは終わらせてやっからよ」
男が耳の後ろに口付けする。生臭い息だけど当たると背筋がぞくぞくして、思わずその広くて分厚い肩にしがみいついてしまった。
くすぐったくて思わず腰が少し浮いて身体がびくびくと震えた。
「ん!……ぁ、ぁっ………ひ、ざ…ひざ!当たってるヨ…気分悪ぃアル…」
深くスリットの入ったチャイナ服のスカートは捲られ、白い下着越しに男の膝が、意図的に当てられている。
時折ぐりぐりと刺激し、脚を閉じようとしてもうまく力が入らなかった。
体験したこともないような甘い痺れが、身体を駆け巡る。恥ずかしくって逃げ出したいヨ。
でも、でもこんなとこ、誰もこないし………私さえ黙ってれば、わからない…?
いろんなことをぼうっとする頭で考えていると、いつの間にか股の風通しがやたらよくなっていた。
ふと我に返り、肘を床について男の下から後退りで逃げようとするが、壁に頭を打ち付けてしまう。
男は脱がせたパンツを指にひっかけてくるくると回して、私の前でどこかにポイ捨てした。
「は、はずかしいアル!返してヨインポヤロー!!」
顔が自分でもわかるぐらいに赤い。今なら恥ずかしさのせいで身体から湯気が立つに違いない。
「それ単語の意味わかってんの?」
身体がぐっとひきよせられ、私は再び床に仰向けにされた。男の肩の上に私の脚が乗せられる。むき出しの白い脚の間には男の緩んだ顔。
息が当たるほどに顔を近づけられたかと思えば、
「!?!?!?」
私の中に、変なものが押し入ってくる。息が苦しくて顎が上がってしまう。
こいつ尻の穴に指入れてるアルか!?変態ネ!!
「ガキのクセに一丁前に濡れてやがるぜ。
安心しな、指1本だけだからよ」
「いやアル!!そ、そんなことされたら、う、ウンコ出るヨ!?」
「んな穴触ってねーよ!
自分の身体の仕組みもわかってねえのに、よくもインポだなんだと言えたもんだな。
お前さん、あいつらに何吹き込まれてんだか…」
自分の身体なのによくわからない。でも、指がどうも出入りしているようだ。
くすぐったいともまた違う。ふわふわした感じと、鋭く痺れるような気持ちのよさが交互に押し寄せてくる。
でもまだよくわからなかった。私は息ばかり荒くなってく。
出入りする指とは別に、違う指が何かを弄っている。
それを触られると、仰け反るほどに身体が跳ねて、私は必死に堪えてたのに変な声を漏らしてしまう。
「っ、ん…ぁ……は…」
生臭い手の甲を唇に押し当てて、息を殺してぎゅっと身体を硬くしている。
でもくすぐったいような妙な感覚が、身体中にこめていた力を次第に溶かしてゆく。
「雨の音さえじゃましなけりゃ、このエロイ音も聞かせれたのになぁ」
指を乱暴に抜き差ししながら、男は多分そう言っていた。
実際雨足はいよいよ強くなる一方だった。そう、私は雨宿りしてるだけで、別にキモチイイからしてるわけじゃない。
こんな気持ちの悪いことは真っ平ごめんアル。ぶっちゃけ早く帰りたいヨ。
……でも、正直……
「ん!!い、いたいヨ!!?」
痛みが意識を現実に引き戻す。息苦しくて表情が苦痛に歪む。
脚が大きく開かれ、股ぐらから指なんかとは比べ物にならないぐらいの質量が押しあがってきている。
やけに熱くて、自分の中がぐちゃぐちゃに壊されてゆくような不快感があった。
気がついたら男の顔が正面にあった。びっくりするぐらいに近くて、思わず顔を反らして破壊された焼板の外を見る。
…外から見たら丸見えって…。なんだこれ…。
「あ、ワリ。入れるの宣言すんのわすれてた。
オメーが蕩けた顔でぼーっとしてっからよ」
にやりと笑う顔の横っ面を殴り飛ばしたくなったが、かなわなかった。
「いやアル…!!あ、ん…!ん…」
「いやアルばっかだな。もっと気の利いたこといえねえの?
キモチイイですとかよ」
「アホかタンショーホーケーヤロー」
「お前さん、自分の立場わかってる?」
男は私の顔の横に手を突いて、僅かに身体を揺らしている。
奴は私と鼻先があいそうなほどに倒していた身体を起こした。
「俺短小だし、奥まで思いっきり突いても問題ねーな」
文句をさらにぶつけてやろうと、肘を立てて上体を少し起こす。
「ひ………!!!」
文句は言えなかった。急に男の動きが変わったせいだ。
男は私の腰を掴んで寝てる私に対し垂直に腰を据えて打ち付けている。
それがさっきもぐりこんでいた位置と、全然違う場所を責め立てている。
そこがなんなのかわからない。何がどんなふうになってるのかも。
動きも緩慢だったはずなのに、今は小刻みに早くなっている。
身体を逸らして宙を見上げていたが、肩の力もがっくりと抜け、床に爪を立てて縋るように泣き叫んだ。
解放されないもどかしさ、こみ上げる何か切ないような感じが胸を満たしてゆく。
「ぁ!ぁ、あ、はぁ、はっぁぁぁ…!」
なんとなく定春を思い出した。
定春って雌犬の上にのっかって、こういうことをしていたアルか?
わかってはいたが具体的に何をしていたのかぴんとこなかったが、いまやっとわかった。
もう万事屋で初体験を済ませていないのは眼鏡だけネ。私は一足先に大人の階段かけのぼるアル…!
身体が揺さぶられるほどに激しい突きが繰り返される。
苦痛が和らぎ、かわりに快感が身体を支配し始めるころ、一つの疑問が沸き起こる。
?そういえばこれって………。
「おまえ、まさか、あ、赤ちゃん作るアルか!?」
「できてもおかしかねーな」
「や、やめろ!!私お母さんまだ早いヨ!!」
「そんなのぁ知らねーな!ほら出すぜ!イヤなら早く逃げろ逃げろぉ!」
男が悪魔よりもタチの悪い笑みを浮かべている。逃げようと脚をばたつかせたが、だめだった。
ただ男が腰を振っているだけなのに、私の腰は完全に抜けていた。
強烈な感覚と、わけもわからず何かに縋りたい気持ちが正常な判断を奪っていた。
男の動きがさらに激しくなる。なぜかホントにウンコに行きたくなってきた。
「う、、ウンコでそうヨ…!!」
「でねえよ」
男の笑みがさっきとは打って変わって、人のよさそうな笑みになった。
私の上に覆いかぶさって、優しく唇を重ねる。
私の身体はこいつと、こいつの身につけてたマントですっぽり覆われてしまった。
股間からずるりと抜けていく感覚は、ほっとするような、さびしいような不思議なものだった。
…こいつの身体、結構熱いアル…。
太腿に生暖かい感覚を覚えながら、じいっと男の少し歪んだような顔を見つめていた。
「…ウンコひっこんだアル」
「はぁ、はぁ……もっとかわいいこと言えねえのかよ…」
立ち上がる男を見上げる。私は今度こそ上体を起こした。
「一発抜いたらスッキリしたわ。やれやれ…こんな予定じゃなかったんだけどな。
なんで団長と同じ顔の奴抱いたんだか…。
ホモじゃねえよ、それは絶対違うからな」
一人で勝手にグチグチ言いながら、傘を拾い男は破壊された壁を潜る。
「待てヨロリコン」
「なわけあるか…って、何か否定できねーわ…この状況」
男は雨の中で後ろ頭を掻きながら、一応私の呼びかけにこたえてくれた。
「……ロリコン以外に名前あるアルか?」
「阿伏兎」
男は歩き出す。私の名前は知っていたのだろうか。聞けずに行く背を見送った。
……太腿に出されたあの白いくさいのを拭くのを忘れていた。次に会った時はたっぷりと落とし前をつけてもらうアル。
手始めに、私の靴はきれいに舐めてもらうネ。