男なんてみんなバカばっかり。  
そう妙が呟いたのは何度めだろう。  
注文したおでんにはほとんど手をつけず、コップ酒ばかりが何度もテーブルと唇を往復している。  
「おじさん、もう一杯」  
「……そろそろやめにしなんし。あまり飲みすぎては体に障る」  
「大丈夫よ、このくらいの量なんて慣れてるわ」  
日輪の使いで地上に出たところで、新八の姉君に出会った。  
まだ日の落ちるぎりぎり手前にあって、妙はもう既にうろんげな眼差しをしていた。  
家で一人で飲んでいたの、そういってわっちの手を引く妙の手のひらは確かに熱く、もうそれなりの量の酒を口にしていることが分かった。  
そうして導かれた先は、おでんの屋台だった。  
若い娘にはあまり似合わない場所であることはわっちにも分かる。  
勧められた酒を丁重に断って、わっちは妙のそばから離れがたい気分になっていた。  
若く美しい娘が一人酒に酔っていれば、あまりよろしくない男どもが捨て置かないだろう。  
そうして心配しているところに、先ほどから何度も繰り返される言葉がひっかかった。男なんて。  
他でもない新八の姉君をいよいよ放っておくわけにもいかず、なんとか宥めて家まで送り届けようと、妙の隣に腰を据えたのだが。  
 
妙のコップにまた日本酒が傾けられる。  
なみなみと注がれた酒に満足げに一瞥をくれると、もう随分に蕩けた眼差しが、わっちを覗き込んだ。  
「ねぇ、ほんとに飲まないの」  
「だめ、だめじゃ。わっちは飲まぬ」  
万が一飲んでしまったら目も当てられない状況になるだろう。わっち一人で目茶苦茶になるならいざしらず、今はとにかく妙を安全に家まで送り届けるのがわっちの仕事。  
ぐいぐいと押し付けられるコップをなんとか押し返して、断固拒否した。  
「なによぉ、もう、つまらない」  
「すまぬな、だがおぬしももうこれで終いにしなんし。明日の朝が怖いぞ」  
妙は少し膨れ面で、聞こえないふりをするようにそっぽを向いた。  
喉をそらせて、酒をあおる。勢いよく飲んだせいで、口の端からこぼれた酒が首筋を伝った。  
「ああ、もう、こぼすなこぼすな」  
着物に滲みてはいけないと、手の甲で首筋を拭ってやる。  
取敢えず着物を汚さずには済んだが、顎に滴をつけている。あまり何度も顔を合わせたことはないのだが、それでも、妙の凛とした佇まいを覚えているので、その姿は意外だった。  
酒に飲まれるようにして飲むような、そんなやけっぱちを起こすような性格にはとても思えない。先ほどから繰り返されている言葉が思い出される。  
男なんて。  
昔から吉原で過ごし、百華として勤めていたゆえに、男女のいさかいなどは嫌になるほど見てきた。しかし地上で生活をする妙には程遠い世界であるし、何よりもわっち自身が男というものに疎いのだ。だからその言葉に引っ掛かりつつ深く訊く事を躊躇っていたが。  
 
「妙」  
テーブルの上のティッシュを一枚とって、顎の滴を拭う。妙はされるがままになっている。  
「何か嫌なことがあったのじゃろう。わっちなど大したことは言えぬが、もし楽になるなら」  
「……月詠さん」  
「話してみないか?酒はもう置きなんし」  
妙の手からコップを取って、そのまま手で蓋をした。  
力が抜けたようにふらり、と体が揺れて、わっちの肩に妙の頬が乗る。少し驚いたが、そのままにしておいた。  
どんなにか辛いことがあったのだろう。早く尋ねなかったことを少し後悔する。  
「……ありがとう」  
小さな声で妙が呟いた。少しほっとする。このまま家まで連れ帰ることができそうだ。  
「主人、勘定を」  
妙の腰を抱えて立ち上がる。  
「お幾らかしら……」  
「いい。ここはわっちが払う」  
「だめよ、私が連れてきたんだもの」  
「新八には世話になったのじゃ。その金で上手いものでも食わせてあげなんし」  
「でも」  
「滅多に外には出ないから、金の使い道が無いんじゃ。年上風を吹かせてくれぬか?」  
妙は眉を八の字に下げて、黙って頷いた。娘らしい、可愛らしい仕草。  
わっちにはこのような仕草は死ぬまで出来ないだろう。  
「私ね、卵焼きが、得意なの」  
独り言のように言う。  
「ここの勘定分、沢山作ってやるといい」  
「……うん」  
「今度わっちにも食べさせてくれ」  
「沢山、作るわ」  
妙はそう言って小さく笑った。  
 
支払いを済ませて、ふらつく足元を腰を支えて歩かせる。  
先ほどまでの勢いはどこへやら、妙は家への道順をぽつりぽつりと呟くのみだ。  
辿りついた先は、それなりに大きな道場だった。新八から、姉と二人暮しであることは聞いていた。  
弟を育てながら、妙はここを守ってきたのだ。凛とした姿の理由が、一瞬で理解出来た。  
「新ちゃんは今日万事屋に泊まるの。少し大きな仕事が入ったみたいで」  
「そうか」  
促され、家に上がる。居間に通される前に断って電話を借りた。日輪に事情を伝えると、大きな事件もないようだからゆっくりなさい、と遅い帰りを快諾される。仕事ももちろん気にはなるが、何事もないようなのがありがたい。  
「ごめんなさい、何か用事があって吉原を出たんでしょう。用事は大丈夫なの?」  
「ああ、地上でしか売っていないブランド物の簪を頼まれただけじゃ。腐るものでもなし、日輪もゆっくりしていけと」  
「よかった……。今、お茶をいれるわ。居間で休んでいて?」  
「気を使うな」  
「良いのよ、私も飲むから」  
覚束ない足取りで台所まで歩く妙の背を見る。居間で言うとおり待とうか、そう考えたが、熱い茶でやけどをさせるのが恐ろしくて、駆けよって腕を取る。  
「わっちも手伝う」  
「……いいのに」  
「遠慮などするな、酔っ払い」  
そう言って笑いかければ、妙もくすくすと笑った。  
「もう、なんか、やになっちゃう」  
「なんじゃ」  
「こんなに甘えていいのかしら」  
「おでん屋に引っ張っていった奴が何をいうんじゃ」  
「それは言わない約束でしょ?」  
「しとらんぞそんな約束」  
「いいの、今したのよ」  
 
ふわふわと柔らかい声音。  
吉原の女たちはまさしく女であることが仕事で、皆匂いたつほどに女らしい。  
だが妙はまたそれとは違う女らしさにあふれていた。  
不自然なほどに強調された女らしさとは違い、娘特有のどこか不安定で柔らかい言動や仕草や、可愛らしい身勝手。  
もしも妹がいたのなら、こんな気分なのだろうか。  
甘ったれの弱い人間にはもちろん見えない。だが今は、弱っているうえに酔っているから尚更であろうが、妙の姿は不思議と保護欲を掻き立てた。  
茶を淹れるのを手伝って、居間へと通される。  
卓に斜向かいに座って、一息入れると、わっちは黙って妙を見た。  
言葉の無いのを、促されていると正しく理解して、妙はぽつりぽつりと胸の内を吐きだした。  
まとめるとこうだ。  
求婚をされたらしい。  
人気投票とやらでいさかいがあった時見かけたあの真選組の局長殿が、妙に懸想をしているのは、あのような短い時間でも伝わってきていた。  
今まで何度も繰り返し繰り返し言い寄られてたらしい。時にはストーカーのようにしつこく、時には静かに淡々と。  
そうして先日、勤めているスナックで局長殿に改めて真剣に想いを告げられたらしい。  
妙はまだ十代ではあるが、結婚がおかしな年頃でもない。  
しつこくて困っている、と嫌そうに言うが、普段しゃきしゃきとしている妙が、本当に嫌悪している相手に言い寄られたとして、このように酒に飲まれるほどには悩んだりしないのではないかと思う。  
 
「私は、今、結婚はしない」  
ため息交じりに妙が呟く。  
「まぁ、まだ独り身を楽しんでいてもいい時期じゃからの」  
「新ちゃんがもっと大人になってから」  
「それまでは、と思っておるのか?」  
「……それに、私はこの道場を再建しなくてはならないの。近藤さんは俺も手伝うとそう言ったわ。でも違うのよ。私は、私の手で父の道場を」  
ぐ、と胸の前で手を合わせて、握りしめる。  
瞬間すとんと腑に落ちた。本当は。  
「泣いて縋れ、そう言われた」  
「……え?」  
「吉原でな、万事屋に助けられた時、銀時にな」  
「……あら、のろけ?」  
「何を言っておる。そうではない。一人ではない、仲間がいるだろう、苦しい時には、助けを乞えと」  
「じゃあ、近藤さんに寄りかかって道場立て直せって?そんなの反吐が出るわ。私はそんな女にはなりたくない」  
吐き捨てるように妙が言う。  
「そんなことをしろなどというつもりはない」  
「そんな風に聞こえるわ」  
「それでおぬしが幸せになど慣れぬのは、付き合いが短いわっちにだってわかりんす。人に寄りかかって甘えつくしてそれで良しとするような女ではないことくらい」  
「それを近藤さんはわからないの!しつこいけど、良い人よ、そんなのわかってる……でも寄りかかったら」  
私が私でなくなってしまう。  
震える声だった。  
男なんて、そう呟いていたのはこれだったのか。  
寄りかかることで自分を失ってしまうと思うほどに張りつめた気持ちを、理解されないのが恨めしいのか。  
それとも寄りかかれない自分が苦しいのか。わからないけれど。  
「わっちなど、女であって女でないような、中途半端な人間じゃ。それに頻繁に地上にも上がらぬから、聞こえのいいことなどを言うつもりもありんせん。だが、」  
「……」  
「本当はもっとひとに甘えたいのであろう。一人で躍起になったところで続くものでもない。おぬしは偉い。新八をあんな風に優しい男に育てて、一生懸命働いて、親父様の道場を守って」  
俯いて下唇を噛む妙の肩を掴む。  
 
愛情の有る無しなどはわからない。しかし、おそらく妙は局長殿の言葉に揺らいだのだろう。優しく守ってやると言われて、ふと押し隠してきた寂しさが露わになった。  
手のひらの中の肩は、着物の厚みがあってもなお細かった。  
自分の生まれてきた世界と、愛する者のために、背筋を伸ばして立ち続けていたのだ。  
「今晩はわっちがいる。頼りがいは無いかもしれぬが、誰も見てはおらん、甘えなんし」  
そういって閉じたふすまの向こうに目をやる。  
口に出さずにはいたが、先ほどから人の気配を感じていた。  
局長殿だ。  
これでも百華の頭領、ぎりぎりまで忍ばれた気配であったが、さすがに見過ごしはしない。  
しかしその手練ぶりで、その気配が相当な人物のものであるとすぐに気付いた。  
追い払うべきか迷っていたが、妙を害する雰囲気が無いのがわかって捨て置いていたが。  
ストーカー、と妙は言っていたが、家に忍び入るなどまさしくその通り。心配や執着が過ぎて、疎まれても当然だ。  
もう少し妙を尊重してやれば、妙も素直に甘えることが出来るだろうに。  
だがそれも本人次第だ。わっちの口出しできる問題ではない。  
音もなく気配が消えた。  
わっちの言葉が聞こえたのであろう。  
その分かり辛い思いやりが、いつかまっすぐ妙に伝わる時がくるのであろうか。  
妙がそっとわっちの胸元に額を寄せた。  
「ねぇ」  
「なんじゃ……?」  
「男に抱かれるって、どんな気分がするものなの?」  
 
か細い声で尋ねられた質問に、わっちは苦笑する。  
「確かにわっちは幼い時分から吉原に売られ、禿として日輪に就いておったが……すぐに自警団に身を置くことになった」  
「そうなの……?」  
妙は顔を上げ、わっちを見る。  
「わっちが遊女として学んだのは、少しの廓言葉のみ。後は戦う術ばかり……閨房のことはからきしじゃ」  
「私、誤解していたみたい」  
「何、わっちは吉原の女。当然じゃ。だがわっちはこの通り傷もの、商売などはできなんし」  
「……その傷は、お仕事で?」  
「いや、自ら付けた」  
「どうして……」  
「日輪を守るためには、百華としての身分が必要でありんした。客を取れば日輪は守れぬ」  
驚いた顔で妙はわっちの顔を見た。  
目の端に、涙のつぶが浮かぶ。  
「な、何を泣いておる」  
細い腕がわっちの首にするりと回された。  
「妙」  
「女を捨てたのね」  
「捨てたつもりでいたが……な」  
「……」  
微かな震えが伝わってくる。  
 
「……同情していると、思わない、で」  
「わかっておるよ」  
「戦っているのね」  
「その生き方しか知らぬから。それでも今は随分と楽になった」  
首筋にうずめられた妙の顔がそっと離される。近い距離で目が合う。涙でぬれた目が光っている。滑らかな頬に音もなく滑り落ちていく輝きが、心底美しい。  
まっすぐに歩んできた妙と、女を捨てたと言い張って生きてきた歪なわっちの生き方を重ね合わせるのは申し訳ない気もする。  
だが、妙を見ていると、他を支えたいとただただ張りつめた気持ちでいた頃を思い出す。  
今わっちには日輪と晴太がいる。支えられているとそばで実感できる。  
そんな風に妙にも、肩の荷を下ろしきって気を抜ける場所があってほしいと、胸が詰まりそうなほどそう思った。  
「わたし、近藤さんに口づけをされそうになったの」  
「……」  
「受け入れることが、出来なかった。出来たらきっと楽なのに」  
しらふと酔いのない交ぜになった眼差しが、わっちを射る。  
妙はそっと、わっちのくちびるにくちびるを寄せた。  
驚きと、やけにこの触れ合いに納得したような気持ちと、同じく胸に広がっていく。  
やわらかく暖かい感触。涙の塩辛い味。  
さみしいさみしいさみしいと、痛ましい心が伝わってくるようで、頬に手を添える。  
「……ふ」  
「局長殿と出来ぬのに、わっちとしてどうする」  
目を見て笑ってやる。妙は少し拗ねたような目で肩に頬を寄せてわっちを見上げた。  
「甘えていいって、言ったじゃないの」  
「言ったな」  
 
妙の体を抱きよせて、もう一度どちらからともなく口づけあった。  
一瞬触れて離れるのが名残惜しいようで、額を寄せ合う。  
「私、口づけ初めて」  
「……わっちもじゃ」  
「うそ」  
「うそじゃない。死神太夫と口づけたい者などいるものか」  
そういうわっちの口を塞ぐように妙はまた口づける。  
妙に染み付いた酒の香りに煽られているのだろうか。箍が外れたような自分が不思議だった。  
首筋を支えて、角度を変えながら、くちびるを啄ばむ。  
保護欲を通り越して、ただただ優しくしてやりたい。その一心で何度も何度も口づけた。  
「ねぇ……」  
「ん」  
「お願いがあるの」  
「どうした……?」  
「泊まっていって?」  
口ぶりは哀願のような匂いをさせてはいるものの、眼差しは有無を言わせぬものだった。  
「もう一度日輪に連絡をしなければならんが」  
「じゃあその間、お布団の用意、しておくわ」  
断られることなど微塵も考えていないのか、それとも帰ることを許さぬ意志の表れか、そういうと妙は立ち上がり、居間を出た。  
まだ足取りはふらついているが、幾分先程よりも酒は抜けてきたようだ。  
そのまま任せて、わっちはもう一度ひのやに電話をかける。  
大きな事件が無ければいいと、心底思いながら。  
 
 
「腕枕でもしてやろうか?」  
冗談のつもりだったが、妙は黙って嬉しそうにわっちの布団にもぐりこむ。  
腕をのばしてやれば、そこに首を載せてふふ、と笑う。  
外泊は快諾された。地上の友人が増えるのは月詠にとって良いことよ、と日輪は嬉しそうに声を弾ませていた。  
妙に借りた夜着は、甘い香りがする。  
甘えるように体を摺り寄せてくる妙を、腕の中に抱き込む。  
「このまま、眠りなんし……」  
するり、と細い手が夜着のあわせに滑り込む。  
「た、妙」  
「柔らかくて、安心する」  
素肌の乳房に妙がそっと触れる。そのまま再びの口づけ。  
やけに、焦った。  
「おぬし、ちょ……」  
滑り込んだ手が動いて、肩を露わにされる。  
「甘えていいって言ったでしょう?」  
「しかし」  
胸を開かれて、乳房がこぼれ出る。慌てて前を合わせようとする手を捕らえられて、剥き出しの胸に妙は顔をうずめた。  
「腹が立つくらい大きいのね」  
「何を」  
「こんなに大きいのだもの、一晩くらい貸して頂戴」  
「待て、待て」  
「……いけないことだと、分かってはいるのだけど」  
 
わっちの制止も聞かず、妙は胸の先端にくちびるを寄せた。  
「あ……」  
柔らかく穏やかな刺激で言葉を封じられ、代わりに気恥しい吐息が漏れる。  
暖かく濡れた感触。  
吸いついた口の中で、やわやわと舌を動かされているのが感ぜられる。  
「だ、め……ぁあ」  
妙の手が、わっちの帯をほどく。しゅるりと衣擦れの音がして、見る間に脱がされてしまった。  
いけない。酔ったうえで、例え女同志でもこんなこと。  
口づけをしていた癖に、そう思う。  
「触りたいの。一人じゃないって、そう思いたい……」  
妙がふと、呟いた。  
眼差しはやはり酔っている。  
先程の会話でほとんどしらふに戻っていたと思ったが、そうではないのだろうか。  
だがその寂しげな呟きに、わっちも腹を据えた。  
「すまんが、閨房のことはよくわからぬから、上手くはできんせん」  
妙の帯に手をかける。  
するするとほどいて、夜着の前を開く。滑らかな肌が、暗がりの中で仄白く光っているようだった。  
薄い色の胸の突起も、細い腰も、小さな臍の窪みも、触れるのが恐ろしいくらいに清浄な印象だった。  
妙が夜着から袖を抜いて、わっちのものもそっと脱がす。  
そのまま躊躇いなく抱きしめてきた。  
お互いの間で、胸がつぶれあう。きりもなく柔らかい感触に、深い息を吐いた。  
「あたたかい……」  
耳のそばで妙の声。  
本当ならば、厚い胸板の優しい男が、妙にこうすればいいのだろう。  
 
滑らかな背を撫でてやる。  
こうして素直に甘えれば、妙ほどの美しい娘を放っておく者などいまい。  
今、自分の胸に、喜びが滲むのを自覚する。  
間違いであったとしても、妙がこのように甘える相手がわっちであることが、不思議と誇らしいような。  
下ろされた髪を指先で掻き分けて、首筋にくちびるを寄せた。  
「あ……」  
髪の甘いにおいと、微かな酒の香り。  
先程こぼしたものであろうか、と舌を伸ばしてたしかめてみる。  
「んん……」  
妙の手が再び胸に触れる。今度は全体を包むのではなく、先端を指先で責めるように動く。  
くるくると周りをなぞられたり、指先で挟んで転がしたり。  
下腹が熱い。胸への責めなのに、腹の中がきゅうと収縮するような不思議な感覚だ。  
夢中で、首を舐め、耳へと舌を這わす。  
複雑な形の襞や、小さな穴を舌先でなぞる。  
びくびくと震える肩。  
「よわいのか?」  
「し、らないわ……あぁ、初めてだもの」  
揺れる声が嬉しい。  
何も知らぬわっちだが、少しでも善くなって欲しい。  
恐る恐る妙の乳房に手を添える。触れただけで、びくりと跳ねる。  
「敏感なんじゃなぁ……」  
小さな乳首が、手のひらの中で立ちあがってくる。それもまた嬉しくて、指先で押しつぶしてみる。  
「あん!」  
仕事柄、女の嬌声は耳慣れているはずであったが、自分の腕の中であがるその声は特別だった。  
 
耳を舐めながら胸をくすぐる。  
妙はもぞもぞと膝を擦り合わせている。わっちと同じに、下腹が熱くなったのだろうか。  
すべらかな足が、わっちの膝をわって入ってきた。太ももがぐ、と両足の付け根にあてられる。  
つんと尖った快感が、腰を震わせる。  
「あ、妙、」  
「負けないんだから……」  
するすると擦りつけられる。  
「あ、やめなんし……」  
強いけれど、もどかしいような、そんな快楽だった。  
ふと、妙は胸から手を離した。次にすることはなんとなくわかっている。  
そうして欲しいような、少し恐ろしいような。  
両足から足が抜かれて、下着の上から妙の指が触れた。  
「あ、あ」  
「熱くなってる……」  
「だめじゃ……あ、ん……」  
並べられた指先が、何度も股間を往復する。  
その度たまらず腰が浮く。膝が自ずと開かれて、触りやすいように動いてしまう自分が浅ましく、恥ずかしかった。  
「とっても、かわいい……」  
「な、にを言うておる……んん……!」  
「私、お世辞は言わない主義なの」  
そう言って、妙はわっちの下着に手を掛ける。  
「や、止め……」  
「嫌」  
 
起き上った妙が、するすると下着を下ろしていく。足首から抜かれて、足元からわっちの体を眺めている。  
「女を捨てるなんて、これじゃ無理な話だわ……」  
妙の手が下生えに触れる。閉じた足の付け根に、親指が押し込まれる。  
「ぁあ!」  
「熱い……濡れてる……」  
びりびりと激しい感覚に、腰が大きく跳ねた。  
自分以外の人間が、そんな場所に触れている、そう思うとくらくらする。  
「たえ、た、え」  
思わず立てた膝を、強い力で左右に割られる。  
「きれい……溢れてる」  
くちゅ、と水音を響かせて、指でそこを開かれた。  
思わず両手で顔を塞いだ。たまらない羞恥が息を荒くする。  
「い、やじゃ」  
細い指先が溢れたものを掬うように、下から上へと撫であげる。  
つんと引っ掛かる部分を指が辿った。  
「ぅああ!」  
腰が跳ねるのを止められない。  
恐る恐る妙を見る。至近距離でそこを見ていた妙が、わっちの目をみた。  
酒に酔ったのとはまた違う、興奮して上気した顔はもう娘のものではなかった。  
敏感な突起に、ぬめりを塗り伸ばす。  
もう妙を見ていられなかった。顎があがって、あられもない声が上がってしまう。  
「あ、あ、あ、」  
このままではいけない。されるがままでは、妙に優しく出来ない。  
何とか起き上って、足の間にしゃがみこんでいた妙の足を掴んで引いた。  
「きゃぁ!な、なに……」  
そのまま引いて、足を枕の方まで持ってくると、下着を脱がせる。  
「こ、れでやっと、対等じゃ」  
 
「や、ぁ」  
片膝を立たせて、妙のそこも露わにした。  
下生えが薄いせいか、濡れてきらきらと光った合わせ目がはっきりと見えた。  
「おぬしも……濡れている」  
「やだぁ……」  
妙がしたのと同じように、愛液を指に絡め、塗り伸ばしてやる。  
「あぁん!」  
先程強い感覚が走ったところを探し当てる。つんと尖って赤いそこをぬるぬる撫でると、さらに開くように腰が上がった。  
横になりながら、同じようにお互いを指で苛めあった。  
羞恥と快楽で夢中になっていく。お互いの荒い息と、時折上がる嬌声と、くちゅくちゅと響く水音に果てもなく酔っていた。  
口を使い始めたのがどちらが先か、もうわからない。  
二人とも恥ずかしげもなく足を広げあって、味わいあう。  
開き始めた穴に舌先を入れたり、尖った先をつついたり。  
「ああ、……ん、……は、ぁ」  
顔を濡らすほどに蜜が溢れてくる。  
「んん!……あ、ぁ」  
柔らかく広げた舌が全体を舐め上げるようにされて、思わず口を離した。  
その隙に妙は体を上げ、わっちの足の間に再び滑り込んだ。  
また一人で気持ち良くなってしまうのが嫌で、体を起こすと、妙はわっちの足を片足だけ持ち上げて、その下に腰を差し入れる。  
「な、何じゃ……」  
わっちとて吉原の女だから、経験は無くとも妙が何をしようとしているか、想像はつく。  
だがそんなことを妙が知っているとは思わず、少し動揺した。  
そんな胸の内も知らず、妙は互い違いに足を絡めて、濡れそぼったそこをぴたりと合わせた。  
「あ、」  
「ん……」  
 
胸が震える。まるで蕩けてしまったように柔らかく熱い襞が絡み合う。  
向かい合って目を見つめあったまま、腰を動かす。  
ぴちゃぴちゃと濡れた音がお互いの合わせ目から響いて、頭に霞がかかったように、何も考えられなくなる。  
尖りが擦れ合うのが、気持ちいい。  
うるんだ瞳が熱を帯びて見つめる。体全体朱にそまって、腰の動きに合わせて胸が揺れているのが、この上なくいやらしかった。  
快感に耐えられない風に、体を支えていた腕が萎えて、妙はそのまま後ろに倒れる。  
わっちはそれをおいかけて、妙の足を抱えて腰を動かした。  
「あぁん、……あ、気持ち、いい……いいのぉ……」  
「わっちもじゃ、たえ、わっちも……」  
切なそうに眉根を寄せながら、目をそらさず見つめ続ける妙が愛おしい。  
この体制だと、まるで自分が男になって、妙を抱いているような気分になる。  
とてつもなくいけないことをしていると、そんな罪悪感さえ快感を煽った。  
「ねぇ、ねぇ、もう、いっちゃ、いっちゃう……」  
うわ言のように繰り返す声にあてられて、腰の動きを速める。  
「いっちゃう、いく、いくの、あ、あ!」  
快感の高まりに追いすがるように、妙は高く腰をあげた。それに合わせて広がったところに、さらに強く擦りあてる。  
蜜が溢れかえって、ぐちゅぐちゅとはしたない音が響く。  
「ああああ!」  
ぴん、と妙の体が張りつめる。快感で腫れあがったようになった乳房が、揺れを止めて天を向いた。  
合わせ目でひくひくと襞が震えている。  
 
 
165 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2010/04/24(土) 00:47:22 ID:PvOwsKKo 
崩れ落ちるように腰を落として、荒い息を何度も吐いている妙の隣に横たわって、抱き寄せた。  
ぐちゃぐちゃになった掛け布団を引き上げて肩まで掛けてやると、妙も手を回してくる。  
何も言わず、口づけあう。  
暗黙の了解のように、腕をのばしてやると、そっと首をのせた。  
つう、と妙が涙を流す。  
「ありがとう……ごめんなさい」  
「謝ることなどなにもありんせん……さぁ、眠りなんし、ここにいるから」  
ぐ、と腕に力がこもる。  
「ねぇ、私、あなたが……」  
すき、と呟こうとしたくちびるを、口づけで塞ぐ。  
「その言葉は、おぬしをずっと守れる男のために取っておきなんし」  
そういうと、妙は目を閉じる。段々と抱きしめる腕の力が抜けていき、静かに眠りに落ちていくのがわかった。  
「とんでもないことをしてしまった、な」  
そうひとりごちて、わっちも瞼を閉じた。  
腕の中の細い体を抱きよせて、そのまま眠りの淵へ落ちていった。  
 
さぁどうぞ、召し上がれ」  
朝目覚めて、風呂を借り、居間に戻れば妙はもういつもの妙だった。  
「わがままいっぱい言っちゃったから、少しでもお礼をしなくちゃと思って」  
ちゃきちゃきとした振る舞いで、目の前の卓に朝餉を並べてくれる。  
「……こ、これは一体」  
どの器にも消し炭のようなものが乗せられている。  
「気にしないでたくさん食べてね?ほら、昨日言ったでしょ、私卵焼きが得意だって!約束通り作ったのよ、ほら、沢山」  
目の前にもう一皿置かれる。そこにはうずたかく積まれた消し炭の山。  
「い、いや、気にしなんし、わっちは朝はあまり……ほら、新八が帰ってきたときのためにでも取っておきなんし」  
「もう、だめよ?朝食はちゃんととらなきゃ。新ちゃんにはまた作って出すから、食べて?」  
「あ、ああ……」  
「ねぇ、月詠さん」  
「……なんじゃ?」  
 
「また、かぶき町に来ることは、ある……わよね?」  
不安げな眼差し。目の前に並べられた恐ろしげなものは一度忘れ、真剣に答える。  
「そんなに頻繁には来れぬが、……ちゃんと会いに来る」  
ほっとしたように、妙はわっちの隣に寄り添った。  
「良かった……甘えられる人が、ひとり出来たわ」  
良いことなのか、悪いことなのか。それでも息を吐いた妙の顔は、ほっとしたように気の抜いた、自然な笑みだった。  
「さ、どうぞ?」  
妙は箸を取り、消し炭をつまんで目の前に差し出した。  
笑顔が可愛いらしくて。  
ごくり、と唾を飲み、意を決して口を開ける。  
がり、と卵焼きとは思えない音を立てながら、できるだけ味あわない様に飲みこむ。  
「う、うまい……な」  
必死でそう言いながらも、意識が遠のいてゆく。  
最後に見たのは、妙の華のような笑顔だった。  
 
 
……わっちがもう一泊せねばならなくなったのは、また別の話。  
 
 
終  
 
 

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