東城の部屋を訪れたあの日、半ば無理矢理な形で処女を奪われて、  
まあそれは一億万歩譲ってギリギリ許せるとしても  
むしろそのあとの方が九兵衛にとっては大変だった。  
 
身体にいくつも付けられた赤い跡が人目に触れないよう隠すのに一苦労だったし、  
更に股の異物感がなかなか取れなくて剣の稽古すらも億劫で、どことなくぎこちない動きの  
九兵衛を見た西野達から「若、どこかお怪我でもされたんですか?」と心配そうに  
聞かれるたびに顔が赤くなるのを隠して「なんでもないっ…!!」と答えるので精一杯だった。  
北大路は何故か淡々と意味ありげな視線を送ってくるし、  
南戸はニヤニヤして「へーえ、ふーん、若がねぇ…」とか呟いてたから  
即効で地の果てまでぶっ飛ばしてやったが。  
東城にいたっては、九兵衛は視線を合わせることはおろか傍に寄ることすら許さず、  
九兵衛が道場に居る間は立入禁止にし、それ以外の場所でも周囲20m以内に近付くなと  
きつく厳命した。  
そんな二人の様子を見れば、誰の目にも東城と九兵衛の間に何かあったんだろうかと  
いう風に写ったが、九兵衛からほとばしる殺気の激しさに只ならぬものを感じた門下生達は  
賢明なことに誰も(南戸以外は)その話題に触れようとしなかった。  
 
そんなこんなで数日が経ち、やっと元の身体の動きを取り戻して、  
あの赤い跡も消えてオババや侍女が居ないときを見計らって風呂に入る必要もなくなり、  
少しずつ東城への怒りも収まってきたように見えたころ、  
またすぐに別の悩みに直面することになるなんて、九兵衛は想像もできなかった。  
 
 
 
 
 
 
その日の夜、  
九兵衛はいつものように寝支度を済ませて、布団に潜り込んだ。  
風呂に入ったあとのさっぱり感と、暖房で温められた部屋と布団が身体にとても心地よかった。  
しかしそれらをもかき消すように、また身体を這い上がってくる感覚に大きく溜め息を吐く。  
 
疼く。そう、一言で言うならそれだった。  
身体の奥に小さな火が灯ったような感覚。  
水を求めて喉が渇くように身体が何かに飢えている。  
渇きを潤してくれる何かを欲している。  
九兵衛はこれが何なのか、心の奥で気づいていた。  
でもそれを認めたくなくて、その熱を持て余したまま数日を過ごしてしまった。  
持て余すほど火が大きくなっていくとは知らなくて。  
 
布団の中で何度寝返りを打っても、目を固くつぶって眠りに着こうとしても  
一度点いてしまった火は九兵衛の身体を容赦なく煽っていく。  
九兵衛はもう我慢の限界だった。羞恥を心の隅へ追いやって、  
そうっと其処へ自分の指を這わせる。  
茂みの奥の、温かくぬめる其処を指でゆっくりなぞった。  
「…は…っ…」  
求めた刺激が微かに与えられて、深く息を吸いながら、何度も指を動かした。  
そのまま吸い込まれるように奥の泉へ指を一本埋めていく。  
そこは既に濡れていて、九兵衛の指を簡単に飲み込んだ。  
「…ん…っ…ぁっ…」  
半ば無意識に指を出し入れして、身体が欲するままに動かしていくが、  
それは本当に求めた刺激とは程遠くて、物足りなさが  
余計に身体を煽って、九兵衛は急に泣きたい気分になった。  
元はと言えば、全部東城のせいなのだ。  
あの時東城が九兵衛を抱くことが無かったら、こんな自分ではどうしようも  
ないような感覚に悩まされる事もなかっただろうに。  
 
言葉にならない感情がないまぜになって涙と一緒に零れて、  
知らないうちに九兵衛はその名を呟いていた。  
「…とう、じょう…っ…」  
まだ九兵衛の指はそこに埋められたままで、もっと強い刺激を求めて  
別の指でそっと肉芽に触れようとした時、  
突然、部屋の戸が開かれた。  
 
九兵衛は喉から心臓が飛び出るかと思った。  
いつもなら布団から跳ね起きて刀を手に取って構えるところなのに、  
自分がしていたことの後ろめたさから反応が遅れて、布団の中でそのまま  
固まったように身じろぎ一つできなかった。  
戸が閉められる音と同時にゆっくりと人の気配が近付いてきて、息を呑んだ時、  
「若…」  
と、声をかけられて、その瞬間に布団から飛び起きた。  
「東城…!?」  
そう正にさっき自分が名を呼んだ男が、そこに静かに佇んでいた。  
「な、なんでお前がここに…!?」  
東城はすぐには答えなかった。何かを迷ったような顔をしてから、口を開いたとき、  
九兵衛はとっさにそれを遮るように勢いよく叫んでいた。  
「ぼ、僕の傍に近付くな、とあれほど言ったろう…!! 何度言えばわかるんだ、早く出て行ってくれ…!!」  
東城の顔を見ないように視線を落として、肩で息をしながら、  
九兵衛は自分の言葉にショックを受けたような男の気配を感じていた。  
とにかく今の自分の傍に東城が近寄る事が嫌で仕方がなかった。  
何をしていたか気づかれたかは分からないが、  
そんな自分を知られたくも見られたくもなかった。  
 
東城は九兵衛から投げられた言葉に一瞬固まったが、  
次の瞬間にはその顔から一切の表情が消えていた。  
つかつかと九兵衛に歩み寄って、その細い手首を掴んだかと思うと、  
驚いたように顔を上げた九兵衛の唇を塞ぐ。  
「……んぅ…っ!?」  
とっさに逃れようと身を捩るが、両手ともガッチリ拘束されて、  
そのまま舌が差し入れられて、生温かいものが口の中を暴れまわって、  
舌を絡め取られて吸われて、それを嫌だと思う自分と、  
それを待っていたかのように喜ぶ自分の心の間で九兵衛は揺れた。  
気づけば腰に手が回されて、力が抜けていく身体を支えられながら、  
何度も口付けが繰り返されて、もう思考が回らなくなったころやっと解放される。  
酸素を求めるように深く息を吸ってから、なんとか言葉を吐き出した。  
「…東城…っ、…なんで、なんで僕に、こんなこと……っ」  
もっと勢いよく罵倒するつもりだったのに、泣きそうな声はどんどん小さくなって、  
そのまま下を向いてしまう。  
東城はそんな九兵衛を優しく抱き締めながら、そっと囁いた。  
「若…、若は、私がお嫌いですか?」  
九兵衛はびくんと身体を震わせる。  
ここ一週間の九兵衛の言動は、東城を嫌いだと言ってるも同然だった。  
あんな事をされたのだから無理もないとはいえ、  
嫌いどころか、顔も見たくない傍にも来て欲しくない、まるで害虫のように東城を扱ったのだ。  
なのに…なぜその問いにすぐ答えることができないのだろう。  
「……き、嫌いに決まってるだろう…」  
かなり間があってから、搾り出すように九兵衛は答えた。  
東城はその答えを知っていたかのように軽く息を吐いてから、静かに言葉を紡いだ。  
「先日、私が若にしたことで怒っておられるのなら、それに関しては私は弁明のしようもありません。  
…ですが、それでも、それでも私は…若をお慕い申し上げております」  
その言葉に、九兵衛は雷に打たれたような気持ちになった。  
東城が僕を好いている…?今まで幾度も告げられてきたその言葉。  
でも、そんなはずはない。だって東城は…。  
九兵衛の中で何かが弾けて、気づけば東城を突き飛ばしていた。  
「う、嘘だ…!! お前が僕を好きなんて、嘘に決まってる…!!」  
がむしゃらにそう叫んだ九兵衛の目には涙が浮かんでいた。  
 
「若…」  
「だって、お前は女を買ってたろう…!! 僕じゃなくたって、女なら誰でもいいんだろうお前は!!」  
東城は目を見開いた。  
確かに、東城は週に何度もソープランドなどの風俗に通っていたし、  
ふとしたことでそれが九兵衛にバレたときも、特に気に止めなかった。  
まさか自分が九兵衛を抱ける日が来るなんて夢にも思ってなかったからだ。  
彼女が自分を嫌ってるのはよく知ってたし、それでも彼女の傍に居られるだけで幸せだと心から思っていた。  
ただ満たされない気持ちの捌け口として、性欲処理だけは自分の好きなようにしていただけだった。  
それを九兵衛が気にしていると知って、東城は今はじめて後悔した。  
でもいくら悔いても過去は変わらなくて、何かを耐えるように俯く彼女にそっと言葉をかける。  
「若、たしかに、私は女を買っていました。…ですが、それと若をお慕いする気持ちとは別のことでございます。若がそうおっしゃるのも無理はありませんが、私は、若こそを生涯愛するただ一人の女子(おなご)と決めております。どうか、それだけは信じていただけませぬか。」  
九兵衛は微かに身体を震わせた。  
今にもその東城の言葉に手を伸ばしてしまいそうな自分を抑えていた。  
東城の言葉を疑っているわけではなかった。  
東城が自分をどう思っているかなんて、小さい頃からずっと知っていた。  
でも、その無償の愛が怖かったのだ。男として育てられて、結果的に男でも女でも  
なくなってしまった醜い自分を、手放しに愛してくれる存在が居るなんて信じられなかった。  
それがあまりに眩しくて、一度でも其処に飛び込んだら、  
もう二度と男として振舞うことはできないと思った。  
だから東城を必要以上傍には近づけず、修行の旅にも同行させなかったのだ。  
でももう、九兵衛は男として生きる必要はなくなってしまった。  
妙との一件以来、何かが緩むように自分の中が変わっていくのを感じていた。  
 
九兵衛が自分の気持ちに気づいたのはいつのことだったのか。  
とっくに気づいていたと言えばその通りだし、この間抱かれたときに気づいたとも言える。  
あの時、自分の部屋に戻って始めて九兵衛は、とんでもない事をしてしまったと気がついた。  
それは処女を奪われたことではなくて、長年蓋をしていた感情(もの)が自分の中から溢れ出しそうになっていたからだ。  
何より恐れていたそれに慌ててもう一度蓋をするように、その元凶となった東城を自分からより一層遠ざけた。  
でも既に手遅れだった。一度でも水を与えられた花は、ますます成長してもっと水をくれと求めてくる。  
そう、夜更けにこっそり男の名を呼んでしまうくらいに。  
 
東城の告白にこの上ない喜びを感じながら、それでもまだ躊躇うのは何故なのか。  
九兵衛は自分でもわからないくらい意地を張っていた。  
自分は男だ、と。東城なんか好きじゃない、と。  
でもそれは成長した花によってあれよあれよと食いつぶされ、残された意地はあと一欠けらだけだった。  
 
 
 
 
何かを考えるように黙り込んでしまった九兵衛を前に、東城は打ちひしがれたような気分で居た。  
どうせ振られるだろうとわかっていたのに…。  
それでも一度この手に掴んでしまったからなのか、もう自分の感情を抑える事はできなかったし、  
さっき手にした微かな希望に淡く期待してもいた。  
 
その日の夜遅く、東城はいつものようにこっそり九兵衛の部屋の前に来ていた。  
あれからずっと傍にも寄れず近くで顔を見ることもできなくて寂しくてたまらなかったし、  
でもそれも若から与えられた放置プレイだと思えば興奮するか、という自分もいながら、  
せめて寝顔くらいは見たいと思って、毎日こうやって九兵衛が寝静まったころに訪れていた。  
しかし、今日はどうにも様子が違っていた。いつもなら控えめな寝息が聞こえてくるはずのに、  
九兵衛がなんだか苦しそうな声を漏らしていたからだ。  
どこかお体の調子でも悪いのだろうか、とハラハラして耳を澄ませたとき、  
小さな声で自分の名がその口から呼ばれて、東城は自分の耳を疑った。  
同時に九兵衛が何をしていたのかも分かってしまって、その瞬間、思わず戸を引き開けていた――。  
 
 
もう無駄なあがきと知りながらも、東城は零れ落ちるように言葉を重ねていく。  
「若…、若のお怒りはごもっともでございます。しかし、私が本当に抱きたいと思っているのは若だけなのです。今更何を言おうと信じてもらえないでしょうが…。」  
九兵衛は自分の意地の最後の一欠けらにひびが入る音を聞いていた。  
それでも、最後に、自分に言い聞かせるように口を開く。  
「僕は…お前が嫌いだ。だから、お前が他の女を抱こうがなんだろうが、どうでもいい。  
でも…なのに…、なんでお前は僕を抱いたんだ。僕を好きだから?…本当にそうなのか?  
僕は女だ。でも未だに心は男なんだ。そんな女を抱きたいと本当にお前は思うのか?」  
我ながら無茶苦茶な事を言うものだと思いながら、東城が何と答えるのかを息を呑んで待った。  
東城はその九兵衛の問いに、何かひっかかるものを感じていた。  
何かがおかしい。彼女の嘘と本心とがそこに見え隠れしていると直感で思ったが、  
それには触れずに慎重に言葉を選ぶ。  
「若、私は若が女子だから若に惚れたのではありません。若が若であるからこそ、一生お慕い申し上げると決めたのです。もし若が男子としてお生まれになっていたとしても、私は若に同じ言葉を申し上げたと思います。」  
少々大げさであったが、東城にとってそれくらい九兵衛への思いは大きかった。  
 
九兵衛が固くその手に握り締めていた最後の欠片があっさりと崩れ落ちていった。  
何故か急に笑いたい気持ちになって、  
「お前は、本当に変態だな…。」  
と呆れたようにやっと東城の顔を見上げた。  
東城はそんな九兵衛の変化に目を瞠ったが、  
部屋に張り詰めていた緊張が解けていくのを感じて、やけくそでつられ笑いをした。  
「いやー、はっはっは、自分ではそうでもないと思うのですが…。」  
「いや、筋金入りの変態だ。こんな僕を好きだというのだからな。」  
その顔にさっきまでの拒絶はなくて、むしろ清々しいような表情を九兵衛は浮かべていた。  
心の重石が取れて、今まで言えなかったことも今なら言える気がした。  
「東城、僕はお前に抱かれたとき、嫌じゃなかった。  
自分でもどうしてかわからないが、お前の謝る姿を見た時はとても嫌だった。  
僕は、お前を嫌いだとさっき言ったが…それは違うのかもしれない。  
お前が僕を好きだと言うのを聞いて、本当はとても嬉しかったんだ。  
でも、どうしても認めたくなかった。だって、僕は男なんだから…。  
男が男に好きだと言われて嬉しいと思うのはおかしいだろう…?」  
東城はしばらく思考が停止した。  
想像もしなかった事を言われて、それを理解したときに、急にめまぐるしく頭が動いて、  
九兵衛に近寄ってその震える小さな手を優しく手にとる。  
「若…、若はまごうことなき女の子でございます。何もおかしいことはございません。好意を告げられて、嬉しいと思うことのどこがいけないと言うのでしょう。」  
東城の手の上にぽつぽつと温かい雫が落ちる。  
九兵衛は声もなく泣いていた。  
ずっと、ずっと誰かにそう言って欲しかった。  
自分は女だと。女としての感情を否定しなくていいのだ、と。  
生まれたときからずっと心に降り積もった感情は、乾き切った大地に一つの花を咲かせた。  
一生叶うことのない気持ちを象徴するように、それはいつも水を求めて九兵衛の中で暴れた。  
どうしても男として生きていかなければならなかった九兵衛は、いつしかそれにきつく蓋をして。  
その後も成長し続けるそれに怯えながら、いつも無意識に自分を潤してくれる何かを求めていた。  
だからあの日、九兵衛は、思い切った行動に出たのかもしれない。  
結果的にそれが蓋を外すことになって、次いでそこから溢れ出したものに九兵衛は身が裂かれる思いだった。  
今まで満たされなかったこの気持ちを、どこに向ければいいのか分からなかった。  
でもそれを、東城の言葉が一つ一つ溶かしていった。  
どんなにひどい事を言っても、九兵衛を愛してるという言葉を東城は曲げなかった。  
何故自分がこの男を好きになったのか、わかる気がした。  
 
東城はただ静かに涙を流す九兵衛をその腕に包み込んだ。  
九兵衛はその胸にしがみついて、堰が切れたように声を上げて泣き始めた。  
わんわん泣く九兵衛を見て、まるで子どものころの若に戻ったようだと東城は思った。  
あの時そうしたように、そっと背中をさすりながら、その小柄な身体を抱き締めた。  
 
 
 
どれくらいの時間が経っただろうか。  
途中で九兵衛の身体の力が抜けて、慌てて抱きとめるように自分も畳の上へと  
倒れ込んで、胸にしがみついたままの九兵衛の髪を撫でていたら、  
やがてすうすうと安心しきったような寝息が聞こえてきて、東城はほっとしたように息を吐いた。  
 
九兵衛が何故あそこまで頑なに自分を拒んでいたのか、そしてなぜ泣いていたのか。  
今や全て理解した東城は、溢れてくる嬉しさを噛み締めていた。  
こんな日が来るとは思ってもいなくて、ただ自分に縋りつくその温もりが答えだった。  
 
 
しかしこの状況を一体どうしたものか…。  
とんだ放置プレイであって、それも若から与えられた(ry と思うと興奮したが、  
そんな余裕もないくらい、東城は切羽詰っていた。  
いくらなんでもこんなところで抜くわけにもいかないし、  
そもそも九兵衛がしがみついた状態でできるわけがなくて、  
かなり真剣に悩んでいたら、九兵衛が軽く身じろぎして、  
起こしてしまったのかと思って息を詰めたら、  
「……とう、じょう…」  
と寝言で小さく呟く声が聞こえて、思わずふっと微笑んだ。  
 
 
 
 
 
 
 
――チュンチュンと雀が鳴く声を聞いて、九兵衛はぼんやりと目を開けた。  
障子から差し込む日の光の眩しさに目を細めたとき、  
何故かやけに身体が重いことに気が付いた。いや、そうではない。  
自分の身体にズッシリとのしかかった重みのせいで、身動きが取れないのだった。  
やっと目の焦点があったとき、なぜかそこには男の胸板があって、  
それに見覚えがあると気がついたとき、ギクシャクと音を立てて九兵衛は上を見た。  
そこにはやはり東城の顔があって、九兵衛と目が合うと、にっこりと笑って  
「おはようございます、若。よくお眠りになられましたか?」  
と言い放った。  
「な、な、ななななななんで、お前が…僕が……」  
九兵衛は口をパクパクさせながら混乱する頭で自分の置かれてる状況を  
必死に把握しようとしていた。  
その瞬間、昨夜のことを思い出して、散々泣いたあと寝てしまったのだと気づいて  
たちまちその顔が真っ赤に染まっていく。  
東城はそんな様子を面白そうに見ていたが、九兵衛が自分の腕から逃れようと暴れだしたのを見て、それを阻むように強く抱き締めた。  
「なっ、ちょっ、まてっ…、東城っ、離してくれ、離せったら…っ!!」  
「申し訳ありませんが若、それはできません」  
じたばたと足掻く九兵衛をやんわりと抑えて、やがて力勝負では叶わないと悟った九兵衛は  
諦めたように大人しくなった。  
 
「………それで、なんでお前は裸なんだ……そしてなんで僕の布団にいるんだ……」  
もう叫ぶ元気もないのか、ぽつぽつと呟かれた言葉に東城はどう答えたらいいか悩んだ。  
結局あれからも離してもらえなくて、色んな意味で熱くなってきた東城は服を一枚脱いだのだが、  
脱ぐとすぐに着ているほうの服を九兵衛が掴むので、あれよあれよと全部脱がされて、しまいには  
そのまま布団へと引っ張りこまれた、と説明した方がいいのかしない方がいいのか…。  
それに、九兵衛はその事を全く覚えてないようだった。  
告げたらどんな顔をするか見たいとも思ったが、それよりも今は別の用事が優先された。  
「若…、若は昨日私が言ったことを覚えておられますか?」  
九兵衛からギクッとしたような気配が伝わってきた。  
九兵衛はなんと言うべきか一瞬迷ったが、それでももう誤魔化すのは止めたので、  
「…覚えてる……」  
と小さな声で答えた。  
「そのあと、ご自分がおっしゃられたことは?」  
「………それも覚えてる……」  
なんとなく追い詰められるような気分で九兵衛は答えた。  
東城はその答えに満足そうな笑みを浮かべて、やっと腕の力を緩めた。  
九兵衛はほっとしたように息を吐いて、布団と東城から抜け出そうと立ち上がりかけたとき、  
その手首を後ろから掴まれた。  
今度はなんだと思って振り向いたら、東城が真剣な顔をして九兵衛を見ていた。  
「ど、どうしたんだ…東城……」  
「いえ、若に先に謝っておかねばならない事がありまして。」  
どちらかと言うと散々昨日東城に迷惑を掛けた自分が謝るほうなのではと九兵衛は思ったが、  
その表情に気圧されて、先の言葉を促した。  
「…な、なんだそれは。言ってみろ。」  
「練習熱心な若にとっては身を切る思いでしょうが、今日の朝稽古は休んで頂かねばなりません。」  
「……は?」  
たしかにいつも起きる時間よりは寝過ごしていたが、急いで支度すればまだ充分間に合うはずだった。  
「一体お前は何を―」  
言ってるんだ、と続くはずの言葉は遮られて、その手首を引っ張られる形で  
九兵衛はまた布団の中へ引き戻された。  
同時に東城が身体を起こして、九兵衛を押し倒すような形で覆い被さる。  
何か言おうとした九兵衛の唇を己のそれで塞いだ。  
更に九兵衛の寝間着に手をかけて、するすると脱がしていく。  
露になった胸の膨らみを優しく揉み上げて、唇を離した代わりにその小さな頂きを口に含んだ。  
「ちょっ、まてっ…東城…っ、…ま、…ぁっっ……んっ」  
九兵衛の反応の良さは相変わらずで、その甘い声に内心笑みながら、  
ますます頂きを舌で嬲って吸って転がして、口を離してもう片方の頂きも同じように弄んで、  
九兵衛から漏れる声が喘ぎだけになったときにやっと身体を起こした。  
「…はぁ…っ……と、とうじょう…っ」  
自分が上げた高い声と東城の行動に戸惑うような顔をする九兵衛ににっこりと笑ってから  
その秘められた泉に手を伸ばして、すでに蜜が滴ってるそこに指を入れてかき回した。  
「ああぁっ…や…ぁっ…んん…ぁっ」  
既に数日間も身体の疼きを持て余していた九兵衛は、東城から与えられる刺激に歓喜する自分を感じていた。  
ぐちゃぐちゃとみだらな音を立てて何度も指を抜き差しして、熟れた肉芽にそっと唇を寄せた。  
「…っっぁ!」  
九兵衛の身体が跳ねて、何度も舌で舐め上げたら、  
「ぁあっ…っ…もう…っっ」  
びくびくと細い身体が震えて、二本の指で内壁(なか)をより一層激しくかき回した。  
「あっ、ぁああああああ……っっ!!」  
たまりにたまったものが九兵衛の中で弾けて、その身体を駆け巡っていった。  
目も眩むような快感が押し寄せて、頭の中が真っ白になっていく。  
蜜があふれる泉から指を抜いて、東城はどこからか取り出したコンドームの封を切って己の欲望に被せる。  
泉の入り口にあてがわれたものに九兵衛はびくんと震えた。  
 
東城はそのまま貫くつもりだったのだが、一瞬躊躇って、  
「若…よろしいですか?」  
と九兵衛に問うた。  
九兵衛は少しだけ迷ったが、もはや完全に解き放たれた感情と快感への渇望は止まらなくて、  
真っ赤になった顔を腕で覆いながら、小さくこくんと頷いた。  
東城はほっとしたように息を吐いてから、その唇に接吻を落として、  
ゆっくりと腰を沈めて行った。  
「っっ……ああっ」  
もうあの時のような痛みは感じられなくて、圧倒的な質量がなかに入ってくる感覚に  
九兵衛はどこか満たされる気持ちがした。  
奥まで貫いてからまた引き抜いて、ぎりぎりのところですぐに押し込む。  
何度も繰り返されるその動きに九兵衛は嬌声を上げてよがった。  
「あぁっ…ふぁ…っ…んんっ」  
相変わらず狭いなかを抉るように何度も突いて、腰を支えた手を胸へ伸ばして揉みしだく。  
「んぁっ…や…っぁ……ああっ」  
黒い髪を振り乱して、頬を紅潮させて、甘い声を漏らす彼女の姿は、  
今まで自分が抱いてきたどの女よりも女らしくて淫靡で、とても綺麗だった。  
精を吐き出しそうなのを堪えて、腰を回すように押し付けて、  
その小さな唇を塞いで深く貪る。  
「…んっ…ふ…ぅっ」  
上も下も激しく東城に蹂躙されて、またあの高い波が押し寄せて、  
やっと唇が離されて、  
「…は…っぁ……とうじょう…っ、東城…っっ!」  
自分を貫くその男の名を呼んだ。  
「…若…っ」  
九兵衛のなかが東城の欲望を絞り取るように蠢いて、ついに精を吐き出した。  
東城のものが膨らんだと思ったとき、目の前が真っ白になって  
「っっぁ、やぁああああああっっ……!!」  
痺れるような快感が身体の中で弾けた。  
背を弓なりに反らせて、全身を震わせながら九兵衛は達した。  
 
しばらく、二人ともそのまま荒い息を繰り返しながら  
身体を重ねていた。  
やっと東城が起き上がって、猛りを引き抜いた。用済みのコンドームを捨ててから  
九兵衛の身体を抱き起こして、さっき脱がせた服をもう一度着せてやる。  
「と、東城…っ、自分でやるから…っ」  
慌てて男の手を押しとめたら、東城は残念そうな顔をしたので、  
なんとなくされるがままになってしまう。  
ずっと昔のすごく小さかった頃に、こうやって着せてもらった事があったなと  
ぼんやり思い出しながら―。  
九兵衛を立たせて、しっかり帯まで結んでから  
東城は今度は自分の着物を拾って、身に付け始めた。  
それを見た九兵衛はふとその男の手を掴んだ。  
「若?」  
どうしたんだろうと振り返ったら、  
「僕が着せてやる」  
と言うので、東城はびっくり仰天して慌てた。  
 
「いえ、滅相もございません、若にそのような事をさせる訳には…」  
と自分が言ううちにも九兵衛はその辺に落ちてた着物と帯を拾って、  
足りない背丈でぴょこぴょこ飛びながら東城の肩にそれを掛けて、  
前をきっちり合わせてから、帯を男の腰へと巻いていく。  
東城は嬉しさを通りこしてこの状況はかなりやばいと思った。  
九兵衛の体温が密着して、せっかく鎮めた欲望がまたむくりを鎌首をもたげる。  
九兵衛は自分の腹に当たるものがなんなのか、すぐに気がついた。  
呆れたように見上げたら、  
「いえ、その、これは……」  
あくせくと慌てる東城を見て、九兵衛はふっと微笑んだ。  
「若…?」  
意外な反応に東城は不思議そうな顔をする。  
「まったく、しょうがないやつだなお前は。」  
そう言って笑う九兵衛は、それを嫌がる様子は少しもなくて、  
東城は気が抜けたような気分になる。  
最後の帯をしっかりと締めてから、九兵衛は身体を離して、  
部屋を出て行こうとした。  
東城はほっとしたような残念なような気分でそれを見送っていたら、  
戸口に立つ九兵衛がふと振り返った。  
「…今夜、お前の部屋へ行く。それまで我慢しろ。」  
その言葉の意味を理解して、東城が口を開きかけたときには  
もう戸がピシャンと閉められていた。  
廊下を猛スピードで走り去る音がして、  
あとに残されたのは、なんとも言えない静寂と、  
持て余した自分の欲望だけだった。  
しばらく呆然としてから、急に東城は笑いたい気持ちになった。  
今が夢なのか現実なのかわからない気分の中、  
たださっきの九兵衛の言葉を  
その手に握り締めた。  
 
その時までの僅かな時間が、  
きっと生涯で一番長く感じられるだろうと思いながら――。  
 
 
 
<終わり>  
 

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