シンと寝静まった吉原の町を、一人の女が歩いていた。
煌びやかであるはずのネオンはとっくに消灯され、代わりに遠くの方で星が瞬いている。
いつものように吉原の見廻りを終え、長い一日の仕事を終えた月詠が家路についていた。
自身が寝泊りをする「ひのや」に帰ると、物音を立てぬよう、そっと忍び足で建物の中へ入ってゆく。
同居人である日輪も晴太も今頃夢の中であろう。
そろそろと自室へ向かい、部屋の前に着くと、ふすまを開けるためそっと指を掛ける。
その瞬間、月詠はハッとした。
微かだが、自分の部屋の中から物音がする。
こんな時分だ。日輪や晴太が己の部屋にいるとは到底考えられない。
と、なれば、物取りか?いずれにしても、得体の知れない輩であることは間違いないだろう。
月詠はクナイを取り出し、右手に構えると、左手で一気にふすまを開けた。
すると…
「やぁ、お帰り。お勤めご苦労さん」
薄朱い色の髪を一つに編んだ、よく見知った顔の男が、ちょこんと胡坐をかいて自分に軽く手を振ってきた。
「…………」
月詠は何も見なかったかのように、クナイを構えた姿勢のまま静かにふすまを閉める。
くるりと向きを百八十度変え、あー、確かあそこの部屋が空いてたよな、今日はそこで寝るとしようか、
などとと考えながら自室を後にしようとすると、後ろから声が掛かってきた。
「ちょっとちょっと、せっかく彼氏が会いに来たというのに、それはヒドイんじゃない?」
慌てた様子の神威が、月詠を追いかけてくる。
月詠は振り返り、じとっとした目で、神威を見た。
「ぬしの彼女になるなどという契り、わっちは結んだ覚えはないぞ?」
「えー、もう、あんなコトやこんなコトをした仲だと言うのに?ああ、布団の中での月詠は可愛かったのになぁ」
神威がにやにやと白々しく台詞を吐く。
「………………………はぁ」
月詠は盛大に溜息をつくと仕方ないとばかりに、自室へ足を向ける。
小声とは言えこんな所であーだこーだ言っていては、日輪達が起きてきてしまう可能性がある。
それは、かなりやっかいだ。
月詠に続き神威が部屋へ入ると、月詠はぱたんと後ろでにふすまを閉めた。
「それにしても、ぬし、ここへはどうやって入ったのじゃ?」
さっきから思っていた疑問を投げかける。
いくら深夜とは言え、入り口はもちろん窓からでも、誰にも気づかれず入るには少々リスクが高いように思える。
「ん?そんなの、この隠し通路からに決まってるじゃないか」
そう言って神威は指を下に向ける。
「ちっ」
気づかれたか…
「あれ?今舌打ちしなかった?」
月詠は頭の痛くなる思いがした。
これだから、この隠し通路の事は知られたくなったのだ。
月詠は一つかぶりを降る。
「して、今日はいったい何のようじゃ」
取り合えず用件を聞くものの、ぬしに構ってる暇は無い、とでも言いたげな目を神威に向けた。
「そんな。愛しい月詠にはるばる会いに来たんだ、ヤルことなんて一つだろ?」
月詠の気持ちなど意にも介さぬように、にこにこと笑顔を浮かべて言う。
「ほら、もう布団だって引いておいたんだ」
どうだと言わんばかりに、手の平をそれへ向ける。
そこには一組の寝具がきちんと揃えて広げられていた。
「…人の物を勝手に」
本当に頭が痛くなってきた気がする。
そんな月詠を余所に、神威が早速布団の上に座り込む。
「前にも言っただろ?兎は生殖力が強いって。溜まってしょうがないんだよね」
以前、神威に抱かた時の事だ。何度も何度も月詠を求める神威が、己の種族を比喩し、寝物語に聞かせた雑学だ。
もっとも、真偽の程は知れないが…
そんな神威を無視して、月詠は風呂へ行く準備をすることにした。
神威に背を向け、結った髪を解きながらぶっきらぼうに言葉を投げかける。
「わっちは疲れておる。それにぬしは一度事に及ぶと長くなるから嫌なのじゃ」
「へー、それは俺の事、絶倫だって言ってくれてるの?嬉しいね。最高の褒め言葉だよ」
神威はさも嬉しそうに、明るい声をあげた。
月詠としては、その気など無い、と意思表明のつもりで言ったはずなのだが、
この男は全く見当違いの方向、自分の都合のいい方向へ解釈したらしい。
月詠は内心舌打ちをする。
「それに性欲処理なら、自分でマスでもかくか、風俗にでも行けば良かろう?」
箪笥から寝間着を取り出す。
「第一ここは吉原。イイ娘ならいくらでも紹介してやろうぞ?」
月詠は振り返り、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「んー、それも考えたんだけどね。でももう一人の俺が、月詠じゃないとイヤだって聞かないんだよね」
「………」
もはやこの男に何を言っても仕方ないらしい…
話すだけ無駄というものだろう。月詠はそう見切りを付けた。
「わっちはこれから風呂へ行く。その間に自分で抜いてさっさと帰りなんし」
神威の前に立ち、見下ろしながら言い放つと背を向ける。
足を踏み出そうとしたその瞬間、腕をぐいっと掴まれた。
「なっ」
くるりと世界が反転する。
どさっと、体が倒れこむ。しかし衝撃はあまり無かった。
倒れた瞬間にぎゅっと瞑った目を開くと、神威の顔がすぐ目の前にあった。
どうやらまんまと布団の上に押し倒されてしまったらしい。
「ちょ、離…」
「風呂なんてどうでも良いよ。どうせこれから汗かくのだからさ」
「や、そういう意味じゃ、ぬしわっちの話聞いておったか?」
なんとか逃げられぬものかともがいてみるが、神威の身体はびくともしない。
性別からくる体格の差か、種族によるものか、それともその両方か…
神威は一見細そうな線をしているが、実際の所はかなりしっかりと筋肉がついている。
それは、過去に肌を重ねたことのある自分にもよく分かっていることだが、神威の良いようにされるだけになるつもりは無い。
が、やはり、その抵抗は無駄に終わりそうだった。
「前から思ってたんだけど…この格好って、凄く、そそられるんだよね」
そういう神威の目線は、大きく開いたスリットから覗く、網タイツをはいた脚に注がれる。
「だからわっちの話を…んっ」
軽く月詠の脚を持ち上げた神威が、網タイツをずらし、その太ももに舌を這わせた。
「あ、やめっ、つっ」
舌全体を使い丹念に舐め回し、内股をなぞり、次第に上へ上へと移動していく。
脚の付け根を何度も往復し、秘部へ程近い所へ近づかせ、時折ちゅぅと吸ってはその白い肌に赤い痕を付けた。
だがしかし、秘部へは決して触れようとはせず、脚のあわいの辺りを焦らす様に執拗に舐めた。
「んん、あ」
最も敏感な箇所に触れそうで触れないその快感に、月詠は女の匂いを強くしていく。
秘部を覆う薄い布地に目を向ければ、じっとりと染みができているのがわかった。
「ぅ、もう、いい加減にしっ、ああっ」
下着の上から、秘列をそっと指先でなぞる。
「俺には、こっちの口は、止めないでって言ってるように見えるけど」
下着越しからでも、はっきりと濡れているのが感じられる。
ぐにぐにと軽く指を埋めてやれば、じゅ、と染みはさらに濃くなった。
神威はおもむろに秘部から指を離すと、月詠の襟元へ両手を持っていき、手を差し入れた。
「あ…」
「それに…」
ガバリと襟元を肌蹴させ、その二つの乳房を露出させる。
「こんなにびんびんに乳首おっ立たせて、止めろなんて言われても、全然説得力無いよ」
神威の言うとおり、豊かな双丘の頂では、周りより色素の濃くなった箇所が、つんと上を向いていた。
神威はそれへ唇を寄せると、舌の腹を使って、ぺろりと舐めてやる。
「ひゃん」
乳輪をなぞるように舐めあげると、ぱくりと咥え舌先でころころと弄ぶ。
「あん、は、あっ」
じゅぶじゅぶと唾液を絡ませながら強く吸ってやると、なんとも切なげな声が漏れた。
口と舌で乳房へ愛撫を施しながら、器用に月詠の帯を解かせてゆく。
その手つきはすっかり手馴れたもので、するすると簡単に解かれるのであった。
腰紐も外し、着物を肩から脱がさせてやると、薄暗い室内に白い肢体が浮かび上がった。
その姿に神威は目を細めると、最後の砦となった下着へと手を掛ける。
ゆっくり下へ下へとずらしていくと、官能的にも、月詠の蜜壷と下着の間につぅっと銀の糸が引いた。
それを見て、神威はひどく興奮した。
無意識のうちにごくりと喉を鳴らす。
下半身が熱くなっていくのが分かった。
神威は主張を強くする自身を、早く月詠の中へ埋め込ませたい気持ちを抑え、下着を完全に取り払う。
ぐっと両脚を持ち上げて、ひくひくと蠢く月詠のそこをまじまじと眺める。
「凄いね、月詠。ここ、もうびしょ濡れだよ」
「そ、それは、ぬしが触るからっ…」
「ふーん、俺のせいだって言うの?違うでしょ?月詠がいやらしいからでしょ」
どす黒い笑みを浮かべて、くすくすと笑う。
「そんな月詠にはお仕置きをしないとね」
そう言って神威は、愛液滴る月詠のそこへ、唇を吸い付かせた。
「あああっ!!!!」
突然の強い刺激に、月詠は体をよじらせた。
「ぁ、やめ、んあっ」
ずず、っと流れる蜜を吸い、赤く熟れた女芯をあまがみする。
「んんあぁ!!」
舌の腹も使ってねっとりと舐めあげると、今度は入り口を舌先でなぞり、くちゅりとそれを差し入れた。
「はう、あ、ゃぁあ」
もう、月詠の脚はがくがくと震えていた。
ぴちゃぴちゃと音を立てながら舌を蠢かす度に、愛液とも唾液とも知れないものが、ずるずると流れては布団に染みをつくっていく。
「ふ、あ、あ、は、ぁぁ」
男根でも指でもない、生温かく焦れったくも絶妙な刺激に、月詠は攻め立てられてゆく。
「あ、あ、あ、ああああ!!!!!」
月詠の膣がきゅっと締まり、こぽと愛液を溢れさせた。
溢れた愛液を、ずっ、と吸うと、ようやく神威は唇を離した。
下を見下ろせば、月詠がシーツを握り締め肩で息をきらせていた。
「ふふ。舌でいっちゃうなんて、本当、月詠は感じやすいよね」
唇を手の甲でぬぐいながら、底光りする瞳を向けて言った。
月詠にとって、初めての男は、神威だった。
初め只くすぐったそうにしていただけの月詠の身体を何度も抱き、その度に神威は月詠の感度を高めていった。
月詠が敏感になる箇所を時間をかけて攻めたて、新たに反応著しい所を見つけてはそれを繰り返す…
そうして月詠の性感帯は徐々に増え、育った。
つまりは、神威が月詠のその身体を"感じやすく"なるよう、調教したのだ。
月詠が神威へ睨む様な目を向ける。
だが神威はそんなことそ知らぬ風で、むしろ、その表情さえも今は神威を更にそそらせる材料にしかなっていない。
「それより、ねぇ、俺、もう我慢できないんだけど」
衣服の上からでもはっきりと分かるほど神威の男根は立ち上がっていた。
それを月詠の女の部分に押し当てる。
「ぅっ」
イったばかりのそこに、男を感じ月詠が眉根を寄せる。
「入れて良いよね」
神威が目を合わせるように覗き込きこむ。
あんなによがっておいて嫌とは言わせないよ、とその瞳は言っていた。
月詠はこくりと頷いた。
神威はそれを確認すると、すばやく衣服を脱ぎ捨てる。
股の間には、先走りをにじませた猛々しい男根がそびえ立っていた。
挿入しやすいように月詠の脚を掴み開かせると、ゆっくりとその欲望を埋め込ませていく。
「う、はっ、んんっ」
「くっ、ほら、もっと力抜いて」
いつになってもこの瞬間は緊張する。そしてまた、一番興奮する瞬間でもある。
なんと言っても、文字通り一つになる瞬間なのだ。
柔らかな抵抗感に包まれながら、奥へ奥へと侵入する。
「あぅ、んっ」
「はっ、全部、入ったよ」
根元まですっぽりと納めると、神威は緩やかにピストン運動を始める。
「んぁ、ああ、は、あ、ああっ」
月詠の中を掻き回すように動いてやれば、じゅぶ、ずる、といやらしげな水音と艶かしい嬌声が響いた。
「ああ、やっぱり、月詠の中が一番だね」
腰を動かしながら、目を細めて神威がそんな事を漏らす。
その言葉に月詠はぴくりと動きを止めた。
「…………いた…のか?」
月詠がか細い声でつぶやく。
「ん?」
月詠の声が聞き取れず、聞き返す。
「抱いた、のか?…わっち以外の女を」
会っておらぬ間に、と消えそうな声で付け足した。
(ふーん)
神威は素直に、意外だと思った。
さっきは性欲処理に女を紹介してやろうとまで言っていたのに?、となじる事も出来たが、やめた。
うつむいて表情こそ見えないが、月詠の唇はきゅっと結ばれている。
そんな月詠を見ながら、珍しく可愛いことを言うものだなと、神威は内心笑った。
「抱いてないよ」
その言葉に月詠は顔をあげると、はにかむ様に神威の背へ両腕を回し顔をうずめる。
肌に触れる月詠の髪が心地よい。
神威もまた更に深く繋がるようにと月詠の体を強く抱き寄せた。
神威の言葉は、半分は嘘だ。
春雨に敵は多い。
その雷槍と言われる第七師団だ。そこへ間者として入り込む女も少なくない。
そして、そのような女とあえて関係を持つことなど、珍しいことでもないのだ。
だが、自ら女を求めるようなことはなかった。
元より、女に興味を抱いてなかったこともある。
が、何より、月詠の身体を知ってからは、他の女など抱く気にはなれなかった。
だから半分。
神威が再び律動を開始する。
月詠の奥を突くように腰を打ち付ける。
「あん、う、あ」
ぱんぱんと、体がぶつかり合う音が響く
「ねぇ、月詠、気持ちいい?」
腰を動かしながら尋ねる。
結合部ではぬぷっ、じゅぷっと粘液が絡み合い、快感が二人を支配する。
「んん、は、ぁ、気持ち、いい」
月詠はうっとりと恍惚とした表情を浮かべて答えた。
その言葉に満足そうに頷くと、神威はさらに動きを早くさせる。
「ああっ、そこ、奥が、当たって…、ああっ!」
亀頭部が内襞を擦りあげる。
神威から与えられる快楽に翻弄され、また、月詠自身も無意識に腰を振っていた。
「ねぇ、名前、呼んで?」
「ぁ、神、威…」
「もう一回」
「神威」
「もう一回」
「神…、ん…」
最後の言葉は、口付けによって、神威へ吸い込まれた。
神威が舌を絡ませてくる。
それに応えるように月詠も舌を差し出し、背中に回した腕を絡めつかせるように力を込める。
その時、神威の長い三つ編みの結び目に指先に触れた。
既に緩くなっていたのであろう。触れると、その結び目はするりと解けた。
はらはらと、存外に柔らかい神威の髪が広がっていく。
息継ぎの際、そっと目を開けると、普段目にすることの無い髪を解いた神威が目に入った。
その姿にドキリとし、月詠はカッと女の部分を熱くする。
「月、詠、ちょっ、締め付けすぎ」
額から汗を流しながら、神威が珍しく余裕の無い表情を浮かべる。
「は、あ、そんなこと、言って、も、あん」
気持ちのイイところを探りあうように、二人は身体をきつく抱き合い、淫らに腰をくねらせる。
互いに限界が近いことを感じながら、高みへと登らんと、つなぎ合わせたその箇所をまさぐりあう。
上ではくちゅくちゅと舌を絡ませ、下ではばん、びゅ、ぐちゅと体液を飛ばす。
神威の先端が、ぐんっ、と月詠の奥を突いた。
「あっ、んん、あ、はっ、あ、あ、ああああっ!!!!」
瞬間、月詠はびくんと神威を締め上げ絶頂に達した。
同時に、どくりと熱いものが月詠の中へ流れ込んでいく。
「はっ、うっ!」
びゅく、びゅく、と神威は月詠の中で男根を跳ねさせ、精液を注ぎ込んだ。
それを嬉しそうに受け入れ目を細めて笑みを浮かべると、月詠はそのまま眠りへと落ちていった。
「え、ちょっと!月詠!?」
その様子に、神威が慌てる。
が、既に月詠はすやすやと寝息をたて、夢の中へ行ってしまった様だ。
「………」
あいた口が塞がらないとはこの事を言うのだろう。
気持ち良さそうに眠る月詠を恨めしげに見ると、深々と溜息をついた。
「これから、まだまだ楽しもうと思っていたのに」
流石は最強の戦闘種族、夜兎。夜の戦いも神威にはまだまだ物足りないものだったようだ。
そんな神威の様子を余所に月詠は安らかな表情で眠りこけている。
それを見て神威が苦笑を漏らす。
「ま、続きは目を覚ましたらにするよ」
そう言って、自身も一眠りするためにごろんと月詠の横に寝転がる。
真昼間の情事もそれはそれで楽しそうだ。
そう思いながら神威は眠りにつく。
窓の外では東の空が徐々にその色を変え始めていた。