最近銀時の様子がおかしい。  
 この前も午前様で帰ってきたくせに酔っ払ってなかったし、神楽に見つからないように風呂場へ直行した。  
 朝から神楽は胸中でひとりごちる。  
 ──なんか匂うアル。カレー臭ってこんな感じアルか?  
 「うおーい、神楽ぁー」  
 「いやアル」  
 「……なんも言ってねーけど」  
 「銀ちゃんのほうが冷蔵庫に近いアル」  
 情けない表情で銀時がしぶしぶ台所にイチゴ牛乳を取りにいった。  
 その後姿を見ていると、神楽はなんとなく胸がちくちくする。  
 やっぱ取ってやっても良かったかと思うがもう遅い。イライラする。  
 何がこんなにも引っかかるのか、最近こんなことばかりで、どうしてだかわからないがもうしんどかった。  
 「銀ちゃん……」  
 すねているのか返事もせず腰に手をあてパック直飲みする男に、もうこの際ずばっと言ってやることにした。  
 「夜中に誰としっぽりしてるネ? 姉御か? つっきーか? 嫌がってるフリしておいてさっちゃんとか?」  
 途中でブバァッと景気よくピンクの液体を飛び散らされたが、構わずに最後まで続けた。  
 「誰といやらしいことしようが関係ないアルが、もし……」  
 ……胸が痛む、だがやはり意味がわからない。  
 「もし誰かと所帯を持つなら、私はちゃんと出て行くから、銀ちゃんもちゃんと言って欲しいアル」  
 銀時はふり返り神楽を眺めてからピンク模様の台所を見渡し、ティッシュ、とつぶやいた。  
 
 
 「オメーなァ、なーんで俺が手を出さずに今まで一緒に住んでたと思うんだ?」  
 「家族だからアル」  
 「……まったくよォ、どいつもこいつも肝心なことはわかってくれねーんだよなァ……」  
 ぼりぼりと頭をかく手が大きい。  
 ──そういや手つないだことあったっけ……? あ、幽霊蚊天人の時にあったアルな……  
 などと神楽がぼーっとしていると、目の前にティッシュ箱が突き出された。  
 「おら、お前も拭け」  
 「いやアル。噴くのは銀ちゃんだけで十分アル」  
 「うまくねーし分かりづらいんだよ! それに何、まだ反抗期なの?!  
 ったく、大事なもんほど汚したくないって男の心理がわかんねーのかねェ」  
 ティッシュに伸ばそうとした神楽の手がぴたっと止まる。  
 「……なんの話アルか?」  
 「そーいう話だよ」  
 短くきっぱりとした返事。だけど、どう解釈していいのか分からない。  
 口説き文句なら──  
 「神楽……」  
 沈黙が流れたあとで、銀時がゆっくりと神楽のほうに顔を近づけてきた。  
 ──私も遊ばれちゃうアルか。  
 「いやアル」  
 「本当に嫌なら普通は逃げるもんだぜ」  
 そっと頬にふれてくる銀時の手が悲しいくらいにあたたかい。  
 「………いやアル」  
 「目ぇ閉じな」  
 何度も何度も口にした「いや」をもう一度言おうとして唇を動かしたが、心の奥底が痛いぐらいに  
暴れだし、出てくる涙をこらえるためとうつむいたはずみで、ぎゅっと目を閉じてしまった。  
 キスされる?!と慌てて目を開けたら涙がこぼれだして、そこからはもう止まらなくなっていった。  
 ぼろぼろぼろぼろ泣き出した神楽を、銀時はじっと黙って見ていた。  
 
 好きなだけ泣かせてくれた後で、ぽつりとつぶやかれた。  
 「……なにを泣いてんの?」  
 「…………っ! 他の女と寝てるくせに! なんかすっごく悔しいアルよ! 銀ちゃんのせいアル!」  
 「待て待て、何か勘違いしてるだろ。確かに銀サンは遊び人だけどよ、そっちの遊びはしたことないから。  
 そこんとこ間違えないように」  
 「嘘アル! 不潔アル! インモラルアル!」  
 「……俺はお前のパピーじゃねーんだぞ……」  
 「当たり前アル! 銀ちゃんは私の……!」  
 ──大好きな……  
 そう言いかけて我に返ってしまうと、あとはもう何も言えなくなった。  
 自分の本心をいきなり自覚してしまい、神楽は口をぽかんと開いたまま銀時としばらく見つめ合う。  
 ふいに口を開いたのは銀時だった。  
 「無理強いしても勝てる気がしねーんだよ……」  
 その瞳はまっすぐに神楽を見つめていたが、すぐにため息と共に視線をはずしてしまう。  
 「だから俺はずっと待って……や、うん、まあ……いいさ。出て行きたきゃ出て行きな」  
 パチンコにでも行ってくらぁ、と片手をひらひらさせて銀時が出て行こうとする、その後ろ背に、神楽は  
文字通りぶつかった。  
 「ぐほおおおっ! 神楽ちゃ〜ん力加減力加減……って何やってんだお前?」  
 「いやアル…………」  
 「さっきからイヤしか言ってねーだろお前。あ〜もうどうしたら満足するんだっつの」  
 「…………」  
 「あん? 聞こえねーよ」  
 「……だいて」  
 「はっ?!」  
 「抱いてほしいアル………」  
 およそ似合わない台詞を神楽は顔を真っ赤にさせて喉からしぼり出す。  
 銀時の背中にその火照った額を押し付け、暴走してしまった自分を呪うが、もうこのままどうとでもなれという  
心境でもあったので、何の弁解もせずにじっと広い背中に抱きついていた。  
 銀時の長いため息が聞こえる。  
 「お前はよォ……もっと自分を大事にしろよな……」  
 神楽はカッとなって叫ぶ。  
 「銀ちゃんじゃなきゃ嫌なんだからしょーがないアル! 私のこともちゃんと女として扱ってヨ!  
 私だって……っ……もう子供じゃないアルよ!」  
 「……そうかい」  
 静かな声音に、神楽は抱きついていた腕の力を思わず緩め、そこを逃さず銀時はしっかりと神楽を正面に  
引き寄せ耳元に唇を寄せる。  
 「途中で怖気づくんじゃねーぞ」  
 ぞくりと背がふるえる。耳に直接送り込まれる低い声と、濡れたように輝く危険な瞳、雄の匂い。  
 ──やっぱり私も女だったアル……  
 神楽は己の内の抗いがたい何かを急激に自覚した。強い男に魅かれるただの女。  
 夜兎だとか天人だとか年齢だとか関係ない、自分よりも強い、愛しい男に組み敷かれたい。  
 ただそれだけを願い、神楽は目をぎゅっと閉じた。  
 力強く抱き上げられ、思わず首筋にしがみつく。  
 銀時は和室の襖を足で開け、敷いたままだった布団に神楽を抱いたまま寝転がった。  
 たくましい胸に頬をのせて、神楽は銀時の少し早い心臓の音を聞きながら口を開いた。  
 「……銀ちゃんはずっと、我慢してたアルか?」  
 「我慢も何も、大人の男はなぁ、締め方もわかんねーようなお子様に本気で襲い掛かったりしねーんだよ」  
 「それくらい知ってるネ、こうでショ」  
 「いででででっ! 違う違う違う首絞めんなァァァ!」  
 神楽は銀時の叫び声を聞いて、少しだけ緊迫していた空気がやわらいだ気分になる。  
 「新八が来たら……どうするアルか……?」  
 「朝だしなぁ、もう少ししたら来るかもな。  
 いいじゃねーか、見せてやればよ……気ィ利かせて自分家に帰るさ」  
 不安げな神楽に銀時はニッと笑いかけ、そのまま楽しそうに神楽の唇にキスをした。  
 
 さんざん弄られ遊ぶように愛撫され、一度正常位で交わったが、悶える神楽の握力に銀時の骨が砕けそうに  
なったので、銀時は有無を言わさず体位を変え、バックから入れた。  
 しかし理性が飛ぶほどの快感で攻め立てられては、神楽は羞恥心など感じている暇がない。  
 前儀がねちっこく執拗だったこともあって、初めてだというのに神楽はすぐに喘ぎだした。  
 「いくぅぅうう銀ちゃんいくぅっっあああああ! いっちゃうョォォォォ!!」  
 シーツにしがみつき、腰を押さえ込まれ、激しすぎるピストンに我を忘れてヨガリ狂い、とまらない絶頂の波に  
何度も何度ものみこまれる。  
 「あっああああん、いやああああん!激しいアルぅぅうううっっこんなの、こんなの、すごすぎる…………っ!」  
 今まで知りえた全ての感情をはるかに凌駕するその狂おしいまでの劣情をどう受け止めればいいのか。  
 男に身体を貫かれるほどの激しさで責められ、子宮が悲鳴をあげているのがわかる。  
 でもそれ以上にどうしようもない快楽が脳みそを犯して理性を焼き切ろうとしてくる。  
 奥まで突かれる度に目の前が白くぼやけて、簡単に頭がおかしくなりそうだった。  
 シーツをつかむ手がおぼつかない、涎が染みをつくっていく、腰を打ちつけられる音、流れる汗、  
あふれる涙、あふれる恋情、もっともっとおかしくなりたい、自分が何なのかもわからなくなるくらい、  
快楽にのめりこんで、ヨガリ悶える痴態を銀時の目に晒したい。  
 わし掴まれている細い腰が大きく震え、銀時の容赦ない肉棒を愛液まみれで咥え込む。  
 そしておそらく無意識だろう神楽からの過激極まりない締め付けが、銀時の快感と欲望をいや増していく。  
 銀時の肉棒が内壁をこすり上げる度に神楽が鳴く。  
 奥を突いて子宮を突き上げる度に背を仰け反らせて幼い腰をびくつかせる。  
 太ももには一筋の赤い血が愛液と混ざり垂れ落ちていく。  
 容赦もいらない、遠慮もいらない。惚れた女をとことんまで愛しぬく。それが礼儀だと銀時は動き続けた。  
 神楽は魂ごと握りつぶされる錯覚に溺れながら、自分の身体が熱くとろけて原型がなくなっていく感触を  
貪欲に味わっていた。  
 夢中で枕にしがみつき身体を揺さぶられ激しく喘ぎ、もうすでにかすれてしまった声で、銀ちゃん、と  
繰り返し名を呼んだ。そうでもしていなければ、意識が飛んでしまう──  
 そんな神楽を見下ろし銀時は片膝を立てて腰を打ちつけ、息と鼓動が乱れるのも構わず、神楽の中を犯し続ける。  
 銀時の脳裏に色んな想いがよぎるが、それもからっぽになっていき、とにかく今は神楽の温かくて柔らかい、  
それでいて粘っこく絡みつき締めつけてくる極上さに酔いしれていたかった。  
 だが腰の奥から急にこみ上げてくる勢いを感じ、銀時はどこに出そうか一瞬迷った。  
 「やべ、ゴムつけんの忘れてた……ッ!」  
 その焦ったつぶやきの意味を神楽はおそらく本能で察知し、残っているありったけの力で中を締めねじり上げた。  
 「ッバカ、お前………!!」  
 銀時は呻きながら中に出し、注ぎこまれる熱さに悶えて神楽が震える。  
 満足そうに揺れる女の瞳を見据え、一発も二発も変わんねーか……と銀時の舌が己の唇を舐めた。  
 
 
 「おはようございまーす」  
 能天気な声が玄関を開ける音と同時に響く、新八だ。  
 銀時はぐったりと荒い呼吸をしたままの神楽を布団に隠し、手早く服を着る。  
 「まだ寝てるんですか、しょうがないなぁ」  
 間一髪で襖が開いた。  
 「あれ? 今日は神楽ちゃんそっちで寝てるんですか? 息も荒いし……はぁはぁ言って……  
 神楽ちゃんもしかして風邪ですか? おかゆでもつくりましょうか銀さん」  
 「いや、おかゆより赤飯炊いてくれや」  
 「は? まぁいいですけど……ちょっと小豆ともち米買ってきますから時間かかりますよ」  
 新八が出かけた後で、もう回復しつつあった神楽は風呂に入り、べたべたになっていた身体を流した。  
 シャワーを浴びながら、部屋にいる銀時に声をかける。  
 「銀ちゃん、赤飯アルか?」  
 「おうよ、お祝いだからな」  
 「なんのお祝いなんですか?」  
 いつの間に戻ってきたのか、新八の声も聞こえる。  
 「大人の女になったお祝いだ」   
 「ちょっ……エエエエエ?!」  
 新八の大げさな声が今の神楽にはくすぐったい。  
 神楽はそーっと扉を開けて、銀時の姿を盗み見た。  
 神楽の大事な愛しい男は、いつもより少し優しく、笑っていた。  
 
 
     完  
 

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