……どうしよう。
ここは僕の部屋だ。
僕の目の前にはきららさんがいて、二人で向かい合って正座している。
僕ときららさんの間には、「うすうす」と書かれたカラフルな箱……。
いわゆる一つの要するに端的にかいつまんで言うとぶっちゃけた話避妊具つまりはコンドームが鎮座している。
僕は今、人生の重大な選択を迫られている……。
話を少し戻そう。一体全体どうしてこうなったのか。
侍の国……僕らの国がそう呼ばれたのは……って戻しすぎィィィィ!
第一話からかよ! 戻しすぎだよ! アバンかよ! しかも最近天人とかぜんッぜん見ないよッ!!
――ゴホン。
昨日のことだ。僕の家に、きららさんから僕宛に電話があった。
丁度僕も姉上も留守だった。
が、電話をとった人間がいる。それは我が家に既に住んでいるに近い形で潜んでいたストーカーの近藤さん。
『はい、お待たせいたしましたぁ、志村でございまぁす』じゃねーよ! サザエでございまーすかよ!
何家族面して人んちの電話勝手に取ってんだよあの人ォォォ!
しかも『新八君ー、きららちゃんだっけ? あの子さぁー人の家に電話かけるときのマナーがいまいちだよォー?
あれじゃあOLになってから苦労するよ? 』じゃねーよ!
ストーカー警察官に言われたかねーよ!!!
――ゴホン。
……きららさんからの用件は『明日、うららちゃんと一緒に会いにいってもいいですか』という内容だったらしい。
近藤さんは『新八君はどうせ暇だろうからOKしておいたぞ! 明日の朝9時にアルタ前に集合だ!』
と勝手に話を進めてくれやがった。
何勝手に約束してんだよあのストーカーゴリラァァァァァ!!! 何が明日の朝9時にアルタ前だコルァァァァ!!
いいとものそっくりさんコンテスト参加者募集じゃねーんだよォォォ!!!
……まぁ……確かに暇だけど……。
あの文通の件以来、きららさんとは頻繁に文通をしている。
きららさんはうららさんと一緒に何回か我が家に遊びにも来た。
フォロ方……もとい土方さんのフォローというか口添えのお陰で、
姉上に惰弱だの何だのと言われるどころか、その逆で。
「妹が一気に二人も出来たみたい」と姉上は二人を大歓迎。四人で映画を見に行ったりお食事をしたり……
そういういわゆる家族ぐるみ的な清いお付き合いをしていた。
していたんだ。あくまで。
清いお付き合いを。
今日までは……。
姉上はキャバクラの慰安旅行とかで朝から不在で、アルタ前には僕だけで行った。
アルタ前にいたのはきららさんだけだった。
うららさんは? と尋ねると、「うららちゃんはお腹が痛くなって来られなくなったんです」と
きららさんはなぜかいつもよりも言葉少なだった。僕は特に不審には思わなかった。
『電話を取ったのはお義兄様になられる予定の方ですか?』っていうからそれは全力で否定しておいた。
流れ的に二人でとりあえずお茶をして、108でウインドウショッピング……それから……それから……。
疲れたからって僕の家に戻って……それから……。
今に、至る。
「あの……きららさん」
「はい……」
僕ときららさんの間には、避妊具の箱。うすうすとかオカモトとか色々書いてあるそれは、きららさんが持ってきたもの。
「本当に、僕なんかでいいんですか?」
僕は何度目か忘れたけど、念を押す。
できる事なら……今すぐ逃げ出したい。
きららさんは少し俯いて、頬を紅く染め、「……はい」と何度目か忘れたけど頷いた。
「新八さんが、いいんです」
そう。
この避妊具。
このやり取り。
要するに、だ。
きららさんが僕に「抱いてください」と言っているんだ。
銀さん的に言うと、きららさんが僕に股を開こうとしているんだ。
ジョジョ的に言うと、あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! AA略……だ。
いやあの嘘じゃなくてハッタリじゃなくて見栄じゃなくて、本当に。
夢じゃない。孤りじゃない……ってスピッツの歌じゃないかこれじゃ。
何度も頬をつねったけど痛いし、本当に本当に本当にご苦労さん……じゃない。本当だ。……本当です。
「お嫌ですか、新八さん……」
消え入りそうな声できららさんが尋ねてくる。
「いえ、あの、そういうんじゃなくって……」
嫌じゃないです。むしろ据え膳食わぬは男の恥です。オナニーのおかずとしては大歓迎です。大アリクイです。
でも……。
「きららさん、は……初めて、なんですよ……ね?」
「はい」
はい、って! はい、って言ったよォォォォォォ!!!! 初めてだよォォォォ!!!
処女だよォォォォォォ! 八時だよォォォォ! 全員集合ーーーーー! って、待て。
落ち着け新八、落ち着くんだ新八。ヒッヒッフーだ。ラマーズ法だ。オギノ式だ。百八式だ。いや違う。なんか違う。
「あ、あの……貴重なきららさんのお初を、果たして僕が頂いていいのか、って……それに、
僕ら付き合ってるわけじゃないし……」
しどろもどろになりつつも、僕はやんわりとお断りの方向に話しを持っていこうとした。
だって僕ら、お友達からちょっと頭一つ抜け出してはいると思うけど、本当に正式に付き合ってるわけじゃないし。
それに会ったのだって、これが何回目だっけ? 十回も行ってないと思うし。僕にはお通ちゃんという存在がいるし。
「新八さん、は……」
「いや、あの僕は……」
「経験おありなんですか?」
「―――初めてです」
そうなんです。
そう、僕だって、初めてだし。
「私、新八さんが好きなんです。新八さんに初めてを貰って欲しいんです……だから今日、
うららちゃんが来れないのに一緒に行くなんて嘘をついて……」
「そ、そうだったんですか、あ、はぁ、」
分かってる。
男としてこんな栄誉なことはないってことくらい。
人生で三回ある(と銀さんは言う)モテ期の何回目だか知らないけどそのうちの一つが今だってコトくらい。
分かってる。でも、でも……こんな時って……こんな時って……
どうすれバインダー!!
「……新八さん……やっぱり私ではダメですか……」
よよよとしなを作ったかと思うと、きららさんの目から大粒の涙がこぼれた。
「ち、違うんです!!!」
やばいよやばいよ。やばいよやばいよ。頭の中を出川が駆け巡る。
「嫌じゃなくて、その……どうしていいか分からなくて……」
「……」
「すみません……僕、ちょっと混乱してて……あの、トイレ……行ってきます……」
僕はそう言って、部屋にきららさんを残して廊下に出た。
長い廊下を一人歩きながら、僕の頭の中はフル回転だった。
大人しいきららさんがこんな事を言うなんて。どうやって手に入れたのかコンドームを持参するなんて。
それこそ清水の舞台から紐なしバンジーの気持ちで僕にありったけの夢をかき集めウィーアーだろう。
勇気を振り絞った女の子ってのは無敵だっていつか銀さんが言ってたっけ。
今のきららさんなら白ひげ倒せるよ。海賊王にだってなれるよ。
「知らなかった……きららさんが僕にそんなに好意を抱いてくれてたなんて。全然気付かなかった」
ああ……僕って……なんてマダオなんだ。
だから新八なんだよお前は、と、銀さんがよく冗談交じりに言うけなし言葉が頭に浮かぶ。
だからお前は新八アル、と神楽ちゃんもよく冗談交じりに言う(ただし目だけは笑ってない)言葉が浮かぶ。
「くそっ……僕は……僕は……」
きららさんは勇気リンリンだっていうのに……僕は……僕は……。
「やるっきゃ……ナイト……」
こうなりゃダメガネの汚名返上。ときめきトゥナイトだ。
きららさんが女の子だけが持ってるウルトラエクセレンス第六感コンピューターで来るなら、
僕だってセブンセンシズに目覚めてやる。
天国の父上母上、婚前交渉とは爛れた関係ですがどうかお許しください。男にはやらねばならぬ時があるんです。
お通ちゃん、ごめん。童貞喪失しても、ずっとお通ちゃんのファンだからね。
意を決した僕は踵を返し、きららさんが待つ僕の部屋の襖の前に立った。
「あの、きららさん!」
襖越しに声をかけると、襖の向こうから『――はい』とか細い声が返ってきた。
「僕でいいなら……きららさん……僕のど……ど……童貞……貰って、くださ、い……」
勇気を出して、僕は襖の向こうのきららさんにコクった。
ややあって、『――はい』と、さっきよりも明るく大きな声が返ってきた。
――よかった。第一段階、クリアだ。
『……新八さん、私……今、着物を全て脱いだんです』
「え゛?」
『今の私……生まれたままの姿なんです。だから新八さんも、……その……生まれたままの姿になって下さい』
ううううううううう生まれたままの姿ァァァァ!!!!?????
ってーことは!! スッ! ポン! ポン!
「は……裸、ですか……」
『はい……』
ごくり、僕は息を呑んだ。なんか色々手順をすっ飛ばしてるような気がするよコレ。
キスとか着物の上からパイ揉みとかパンツの色当てっことかパンツの染みを指摘して赤面とか、
パンツの隙間から指を入れてクニクニとか大事な手順が飛んでるよコレ。え? マジですか?
まさか襖開けてルパンダイブ? ルパンダイブしろってか?
「……わ……わかりました」
女の子の着物の上からパイ揉みとか、パイの実食べながら夢見てたけど……仕方ない。諦めるか。
襖一枚隔てた向う、きららさんは裸……。
僕は震える手で、袴の帯に手を掛けた。そしてなんやかんやで全裸にメガネだけになった。
僕のトシちゃんは既にビンビン物語だった。その涙ごめんよとばかりに先走りが鈴口から垂れそうになってた。
「き……きららさん……っ、――!!」
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
ガンバレ新八。ここが男の見せ所だ。
「きららさんっ!!! 男・志村新八、失礼します!!!」
バァァァン! と、僕は襖を勢いよく開いた。
「き……」きららさんは、全裸だった。
「新八さん……お待ちしてました……」
正確に言うと、全裸に荒縄。
「どうぞ、私をお好きなだけいたぶって下さい……」
赤面したきららさんは、全裸に亀甲縛りだった。
「きららさん……あの、その、縄……」
「初めてだけど自分ひとりで上手く縛れたと思うんです……男の方って皆こういう趣味だと沖田さんに聞いたって
うららちゃんが言ってたから……」
「どんな趣味ィィィィ!!!! ってかそれ沖田さんだけの趣味ィィィィィ!!!」
僕のトシちゃんはその時マッチになっていた。
ギンギラギンにさりげなく……さりげない感じに、小さく小さく……萎えていた……。
(終わり)