「ああ若、お帰りなさいませ。ご無事でなによ…がはッ!? 」  
家路に着いた彼女に、頭を下げた男を、いきなり女は殴りつけた。  
訳も分からぬ様子で、赤く腫れ上がった頬を押さえながら男が顔を上げると、そこには彼を睨みつける女の姿があった。  
「……よくも僕に恥をかかせてくれたな……」  
「は……? 」  
「髪が少し乱れていたぞ。お陰で妙ちゃんに指摘されたじゃないか」  
「……それは、申し訳もありませ……」  
「……貴様はこの前も。泥のついていた下駄を僕に履かせたな。妙ちゃんの家に上がる時になって漸く気づいたが。よほど僕に叱られたいと見える」  
「……っ」  
威圧的な女に触れられ、びくん、と男の肩が震えた。  
「何か言う事はないのか」  
「……誠に、申し訳なく……」  
「それはもう聞いた。……だが、貴様はどうやら口で言っても分からぬようだな」  
「ああ……」  
女の言わんとしていることを察すると、男は女の前に跪き、頭を下げたままこう告げる。  
「どうか……至らぬ私めにお仕置きをしてくださいませ、我が主……」  
「……そうだな」  
男の返答に、女は片方だけの瞳をすっ、と細めた。  
「奴隷を躾けるのは、主人の務めだな」  
 
 
 
その瞬間の女こそ、この世で最も美しいと、男は思っていた。  
薄闇の中妖しく光るレザーの、きつく結い上げられたコルセットに小柄な体躯を包み、美しい曲線を描く脚にはピンヒールのブーツ。そして、黒い手袋の先には、一振りの鞭が握られている。  
「何をぼうっとしている」  
月明かりの下浮かび上がる女の美貌に、男が見惚れていると、そんな言葉が投げかけられた。  
「……奴隷に服は必要ないだろう? さっさと脱げ! 」  
「は、はい……」  
言われるがままに、男は自ら着物を脱いでいく。  
「……それも、だ」  
「……っ! 」  
下帯姿になったところで、男が手を止めていると、すかさず女が鞭で白い褌を指し示す。  
「……ほう? 」  
怖気づきながらもやがて男が最後の布を取り払うと、妖しいまでに美しい女の姿と、そしてこれから起こることへの期待に既に半勃ちになった自身が露になった。  
「……まだ何もしていないというのに、何だこれは……? 」  
「そ、それは…あぐぁっ!? 」  
ビシッ、と空を切る音とともに、最も敏感な部分に鞭を喰らい、男の身体が跳ね上がる。  
「何だ貴様っ、僕に打たれる度に、硬くなっていくぞッ!? 」  
「あぁっ! がァッ…! わっ、若ァッ! 」  
女の指摘通り、男のそれは、鞭を振り下ろされるその度に、硬度を増して反り上がっていく。  
「このッ、変態がッ…! 甚振られるのがそんなに好きかッ!? …なら、これはどうだ!? 」  
「ああぁぁアァッ! 」  
言って女は高く脚を掲げると、赤黒く充血した逸物を勢いよく踏みつけた。  
「わ、若ァッ! や、止めてくださいッ! 折れるッ! 折れますぅぅうっ! 」  
ぐりぐりと細いヒールを根元に押し付けられ、つま先で先端を踏まれて。あまりに強い刺激に、男は細い瞳を見開いて苦痛を訴えた。  
「……止めろ、だと……? 貴様、誰に口を利いている」  
しかし女はその言葉を、冷ややかな視線を注いでは退ける。  
「そんな事を言う権利が貴様にあると思っているのか? 」  
そして男にこう尋ねた。  
「……言ってみろ。この身体は誰のものだ……? 」  
「ああ……」  
 
この上なく残酷に、そしてこの上なく美しい笑みを浮かべて己の身体を撫でる女の姿に、思わず男の口から吐息が漏れた。  
「あなたのもので御座います、若……」  
そしてやや遅れて、しかしはっきりと告げる。  
「この髪の先から足の爪先まで、流れる血のひとしずくすらも、私はただ、あなたの為だけに存在しております……」  
「……そうだな。では」  
男の答えに、女は満足げな表情をした。  
「僕のものを僕が如何しようと、お前にとやかく言われる筋合いはないな? 」  
「はい……」  
女の問いに、男はゆっくりと頷く。  
「全ては若のお望みのままに……」  
己が持つ全てを捧げることを誓わされ、しかしそれでも男の心は酷く満ち足りていた。  
支配されていく。全てが彼女の色に染まっていく。  
それは男に、何にも代えがたい快楽を齎した。  
そうしてもっと実感させて欲しい、己が他の誰でもなく、彼女のものなのだと、と、更なる欲求が募っていく。  
「良い心がけだ。では早速だが……」  
言って女はするすると、履いていたピンヒールのブーツを脱ぎ始めた。  
すべすべとしていそうな白い脚が、露になる。  
「……貴様を蹴っているうちにすっかり汗をかいてしまってな。ブーツとやらは、気持ち悪いな」  
ごくり、と唾を飲む音が、やけに頭の中で大きく響いた。  
「舐めろ。……指の股まで、丁寧にな」  
「はい……」  
差し出された脚に、おそるおそる手を伸ばしては、その爪先を口に咥える。  
「……んっ……」  
始めはゆっくりと。しかし次第に大胆に。男は女の足を舐めあげていく。小さな指の一本一本をしゃぶり尽くし、やがて足の裏にまでその舌が伸びていく。柔らかな曲線を確かめるようになぞり、だんだんと女の足が、男の唾液に濡れていった。  
「……フン。なかなか良い、舌使いではないか。気に入ったぞ。では……」  
どれ程の間そうしていたのだろうか。女は足の裏で男の顔を軽く蹴っては解放し、次の瞬間、するすると皮製の黒い下着を脱ぎ始めた。  
男の目が、女の最も秘められた部分に釘付けになる。艶やかな黒い茂みに覆われた、桃色の花弁から僅かに滴る蜜……その匂い立つ女の色香に、男は理性を失って彼女に襲い掛かりたい衝動に駆られる。  
だが、絶対の服従を強いる女がそのようなことを、男に許すはずもなかった。  
「……ほら。何をぼうっとしている。さっさと舐めんか。……僕の、尻の穴を、な」  
女は男の顔面に、柔らかな桃尻を押し当てては、傲然と言い放った。  
「は……」  
命じられるままに、双丘の間の、花の蕾のような窄まった後孔に、男は舌先を伸ばした。  
「んぅっ……」  
そして丁寧にその襞を一つ一つ広げていくように舌を這わせ、やがてもっと奥へ、と挿入していく。  
排泄物特有の、ツンとした悪臭が鼻孔を突いた。酷く苦味のある味が、舌の上をぴりりと刺激する。  
――名門柳生家の令嬢として、育てられてきたこの女程世情に疎い訳ではないが、男とてそんな彼女の世話役として、殆ど屋敷の中で少年時代を過ごし、柳生家の使用人として恥じぬ礼節を学んできた身だ。  
そんな彼が、人間の身体で最も汚いところを舐めることに、嫌悪の情を覚えぬ筈がなかった。けれどもそんな倒錯的な状況が、やがて彼の中で快楽へと姿を変えていく。いつしか男は恍惚とした表情を浮かべ、夢中になって女の菊門に貪りついていた。  
「ぁ……っん……」  
そしてその度に、女の身体が小刻みに震えるのが、男に伝わった。  
「は……っぁ……」  
溢れた熱い蜜が、ぽたり、と男の鎖骨あたりに滴り落ちていく。  
「……っ! 」  
その感触に興奮した男は、女の肛門から舌を抜き、つ、と舌を奥へと這わせては、  
「あッ……!? 」  
蜜に濡れた赤い花弁へと、舌先を伸ばす。  
「ふゃ…ぁあンッ! 」  
そうして既にぷっくりと勃ちあがっていた花芽を舌で刺激し、唾液を絡ませると、女の口からは、それまでの高圧的な低い声とは違う、甘く愛らしい声が漏れ聞こえた。  
「はぁ…あァんっ……」  
やがて女が僅かに腰を振り始めた、その時。  
「っ……調子に、乗るなッ!! 」  
「あぐふゥッ!? 」  
しかし次の刹那、女は我に帰ると、男の腹を蹴り飛ばした。  
激しい音と埃を立てて、男の身体が遥か後方に吹っ飛ぶ。  
「誰が、そんなところまで舐めろと言った!? ……この、盛りのついた雄犬がッ! 」  
「も、申し訳ありません……若があまりに魅力的で、つい、いてもたってもいられず……」  
「言い訳をするな。奴隷の分際で……」  
吐き捨てるように、女は言い放つ。  
「……そういえば。面白い話を聞いたのだが」  
一通り苛立っては、女は思い出したというよりは、何か思いついた、といった様子で愉悦の表情を浮かべた。  
 
「この間、新八君達の前で去勢しようとしたらしいな、お前? 」  
「は……」  
女の言葉に、男は一瞬、きょとん、としながらも頷く。  
「ええ……それは、今まで男としてお育ちとなった若に、女子として生きて欲しいと望むのであれば、私に男であることを捨て生きるようなことが出来るのかとハッパをかけられまして……」  
「……成る程成る程。ではお前は、僕の為ならば、これまで男として生きてきた事を捨て、女子として生きることも厭わない、と……? 」  
「そ、それは……勿論で御座います、若。私は若の為ならば、たとえどのようなことであろうと……」  
「フン、口だけなら何とでも言える。……だが、本当に女子になれるというのなら」  
すっ、と言いながら女は、胸の間から何かを取り出した。  
「これくらい受け入れられるよな……? 」  
「……!? 」  
それを目にした瞬間、男の背筋が凍りつく。  
果たしてそれは、怒張した己自身よりも遥かに巨大な、疣のようなものの散りばめられたバイブであった。  
「お……お待ちくだされ若、いくらなんでもそれは……」  
「……何だ? 矢張り口先だけか? 」  
「……っ! も、申し訳ありません……若……」  
女の冷たい言葉に、男は漸く覚悟を決め、硬く瞳を閉じる。  
「仰るとおりで御座います。どうぞ、その……挿れて……ください」  
「フン……」  
男の言葉に、女は薄く笑みを浮かべると、  
「っ!? あぁあ゛あぁ゛あああッ!! 」  
慣らしもせずに、子供の腕ほどの太さはあろうそれを、一気に押し挿れた。  
「ひッ……ひぎぃいぃぃぃッッ! 」  
あまりに激しい痛みに、男は眉根を深く寄せ、目尻に涙を浮かべる。  
無理矢理巨大な異物を挿入をされたその部分からは、破瓜を迎えた処女のように、真っ赤な鮮血が流れていた。  
「どうした東城……泣くほど気持ちが良かったか? 」  
「う…ぅ、わか……いたぃ、ですぅっ……!? 」  
「……」  
女はその答えを聞くと、無言でバイブの出力を、いきなり最強にまで押し上げる。  
「あぁあァアァッ!? 」  
直腸内で蠢く物体の感触に、思わず男は仰け反った。  
「ほら……」  
その様子を女は冷たい視線を浴びせながら見下す。  
「女子のように、はしたなく喘いでみろ……」  
「あ……あぁ……ッ! 」  
そんな女の命令に、男は、  
「あっ……ふぁぁっ…! ああぁあンッ…! 」  
女の甲高い嬌声とはまた違う、上擦った、酷く情けない声をあげた。  
――自分でも、信じられなかった。  
「はぁ…ッン! あァアッ……! 」  
内部を凶器ともいうべき動きで弄られ、そして尚も女の冷めた視線を向けられるそのうちに、男は痛みにも勝る快楽を見出していた。  
やがてその欲望はむくむくと、己の分身に伝わっていきりたつ。  
「中々才能があるようだな……随分と美味そうに咥え込んで。……ふふ、しかし惜しいな。女子にしておくには、余りに……」  
そのそそり立つ剛直を、指先で弾いては、女は溜め息を吐く。  
「どうだ東城、そろそろこちらも、気持ちよくして欲しいか? 」  
「は、はい……」  
女の言葉に、男は素直に頷く。  
「若……もう、あまりに……切のう御座いますっ……」  
「では、どうして欲しい? 」  
「そ……それは無論、叶うことならば、若の中に……」  
「……言葉を慎め! 」  
切羽詰って、男が欲望のままに言葉を紡ぐと、女はぴしゃり、と男の頬を張る。  
「貴様はまだ、自分の立場が分かっていないようだな……」  
「若……」  
「僕のここに、挿れて欲しければ、きちんと強請ってみることだ」  
「……はい……」  
一度息を呑んで、やがて男は口を開く。  
「どうか……わ、私めの卑しいオチ●ポをっ……若の麗しく美しいオマ●コに挿れて、くださいませ……」  
「ふ……ん。良いだろう。そのはしたなくいきり立って、先走りを零してる淫乱オチ●ポを、僕がたっぷりと調教してやるっ……! 」  
男の言葉に、女は舌なめずりをすると、自ら赤く熟れた秘部を指先で広げ、ゆっくりと腰を沈めた。  
 
「んっ……! 」  
ぬるりとした生温かい粘膜が、男の最も敏感な部分を包み込んでいく。  
「は……ァっ……」  
「ああ、若……」  
焦らすように緩慢な動きで。やがて女のそれは、男の陰茎を根元まで呑み込んだ。  
「熱い、です……若の中……熱くて、蕩けてしまいそうで……」  
漸く与えられた待ちかねた感触に、男の口から吐息が漏れる。  
「ふ…どうだ、東城。気持ち良いか……? 」  
「はい……! 」  
頭上から投げかけられた女の問いに、男は大きく頷く。  
「気持ち良い、です……とても……! すぐにでも、イッてしまいそうで……」  
まるで何千匹もの蚯蚓の蠕動が如く蠢き、そしてきゅう、と締め上げる女の内部に、男はうっとりとした表情を浮かべた。  
「フン……だが、まだだ。僕が良いというまで、決してイくなよ? 」  
「そ、そんな……あっ!?」  
やがて女は動き始めた。始めはゆっくりと、しかし、徐々に激しく。深く浅く、緩急をつけて。時に円を描くように……。  
「あ……あ、若……わか……っ! 」  
「んっ…ふっ、ふふっ…! 東城ッッ……! 」  
その律動に翻弄され、男の息が荒くなっていく。  
「ほら、また大きくなったぞ…っ!? 本当に、いやらしい奴だな、お前はッ……! 」  
「はっ……はいッ……! 」  
「は……ぁっ、本当……にっ、すごいっ……! 」  
どんどんと大胆になっていく動きに、次第に女の声にも歓喜の色が混じっていく。  
「あっ…ん! とう、じょっ……! 」  
「わか……っ! 」  
普段からは想像もつかぬ、甘い声で名を呼ばれ、男は堪らず自らも腰を振り、下から女を突き上げた。  
「ばッ…馬鹿ぁっ! うごく、なぁっ…! 」  
「もうっ…! 止まりませんッ! わかッッ…! 」  
最早女の声に、先ほどまでの威圧感はなかった。どんな命令も、可愛らしいおねだりにしか男には聞こえない。  
「ああ、若……愛してっ…愛しておりますっ、わかァッ! 」  
「とっ…とうじょぉっ……! 」  
それまでの冷たい視線は何処にいったのか。吊り上った大きな隻眼を潤ませて、女は男に切なげなそれを送る。  
絶頂は近い、と男は感じていた。  
彼女に挿入する前から、あらゆる手段で昂られ、その上こんな風に煽られたのでは無理もない。  
「若……ああ、若ッ! わかっ……、わかぁぁぁっ! 」  
狂ったように只管女の名を繰り返しては、男は身体を震わせた。  
己自身を絞り上げるような熱い女の胎内に、この欲望を最後の一滴までも注ぎ込みたかった。  
しかし。  
「……っ!? 」  
その刹那、女は一際大きく動いたかと思うと、急に立ち上がって彼女の中から男のそれを抜き去る。  
「え……? 」  
そして酷く間の抜けた声と共に。男はドクン、と激しく己の中で響く音を感じ、気づけば女の腹から胸にかけて、勢いよく射精していた。  
 
「……この、雄豚が……」  
「あぁっ!? 」  
わけも分からぬままに、呆然としていると。汗の浮き出た顔を脚で蹴り上げられて、そのままぎゅう、と踏まれた。  
「僕が良いと言うまで、イッてはならぬと言っただろう!? 本当に貴様は聞き分けのない淫乱だなッ! おかげで僕の服が汚れたわッ! 汚らわしいッ! 」  
「わ……若……!? 」  
一瞬見た、己に甘えた視線を送った女の姿は幻影だったか。そこにはいつのまにか、冷酷な支配者の風格を取り戻した女が、男を見下していた。  
「……何をぼうっとしている。ほら。さっさと舐めろ」  
「え……!? 」  
女の命令に、男は耳を疑った。  
「まさか若……それを、で御座いますか!? 」  
「当然だろう。貴様の不始末だからな。……それとも、僕の命令が聞けないのか? 」  
「い、いいえ……まさか、そのようなことは……。わかりました。……失礼致します……」  
おずおずと、男は女の黒いコルセットに舌を伸ばした。皮の苦みに加え、青臭い刺激臭と、体液特有の妙な塩気とえぐみの混じった味に辟易する。  
愛しい女のものであればたとえ便であろうと喜んで顔面で受け止められるが、それが自分自身の吐精したものだと思うと顔を顰めずにはいられなかった。  
「……どうした。もっと、美味そうに舐めたらどうだ……? 」  
「は…はい……」  
そうしてまたも冷たい視線を注がれ、そんなことをしているうちに、男は再び妙な興奮を覚え始めるのだった。  
「……っは! 」  
その様子に、女は嘲笑の声をあげた。  
「本当に貴様は、どうしようもない変態だな! 自分のものを舐めて興奮したか!? 」  
「……。はい……私は、変態で御座います、若……」  
侮蔑の篭った女の眼差しに、男は静かに頷いた。  
「若に甚振られる度興奮し…喜んでおみ足やお尻の穴にまでしゃぶり付き……あまつさえ肛門に極太バイブを挿れていただき、  
 女子のように感じ……若の言いつけも守れず、若のお召し物にみっともなく射精し、そして今自分の精液を舐めてどうしようもなく昂っている……家畜にも劣る卑しい雄豚で御座います。しかし……」  
そんな事を言っているうちに、目頭が熱くなっていくのを感じた。  
「それでもあなたが好きです……。心よりお慕い申し上げております。若……」  
けれどもその細い双眸の端に浮かんだ涙は、屈辱や苦痛ゆえのものでは決してなく、心からの歓喜ゆえのものなのだと、男は感じていた――。  
 
 
 
「……なんって妄想で毎夜抜いたりしていませんからね若! 嫌いにならないでね! 」  
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!! 」  
「げふぅっ!? 」  
とんでもない作り話を延々と聞かされ、ブチ切れた九兵衛は東城を蹴り飛ばした。  
「貴様は真性の変態か! というか貴様、僕をどれだけ鬼畜攻めだと思ってるんだ! 幾らなんでも僕は男にそんな扱いはせんっ!! 」  
「い…いえっ! それは勿論で御座います若っ! 若のお心の清らかさはこの私がよく存じ上げておりますともっ! ただ、そんなあなたも素敵なんじゃないかなー、とつい……」  
「何が素敵だっ! このっ! マゾヒストがッ! 」  
「ああっ! 若っ! そんな、激しッ…! 」  
「喜ぶなァァッ! この、変態がッ! 失せろッ!! 」  
すがり付こうとする従者を、げしげしと足蹴にする女主人。そんな、ある種仲睦まじそうな主従の姿を見て、九兵衛の親友である妙は、まあ楽しそう、と思う反面、  
なんだか九ちゃんも最近ソッチに芽生え始めているんじゃないかしら、などと勝手なことを思いながら微笑ましく見守っていた。  
「この馬鹿がッ! よくも妙ちゃんの前でっ! 僕に恥をかかせてくれたなッ! 」  
そして、最早もの言わなくなった東城を尚も蹴りつけながらもふと、九兵衛は思った。  
先ほどの彼のおぞましい妄想の中で、しかし彼に愛の告白をされたような気がするのだが――。  
けれどその考えに、次の瞬間九兵衛は首を横に振る。  
……まさか。そんな筈はないっ! 僕に対して、こんな気持ち悪い妄想をしている男が、この僕を愛しているなどと――。  
やがてどれ程時が流れたか。漸く気の晴れた九兵衛はボロボロの雑巾のようになった東城を捨て置き、妙と共に去っていった。  
「………わ……か……」  
そうして後に残された東城は、力なく呟くのだった。  
彼の激しくも屈折した主人への慕情が、彼女に届く日は、まだ遠い……。  
 

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