夢を見る。  
それはとても心地よくて暖かくてみだらな夢。  
これは夢、ずっと視ていたいのにすぐ覚めてしまう儚い夢。  
 
彼はいつも他人行儀な堅苦しい言い方で私の名を呼ぶ。  
そして応える間もなくそのまま見た目に依らない強い力で身体ごと引き寄せ腕の中に閉じこめると  
ひんやりとした冷たい掌が頬に触れてそのまま口付けられる。  
 
事の始まりにされるがままなのが悔しくて、少し抵抗してやろうかとも思うのだけれど。  
やわらかく互いの唇を合わせながら口中を屠られていると先ず呼吸が乱され、次に身体中の力が抜けて  
せいぜい出来る事と言えば首に腕を回してその邪魔くさい黒髪を乱してやる位なのだが  
それすらも彼の髪は指通りがとても良くて私自身が悔しさと心地良さを同時に感じてしまう。  
 
そうされている内に帯を解かれ床に横たえられて私は彼の前に裸を晒す。  
橙色の小さな電球がぼんやりと室内の輪郭を表す中、隣りに身を置いた彼の未だ冷たい掌が  
頬から首筋に肩から腰へと触れて、いい加減慣れている筈なのに肌が粟立ち息が詰まる。  
 
時折微笑みながら彼はゆるゆるとその手とその唇で、同じように私も肌を寄せしなやかな筋肉に腕を絡めて  
互いの恥部さえも貪るように触れ合うと、それが悦びとなって私の身体はとろとろと潤い融けて彼は一層逞しさを増す。  
 
やがて私が秘めていた痴情をどうしようもなく滾らせて、息を乱し声を漏らしながら浅ましく強請ると  
普段は頃合いを見計らって直ぐにくれるのに、今日の彼は意地の悪い言葉を紡ぎながら指先で私の芯を掻き出した。  
 
ああ、憎たらしいったらありゃしない  
 
思いっきり睨め付けてやろうにも融けきった理性と狂おしいまでの渇望が身体と心を支配しておぼつかない。  
今出来る事と言えば上擦った声で、上気しているであろう眼で、ひたすらに彼を求めるだけだ。  
 
それほど時間は経っていないかもしれない、けれど焦らされている間に私はどれだけの言葉を彼に捧げただろう  
何時もアンタとしか呼ばない彼を、彼の名を譫言の様に呼んで、ただただ哀願する様に求めて。  
果たして彼が満足したのか悪戯をしていた指を解いて上体を起こし私を組み敷いた。  
 
今度は焦らすことなく芯を貫かれ、焦げ付きそうなほど熱い楔が私を穿つ。  
 
この瞬間が一番満たされる時なんだと気付いたのは何時だったか  
過ぎるほどに潤う私が難なく彼を受け入れて揺さぶられる度に快楽の淵に沈んでゆく。  
呼吸を乱し既に言葉にすらならない声を千々に発しながらいつも私は思う。  
 
これは夢なんだと  
 
だって目が覚めたらいつも私以外に誰もいやしない  
いつもと同じ様に一人で寝てたら  
いつもおかしな彼の夢を視て  
朝が来て目覚めるとやっぱり私一人  
 
夢だから普段言えない事もついぽろりと零してみる。  
 
「…っ……行か…ないで…」  
 
いかないで  
置いて行かないで  
ずっと私の傍にいて。  
置いて行かれるはもう沢山よ。  
 
彼を強く感じ喘ぎながらその身体に縋り付き、囁きにも等しい小さな声は彼に届くのだろうか。  
無意識の内に涙が零れる。これは心地よい夢の筈なのに何故こんなにも寂しさが募るのだろう。  
 
ふと視線を感じて顔を上げると彼が私を見つめていた。  
荒い呼吸と上気した眼、汗で張り付いた髪を払ってやると同時に激しく口付けられた。  
そして漸く唇を離すと少し掠れた声が耳元に届く。  
 
「…俺が好いた女は後にも先にも幾松殿だけだ。…だから」  
 
二の句を継がせず私はきつく彼を抱き締めた。  
どんなに私の全てを捧げても彼は私の傍に居てくれないのだ。事が済んだらきっとまた己の願いの為に何処かへ行ってしまう。  
なんて男。解っては居たけれどそんな馬鹿正直で融通の利かない彼に惚れた私も私だけど。  
でもこれは夢、私の願いが叶わなくたってちっとも悲しくなんか無い。  
 
彼の言葉に応えず目を閉じてただ離れないように腕と脚を絡める。  
眼から勝手に涙が零れてきた。悲しいのか、嬉しいのか私には解らない。  
でも夢だ、夢なんだ。これは紛れもなく。  
 
不意に彼が極まるべく動き出して思わず私はか細い声を上げた。  
彼の熱いものが私の中で主張する。熱でじんじんとした感覚が身体中を支配して訳が分からなくなる。  
 
私の思いを表すように芯が彼を捉えて離さない、奥へ奥へと誘い情を放つ様に蠢く。  
漸う彼が限界を訴えてきた。其れは私も同じ。  
部屋中に湿った音とみだらな声が混じり合う。  
 
刹那、白濁した思考の中で私の何かが弾ける。  
絶頂を迎えた私はせめてもの証にと彼の背中に短い爪を立てた。  
 
 
事を終えた後の熱気が籠もる布団の中で、労る様に彼に髪を梳かれながら私は夢の中で微睡む。  
 
もうすぐ、もうすぐ夢が覚める。覚めてしまう。  
この愛おしくて愚かしい夢が終わってしまう。  
いつも思う、こんな思いをするくらいなら夢なんか視たくないと。  
いつも思う、この夢がずっと覚めないでいてくれたらいいのにと。  
 
そしてこんな事を考えるのも、もう何度目だろうか。  
おやすみ、と囁く彼の声がどこか遠い。  
夢が、覚める。  
 

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