いつもと変わらない昼下がり、銀時は大江戸ストアのレジ袋を下げ歩いていた。  
足が向かう先は、言わずと知れた志村邸。  
袋の中身は毎度おなじみ、ハーゲンダッツとあずきバー。  
真夏の頃を過ぎたとはいえ残暑が幅をきかせている。まだまだアイスが恋しい季節。  
それは糖分王の銀時以外の人間にも当てはまるだろう。  
とりわけ恒道館にいる女…妙も、その例外ではない。  
最も彼女は暑さ寒さに関わらず、ハーゲンダッツになら年中反応するのだが。  
「あーあー。なんたって高級アイス引っ提げてこんなトコ来てんだろうねぇ俺ァ…」  
誰が聴くわけでもない言い訳の独白。  
けれど、それは恒道館の門をくぐるための正当な理由。  
「おーい。邪魔するぜー」  
玄関を開けてから少し控えめな声で来訪を告げる。10秒待つ。家の中からの返事は無い。  
さらに5秒待つ。それでも返事は無い。しかし家主の許可を待たず勝手に上がる。  
夜の仕事をしている妙は家事の合間をぬって仮眠をとることが多い。  
『無理に起こされるぐらいなら、不法侵入された方がマシだわ。そうですねぇ…。  
玄関の鍵が開いている場合に限りますけど、  
声を掛けて返事がなくっても勝手に上がって構いませんよ』  
以前妙が拗ねるように言って以来、銀時は遠慮しつつも屋内に勝手に入る許可を得ていた。  
暴力もぼったくりも笑顔でこなす妙だが、  
いくらなんでも誰彼構わず家に上げるような非常識な女ではない。  
だから、これは銀時にだけ与えられた特権だ。  
「おーい。いねーのか?」  
やはり返事が無い。しかし玄関が開いたということは家の中に居るはずだ。  
眠っているのだろうか。ならば、無理に起こすのもかわいそうだ。  
とりあえず台所へ向かい冷凍庫にアイスを入れる。  
これで糖分補給はお預けだが、融けてしまうよりはマシだ。  
それに妙がいないならここで食べても仕方が無い。  
しばらく待っていればいいか。そう思いながら縁側へ向かう。  
しかし、そこには先客がいた。  
「……………………………なんで?」  
日当りの良い場所を無遠慮に占拠し、座布団を折って枕代わりにして  
惰眠を貪る沖田総悟の姿があった。  
 
「あら、銀さん。いらしてたんですか。ごめんなさい。奥に居て気づかなかったわ」  
静かな足音とともに沖田を挟んだ向こう側から妙が現れる。  
しかし銀時には妙の登場よりも沖田の存在が不可解だった。  
「ねえ、なにコイツ。なんでここに総一郎君が居て、  
いつものムカつくアイマスクしてくつろいで寝てんの?」  
「ああ、うちの縁側日当りがいいでしょう? 寝心地がいいからついうとうと…」  
「いや、そうじゃなくてね。そういう意味じゃなくてねオネーサン」  
「あら、じゃあ何かしら。うちの縁側に眠りの国に誘う扉でも開いてるのかしら…。  
大変! 全然気づかなかったわ」  
「アホかァァァァァ!! そういうんじゃねェェェェェェェ!!」  
「ガタガタうるせーですぜ、旦那ァ…。  
ったく、ヒトサマが寝てるってェのに迷惑なこった…」  
銀時がぎゃぁぎゃぁと騒ぐものだから、当然のことながらサド王子が目を覚ました。  
「あら、起こしちゃったわね。ごめんなさいね。総くん」  
「いや、妙さんが謝るこたァないでさァ。  
そろそろ巡察に戻る時間だから丁度良いんで。それじゃァ、妙さん」  
「………………総くん? 妙さん? え? 何ソレ。  
君たちお互いそんな呼び方してたっけ?」  
銀時は二人の会話についていけないという表情を浮かべ呆気にとられている。  
そんな姿を見て、ドS沖田はもちろん愉悦を覚える。  
自然に口の端が上がっても仕方が無い。  
しかし、沖田はできるだけ口の歪みを抑えながら、銀時とすれ違い様に耳元でこう囁いた。  
「姐さんを狙ってんのは、旦那と近藤さんだけとは限らねェってことでさァ」  
 
「…………何、アイツ……」  
沖田が消えた後も銀時は状況を呑み込めずにいた。  
「うちの近く、巡察ルートなんですって。  
それで丁度休憩に入る頃にうちの前を通るらしくって。  
たまにですけど眠いときや夜遅くて疲れてるときは  
少し休ませてくれって来るんです。  
縁側で少しの間休むぐらいなら問題ないでしょう?  
それにホラ。この辺りってストーカーが出没するし、  
パトロールしてもらえて私も安心ですから」  
玄関先まで沖田を見送り、再び銀時のいる縁側まで戻った妙は  
未だ立ち尽くす銀時を気にすることも無く、  
沖田が寝ていた場所に座ってお茶を飲んでいる。  
「いやいや、ストーカーってアイツの上司でしょ? つーか何その『総くん』って」  
ふぅ…と呆れたような軽いため息の後に、  
「銀さん…。いい加減座ったらどうですか? お茶も入れてあるんですよ?」  
そう言って銀時を隣に座らせた。  
このままでは埒があかないと踏んだのか、とりあえず銀時を諌めることを優先させるようだ。  
「沖田さんのお姉さんが彼を『そーちゃん』って呼んでたらしいんです。  
で、私は新ちゃんの『お姉さん』でしょう?  
だから私を見てるとお姉さんを連想しちゃうんですって。  
でも『そーちゃん』って呼び方はお姉さんだけのものだから」  
「だからって総くん? なんで? 今まで通りの沖田でいいじゃねぇか」  
理由を説明しても一向に銀時の機嫌が直らない。  
しかし、なぜここまで呼び方一つでブツブツ文句を言われるのか、  
妙にはまるで心当たりが無い。  
いや、もしかしたら、自分勝手にも自惚れていいのなら、銀時は嫉妬しているのだろうか?  
ほんの少しだけそんな可能性に期待するが、やはりそんなことはあり得ない  
――妙は自分本位な想像をかき消す。  
「交換条件なんですよ」  
「交換条件?」  
 
沖田に対する呼び方に深い意味  
――特に恋慕の情など無いことを明白にさせるため、妙は事の詳細を銀時に話す。  
「私、真選組の人たちに『姐さん』って呼ばれてるでしょう?  
あれ、嫌なんです。近藤さんとお付き合いしてるわけでもないし。  
だから、私のことを『姐さん』って呼ばないなら…って」  
「ああそう……。そんだけ」  
「そう。それだけ」  
「そんだけ…………なわけあるかァァァァァァァァァ!!!」  
突然怒鳴りだす銀時に、妙の心臓が跳ねる。  
ビックリした拍子に心臓が止まったりでもしたらどうしてくれるのかと  
抗議したいところだったが、銀時のあまりの形相に妙はたじろぐ一方だ。  
「ちょ! お前、マジでそれ言ってんの?  
お前が新八のねーちゃんだからついでにアイツがアイツのねーちゃん思い出して、  
お前は姐さん呼ばわりされたくなくて、だから総くん妙さん?  
休憩時間に上がり込んで休むだけ? お前それマジで信用してんの?  
ああ、お前分かってねぇよ!  
男ってのはな、99%が狼でできてんだよ? え?  
お前、何かあってからじゃ遅いんだよ?」  
沖田のことを一方的に悪く言う上に、  
沖田との間で成された約束を悪く言われた妙が機嫌を悪くするのは当然のことと言えた。  
「銀さん……。帰ってくださいます? ここ、あなたの家でも何でもないんですよ?  
総くんは私にとって大切な友人で、同い年で、弟みたいな人です。  
世の中の男性全てが銀さんみたいにちゃらんぽらんで女ったらしだと思わないで下さい!  
それに、私は彼に恩もあります。そんな風に悪く言われる筋合いなんかありません!!」  
銀時は妙の言葉の最後まで聞くこと叶わず、右ストレートを頂戴し、  
その勢いのまま志村家を追い出された。  
 
数日後。  
この前と同じく、志村家の縁側で沖田は休憩を取っていた。  
この前ここに居たときと違うのは妙の機嫌と天気の悪さ。  
空は灰色の分厚い雲に覆われ、今にも大雨を降らせるだろう。  
それに比例するように妙も不機嫌で、しかしその原因は  
この天気ではなく、銀時なのは明白だった。  
「一方的に総君のこと悪く言うのよ! もう私頭に来て…」  
「だからって殴るのは頂けねェ。殴った方が逆に拳を痛めるかも知れないでさァ」  
沖田はそう言いながら自然に妙の手を両手で包むように握った。  
「せっかく奇麗な手ェしてんだから。大事にしねーともったい無ェ」  
思ったより小さい手。細く白い指。そしてなにより暖かく奇麗だった。  
血に汚れた自分たちとは違う、奇麗な手。  
あの銀髪もこの手を欲している。そう思うと沖田の中に黒い感情がわき起こる。  
「そうね、あんな天パのせいで私が痛い目みるなんて割に合わない…あら」  
ポツ、ポツ、と雨が降り出す。その粒は大きく、瞬く間に地面に叩き付けられる。  
その音は静かな会話を続けるのが不可能なほど大きく響く。  
「えらく降ってきやしたねェ…。  
雨戸、閉めたほうがよさそうだ。手伝いまさァ」  
妙はありがとう、と沖田に笑顔をおくる。  
それは特に深い意味を含まない何気ない、単なる感謝を伝える仕草。  
だが、後から考えれば、それがスイッチだった。  
 
手際良く雨戸を閉め、居間に座り直す。  
「この降り方だとそう長くはないと思うんで、止むまで雨宿りさせてもらえますかィ?  
どのみちこんだけ酷い降り方じゃ、巡察どころじゃなさそうだ」  
「あら、いいの? 職務怠慢だって怒られない?」  
「俺ァこの家によく出没するっていうストーカーを狙ってるんで、サボリにゃなりやせんよ」  
「ふふ。それってサボリの口実ね」  
柔らかく笑う妙の横顔に、姉の少女時代が重なる。  
沖田はその錯覚に頭を揺さぶられるような目眩を感じた。  
雨が地面を叩き付ける音は勢いを増し、ノイズのように沖田の鼓膜を揺さぶる。  
隣に居るのは姉ではない。  
姉は、もういない。  
そして妙を姉の身代わりに仕立てて甘えたいと思ったのは事実。  
けれど姉を手に入れたいわけじゃない。妙は妙だ。  
銀時が、近藤が想いを寄せる女性であり、  
出来ることなら奪って自分のものだけにしてしまいたい女性。  
「妙――さん…」  
この女性を手に入れることができれば。  
もう失うなんて、二度と御免だ――。  
「そう…?」  
紅を引かずとも十分に潤いをたたえる唇に、沖田は自分の唇を重ねた。  
「――っ! 何する……ん!!」  
突然の事に抵抗し、一度は離された唇。  
しかし妙の頭に手を伸ばし無理矢理抱き寄せ、再び口づける。  
今度は、逃がすつもりはない。  
閉じられた唇を舌で撫でると、その感触に驚いたのか、かすかに口が開かれる。  
沖田がその隙を逃すわけがなかった。  
口内に舌を差し込み、犯す。  
頭を抱かれ、角度を変えられ、抵抗するほどに深くなる口づけ。  
その行為に妙の思考は蕩けていた。  
ようやく離れた二人の間には艶かしく光る一本の糸。  
「俺ァ、単に休憩するためにここに来てたわけじゃないんでさァ。  
アンタを俺のモノにしたいんで」  
 
「……あっ! やめ……んっ!」  
首筋に吸い付き、白い肌に赤い花を咲かすたびに妙の身体はビクビクと反応し、  
か細い嬌声が漏れる。  
「ああ…感じてくれるんですねェ…。その声、旦那にも聞かせてやりてェ…」  
「い…や……やめて…そう……っ」  
沖田が銀時のことを口に出したのはわざとだった。  
プライドが高く、誰よりも強く高潔な妙。  
その妙が密かに想いを寄せる相手のことを考えれば、  
今こうして沖田に無理矢理身体を犯されているのは苦痛以外の何物でもないだろう。  
「俺ァね、妙さん。アンタを啼かせてみたいんでさァ。  
そうだな…いっそ壊れちまってもいい。  
アンタが旦那を好きなのは知ってますけどね。だからこそ…」  
――旦那のことなんざ考えられなくなるぐらい、俺の手で壊してしまいたい。  
いつの間にか身体の上に沖田がかぶさり、妙の視界のほとんどが沖田によって塞がれた。  
こうなってしまっては沖田は自分で自分を止めることなどできるはずもなく、  
着物の合わせ目に手をかける。  
胸元を乱暴に開き、そこに浮かんだ鎖骨に口づけ舌を這わす。  
妙への愛撫を続けながら、器用に帯を緩める。  
だんだんと着崩れていくと、次第に人目に曝されることの無い肢体が姿を現した。  
妙の両手を掴み、頭上で固定する。妙はずっと抵抗しているが、やはり沖田は男なのだ。  
力で敵うはずも無く、結局はされるがままに全てを暴かれてしまった。  
「ああ、キレイでさァ…。ねえ、妙さん…旦那はアンタの今の姿、見たことあんのかい?」  
「……っ! わ…私と銀さんは…そんなんじゃ……んっ!」  
口を塞ぐ。小振りだが形のいい二つの膨らみを撫で、揉みしだく。  
唇を離すと、甘い蜜を含んだ声がかすかに漏れる。  
固くぎゅっと口を閉じ、何も感じないように、  
悦楽に流されてしまわないように我慢しているようだが、それでも漏れだす甘い声。  
その声を聞くたびに耳が、頭が蕩けてしまいそうになる。  
胸を弄びながらその頂きを屹立させ、その一方を口に含み舌で舐め転がすと、  
我慢の許容を超えた声が響きだす。  
「ふぁ……やぁっ!!」  
 
いつの間にか妙の両手は力をなくし、押さえ付けていなくとも抵抗することはなくなっていた。  
あとは、このまま責め続けて、妙の方から腰を振るようになれば、高潔な魂は堕ちるだろう。  
「声も感じてることも、我慢しなくていいんだぜ? 雨音で誰にも聞こえねェ」  
耳に吐息がかかるように囁く。ついでに耳朶を唇でなぞり、甘噛む。  
沖田が妙の身体に触れるたびにビクビクと反応するものだから、  
沖田としては虐めたいと思う気持ちにブレーキをかけることができない。  
「ああ、なんて女なんだ…。計算じゃねェなら恐ろしいこった」  
「…え? ――…っぁっ!!」  
妙の膝を割り、無理矢理開かせる。  
指で茂みを撫でると「やめて…」と涙を浮かべた眼で懇願された。  
「そういうこと言っても煽るだけだってわかってますかィ?」  
「…………っっ?!」  
ほんの少しだけ湿り気を帯びていた妙の密所に指を挿れた。  
いきなり裂くような痛みに襲われ、妙の頭は真っ白になる。  
「ああ、順番間違えた。先にこっちを可愛がってやりゃぁよかった」  
妙の膣内に指を挿れたまま、親指でクリトリスを引っ掻く。  
「やぁっ……! あっ!! あっああっ……っ!」  
痛みとともに押し寄せる快楽。膣内の指が動くと痛みが走り、  
クリトリスの先端に軽く爪を弾かれると今まで感じたことの無い痺れるような甘い感覚。  
「ああ、ようやく濡れてきた…」  
沖田の指が動くたびにグチュグチュと、雨音とは異なる水音が鼓膜を揺さぶった。  
 
「聞こえますかィ? これ、妙さんの音ですぜ。こんなに濡らして…いけねぇヒトだ」  
「…めて…」  
「あぁ?」  
「やめてください…こんなこと…なんの意味も無いわ…」  
目尻に涙を浮かべながらも沖田を睨みつける視線は、  
普段の妙となんら変わらない強さを秘めている。  
身体を蹂躙され、白い肌にいくつ花を散らされても、  
その魂は高潔さを少しも失ってはいなかった。  
「意味はあるぜィ…。俺は、アンタを手に入れたい」  
「無理よ…。貴方は私を手に入れることは出来ない」  
――それは、旦那を想っているから?  
そんなことは重々承知している。だから。壊すんだ。  
「無駄口は叩かない方が身のためだぜ。俺を咥えこんで、イッちまいな」  
最後まで言うや否や、沖田の肉棒が妙を貫いた。  
「いたい!! 嫌ぁ…!!」  
上に乗る沖田を拒絶し、両手を振り上げ沖田を叩く。  
しかしその腕は震えていて、勢いも力も籠りきらず、虚しく空を舞う。  
それどころか腕を逆に捕まれ、唇を落とされてしまう。  
「とっとと堕ちちまいなァ…。もう俺でいいじゃねェか」  
正直に白状すると、沖田自身も痛みを感じていた。  
自他ともに認めるドSである彼でも、想いを寄せる女性を無理矢理襲うのは抵抗がある。  
しかしそれ以上に手に入れたいと想う気持ちが強かった。  
そして正攻法では手に入らないということも分かっていた。  
近藤ならともかく、あの銀髪の侍に勝てるものだろうか?  
「負けたくねェ…。俺は………」  
負けたくないから、先に奪う。それだけだった。  
腰を打ち付ける衝撃が襲う。その度に妙の頭は真っ白になり蕩ける。  
自分の口から漏れる嬌声が他人のものと思えてならない。  
なぜこんなことになってしまったのか、  
この快楽は想いを寄せる相手から与えられたものではないのに、  
身体が勝手に反応し、蹂躙されることに悦びを感じる自分を責めたてる。  
「…ぎん…さ…」  
「まだ言うか」  
無意識に口をついた男の名前に反応し、沖田の動きはいっそう激しさを増す。  
ズンッと突かれたと思えばゆっくりと膣内を掻き回され、  
もうどこからが沖田でどこからが妙なのか混ざり合って分からない。  
「孕んじまえ…っ!」  
「――っ!!」  
 
膣内に熱いものが迸る。  
雨音は未だ勢いを殺すこと無く部屋に響く。  
そのうちに行為を終えた二人の吐息とが混ざり合った。  
「は………ははっ。もう……アンタは俺のもンだ…」  
熱を放出した後の虚脱感と、お互いの汗と体液で  
噎せ返るような匂いに目眩を覚えながら、沖田はつぶやく。  
しかし、そんな沖田とは対照的に、妙の声はクリアに沖田の鼓膜を、心を突き刺した。  
「でも、貴方は一度手に入れてしまえばすぐに飽きて棄ててしまうでしょう?」  
「……………………え?」  
雨音が、ノイズのように響く。  
妙の声は、そのノイズすら踏み越えて、沖田を射抜く。  
「貴方は私を好きなんじゃない。ただ銀さんや近藤さんから勝ちたかっただけなのよ。  
私はただのオマケに過ぎないわ。だから…」  
うるさい雨音。  
「もう私への興味は失せるでしょう?」  
うるさい声。  
「……だから、抱かれたってのかィ?」  
うるさい慟哭。  
「そうよ。一回我慢すれば、もうおしまいだもの」  
 
うるさい、想い。  
 
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」  
 
妙の言葉を戯れ言として否定することができず、沖田は外へ逃げ出した。  
雨は、まだ止まない。  
 
「………本当に…バカな女…」  
傷つけずに済むのなら、その方がよかった。  
流されるままに抱かれ、けれど銀時への想いを断ち切ることも出来ず、  
結局最後にその心に刃を突き立てた。  
「もう来ないなら……その方がいいのよ…」  
 
最初は同い年の沖田が姉のようだと言ってくれたのが嬉しくて。  
もう一人弟が出来たようだと喜んで。  
もし、もし、銀時がそんな他愛も無いやりとりを見て少しでも妬いてくれるなら、  
それは私のことを少しは好きでいてくれてるってことかしら?  
――こんな、バカな計算をした。  
これは沖田の純粋さを利用した罰なのだ。  
「本当に…最低だわ…」  
 
無理に身体を暴かれた痛みなんてどうだっていい。  
自分自身の愚かさと沖田の身体に刻み込まれた傷の痛みは、こんなものではない。  
涙が頬を伝う。悲しむ資格すら無いというのに。  
 
「………お前、なにしてんだよ…」  
 
突然聞こえた低い声。  
妙は、まるで鈍器で頭を殴られたような目眩を感じた。  
心臓は早鐘のように苦しいほどの鼓動を刻む。  
 
「…なぁ、なにしてんだって訊いてんだよ…。  
さっきここ来る途中で沖田とすれ違ったが…  
アイツびしょ濡れで、俺のことシカトしやがって………  
まさかと思ったけどよ………お前……」  
 
妙は銀色の髪を、赤い瞳を見ることができない。  
いつ家の中に入ってきたのだろうか?  
雨音で足音など聞こえなかっただけなのか?  
いや、そんなことはどうだっていい。  
この光景を見て、何を思うだろう?  
この部屋には、今まで行われていた行為の残り香が。  
そして何より肌を曝した姿の自分自身がある。  
 
「なあ……なんか言えよ…。沖田と…何があった」  
「抱かれただけよ」  
顔を上げないまま吐き捨てるように言う。  
見ればわかるでしょ? 感情のまま、そう叫ぶ。  
「抱かれただけって…おいおい…。ずいぶんフツーに言ってくれんのね…」  
妙の態度に銀時の思考は一つの推測にたどり着く。  
まさか、まさか  
銀時は、自分の声が想像よりも震えていることに苛立を募らせる。  
「………お前から誘ったのか?」  
「違うわ!!」  
 
まさかこんなところを見られてしまうなんて。  
まさかこんなところを見てしまうなんて。  
 
「…私って最低でしょう? 仕事してるって言ったって、キャバ嬢だもの。  
男の人に愛想振りまいて騙して、それでお金を稼いでいるのよ。  
さっきだって…全力で抵抗しなかったわ。  
心のどこかで抱かれてしまっても構わないって思ったわ!」  
もうどこからが本音でどこからが嘘か分からない。  
ただ、銀時にだけはこんな姿を見られたくはなかった。  
だから、もういっそ嫌いになって欲しいとそう思った。  
 
いつまで経っても顔を上げようとしない妙と  
その素肌を曝した格好を見かねた銀時は  
だらしなく着崩していた着流しを脱ぎ、そっと妙の身体に掛け、  
そのまま妙の前にしゃがみ込んだ。  
掛けられた着物からは、ふわりと砂糖の甘い匂い。  
妙は思わず着物の端をぎゅっと握った。その拳は震えている。  
「一つ訊くけどよ。お前、沖田のこと好きなんか?」  
「嫌いじゃ…ないわ。最も、私は嫌われてたでしょうけど」  
「嫌いじゃない…ね。こんなことされても嫌いじゃないってか」  
「銀さんは私のこと嫌いになったでしょう? こんなこと…した女なんか」  
妙の声に涙が混ざる。  
最低だ。本当に最低だ。さっきまでは沖田の心配をし、  
今は銀時に嫌われてしまうのだと怯えている。  
結局は自分自身が一番可愛いのか。  
「もう…帰ってください…」  
「帰ってどうなる? お前、一人でどうすんの?  
明日から何も無かったように、いつもと変わらず俺に接してくれる?」  
「銀さんには関係ありません…」  
「ふーん…。こんな姿見られといて関係ないで済むと思ってんの?」  
「もう放っておいて――!」  
感情の昂りに呼応して持ち上がる顔。  
その頬にはいつの間にか銀時の手が添えられていた。  
いや、それよりも早く。  
妙の唇は塞がれていた。  
 
ただ触れ合うだけの口づけ。けれど、それはとても暖かく柔らかだった。  
「なんで…ですか。なんでこんな…」  
「なんでってお前…」  
泣きながらも問いかける妙の肩を抱き寄せると、銀時の口元に妙の額があたる。  
宥めるように降らす優しい口づけ。  
「好きな女寝取られて、俺がおとなしく黙ってると思うわけ?」  
溢れる涙を唇で拭う。触れる場所の全てが熱い。  
「嘘だわ…なに言って…」  
妙の言葉を遮り、唇を塞ぐ。  
「…聞こえねぇよ。雨音でなんもわかんねー。だから、お前もわからなくていいんだよ」  
妙の首筋や鎖骨に残る赤い花の上を一つ一つ丁寧に口づけていく。  
沖田につけられた痕を癒していくように。  
「ん……ふ……」  
妙の涙はまだ止まらない。  
「悪いけど、嫌だって言ってもこのまま抱くからな。  
今の俺、放っておいたら沖田のことマジで殺しちまうかもわかんねーし…それに…」  
 
俺に抱かれて、俺を感じて、俺以外の男なんか忘れちまえばいいんだ。  
 
「私は…私が嫌いです」  
「あっそ。でも銀さんのことは好きでいてね? 今だけでもいいから」  
 
今だけでいいから。  
弱ってる隙につけ込んでドサクサ紛れにこんなことするけど。  
卑怯だと罵ってくれていいから。  
最低だと軽蔑してもいいから。  
今だけは。  
 
銀時の口づけは優しかった。  
それでも、どんなに抱きしめても口づけを降らしても、  
妙の方から寄りかかることはなく、ただ泣きながら銀時の包容を拒絶するばかり。  
それでも銀時は頭を撫で、背中を撫で、妙の気持ちが落ち着くのを待つ。  
普段の彼からは考えられない程に優しい素振り。  
随分と気を遣われているのだな、と改めて自分を鬱陶しく思う。  
「銀さんは…優しい人ね」  
銀時の腕の中は暖かい。妙は本当に愛されているような錯覚に陥る。  
愛されていいはずなど無いのと言うのに。  
 
縋ってもいいのだろうか。  
たとえこの一瞬でも。  
二度目は無くてもいい。  
明日になって淫売だと罵られたとしても。  
それでも私の身体にこの人の傷跡をつけてもらえるのなら。  
 
「――?」  
 
銀時の唇に妙のそれが重ねられる。  
突然触れた妙の唇に少しだけ面食らうが、さっきまで散々  
自分からしていたくせに、と苦笑が漏れた。  
妙の身体は強張っていて、  
ああ、こりゃぁ銀さんが溶かしてやんねぇとな? なんて言い訳をして。  
銀時の手が妙の胸に触れる。  
「……っ」  
不本意だが、沖田との行為で身体は敏感らしい。  
少しばかり揉みしだくだけで先端の最も感じやすい部分が屹立する。  
きゅっと指で摘むと、甘いため息が漏れた。  
 
「ん? ここ?」  
意地悪だと分かっていても相手の羞恥を煽りたくなるのが銀時の性格。  
妙を下から見上げると、真っ赤な顔がこくんと頷く。  
片方の先端を指で摘んで転がし、もう片方は口に含む。  
舌で触るたびに聞こえる切ない吐息。銀時の理性も切れそうになる。  
吐息は漏れるが嬌声は上がらない。  
少しばかり不満を感じた銀時の舌が乳首を執拗に舐る。  
ざらりとした感触が頭を駆け抜け、妙は堪らず声を張り上げる。  
「…っあっぁぁ……ん……!」  
嫌がってはいないのを確認し、妙の身体を畳に預ける。  
はらりと床に散る黒髪や伸ばされた手足に煽られる男の本能。  
銀時の指は無意識の内に妙の秘部に伸び、一番感じる部分を指の腹で擦り上げた。  
「ぁっあ…!…あ…っああっ…」  
割れ目近くに添えていた指が蜜に濡れる。  
秘部はヒクヒクと痙攣し、男を受け入れる準備を整えていた。  
それでも銀時は指すら入れようとはせず、  
ただ割れ目とクリトリスを軽く愛撫するだけだった。  
「銀…さ…」  
息も絶え絶えと言った様子で呼ばれた名前は、いつもより甘く銀時の耳に届く。  
「んー? なに? 物足りねーの?」  
仕方ねぇなぁ、我がままだなぁと言いながら、銀時の指が蜜壺に滑り込む。  
妙の様子をうかがいながら一本、二本と入れていく。  
 
「はぁ……んっ! ぁあっ!」  
膣内で動く指にいちいち反応する妙が可愛らしい。  
「わかるー? 今お前ん中に銀さんの指が二本入ってますよー」  
「……バ…っ! あぁっ!! バカ…っ」  
バカと言われちゃ、こりゃお仕置きするしかないなぁ。  
ニヤリと厭な笑みを浮かべたかと思うと、  
銀時の指は三本に増え、狭い膣内をバラバラに動き回る。  
「きゃぁっ! ぃゃあっ!! ん!! あん!! …んっ!!」  
銀時は可愛らしく喘ぐ唇を塞ぐ。  
上下の口を塞がれ、妙はもうこの男から逃げることなど出来ないと頭の片隅で考えた。  
「なあ」  
離れた唇が耳元で囁く。  
「指で満足?」  
悪い、囁き。  
「………指じゃ……いや…」  
今まで以上に顔を赤くして。今まで以上の甘い声で。潤んだ瞳で銀時をねだる。  
「ん。わぁーったよ」  
さっきまでのこともあり、あまり虐めてやるのも可哀想に思い、  
素直に銀時自身を妙に沈めていく。  
「っはぁ…っん…っ……!」  
ゆっくりと少しずつ妙の身体に刻むように。  
ただ今は受け入れてくれればそれでいい――祈るような気持ちで奥へ奥へと進む。  
お互いの隔たりなど失くしてしまいたいと願うように。  
妙の腰を抱き、少しずつ激しさを増しながら突き動かしていく。  
 
妙の嬌声は銀時の思考をドロドロに蕩かせていたが、  
妙への愛しさが勝ったので今日は壊さない程度の激しさで。  
グチュグチュと啼く水音と混ざり合う思考。  
どちらかが唇をねだり、どちらかが相手の肌に花を散らす。  
妙は今、誰のことを思っているのだろうか?  
馬鹿げた疑問が銀時の頭を掠めた。  
――そんなもん、俺に決まってらぁ。  
「銀…さん…っ!! もう……あぁっ! あっ…」  
「妙…っ」  
名前を呼ばれた刹那、妙の身体に熱いものが駆け抜けた。  
銀時の熱に浮かされ、紅潮した心。  
潤んだ視界に映る愛しい人の表情はどこか寂しげで、不安に心を締め付けられた。  
「……銀…さん…?」  
「銀時」  
「…え?」  
「呼んで。名前。銀時って」  
 
――妙。ちゃんと好きだから。明日っからもずっと。  
 
「なんて…バカな人なのかしら…」  
 
伸ばした指先に触れた銀時の頬。  
そこからお互いの全身に愛しさが広がるような感覚。  
妙は言えなかった思いをようやく口に出せるような気がした。  
 
降り続いていた激しい雨が、ようやく上がった。  
 
翌日。  
 
ハーゲンダッツの詰め合わせを抱えた男が志村邸を訪れた。  
「…………いらっしゃい」  
呼び鈴に素直に応じ出迎えた妙は面食らう。  
沖田総悟がそこにいたからだ。  
「あ………の…。これ!  
なんの償いにもなりゃしねェのは分かってやす! けど…」  
沖田は両手をまっすぐに押し出しダッツ詰め合わせを妙に差し出しながら、  
ただ頭を下げるしか無かった。  
「………ふふっ。なんだか、同い年なのに年下みたいね」  
沖田の必死さに不謹慎だと知りつつこみ上げる笑いに我慢が出来なかった。  
「……妙さん…あの…?」  
妙の笑い声を理解できず、怪訝な表情の沖田の頭に、そっと手が乗せられる。  
それが妙の手だと、そしてあやすように  
頭を撫でられていることを理解するのに時間を要した。  
「怒ってないなんて言わないわ。でも、嫌いになったりなんかもしない。  
ねえ、総くん? 貴方、本当は私のこと好きじゃないでしょう?」  
「ちがっ…」  
妙のその言葉だけは否定しなければ…。  
情けない表情のまま上げた眼に映るのは、妙の寂しげな笑顔。  
「俺は…本当にアンタを好きで…」  
「ええ。でも私は…」  
「分かってます。けど、」  
それでも…と言葉を噛み殺す。  
重い沈黙を破ったのは、妙の一言。  
それは普段と何も変わらない軽く奇麗な声だった。  
「ああ、そうだ。ねえ総くん? これ、一緒に食べましょう?  
ついでなんだけど、さっき庭先でストーカーを仕留めたの。  
悪いけど回収していってもらえないかしら?」  
「………ぁ…ええ。いくらでも持って帰りまさァ!」  
――許されはしない。けれど否定はされていない。  
今の沖田にはそれだけで十分に思えた。  
 
そんな二人のやりとりなど全く知らず、  
足取り軽く志村邸を訪れた銀時の視界に幻だと思い込みたい人物が映る。  
「…ちっ…なんでィ。旦那かィ」  
「………そりゃこっちの台詞だっつーの」  
縁側に座り、茶を啜っていたのは、どこからどう見ても沖田総悟だった。  
「で。なーんーでーキミが居るのか説明してくんない?  
ねえ、銀さんに分かるように説明してくんない?」  
「俺がどこに居ても俺の勝手でさァ。  
あ、妙さんなら隣に回覧板届けにいってるんでいやせんぜィ」  
「いやいやいやいや、そういうこと言いたいんじゃないから。ね?  
あのね、俺が言いたいのは!」  
「旦那ァ。人の恋路を邪魔するなんざ野暮ってもんですぜィ。  
んなヤローは俺に斬られて死んじまいなァ」  
沖田が腰の獲物に手を掛けた瞬間、緊迫した空気をさらりと溶かす声。  
「あら銀さん。いらしてたんですか? あ、総くん。お留守番ありがとう」  
「妙さん。コイツ不法侵入してきやがりましたぜ。ウチでしょっぴきましょうか?」  
「いやいやいやいや、待てコラァァァァ! なんで手錠掛けられてんの俺ェェ!!」  
「ふっ………二人とも……ふふっ」  
袖で口を隠しながら笑う妙に銀時と沖田は毒気を抜かれてしまう。  
 
この人が笑ってくれるなら、今はそれで構わない――か。  
 
 
「さて…、じゃぁ俺は失礼させていただきやす。  
ストーカー引き摺って屯所まで帰らねェと…。あ、そうだ妙さん」  
すれ違い様に沖田に呼ばれ、なあに? と問いかける。  
沖田はその答えの代わりに無防備な妙の頬に軽くキスをした。  
そして、耳元で伝えるべきことを囁く。  
銀時から見れば、それはまるでバカップルの愛の囁きにしか映らない。  
「そんじゃ、くれぐれも旦那には気ィつけてくだせェ」  
「ちょっ………!! 総一郎君ンンンン?!」  
「そうね、そうするわ。ありがとう」  
「オイィィィィ!! お妙さん?!なに?!  
オメーまで何言ってくれちゃってんのォォォ?」  
志村邸に響く、普段と何ら変わらない平和で悲痛な叫び声。  
 
――俺ァアンタを諦めない。んで、アンタも旦那を諦めないんだろィ?  
  だったら、せいぜい旦那に妬いてもらいなせェ  
 
けれど、それはそれぞれの心に響く愛しい声。  
 
 

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