窓から差し込む月明かりに照らされて、艶々と輝く黒髪。
一房摘んで指でクルクルと弄び、梳いた。
先刻の情事のせいでやや乱れており、汗で少し湿っている。
しかしそれでも女の髪は少しも絡まらず、優しい香りを散らしながらストンと落ちた。
「スゲ……」
CMの様なその光景は何度見ても感嘆する。
なりたいイメージを大切に。もしかして、もしかしたら自分の髪も。
淡い期待を込めて自前の銀髪をいじるが、やはり一瞬で絡まった。
「チッ……」
解こうとしたが、ものの数秒で面倒くさくなり無理やり指を引っ張る。
ピリッと痛みが走り、恐らく数本抜けただろうが気にしない。事にする。
忌まわしい陰毛ヘアーかハゲか。どっちもどっちだバカヤロー。
…あ、陰毛ヘアーの方がマシか。
神楽の父、星海坊主の姿がちらつき深くため息をつく。
そして妙の髪を睨みつつも、手では優しく撫でつけた。
サラサラとして絹の様な感触が心地よい。
「いいなァ、これいいなー…」
何でこんなにサラッサラなんだよ。何で俺はこんなにクリンクリンなんだよ。腹立つ。
でもまァ…
「……ガキには背負わせずにすむかー………」
コイツん中に出す時は、縮毛矯正掛けて遺伝子ねじ曲げてるしィ。
あれ割と疲れんだよなぁ〜。
嫉妬の炎を悟ったのか、髪をいじられているのに気がついたのか。
「ん……」
妙が小さく呻いて身じろぎした。パッと手を離す。
(ヤベ…)
妙は寝起きが最悪なのだ。
というか髪をいじって、挙げ句起こしたとなれば怒るだろう。
こんな深夜に流血騒ぎは避けたい。
外に飛び出すか、素直に謝るか。
考えた銀時だが、パンツしか履いてない身ではどちらもキツい。
結局急いで布団を手繰り寄せ、寝た振りをした。
ぎゅっと目を瞑り、嫌な汗が背中を伝う。そんな男を尻目に
「ん〜…」
抜けた甘い吐息を漏らして、もぞもぞと寝返りを打った。
「すーすー…」
寝息が聞こえる。やり過ごしたか。うっすらと目を開け様子を窺う。
が、此方を向いたボンヤリとした茶色の瞳と、エンジ色の瞳がバッチリあった。
「!!」
は、はめられたァァァ!!
「……グー……」
焦りを露わにするが瞬時に白目をむき、いびきをかいてみた。
妙の目尻が下がる。白目を向いた銀時にはわからなかったが。
「銀さん」
「……カー……」
「…起きてるんでしょ?」
「……グゥー!……」
「……」
「……」
「あ、クリンクリン」
その一言にカッと目を見開く。
「俺のデリケートゾーンの事かァァァ!!!……あ」
しまった!つい!
こちらの言葉を遮るように、そろそろと伸びた妙の腕。
殴られる!?
目を閉じ衝撃に備えた。
しかし衝撃はいつまでたっても訪れず、ふわふわとした感触があるだけだった。
俺死んだ?もしかして即死した?
恐る恐る目を開くと、目の前には綺麗な花畑。
ではなく、渦巻くデリケートゾーンが優しく撫でられていた。
「っ……!?」
「可愛いわ」
え゛え゛え゛え゛!!なにこのお妙!!
プレイ!?ツンデレ寝ぼけプレイなのか!?
目を丸くして見つめる。
それでもあるのは優しい手と、微笑む妙。
「あ、あの〜……」
「はい?」
「………いや」
……何でもいいか。
細かい事を考えるのは止め、大人しく身を任せて目を閉じた。
ハタから見れば結構間抜けっていうか、犬みてーなんだろーなぁ…今…。
なんて思うが、悪い気はしない。
むしろ何故か嬉しかったのに、口から出たのは溜め息と皮肉だった。
「…わかってねーよお妙。
大の男が可愛いとか、撫で撫でなんて喜ぶ訳ねーだろ……」
「あら。じゃあどうすれば喜んでくれるの?」
疑問の声に、片目だけ開けて見やる。
「そりゃオメー…カッコイー!!だとか、しっぽり決めた後に最高だったわウフ…とかよ。
つうか、どうせ撫でんなら息子の方を撫でて欲し…」
「ふわふわ。定春くんみたいだわ」
「めったに洗わねー犬と同列!?
これでも毎日ヴィダルサスーンしてますぅ!トリートメント染み込ませてますぅ!」
「ヴィダルサスーンと水のムダね」
「あんだとコルァァァ!!」
思わずガバッと起き上がるが、ハタと気がつく。
「……お前、寝起きスゲー悪くなかった?」
「あれだけ撫でられてたらね」
「あー…」
とうに起こしてしまっていたか、ずっと微睡んでいたようだった。
何だかバツが悪くなり、ギクシャクと目を逸らす。
じゃあ何でずっとキレなかったんだコイツ。あんなん鬱陶しいだろ。
「女は髪を撫でられるのが嫌いじゃないの」
心を読んだのか、そう言ってイタズラっぽく笑った。
魅力的な笑顔に胸が高鳴る。でもひねくれ者には少し悔しくもあり。
「…ふーん……女が少ないって名前を書く割に…ぶべらッ!!」
口走ったからかいの言葉は、笑顔を浮かべたままの妙に人中を突かれて止まる。
激痛が走り、顔を押さえて悶絶した。
「ぐぉぉぉ!なにすんだァァ!!」
「銀さん。名前をからかうのはセンスがないわよ」
可愛らしい笑顔は引っ込み、武家の娘らしいき然とした表情で諌められた。
「……わり」
珍しくシュンとして素直に謝る銀時に、妙は「仕方ない人…」と笑った。
「だいたい、天パだっていいじゃないですか」
「あ゛?」
「あの…女の子なら、ストレートがいいって言うかもしれませんけど…」
「んな事まで聞いてたのかよ…。差別だろそれ」
「天パも、素敵よ」
妙の髪を見、自分の銀髪を見て、思わず顔をしかめる。
「はァー?サラっサラヘアーの方が……」
「天然パーマメントごと愛してます」
実にあっさりと言い放ったので、ポカンと口を開けて銀時は固まった。
妙はひらひらと手を降り、小首を傾げて声を掛けた。
「銀さん?」
あー…。こりゃゴリラも惚れちまう訳だわ。
「…お妙ェ」
「何です?」
「やっぱ遺伝子ねじ曲げんのはよくねーよなァ。止めたわ」
「止めた?…っあ!ちょっと…ん…!」
ニヤリと笑って覆い被さり、お妙の耳に唇を寄せる。
「天然パーマメントごと愛してんだろ?」
ならいいや。
でも神さま仏さまお天道さま。
願わくば、この菩薩女にクリソツなサラっサラヘアーのガキが生まれますように。