月明かりが眩しくて眼が覚めた。  
 
神楽や新八、お妙も別の部屋で眠りについたのだろう。ストーカーゴリラとストーカー  
始末屋も、さすがに今夜は諦めたらしい。恒道館道場は先刻までの阿鼻叫喚が嘘  
のように静まりかえっている。  
喉が渇いているが、身体中痛くて動く気がしない。  
無理矢理寝てしまおうとした時、傍らに何かの気配を感じて、俺は閉じかけていた  
瞼を開いた。真っ先に眼に入ったのは、夜目にも眩しい女の脚線。  
 
「お前は……」  
「生きてたんっスね」  
「そりゃこっちの台詞だ」  
 
直接言葉を交わしたことすらない。戦いの最中、朦朧とした視界で似蔵の、いや紅  
桜の餌食になる姿を垣間見ただけの女だ。来島また子という名前を、一連の騒動  
の後に新八から聞いた。  
いささか露出過剰なまた子の肌は、月光に照らされて闇の中に青白く浮かび上がっ  
ている。手にした銃の黒く重い輝きとは対照的だ。  
 
「何しに来た」  
「アンタは晋助様の敵っス」  
 
「奴に命令されたのか? 無謀な計画がコケた八つ当たりを俺にしようってのか。  
過ぎた事にいつまでもこだわって、大騒ぎしただけじゃ足りないってか。全くハタ迷惑  
な男だよ、晋ちゃんは」  
 
「晋助様を侮辱するのは許さないっス。命令じゃない。自分の意志で来たっスよ。  
アンタを生かしておけば、必ず晋助様の邪魔になる。だったら今」  
また子がゆっくりと銃口を上げ、狙いを俺の額ど真ん中に定めたのがわかった。  
 
「お前、なんで高杉のヤローと組んでる」  
「アンタには関係ないっスよ」  
「惚れてるとか?」  
 
冗談のつもりだったが正鵠を射てしまったのだろう。  
銃身がぶれるのがを見て、つい俺は笑った。  
 
「おいおいマジかよ。趣味悪ぃー」  
「黙れ!」  
 
また子の片脚が勢いよく跳ねた。蹴り上げられた掛け布団に遮られて、短い裾の奥  
が見えなかったのは残念だ。そう思った瞬間、下腹部にどっとのしかかった重みに俺は  
呻いた。  
 
「その無駄口、二度と叩けないようにしてやるっスよ」  
 
また子が俺の腹の上に座り込み、包帯だらけの両腕を膝で抑えてこんでいる。そんな  
ことをしなくても動けやしないのに。  
冷たい銃口に喉仏が押しつぶされる嫌な音が、耳の奥に響く。  
 
「報われねえぞ」  
ようやく絞り出したのは、かすれた、みっともない声だった。  
 
「いくら尽くそうが、高杉はお前に報いたりしねえ。そういう男だ。  
ああ、溜まってる時なら一発くらいはヤってもらえるかもしれねえなぁ? 晋ちゃんもカッ  
コつけてるけど、股間に珍獣飼ってるだけの、タダの男だから」  
頬をひきつらせながら、へらへらと俺は笑う。今はそれしか抗う術がない。  
 
「おかしいっスか」  
釣られたかのようにまた子も唇を歪めて笑った。  
「手に入れられなかったものを諦めきれずに生きてることは、そんなに滑稽っスか」  
 
また子が覆い被さるように顔を近づけてくる。銃口は喉につきつけられたままだ。  
明るい色をした長い髪の先が、俺の鎖骨をくすぐる。  
長い睫毛にふちどられた眼を猫のように光らせたまた子の顔が、薄暗がりでもわかる  
ほど端整なことに、俺はその時ようやく気づいた。  
 
「昔のこと過ぎたことと笑う資格がアンタにあるんっスかね。燻らせるほどの炎も持たず、  
ただ焼け焦げを抱えて生きてるアンタが」  
 
それ以上嘲ることができなくなったのは、喉と腹を同時に圧迫されて、呼吸が苦しい  
せいだけじゃない。  
 
「お前に…何がわかる」  
「わからなくてもイイっスよ」  
 
冷めた口調でまた子は呟く。本心なのだろう。この女は高杉のために、邪魔者を排  
除したい。それだけだ。俺のことなど見ていないし、これ以上見ていたくもなさそうだ。  
しかしまた子はすぐに引き金を引こうとはせず、俺の上でもぞもぞと腰を動かすと、  
不快そうに顔をしかめた。  
 
「珍獣飼ってるのはどっちっスか」  
「んなトコに座られてちゃ、しょーがねえだろ」  
 
また子の柔らかな尻の下で、俺の股間は隆起し始めていた。恒道館道場に満身創  
痍で運びこまれて以来、勝手に溜まるものを処理することさえできずにいたとはいえ、  
我ながら情けない。  
そんな俺の心根を見抜いたかのように、また子が吐き捨てる。  
 
「振るうことも捨てることもできない刀っスか。くだらないっスね」  
 
また子は器用に膝立ちし、腰を浮かせたかと思うと、俺が着ていた甚平の下衣を下  
着ごと掴んだ。  
 
「おい……!」  
 
引きずり下ろされた衣は、しかし体重のせいもあって中途半端な位置で引っかかる。  
それでも勃ち上がりかけた部分が、空気に晒されるには充分だ。さらにまた子は自身  
の脚の間にも手をつっこんだ。  
下着をずらしただけで、濡れていないところに無理矢理ねじ込もうとしてる。着物の  
内になって見えないが感触だけでそれはわかった。  
 
「よせ、お前っ……」  
 
首に銃身が叩きつけられ、それ以上声を出すことはできなかった。  
 
「く…うっ……」  
 
眼を閉じ、眉間に皺を寄せながら、また子が腰を落とす。  
強引な行為では、男の方にも痛みが伴うのだと初めて知った。心など必要なく、身  
体が男と女であるという、ただそれだけでを繋がれるのだということも。  
 
ただの摩擦でも男にとっては刺激となり、充血した器官はさらに張りつめる。  
その固さが女の内部を刺激し、悦びの伴わない防御作用としての分泌が内部を潤  
す。やがてそれは、求めあってする時と区別がつかなくなる。  
 
「あっ……ああ……っ!」  
 
激しく腰を動かし、また子が声を漏らす。それは苦悶する者の呻きに似ている。  
 
犯しているのはお前か。俺か。それともアイツか。  
 
快感があったのかどうかさえわからない。排泄と同じだ。  
呆気なく果てた俺を、また子は身体から抜き取った。混ざりあった体液が溢れて、俺  
の下腹や着物を汚す。また子の内腿にも流れ落ちていた。  
それを拭おうともせず、ゆらりと立ちあがった姿は幽鬼のようだ。俯いて表情を見せず  
に、また子は低い声で呟く。  
 
「次は命の方をもらうっスよ」  
 
そのまま俺の方を振り返りもせず、また子の姿は闇に溶けた。  
去っていく足音さえ聞かせることなく。  
部屋はただ暗く静かで、ままならぬ身体を抱えた俺が一人、重く横たわっているだけ  
だ。夢を見ていたような気がする。  
 
あの女は本当に、ここにいたのか。  
やはり身体はあの時、紅桜によって引き裂かれ、魂だけが黄泉へと続く道を引き返  
して、俺に会いに来たのではないか。  
 
そんな空想を、部屋に残された微かな匂いが阻む。  
男を誘うための甘い香ではない。硝煙の匂いだ。  
愛も情もなく、子を成す目的でさえなく放たれた精など、女には穢れでしかあるまい。  
なのになぜ、そんなものを身に受けていった。  
銃口を向け、返り血を浴びるその代わりか。  
 
障子が開け放たれたままの戸口から流れこむ夜風が、こびりついた残滓を冷やし、  
乾かしていく。  
 
「ちゃんと、しまっていってくれよ……」  
 
また逢うことがあれば、その時あの女は、今夜撃ちこむことができなかった弾丸で、俺  
の額を貫くのだろうか。  
 
 
月はもう雲に隠れて見えない。  
 

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