薄甘い灯りが思わせぶりな、堀川近くの夜の宴席。
銀時は手酌の杯を傾け、まじまじと見つめた後、やっぱりいい酒は違うねえ、と呟いた。柔らかな香りの強いそれは、蔵元秘蔵らしく出荷量が極端に少ないそうだ。
坂本の奢りででもなければまず飲む機会もなさそうなそれを、ちびちびと舐めながら考える。眼の前で繰り広げられる濡れ場もまた、滅多にない眼福だろう。
卓の上に畳んだつるの細い眼鏡を戯れにかけてみる。光景は歪み滲んで、乱れ髪に見え隠れする白い胸が酷くいやらしく見えた。
猿飛あやめがストーカーなのは何時ものことで、外出時に跡を付けてくるのも、時も場も選ばない猛アピールを繰り返すのも、何時ものことだ。そして銀時が眼鏡を掠め取って、彼女の近視と勘違いを頼みに逃れるのも、何時ものことだ。
ただし今日に限って言えば、その場にいたもう一人が坂本辰馬であったこと。坂本が銀時に勝るとも劣らないくるくる天パであったこと。
そしてなにより、銀時と間違えて抱きつき切なる恋心を訴えはじめたあやめを、坂本が拒絶せずに受け入れてしまったのが、最大の違いだった。
いい加減な鷹揚さで勘違いを無視し、こがな美人に好きと言われればそりゃあ嬉しいに決まっちゅう、とご機嫌で所謂茶屋に傾れ込んでしまったのだ。
銀さん銀さんと大声を出すあやめに、ちっくとすまんが痛くはしやーせんから、と懐から出した手拭でさっさと猿轡をかませるのを、おいおいやめろよと止めはしたが、おんしの名ばかりよばれたち流石に気に入らんもん、と坂本は聞かない。
結局はそれで正解だった。やはりMな性質なのか、余計に盛り上がっているらしい。のけぞった喉に涎が垂れているのが、細い灯りにてらてらと映る。
「さっちゃんはねえ、最初はこういうタイプじゃあないと思ったんだよね。思い込みは激しかったけどさ。少なくともMっ気はなかったと思うんだよね。どこで目覚めちゃったんだろ」
「さっちゃんはMじゃーなが。酷いことをしろとゆうたち、おんしはしやーせん。しやーせんがは自分を思ってくれちゅうから、大切にされてると思うんろう」
「でも怒鳴りつけても喜ぶんだよこいつ」
「無視しやーせきくれたと思うんろう? かわいい女子じゃ」
「そんな無茶苦茶な」
坂本は音を立てて露わになったあやめの胸を吸った。先刻から着物の下に潜らせたままの手は、隠したままの女陰を責め立てているのだろう。ひょっとしたら指の二三本はもう挿入ってしまっているのかもしれない。
もじゃもじゃとした坂本の天パを細い指が撫で、絡め、縋りつく。
あれは自分にしているのだ、そう思うと腹の底が熱くなる様だった。駄目駄目。遊びは遊び。爛れた恋愛は結構だが、相手が本気じゃ分が悪い。後味も悪い。
今のこれは、悪趣味な余興だ。手を出したら余興では済まなくなってしまう。
「なァ辰馬、まさかここで最後までやっちまうつもりじゃねえよなあ? 久しぶりに貧乏も暴力も遠い俗世に置いてきて、旧友といい酒飲もうってんで来たはずなのに。昔より悪趣味な展開はごめんだぜ。お前と一緒になんかごめんだ」
「ほがなことするか。さっちゃんも人違いで抱かれたちかわいそうじゃ。気持ちよおしてあげて、よお眠らせちゃる。酒はそれからじゃ」
酒を啜る音に被せるように、時折湿った音がした。坂本の胡坐の上に跨ったあやめの音だ。
正直なことを言えば、当然二人とも十分その気にはなっている。しかしただ勢いだけの欲を散らすなら、それにふさわしい場所と相手は他にいくらでもある。便利な時代だ。
「なあ金時、おんしこそ、ええがか?」
「金時じゃないから。銀時だから。いいかって何が?」
「さっちゃんはおんしに抱かれたと思っちゅう。目覚めて、次にそう騒がれたち責任取れるんなが?」
「今更じゃねえ? 大丈夫だよ。さっちゃんいっつもあることないこと叫ぶから、何時もの妄想ワールドだって皆納得しちゃうから」
「酷い男じゃ」
行為に溺れたあやめの眼は殆ど閉じて焦点も曖昧だ。恍惚とした顔で、頬を上気させて、恐らく猿轡の中で自分の名でも呼んでいるのだろう。ああともううともつかないうなり声が、半開きの唇からたらたらと白い胸まで続く涎が、大層艶かしい。
杯を置いて、銀時は静かに坂本の前まで動いた。肩にもたれて為すがままのあやめからは見えない背中側。
白く薄い背に汗で縺れ張り付いた長い髪を、そっと撫ぜた。もう一度、後ろ頭から首をたどり、揺らぐ腰の上まで手串で梳かした。羨ましいほど綺麗な髪だと思う。
悲鳴のような声を立ててあやめが仰け反った。膝に倒れこんできたあやめを受け止めて、銀時はもう一度髪を撫ぜた。欲で頭の奥が煮えるようなのに、なんだか妙にすっきりとした気分なのがおかしかった。
「なあ、さっちゃん。いい子だからもうストーカーなんかやめちまえよ」
ゆるゆると虚ろだった眼の焦点が結ばれる。あやめは今更恥らうように片手で胸を覆い隠そうとした。
もう片方の手は今度こそ銀時の天パに向けて伸ばされ、赤ん坊のような無心な様子に、銀時はふと思いついて彼女の鎖骨の辺りにひとつ痕をつけてみた。面白いように色濃い痣が浮かぶ。
覆いかぶさった頭をあやめは嬉しそうに掻き抱いた。
肘の方まで滴りそうなほど濡れた自分の手を眺め、坂本はやれやれと溜め息をつき、
「しょうまっこと酷い男じゃ、おんしは」
銀時の着流しの袖を掴むと、容赦なくごしごしとその手を拭った。