夜の闇を切り開くように、ぼんやりと明かりをともしながら屋形船が進む。  
 
「まァ、ゆっくりして行けや、伊東さんよォ」  
けだるそうに煙管をふかしながら、隻眼の男、高杉晋助は目の前の客人に腰を下ろすよう促した。  
 
「なんだ?ずいぶんお疲れじゃねぇか・・・・。どうやら向こうで楽しくやってるという風でもねぇようだなぁ」  
 
ククク、と高杉が喉を鳴らす。  
 
「まぁ・・・あんな野蛮な連中の中にいれば、多少の疲れも出るというものだよ、高杉殿。」  
漆黒の隊服に、狐色の短髪がよく映えるその男は、彼の癖なのだろうか、クイッと眼鏡をあげる仕草をしながら溜息をついた。  
 
「野蛮・・ねェ・・。俺達もあんま変わりゃしねーがなぁ。」  
ふぅっと煙を吐きながら、黒髪に、派手な柄の着流しを纏う隻眼の男は、屋形船の障子の隙間から闇を見つめる。  
 
鬼兵隊・・・江戸の町を脅かすテロ集団と恐れられている武闘集団である。その頭(かしら)であるこの隻眼の男・  
高杉晋助と杯をかわそうとしているのは───  
 
本来は彼らを取り締まるべき立場にある、武装警察「真選組」の参謀、伊東鴨太郎であった。  
 
「オイ、酒持って来いや」  
トントンと煙管の灰を落とすと、高杉が声をかけた。  
 
「はい、ただいまッス!!」  
控えていたのか、女の声がして、スルリと襖が開く。  
 
伊東が目をやると、慎ましやかに三つ指をついた女の姿・・・・  
 
ではなく。  
 
(・・・・・・・・・・・脚??)  
 
襖から覗くは、スラリと伸びた女の脚。  
 
「よ・・・っと!失礼するッスよ!!」  
 
その声と共にスパァァンと襖が開く。  
 
「晋助さま、お待たせしましたッス!!!」  
明るい声とともに笑顔を咲かせているその女は、腕いっぱいに酒瓶を抱えてこちらへやって来た。  
 
「来島テメェ!脚で襖開ける奴があるかァ!!!!」  
「へ?だって、晋助さま、わたし両手ふさがってて・・・」  
高杉が青筋を立てて一喝するが、当の本人はきょとんと首をかしげる。  
「ハァ・・・・ったく・・・・。───な、野蛮、だろ?」  
クク、と独特の含み笑いをして伊東に問いかけると、伊東が苦笑をした。  
 
「てか!あんた、その制服・・・真選組じゃないッスか!なんでまた・・・」  
手に持っていた酒瓶をどっかりと置き、伊東を見て女は声を荒げた。  
「・・・来島、この男は大丈夫だから噛み付くな。」  
「でも・・・」  
「とりあえず、だ・・伊東センセイに酒ついでやれやぁ。粗相すんじゃねェぞ!」  
「わ、わかったッス・・・」  
宿敵である真選組の隊服に身を包んでいる客人に警戒しつつも、高杉の言葉どおり素直に伊東の元へ歩み寄る。  
 
「晋助様がああいうなら、信じるッス。さぁ、たくさん飲むッスよ!」  
「あ・・・・ああ。」  
酒瓶ごと伊東の席まで運び、こぼれんばかりの勢いで酒を注ぐ。赤い装束に、ブロンドのストレートヘア。年の頃は19、20くらいだろうか。  
脚や腹を惜しげもなく出した挑発的な装束に身を包んでいる。ちょこんと彼女が伊東の側に座ると、フワリと女の香がした。  
 
無意識のうちに、伊東は顔を背ける。  
 
・・・・・・基本的に、女は苦手なのだ。  
情が移ると、仕事の邪魔にしかならない。どんなに慎ましい女でも、男女の関係になってしまうと途端鬱陶しい生物になる。  
ならば、最初から関わらないほうがいいのだ。  
もちろん、策に使える女は使うが、あくまでビジネスとしてしか付き合わない。  
伊東はそういう男であった。  
 
「どしたッスか?飲まないんスか?」  
くいくいと腕を引かれ、振り向くと女がつまらなさそうにこちらを見ている。  
「ああ・・・すまない、いただこう。」  
並々につがれた酒を一気に飲み干し、杯を女の前に出す。  
「どんどん飲むッス!晋助さまは強いッスよ!」  
嬉しそうにそう言うと、また並々と酒をついで笑顔を咲かせた。  
粗野な態度をのぞけば、中々の美女であった。  
くるくると変わるその表情は、屯所で伊東が面倒を見ている猫のそれによく似ていて、なんとなく伊東は口元を綻ばせる。  
丈の短い上衣の合わせからは、むっちりとした胸の谷間が見え、短いスカートのような下衣からは太ももがむき出しになっている。  
(・・・・・・・・・・・・・・・・)  
チラリと視線を送り、フゥ、と伊東はため息をついた。  
 
「来島殿・・と申したか。君はもう少し・・その───・・その格好はどうにかならないものか?」  
「へ?」  
「・・・美しい脚を見せてくれるのはいいが、年頃の娘がそのような格好で男の前に出るものではないだろう」  
諭すようにそういうと、眼鏡をクイッと直す。  
美しい、と言われて一瞬顔を明るくするも、女は不満そうに口を尖らす。  
「これはファッションっスよ!動きやすいし、晋助さまもこの格好気に入ってくれてるッス!!!ね、晋助さま!」  
そう言って高杉の方を振り返る。  
「・・・・まぁ俺ァ面倒くさがりだからよ、脱がしやすいほうが好みではあるがな」  
「・・・・・・・・。」  
「ななな!し、晋助さま!そ、そんなことこんな場所で言うもんじゃないッス!!!!」  
高杉が刺身をつつきながら相変わらずだるそうに呟くと、女は顔を赤らめた。  
 
「・・・・・隠れているからこそ、それが見えた時に更に心惹かれるという事もあるだろうに。」  
そう呟くと、伊東は残念そうに再度チラリと目線を女の脚にやる。  
 
───初対面の客人の前だというのに、思い切り脚を崩して座っている女の内股には、よく見ると───・・・無数の紅い印が見え隠れしている。  
それを見るなり、緩めていた表情を強張らせ、伊東は不機嫌そうに眉をしかめた。  
 
(・・・なるほど、野蛮だ)  
印をつけたのは目の前にいるこの男だろうか。それとも三味線を背負ったあの男か。興ざめした───  
という表情の伊東を見て、悟ったのか、嬉しそうに高杉が喉を鳴らせた。  
 
女は苦手ではあるが、興味がないわけではない。関わりたくはないが、やはり男の本性というものは隠しきれない。美しいものには心を惹かれる。  
この娘に一瞬でも淡い期待を寄せてしまった自分が憎くて、杯を空にする。  
 
「いい飲みっぷりじゃねぇか伊東よォ。」  
「フン、たまには飲まないとやってられない時もあるものでね」  
「酒は飲んで飲まれるものッス!さぁ、どうぞッスよ!」  
女がつごうとすると、伊東はそれを制した。  
「いや、手酌で構わない。君のような粗野な娘は僕は苦手でね。」  
(鬼兵隊幹部といえど、所詮は女───か。大方、高杉が夜の相手をさせている程度の雌猫か。)  
見下すように女を一瞥する。  
 
「なっ!!!!!な、なんなんスかこのインテリメガネは!むかつく野郎ッス!!!!!」  
そう言って、伊東の側を離れ、女は高杉の側にどっかりと腰を下ろす。  
「晋助さま!あいつむかつくッス!あんな奴と手を組んだら駄目ッスよ!」  
「あーうるせぇうるせぇ。おめぇ、毎度毎度客人に無礼働いてんじゃねェよ。いい加減学習しろ!」  
「い、痛ぁっ!」  
スパンと頭をはたかれて、女はしゅんと縮こまる。  
「おら、酒持ってこい、足んねーぞ」  
「は、はいッス・・・・」  
そう言って立ち上がり、とぼとぼと部屋を出ていく。  
 
「高杉殿も大変だな」  
「クク・・・・・」  
嵐が去ったとばかりにホッと一息をついて、伊東が呟いた。  
 
■■■■  
「クッソー!!!!むかつくッス!!!あのインテリメガネぇぇぇぇ!!!」  
ずんずんと廊下を進みながら、女───・・・来島また子は吼えていた。  
「また子、何をそんなにカッカしてるでござるか」  
ちょうど、屋形船の入り口を通り過ぎると、後ろから声をかけられる。  
 
「万斉!!!!遅いッスよ!!」  
「すまぬ。所用がたてこんでいた故・・・・して、伊東殿はもうお見えか?」  
スラリとした長身に、黒い革のコート、サングラスにヘッドフォンをしたこの男もまた、鬼兵隊の幹部でもあり、人斬りと恐れられている河上万斉であった。  
「お見えもなにも、ホント失礼な奴ッスよ!なんで晋助さま、あんな奴と・・・。万斉〜〜〜〜・・・アイツ早く帰らせてッスよぉ〜〜」  
上目遣いで縋るように、万斉に懇願する。万斉の後輩、というより妹分に近いまた子は、日常においても兄のようにこの男を慕っている。そして、万斉が自分に甘い事もよく分かっているのだ。  
「拙者に言われても困るでござるよ・・・。また子、まさか伊東殿に粗相したのではないか?」  
「べ、別に何もしてないッス!!脚で襖を開けたから晋助さまに怒られたけど・・」  
「・・・・・・・・ハァ・・。」  
あまりにもその光景が容易に想像できたので、万斉は肩をすくめた。  
「な、なんスかその溜息は!!つ、次はちゃんと・・・手で開けるッス・・!!!!あぁぁぁ〜〜〜〜それにしても!ほんとムカツク!!!  
あんな奴に晋助さまと、こんな美味しいお酒飲ませたくないッスよぉ〜〜!!!」  
顔を真っ赤にしながら、キィィと悔しそうに吼える女をなだめようと万斉が肩に手を置いたとき、女の瞳がキラリと光った。  
「・・・?また子?」  
「万斉・・・いーーー事考えたッス!!!!!!!」  
「・・・・・・・・・・ど、どうしたでござるか。」  
「あのインテリメガネのポーカーフェイスを見事に崩してやるんスよ!!」  
ニヤリ、と口角をあげて笑うと、胸元から小さな包みを出した。  
 
「また子、まさかそれ・・・」  
「だーいじょうぶッス!!ちょっと混ぜてやるだけッスよ!!!死にはしないッス!!!!」  
クスクスと黒い笑いを浮かべながら、盆にのせた酒にサラサラと粉薬のようなものを混ぜいれる。  
「け、結構入れたでござるな・・・」  
「さぁて、真選組のサンボウとやらがいかほどか、見せてもらうッスよぉ〜〜〜!」  
まるでイタズラを仕掛けた子供のようにワクワクと目を輝かせている目の前の女をただ呆れたように目で追って、万斉はやれやれと後に続いた。  
「晋助さま、お酒をお持ちしたッス」  
今度はきちんと膝をついて。スルリと襖を開ける。  
「遅ぇぞ来島。───よぉ万斉じゃねぇか。」  
「すまない晋助、伊東殿。遅くなったでござる。」  
また子の後ろから、黒い影が敷居をまたぐ。  
「先に始めさせてもらっているよ、万斉殿───。」  
あれから大分飲んではいるであろうが、二人とも顔色に変化はない。  
「あの・・・先ほどは失礼しましたッス、伊東センセイ。・・・晋助さま。」  
上目遣いで高杉のほうに目配せする。口元が緩みそうになるのを我慢して。  
「伊東センセイ、さっきのコイツの粗相は大目に見てやってくれや。世間知らずでなぁ。万斉にちゃんと躾るよう言ってあるんだが、直りゃしねェ。来島、一度伊東先生ン所で勉強してくるか?」  
ニィ、と目を細めて高杉が目をやると、万斉の背に隠れながら、絶対嫌だとばかりに必死にまた子は頭を横に振った。  
「まぁ冗談だがな。そういうわけだ、仕切りなおしということで飲んでくれや、伊東さんよ」  
高杉が伊東の横に座り、酒をつぐ。  
(──来島の奴、何か混ぜやがったな・・・・)  
さきほどのまた子の表情を思い出し、高杉はニヤリと口角をあげ、伊東を見やった。  
「・・・・・・・・・・!」  
酒を口元まで運んで、伊東が手を止める。  
かすかに、わずかに匂いが違う。  
(フン・・・・あの猫め・・・・・)  
薬学の心得もある伊東には、今つがれた酒に何か混ぜられているという事に気づくのは容易なことであった。  
だがしかし───  
「どうしたぁ?飲まねぇのか?伊東さんよ・・・」  
クククと喉を鳴らす目前の男。  
本来は敵同士である自分と鬼兵隊・・・・  
ここで酒を飲まなければ、これから鬼兵隊の協力は得られない・・・・  
 
(試されている────)  
伊東は感じた。  
クン、と深く鼻を鳴らす。  
自分が知っているような即効性のある毒薬の匂いはしない。もし自分を殺そうと思っているなら、きっとこんなまわりくどいやり方はしないだろう。  
(フン、乗ってやろうじゃないか・・・・)  
ギンと高杉をにらみつけると、伊東はグィっと一気に酒を飲み干した。  
「あっ!!!!」  
思わずまた子が声を出す。  
「ハハハハ!!!!気に入ったぜ伊東さんよぉ!」  
「・・・・・・・・・・・っ!!!!!」  
高杉が伊東の肩をバンと強く叩く。  
(・・・・・・・・チッ・・痺れ薬・・・か)  
目前がクラクラする。手足がジンジンと痺れ、麻痺して動かない。  
「実に・・・美味い酒・・・・だな・・高杉殿・・・・」  
搾り出すように呟き、高杉を見やる。  
(いつもより多く混ぜたのに口がきけるとは・・・たいした男ッス・・)  
まさか一気飲みするとは思わなくて、仮にも高杉の客人である彼に致命傷を与えてしまうんじゃないかと心配していたまた子は少しホッとした。  
「伊東センセイ、いいだろう・・・乗ってやるさ、アンタの計画によぉ」  
満足したように妖しい笑みを浮かべながら、高杉が障子側に腰を下ろす。  
 
「しかし飲みすぎたようだなセンセイ。今日は泊まっていくといい・・・。俺ぁ明日は京に行かなきゃなんねぇからよ、この辺でお開きとしようぜ・・。  
 おい来島、伊東センセイを寝室に案内しろや。」  
「あ・・・はいッス・・・」  
なんだかんだで様子が心配で伊東を凝視していたまた子は急に声をかけられ、慌てて返事をする。  
 
「・・・・あんた、立てるッスか?」  
辛そうに顔を顰める伊東に少し申し訳なさそうに、また子が手を差し伸べる。  
「・・・・・・・フン、君の手を借りなくても大丈夫だよ。」  
フラフラと壁を伝い自力で立ち上がると、伊東は重く痺れる足を前後に動かし、敷居をまたぐ。  
「・・・・・ムカツクな、このインテリメガネ」  
ぼそりと呟いて、高杉に一礼したあと、伊東の先に立ちまた子は部屋を出た。  
 
■■■■  
「・・・・・・・くっ・・・はぁっ・・・」  
(くそ・・・手足が・・痺れる・・・・)  
多少の毒にも慣れている鍛えられた体とはいえ、やはり飲んだ量が多かったためか、さすがの伊東の体にも脂汗がにじむ。  
 
「あ、あんた・・・まさか一気に飲むとは思わなかったから・・・」  
フラフラと揺れる伊東の体を支えるように腰に腕をまわすと、今度は何も抵抗せずに、男はまた子のほうへ身を預けた。  
「もう少しッス・・・・頑張るッスよ!」  
ずるずると引きずりながら寝室へと案内する。  
 
「さぁ、ついたッス!!!」  
洋間になっている広めの部屋に、伊東を放り込む。息を荒げながら、伊東は床にへたりこんだ。  
「大丈夫ッスか・・・。水、飲むッス・・・・」  
なんだか悪い事をしてしまった、とばかりにしゅんと肩を落として、また子は伊東の口元に水を運ぶ。  
 
「う・・・・・」  
半ば気をやっていたのか、冷たい水の感覚に男は少し閉じた目を開く。  
「ほら・・・今度は何も混ぜてないッスから・・・・」  
わずかに開かれた口元に、水を少しずつ流し込むと、コクリコクリと男は喉を鳴らした。  
そしてまた、顔を顰めて頭を垂れる。その様子をまた子は心配そうに見つめる。男はそのまま、ぐったりと目を閉じてしまった。  
(真選組の・・・サンボウ、だっけ・・ン?さんぼうって何だっけ?おいしいんスか?)  
 
まじまじと男を観察する。暗がりの中、月に照らされて色素の薄い男の顔が照らされる。歳の頃20代後半か三十路あたりか。  
インテリメガネと罵ったものの、頭が良いだけではない。きっと剣の腕も凄いのだろう、さきほど支えた時に感じた限り、体のほうも相当鍛えているようであった。  
万斉ほどではないが、高杉よりも背も高く肩幅も広い。酒の匂いにまじって男からは爽やかな、香の匂いがした。  
衣服にも皺ひとつなく、清潔感とともに、こんな状態でも気品あふれるそのたたずまいは、やはり育ちのよさを示している感じがして、なんとなく構えてしまう反面、高杉とは違う魅力を感じてしまう。  
 
(き、きっとこんなの、制服マジックっス!私服になると途端にダサくなる男子と同じッス!!晋助さまだって、普段の着流しがアレで超超カッコいいんだから、こういう隊服着たらもっとカッコイイだろうなぁ・・・・)  
 
半ば自分の上司に失礼な事を思いながらも、ぼんやりと伊東を眺めている。高杉よりもきっと年上なのだろう。高杉の妖艶な魅力とは別の、落ち着いた大人の色気が伊東から感じられた。  
 
と、その時。  
 
「く・・・・・・・・・」  
しばらく寝ていたかのように見えた伊東が、苦しそうに顔をゆがめた。  
「ちょ、だいじょうぶスか!?」  
慌てて側に寄り、顔をのぞきこむ。額からは脂汗がにじみでており、もともと色白のその肌は少し青ざめているようにも見えた。  
(うぁーっ、結構ヤバイかもしれないッス!!)  
やっちまった、とばかりに冷や汗をかく。  
「と、とりあえず、あんた、床に座ってないで、ベッドに横になるッス!ほら!」  
よいしょ、と伊東の腕を引き、なんとかベッドの上に転がす。  
「ふぅ・・・・。薬もないし・・・寝かせておくしか出来ないッスね・・。そろそろ私も寝ないと明日もキツそうだし・・・戻るッスかね・・・」  
そう呟いて、少し申し訳なさそうに伊東の顔をのぞいた後、また子は彼の側を立ち去ろうとした────のだが。  
 
「───・・・・・くれ・・。」  
「へ?」  
ぐいっと、また子の腕が引かれる。  
(いたたたたたた!)  
振り返ると、伊東が顔を顰めながら、また子の腕を引いていた。  
 
「と・・・なりに・・いてくれ・・・・僕の・・・手を・・・・・・・・・・握って・・・」  
うわ言のように、そう腹から搾り出した声が室内に響く。  
 
「は、はぁ・・・・・」  
あまりに強い力で引かれ、すとんとベッドに尻をおろす。  
(つーか今、なんて??手をにぎってとか・・・・・いやいやいやいや、この嫌味なインテリメガネがそんなこと・・・・)  
 
聞き間違いだったか、と思い男の顔を覗く。  
さきほどまでの苦しそうな表情は消えているが、変な夢でも見ているのか、やはり少しつらそうにしている。  
 
「僕を・・・ひとりに・・・・・しないで・・・・・・」  
「え・・・・・・」  
目を閉じたまま、男がかすかに呟く。静かな寝室に、男の低い声はよく通った。女は信じられない、といった様子で彼の顔をまじまじと見つめる。  
 
(いやいや、何?え?もしかして甘えたちゃん?何これ?わたしどーしたらいいんスか?てゆうか、イイ歳したオッサンが・・・いや、オッサンでもないか・・  
 
いやいやでも晋助様より年上はみんなオッサンっッスけど・・でもこの人なんかいい匂いするしオッサンじゃないか・・・万斉が枕が匂わなければオッサンじゃないって必死になってたし・・・って、そんなことはどうでもいいけど・・・)  
 
「困ったッス・・・・。」  
呟くと、天井を見上げた。きゅう、と掴まれた腕がジンジンしてきている。さすがに痛くて、男の指をひとつずつはずし、腕のかわりに手で握ってやった。  
「これで満足ッスか〜〜?甘えたインテリメガネ!!!!」  
自身もコロンと、男の横に寝転がる。顔と顔が近い。  
 
(何なんスかこの状況────。)  
 
とりあえず自分のせいでこうなったので、男が言うとおりに側にいてやることにしたものの。先ほど、あんなにも嫌味で自分を見下していた男が、こんなことを言うとは思わなかったので、また子は混乱していた。と、同時に。  
 
(「一人にしないで・・・」か────。)  
きっと、この男もまた、もしかしたら辛い過去があるのだろうか。  
(一人は、怖いッス。嫌ッス。────晋助さまに拾われなかったら私・・・)  
自身の昔のことをつい思い出しそうになって、振り払うように頭を振る。きゅう、と男の手を握る力を強めて。  
 
「ん・・・・・・・・・・」  
と、目前の男の目がうっすらと開く。  
「あ、起きたッスか?」  
「・・・・・・・・・・・・・・!?」  
 
カッ、と目が開いて、そして男の目線が繋がれた手に行く。  
 
「なっ・・・・・・・・!」  
ガバッと起き上がると、伊東は慌てて繋がれた手をほどいた。  
「何で君が・・・・・痛ぅっ・・・・・・・・!」  
「あーあー、まだ薬がまわってるんスから、おとなしく寝ておくッスよ甘えたインテリ君。ほらほら、お望み通り、おててニギニギしてあげるッスから。」  
女はひらひらと手を振って。  
「何をふざけた事を・・・・・・・。僕がいつそんなこと・・・」  
「はぁ?なーに言ってるんスか。一人にしないで〜とか、手を握って〜とかいうから側にいてやったんスよ?このマザコン!」  
「マザ・・・。何でそうなるんだ・・・てゆうか・・全く記憶が・・・」  
「インテリでメガネとくればマザコンに決まってるッス。」  
ニヤニヤと笑みをうかべる目前の女を、心底鬱陶しそうに一瞥すると、伊東はクイクイと、綺麗にむすばれたスカーフを緩める。  
ふぅ、と大きく溜息をつくと、改めてまた子をにらみつけた。  
 
「ずいぶん・・・盛ってくれたな・・」  
「・・・・・・・あんなに一気飲みするほうが馬鹿なんスよ!!!」  
「やっぱり、君のような女は嫌いだ・・・」  
いまだ痺れて動けないのか、時折顔を苦痛にゆがませながら、低く呟く。  
「・・・・・む!」  
ククッと蔑むように鼻で笑われ、先ほど一瞬でもこの男に惹かれてしまっていた事に気づき、恥ずかしさと悔しさでまた子は顔を紅潮させた。  
 
「わたしもアンタみたいなインテリメガネ、大っきらいッス!!!!」  
「そうか、それは良かった・・・・。君みたいな女に好かれたら毎日騒々しくて大変だろうな・・・・。─────高杉殿も気の毒だよ」  
最後の言葉は吐き捨てるように。先ほど、また子の手を握っていた男とは思えないくらい、つめたい目で見下している。  
「なっ・・・・・・・・!べ、別に私は晋助さまの迷惑になんてなってないッス!」  
急に高杉の名を出され、頭に血が上る。この男に、はやくも自分が高杉に想いを寄せていることを見抜かれている。それが無性に恥ずかしくて。  
「あんた、ほんとに嫌味な男ッスね!そんな性格だと絶対女にモテないッス!!」  
気の利いた言い返しも出来ず、そんなことを叫ぶと、伊東は可笑しそうにクスクスと笑った。  
「・・・・はは、そう見えるかい?」  
そう言って、気だるい体を起こし、また子の方を上目で見やる。スカーフを緩めたせいか、ちらりと鎖骨と胸元が覗いている。  
「・・・・・・・・・う・・」  
モテない、とは言ったものの、文武両道そして真選組参謀というステータス、  
さきほどから感じている大人の色気を持ったこの男がモテないわけがないだろう。  
(も、モテない・・・ことはない・・・だろうけど・・!!!)  
「どーせメガネ男子制服好きの、スイーツ(笑)な女にしかモテないんじゃないッスかっ!ちょっと頭いいからって、ちょっとメガネブームだからって調子に乗るんじゃないッスよっ!」  
そう言ってプイっとそっぽを向く。どうせ口喧嘩したところで、この男に叶うはずがない。あげ足をとられて恥をかくに決まっている。そう悟ったまた子は、それ以上口を開かなかった。  
 
「・・・・・スイーツ・・?よくわからないな・・その喋り方といい、君は国語から勉強したほうがいいんじゃないのか・・?何なら僕が見てやろう。  
僕は君みたいな頭の悪い女が一番嫌いなんでね。高杉殿も、「夜の相手」としてしか使えない女より、頭も使える女のほうが好みだろうよ」  
我ながら、大層な嫌味だとは思う。こんなことを言えば目前の女がどういう反応をするのか分かりきっている。なのに止められない。  
「な・・・・・何だとぉぉぉぉ!!!!!」  
案の定、また子は顔を真っ赤にして、伊東の襟元をつかみ上げた。  
「あんた・・・・わたしを侮辱するのもいい加減にするッス・・!殺されたいッスか!」  
腰に装備した銃を伊東の顎につきつけて。  
「フ・・・・やっぱり僕は君みたいな馬鹿で粗野な女は大嫌いだよ・・。」  
「ハン!その馬鹿女相手に、手を握っていてくれなんて甘えてきたのはどこのどいつッスかね!!!!」  
「変ないいがかりはよしてもらいたいな。どうせつくならもっとマトモな嘘をつきたまえ。」  
「そんなこと言って、寝惚けたフリしてやらしいことしようとか思ってたんじゃないっスか!このインテリマザコンスケベメガネ!!!!!」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・!  
 誰が君のような野蛮な女に欲情するか!!!!」  
 
思わず、力が入る。声を張ったせいで、未だ薬の抜けない体がフラフラとした。右手で頭を支えると、男は痛みに顔をゆがめた。また子は、しばらく声を閉ざしたあと、唸るように口を開いた。  
 
「・・・・・言ってくれるじゃないッスか・・。もう怒ったッスよ・・・」  
「────・・・・・・・?」  
ゆらり、と伊東の前に立ちはだかると、痛みによろめく伊東の頭をベッドの端に打ち付ける。  
「・・・・・・・・!!!!!!!!」  
「男なんてみんなケモノっス。どんなに涼しい顔してても、ココは正直ッスよ!!!!!!」  
そう言って、伊東の股に自身の脚をスルリと入れた。  
「な、何を────!!!!」  
「アンタ、まだ自由に動けないッスね・・・・。嫌いな女にこんなことされるのはどうっすか?」  
ニタリ、と不敵な笑みを浮かべると、また子は足で伊東の股間を踏みつけた。  
「──────!!!!君は・・・・!!!」  
ギロ、と睨み返すとまた、女は勝ち誇ったようにグリグリと刺激を与えてくる。  
「あーあ、なんか硬くなってきたんスけど〜〜。もしかして伊東センセイ、わたしに欲情してるんじゃないッスかぁ〜〜〜?なんなら私の足でこのままイかせてあげるッスよ!!!制服に白いシミつけて屯所に帰るといいッス!!!」  
「この雌猫・・・・・・・・・!!!!」  
チッと、舌打ちをする。しかし、女は足の指をつかい、布ごしに快楽を与えてくる。  
「・・・・・・・・・くぅ・・っ」  
男の白い顔が紅潮し、息が途切れる。  
「・・・・・・・・・・・・・・。」  
大人の男が、必死に隠そうとしながらも時折見せる快楽に喘ぐその表情は、とても心惹かれるものだった。  
(や、やばいッス・・・・なんか、変な気分になるッス・・・ダメダメ、私は心も体も晋助様のものッス!!!)  
そんなことを思いながら足を動かせる。  
 
────くちゅ・・・・・・・  
「・・・!!!!」  
女の股からかすかに漏れる水の音。それを男は聞き逃さなかった。目を女の脚にやる。挑発的な服装に身を包んだ彼女の股は丸見えで、無数の紅い印の奥・・・  
秘所を覆うその布は、ぐっしょりと濡れているのがわかった。  
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!」  
グルリ、と視界がゆらぐ。  
突然、男が自分の足首をつかんできたため、また子はベッドに倒れる形となった。  
「・・・・・・あんまり大人をからかうものじゃないぞ、来島君・・」  
「あ、あんた動けるように・・・!?うわぁっ!!!!!!」  
「クイ、と眼鏡をあげる仕草をしたあと、男は乱暴に女の両手首を掴み、頭上へと持ち上げた。  
「ひっ・・・・・・・・・!!!!!」  
さきほどの勝気な表情はどこへやら、女は、覆いかぶさられてきた瞬間、怯えたように体を震わせた。  
「・・・・・・・・・・」  
初めて見る、また子の怯える表情を見て伊東は一瞬ためらう様に視線をはずしたが、構わずにまた子の衣服に手をのばす。  
「な、何するんスか!!!!」  
「・・・・・・・・悪ふざけがすぎたようだな」  
また子の胸元をまさぐり、上衣をはだけさせる。  
「いや!!!!!!やめるッス!!!!!」  
必死で隠そうとするも、両手は伊東におさえられている。  
「・・・・・・!?君・・・・これは・・・・・・」  
はらりとはだけた合わせからは、下着をつけていても十分わかる豊満な乳房が見えた。しかし・・・・・  
「この傷は・・・・・・・・」  
「うぁっ・・・・・・・・・・・・」  
両手をほどかれ、上衣を脱がされる。  
彼女の胸元、そして背中には、赤い印と共に、火傷や、噛みつかれたような跡が残っていた。  
「──────高杉殿は、ずいぶんな趣味を持っているようだな」  
呟くと、女の傷をなでる。  
「痛ぅ・・・・っ」  
最近ついた傷なのか、また子は痛みに顔をゆがめ、そしてまた怯えるような目線を伊東にやった。  
────そういえば、あの猫も、こんな顔をしていたか。伊東は、屯所の近くに捨てられていた猫を拾った時のことを思い出した。ひどく警戒し、怯えた目をしていた。  
「晋助様が喜ぶなら、私はなんでもするし、なんでも耐えるッス!でも!!!あんたなんかにこんなこと・・」  
そういってギュッと目を閉じ、くやしそうに横を向く。その目からは、うっすらと涙がにじんでいる。  
(・・・・・・・・・・・・・やれやれ。)  
伊東はフゥ、と溜息をつき、口を開いた。  
「────・・・生憎だが・・・僕は女に傷をつけて一人だけ楽しむという性癖はもってないものでね。」  
静かに言うと、伊東はまた子の脚に手をすべりこませる。  
「ひぁっ!!!!????」  
「────君が僕の手によって快楽に溺れていく、その顔を見るほうがよっぽど興奮するよ」  
そう言って、また子の秘所に指をかきいれ、彼女の唇を貪った。  
 

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