身体が重い。  
何か大きなものが自分の身体にのし掛かっているような、そんな感じ。重みで圧迫されているのと、真夏の蒸し暑い空気のせいで酷く寝苦しい。じわりと額に汗を滲ませながら俺は眼を開いた。暗がりでよく見えない。腕を伸ばして自分の身体を触ってみる。  
 
「あれ?」  
 
柔らかい。自分の鍛え上げられた胸筋とは明らかに違う感触。細くて柔らかなそれは、人の腕だった。俺以外の、誰かの腕。  
 
まさか、これは・・。  
 
「ギャアアアア!ゆゆゆ幽霊だァ!!」  
 
俺は渾身の力を振り絞って幽霊を引き剥がす。しかしなかなか剥がれない。幽霊の腕はがっちりと俺の腰に手を回し、ギチギチと締め付けてくるではないか。  
 
「マジでこれ、ちょ、離して・・!」  
 
怖い怖い怖い怖い怖い!  
もうイヤだァァ!助けてお妙さァァん!  
 
 
「うーん・・銀さん・・・もっと叩いて・・」  
 
た、叩いて!?無理無理無理無理!だって幽霊だものォ!純然たる幽霊だものォ!何なのこの幽霊、どこぞのM女ストーカーみたいなこと言っちゃってさァ!  
 
「・・・あれ。今、銀さんっていった?銀さんっていったよね?」  
 
まさか。そんなまさか。  
少しだけ冷静さを取り戻した俺は立ち上がって電気をつけた。パチン、という音と共に部屋が一気に明るくなる。  
恐る恐る、未だにしがみついている奴を見下ろす。女だった。万事屋を追いかけ回してるM女ストーカーだった。  
 
「おい!起きろストーカー!お前のせいで危うく脱糞しそうになったでしょーが!」  
 
「いやっ!銀さん痛いわ、もっと痛くしてお願いします」  
 
「銀さんじゃないって!」  
 
まだ寝ぼけている女ストーカーを何とか引き剥がすことに成功した俺は慌てて部屋の隅へ避難した。  
そのとき、指に何か固い物が当たった。眼鏡だ。この赤い縁、女ストーカーの眼鏡か。それを手にとり、俺は再び彼女に近寄った。  
 
「ほら、これかけなさい」  
 
「えっ何?目隠し?目隠しプレイ?」  
 
「アンタいちいち気持ち悪いな!」  
 
なんとか眼鏡を装着させてやると、ようやく女ストーカーは正気を取り戻したようだった。  
開いた2つの大きな眼が俺を捉える。  
 
「あら、ゴリラストーカーじゃない。今晩は」  
 
「・・今晩は。M女ストーカー」  
 
「此処はどこ?銀さんはどこ?」  
 
「ココは俺の部屋。お前が勝手に侵入してきた。万事屋はいません」  
 
「そんな!せっかく銀さんとあんなことやこんなことやそんなことしてたのに!」  
 
「夢の中でね」  
 
女ストーカーは俺をもう一度見やり、がくりと肩を落とした。失礼な奴だ。  
俺が舌打ちしたのにも気付かずに、さっきまで横になっていた布団に倒れ込んだ。  
いや、ていうかそれ俺の布団なんだけど。  
 
「そんな…銀さんがゴリラに…」  
 
めそめそとわざとらしく鼻を啜りながら俺を横目でちらりと見る。  
交わる視線。これがお妙さんだったらいいのになあ。お妙さんだったら。  
 
「あなた、まだお妙さんのこと好き?」  
 
ぼーっとしていると女ストーカーが口を開いた。突然何を言い出すのだろうか。  
 
「当たり前だ!ずっとお妙さん一筋だぞ。昨日も会いにいったしな」  
 
会話を交わすこともなく、ただボコボコに殴られて帰ってきたことは言わなかった。  
まあ、お妙さんが俺を殴るのは一種の愛情表現であるから気にしてはいないのだが。  
 
「ふーん、そう…」  
 
女ストーカーは何かを考えるように、顎に手を添えながら眼を伏せた。  
ていうか早く帰ってくれないかな。いつまで居座る気だコイツ。  
 
 
「あなた、私を抱いてみる気はない?」  
 
「……はい?」  
 
誰でもいい。  
今のは幻聴だと言ってくれ。  
 
固まっている俺に女ストーカーが四つん這いのまま近寄ってきた。  
長い髪が床を撫でる。以前トシが怖がっていたホラー映画のサダコとやらにそっくりだ。  
 
「ねえ、聞いてる?」  
 
「まっ待て待て待て!何度も言ってるが俺は万事屋じゃないぞ」  
 
「分かってるわよそんなこと。どこからどうみてもゴリラだわ」  
 
女ストーカーはどこから取り出したのか、髪結い用の黒紐を手にしていた。  
俺のすぐ側まで寄って正座をすると、その黒紐で自らの髪を上げる。  
どこかで見たことある髪型。ああ、これはお妙さんだ。お妙さんの髪型。  
 
「どう?お妙さんみたいでしょ?」  
 
「な、にを…」  
 
「今から私のことお妙さんって呼んでいいわよ。代わりに私はあなたを銀さんって呼ぶわ」  
 
言って、女ストーカーは俺の着物に手をかけた。  
いつの間にか眼鏡は無くて、女ストーカーの荒い息が聞こえるだけだった。  
 
「ちょ、待って」  
 
「銀さん、気持ち良くしてあげるわ」  
 
「だから万事屋じゃ…!おい、女ストーカー!」  
 
「お妙さんって、呼びなさい」  
 
鋭い眼孔。笑みを浮かべるその顔は、キレ顔のお妙さんそっくりだった。  
 
女ストーカーが部屋の灯りを落とす。暗がりになったせいで女ストーカーの髪が黒髪のように見える。  
 
「お、お妙さん」  
 
気付いたら口走っていた。  
世界で一番愛してる人の名前を。  
 
女ストーカーは満足げに微笑んで、俺の股間に顔を埋めた。  
ふいに訪れた生暖かい感触にたまらず眼を瞑る。ジュルジュル、と卑猥な音を立てながら陰茎が吸われる。  
一度名前を呼んでしまったせいで、お妙さんにフェラをされている様な錯覚に陥った。  
 
「お妙さん、お妙さん…!」  
 
酷く興奮した。  
相手は女ストーカーなのに。お妙さんじゃないのに。  
眼を開けると女が俺のものをくわえ込んで上下に扱いている。淫猥な水音は徐々に大きくなってゆく。  
 
「…っ…もう、でる!」  
 
あっという間に達した俺は肩で息をしながら快感の余韻に浸った。  
女ストーカーは口周りを俺の精液でベトベトにしながら笑っていた。  
 
銀さんの精液、銀さんの…。そう呟いて笑っていた。異常だ。俺も、彼女も。  
 
 
 
「入れて、入れて銀さん」  
 
頬を赤くしながら、女ストーカーが布団に寝そべる。俺は何も言わずに彼女の膣に挿入した。  
 
「ふっ、あ…!あっ、大き…っ」  
 
狭くて生暖かいそこは俺のを放すまいと伸縮を繰り返しながら締め付けてくる。  
久しぶりの性行為。ただただ気持ちよかった。  
 
「動くよ、お妙さん」  
 
「あ…ふっ、…んっ」  
 
真っ赤な顔でこくこくと頷く女を見届けて俺は快楽を貪るように腰を振った。  
ぐちゅ、ぐちゅ。結合部から漏れる淫らな水音。  
 
「あっ、あっ、…銀さ、銀さん!」  
 
「お妙さん…!」  
 
それぞれ違う名を呼びながら快楽に溺れた。部屋に甲高い喘ぎ声が鳴り響く。  
 
「首、をしめて」  
 
濡れた眼で俺を見つめながら女が呟く。首を絞めろだなんて初めて言われた。  
やはりM女はM女だ。一瞬、萎えそうになりながらも俺は女の首を締め上げた。  
 
「もっと、もっと!あっ、がっ…」  
 
力任せに女の首を締め付ける。時折、死なない程度に緩ませながら。  
女は気持ちよさそうに涎を垂らしながらイッた。  
 
「っ!あっ、あ…いくっ!イクー!!」  
 
びくびくと痙攣する白い身体。  
俺は達する寸前に陰茎を抜き、汗まみれの女の身体に精液をぶちまけた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねえ、いつまでそうしてるつもり?」  
 
布団を頭からかぶり、涙で枕を濡らした俺をすっかりいつも通りに戻った女ストーカーがつついてくる。俺は女ストーカーを無視しながら再び嘆く。何度も何度もお妙さんに謝った。  
 
「俺は…何てことを…お妙さんという人がありながら…!ごめんなさい、お妙さん…」  
 
「気持ちよかったからいいじゃない」  
 
「変態女は黙っててくれ」  
 
「なによ、変態ゴリラ」  
 
ピキ。こめかみに血管が浮き上がる。  
布団を勢い良くめくり上げた。しかし女ストーカーはどこにもいない。  
 
「ここよ、ここ」  
 
声の聞こえた方向に顔を上げると大破した天井から女ストーカーが顔を覗かせていた。  
 
「私、昨日天井突き破ってここに落ちたのよ。きっと寝ぼけてたのね、ごめんなさい」  
 
「おま…え!?ていうかこの天井…え!えええ?どうしてくれんのコレェ!!」  
 
「代金は身体で払ったわ」  
 
「女の子がそういうこと言っちゃダメェェ!」  
 
「それじゃあ。さよならー」  
 
ひらひらと腕を振りながら、女ストーカーは天井裏へと消えていった。  
 
「…ハハハ」  
 
乾いた笑いしか出てこない。  
俺は布団に倒れ込み、現実逃避するべく深い深い眠りについた。  
 
昼過ぎまで起きてこなかった俺をトシがたたき起こし、穴の開いた天井について  
問いただしてきたのは言うまでもない。  
 
 
終わり  
 

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