季節特有のじめじめとした、水蒸気を十二分に含んでいる空気が身体にまとわりつく。
それがこの上なく暑っ苦しくて仕様がない。しかも大量の太陽光が頭のてっぺんから降り注いでいるのだから煙でもあがってそうだ。
事実、今日は日射病で倒れた人が出たらしいこのままでは暑さで倒れてもおかしくない。
なのでアイスキャンデーの一本くらい買って身体を冷やそうと思い立ち、目に入った駄菓子屋に向かってゆっくり重い足を進めた。
…のが間違いだった。
「「げ」」
綺麗に二つの声が重なる。お目当ての駄菓子屋はすぐそこだというのに、その手前に面倒な男が立っていたのだ。
ちなみに片手にはアイスキャンデー。
奴はこちらに気づくと顔を歪ませたので、続いて僕の眉間にも皺が寄せられた。
この、男のくせに長くのびてる黒髪と、無駄に着こまれた服は…まごうことなく知り合いに一人しかいない。
「…おい長髪。何故そこにいる。邪魔だ。そして暑苦しい」
暑さで機嫌が悪いのもあり、とりあえず第一声から喧嘩腰で奴にのぞんだ。
この間の人気投票の一件以来、遠慮した態度をとるつもりはない。
「それはこちらのセリフだ…。相変わらず紛らわしい堅物キャラを演じおって、今すぐ髪を切れ!丸刈りにしろ!」
向こうも案の定、暑さで頭のリミッターが有頂天である。
鬱陶しい長髪を肩にどかしながら僕に何度も怒鳴りかけてきた。邪魔なら自分こそ髪を切ればいいものを。
などとくだらないことを言い争っているうちに、長髪が片手にもっていたアイスキャンデーは溶けていく。
すがすがしいほどに手がベトベトになっていていたので一応教えてやると、まもなく不甲斐ない絶叫が辺りに響いた。
「貴様のせいだぞ」
「何で僕が、」
「いいから来い。付き合えばアイスを溶かした件については見逃してやる」
僕の体質を理解しているのか、それとも無意識なのか、無理に体に触れようとはしない。
だが逃がすつもりもないらしく、勢いだけで商店街の方まで連れて来させられた。
そしてそのうちのひとつのこじんまりとした店の中に入る。
僕はこのむせ返るような暑さの中、仕方なく奴の後ろをついて歩いた。店の中はクーラーが効いておらず、期待していた冷風は来なかった。
せめて扇風機くらいついていればいいのに、と辺りを意味もなく見渡してみる。
見た限りでは小物店のようで、女の好きそうな光物がたくさんおいてあった。
「どれか欲しいのを選べ」
目の前の長髪が、おもむろに無表情で僕にそう言う。こいつの意図は全くわからないが、
それ以上にこの中で欲しいものがない。
首を横に振って態度を示すと、僕はここに用が無くなったので元いた駄菓子屋に戻ろうと思った。
外に出たところで暑いのは変わっていないだろうと、憂鬱に出口に赴く。
すると、何やら慌ただしい物音が耳に入ってきた。
少し待てだの、逃げる気かだの、勝手なことをツラツラ抜かす声がすぐ真後ろに感じられ、咄嗟に身をすくめる。
おずおずと振り返ると、長髪がにやりと笑って何かを僕の前髪に取り付けた。上手く僕に触れないように。
「うぁ、」
叫び声をあげようとした途端、髪に違和感を感じる。何をしたんだと目で訴えながら、傍においてあった鏡を覗き込む。
するとそこには、よくわからない生物を象った髪留めをつけて驚く僕がいた。
「…なんだこの髪飾りは」
「俺との区別をつけるためだ。長髪キャラが被る」
「…このセンスのない生物は、」
「どことなくエリザベスに似ているだろう。感謝してもらいたい」
ふふん、と長髪は鼻をならして満足そうに僕を見ると、それはくれてやる、と言ってそのまま店から立ち去った。
あっという間の出来事で呆然と立ち尽す。なんだかアホらしくなってきて、やっぱり鏡を見ると、髪留めが間抜けさを引き立たせているのだ。
「…あの長髪、本物のバカだな」
それでもその日はおでこが涼しくなったので髪留めを付けたまま過ごした。
バカがうつったのかもしれない。