家に帰ってくると、女が煙管をふかしていた。  
 
誰も居ない筈の部屋に漂う煙の匂い。  
銀時はすぐに事態を理解することができなかった。  
「何だ、遅かったな」  
聞き覚えのある落ち着き払った声を聞き、その相手が月詠だと理解する。  
 
「遅かったな、じゃねぇよ。何で突然当たり前の様に居座ってんのお前。人の断りもなしに」  
銀時は苛立ちながら話しかけた。  
「当然じゃろう。貸した物を返して貰うのに何の断りが要る」  
すると相手からは、さらに苛立った声で言葉を返される。  
なぜ無断侵入された相手に逆切れされなければならないのだろうかと、銀時は溜め息をついた。  
 
「来てみた所誰も居らんかったのでな。悪いが勝手に上がらせて貰った」  
「…勝手に上がるとかの前にさぁ……。ウチ禁煙なんですけど」  
銀時の言葉が聞こえていないのか。  
自分の家であるかの如く寛いだ様子で、月詠はソファに身を預け煙管をふかし続ける。  
 
「大体貸した物って何?人違いじゃね?」  
「自分の胸に聞いてみろ」  
「……っつってもなぁ。今借りてる物ってAV位しかねーし」  
「誰がそんな話をしとるか。火種をよこせ、とあの場でぬしが言ったのじゃぞ」  
そんなこと言ったっけ、と銀時はとぼける。  
「頭を打ちすぎて記憶を失ったか。ぬしに覚えが無くとも、わっちにはあるのじゃ」  
 
忘れた振りをしてはみたが、大方察しは付いている。  
吉原との戦いで月詠から託された煙管のことだろう。  
死ぬ気で臨んだ月詠を思い留まらせるために、理由を付けて取り上げたのだが、  
それも鳳仙との戦いで潰してしまった。  
 
あの場で期せずして銀時の命を繋いでくれたことを考えれば  
煙管の一本や二本、全くもって安い話ではあるのだが。  
 
「……ていうか今銜えてるよねお前、思いっきり」  
「誰が好き好んでこんな安物など銜えるものか。あれは地上でしか買えぬ上物だと、あの時言うたじゃろう」  
鋭い眼差しを向けながら、月詠は憮然とした表情で話す。  
 
「仕方ねぇな、返せばいいんだろ返せば。その子種とやらを」  
「いい加減にしろ殺されたいのか」  
静かに怒りを込めて月詠は言う。  
今にもクナイを投げ出しそうな殺気で銀時を睨み付けている。  
その視線は銀時の悪ふざけを静止するのに、十分なものだった。  
 
それにしても、と銀時は思う。  
「………いい加減にして欲しいのはこっちなんだけど」  
 
―――新八と神楽が突然修行し出すとか言って家を出てった今の時期を見計らって  
   日頃の鬱憤を晴らすべくツタヤ半額レンタルで10本纏め借りしたり  
   長谷川さんから取って置きのコレクション借りてきたりしてるのに、  
   なんでよりによってコイツはこんなタイミングで邪魔しますか?  
 
心の中の叫びを抑えながら、銀時は続けた。  
 
「大体そんなブランド物買う金なんかねーんだよ。  
 そりゃー俺だって買ってやりたいのはやまやま…」  
「嘘をつけ。金があっても風俗で一発やりたいだけだろう」  
「……いやいや駄目だからね。女の子が一発やりたいとか言っちゃ駄目だからね」  
「それがさっきまで品の無いことを言うた者の台詞か」  
 
そういいながら、月詠は再び煙管に火をつけた。  
「大体女は捨てておる。何度も言っておるだろう」  
月詠の口から気だるさを湛えた煙が吐き出される。  
 
―――こいつは自分の言ってることを分かってんだろうか。  
 
月詠の吐息につられて、内心の呟きを掻き消すように銀時は溜め息をつく。  
 
 
初めて吉原で月詠を見た時、いい女だな、と銀時は思った。  
 
粗雑に纏めたから垂れる前髪に、痛々しい程の傷跡が刻まれた顔が隠れる。  
吉原の秩序を乱すものを裁くべく、常に鋭い視線を放つ切れ長の瞳。  
黒地に紅葉柄があしらわれた着物は、彩り多い花街の中で簡素に映り、  
女性が持つ物柔らかで華やかな雰囲気には程遠い。  
 
だが傷さえ無ければ最高位の花魁とも引けを取らない程に、端整な顔立ちをしており、  
冷たくも静かに響く声や控えめな振る舞いは、なお幽玄な美しさを引き立てる。  
百華の頭としてでなく、仮に今のまま遊女として客を取ったとしても、  
間違いなく贔屓の声が止むことはないだろう。  
 
もっとも並の男では手出しもできないほどの手練れであり、  
安易に色情を晒しつつ触れようものなら、容易く葬られてしまうだろう。  
そのことが、月詠の気高さを一層強めている。  
 
銀時にとってそのような事実を漠然と感じているからこそ、  
今衝動を持て余している時期には顔を合わせたくない相手だった。  
 
そしてその相手が自ら女を否定すればするほど、  
逆にその事実を強調し、際立たせているように銀時には感じられた。  
 
 
「…ったく、分かってねーな」  
「莫迦にするな。ぬしの行動など分かりきっておるわ」  
苦々しく口にする銀時に、月詠は言葉を返す。  
「大方そのビデオで、これから千摺りでも掻くつもりだったのだろう」  
その言葉に、銀時はぐうの音も出ない。  
 
「…もういいよ、そういうことだ、早く帰れ」  
「随分と直截な物言いじゃの。昼間から買物に付き合えぬほど溜まっておるのか」  
「………ぎゃーぎゃー五月蝿え奴だな」  
言い返すのもくたびれたのか、段々と銀時の言葉が粗雑になってゆく。  
 
「こっちは溜まってるっつってんだろ。襲われたくなかったら――」  
「襲えるものなら襲ってみるがいい」  
相手の言葉を軽口と思っているのか、月詠はあっけらかんとしていた。  
「本気で言ってんのか?」  
「ぬしに出来るものなら、な」  
どうせ口だけだろう。そんな事が出来るような奴ではあるまい。  
そう言外に含むような口振りだった。  
 
普段の銀時であれば、その見込み通り、口だけで終わっていただろう。  
だが、今日の銀時にとってその言葉は、火に油を注ぐことになりかねなかった。  
溜りに溜った欲の捌け口が出来たと思った所に、突然表れた来客。しかも相手は月詠なのだ。  
 
「何時までも居られんのは勝手だけどな」  
ソファに腰掛ける月詠に近づき、相手を見下ろしながら言う。  
「…うちは禁煙だ。何度も言わせんな」  
銀時は月詠の手中にある煙管を取り上げる。  
「何をする。返――」  
煙管を取り返そうとして伸ばした腕を、銀時は掴んだ。  
 
「!」  
月詠が驚いて銀時の表情を見ると、  
いつもみる死んだ魚のような目の奥に、くすんだ火の影がちらついている。  
男が女を求める時の、劣情を滾らせた眼差し。  
銀時は月詠の両腕を掴み、ソファへ押し倒したまま覆い被さった。  
 
先ほどまで話し声を響かせていた部屋が、しんと静まりかえる。  
意識の外にあった街の喧騒が聴こえてきた。  
 
上から見下ろす様に、組み敷いている女の表情を覗き込む。すると月詠は動じた様子もなく、眼前の男を見据えていた。  
恐れ、怯えといったものは微塵も感じられない。切れ長の瞼からただじっと、銀時を真直ぐに見つめ返してくる。  
このような状況にも関わらず、何を考えているか解らない無表情を続けたままだ。  
だが何故かその目からは、怒り、蔑みといった敵意が感じられない。  
銀時は不思議に思った。  
 
 
「頭は大丈夫か」  
ぼそり、と月詠の言葉が沈黙を破る。  
「…人の天パー心配する前にテメーの……」  
「怪我の具合じゃ」  
「ん?」  
男に組み敷かれている状況にも係わらず、月詠は淡々と語り続けた。  
「頭の傷は大丈夫か、と聞いておる」  
 
それが髪質に触れたものではなく、純粋な気遣いの言葉であることに、ようやく気付く。  
「あぁ……。多分、大丈夫なんじゃねーの?」  
「頑丈な奴じゃの」  
月詠は抑えられていたはずの右腕をいつの間にか解き、手を銀時の額に当てた。  
指は曲のある髪に隠されていた頭の傷に辿り着く。  
 
「兎も角、ほっとした」  
傷をいたわる様になぞりながら、月詠は言った。  
柔らかい口調で語りかけられる言葉。一瞬だけ、月詠の顔が綻んだような気がした。  
 
予想していなかった一言に、銀時は一瞬面食らう。  
「――雨でも降るんじゃねーだろうな」  
「人の言う事は素直に聞きなんし」  
「…よく言うぜ」  
やはり無表情なままの月詠。  
その頬に手を当てて、縦に走る傷跡をなぞりながら銀時は言い返した。  
 
「大体心配している奴に対して、本気でクナイを投げ付けるんですかお前は」  
「…それだけ本気で心配していたのじゃ」  
月詠はもう片方の手を、銀時の頭に当てた。  
銀時は両手で顔を包まれるように、そのまま月詠の方へと引き寄せられる。  
月詠は目を閉じつつ、銀時の額を己の額にこつん、と重ねて、呟いた。  
 
「よく無事でありんした…」  
それは囁くような小さな声で、しかしはっきりと銀時の耳に届いてくる。  
普段の尖った口調とは異なる憂いを含んだ言葉に、銀時は琴線を引っ掛かれる様な思いをした。  
 
 
「……こんなことされるとさァ、そろそろ本当に勘違いしそうなんだけど」  
「…………構わぬ」  
月詠はぽつりと、銀時の言葉に答えを返す。  
「ぬしの好きにしなんし」  
 
次の瞬間、銀時はおもむろに唇を重ねていた。  
「ん――――、むぐっ………」  
相手の様子はお構いなしに、月詠の唇を貪る。  
「煙臭ぇ女だな」  
一通り口内を舐め回したあと、唇を離しながら銀時は言う。  
「ぬしの口が甘ったるいだけじゃ…この血糖め」  
己が吸う煙管の煙を指摘され、月詠は不服そうな声で反抗した。  
 
「――こんなんじゃ口も塞げやしねぇ」  
銀時はそういいながら、テーブルの上に置いてあったチョコを口に含み、そのまま再び口付ける。  
面食らう月詠の様子も気にせず、銀時はそのまま口の中で溶かしたチョコを、相手の口中に塗りたくるように、舌を絡ませた。  
月詠は銀時に唇を塞がれ、息もできない。  
チョコと唾液の混ざり合った液体がこく、こくっ……と喉に流れこむ音が聞こえる。  
 
銀時が唇を離すと、月詠はぼうっと、目の焦点が合っていないような表情をしていた。  
「……いきなり、何をするんじゃ…」  
「好きにしろっつったのはお前だろ」  
「……とはいえ、こんな……」  
このような責められ方は予想外だったのか、月詠は動揺を隠せないままたじろいだ。  
その様子に銀時は加虐心をくすぐられる。  
「可愛い顔もできんじゃねぇか」  
「―――っ!」  
さらに銀時にからかわれ、月詠は言葉に窮する。  
 
「このたわけっ…」  
精一杯言い返してみるものの、苦し紛れの言葉は銀時を小さく笑わせるだけに留まり、月詠は顔を赤らめた。  
 
銀時は再び月詠に唇を重ねる。  
「――――ふ、む、っ――――、ん―――」  
何か言いたげな月詠の言葉も口付に邪魔され、唾液と共に飲み込まれてゆく。  
先ほど相手の内へ流しこんだチョコを舐め取るように、舌を差し込み歯列をなぞる。  
そのまま舌を絡ませて口中を嘗め回したあと、漸く銀時は唇を離した。  
 
「――――、ぁ――、はぁっ、……」  
長い口付から解放され、月詠はソファの上に身体を預ける。  
すっかり頭を熔かされてしまったかのように、視線はぼんやりと宙を見つめていた。  
 
銀時はベルトの留め金を外し、服の下で苦しくなっている部分を肌蹴させた。  
「――そろそろ、入れんぞ」  
「…………」  
軽く乱れた息を整えながら銀時は言う。  
月詠は何も答えないが、その視線は確かに銀時の目を見据えている。  
拒んでいる様子はない。  
 
無言の了承を受け止め、月詠の服の下に手を伸ばす。  
熱さを帯びた下着をずらすと、入口に己をあてがい、そのまま腰を下ろしていった。  
 
「……か、くはっ、ぁ……」  
途端に月詠が、辛さを孕んだ声を漏らす。  
 
「………!?おい、お前っ……」  
「……ぐ…っ……、あ……」  
 
挿し入れたものが痛い程に締めあげられる。  
月詠の反応と接合部の感覚から、銀時はすぐに相手が未経験であったことを悟る。  
遊女でないとはいえ色街に身を置いていれば、当然事を終えているものだと思い込んでいた。  
銀時は己の思慮の浅さを後悔した。  
 
余りのきつさで快感を感じるような余裕は無い。  
目の前で苦痛に喘いでいるのを止める為、己を引き抜こうとすると、月詠の手が銀時の服を掴んできた。  
 
「…抜くなっ………其の侭……」  
月詠は痛みを必死に受け止めるかの如く、そのまま動かない。  
いつも整っている月詠の表情が、苦痛を滲ませて歪む様を見て、銀時は呵責を感じた。  
 
「バカヤロウ、やった事ねーならちゃんと言…」  
相手が何も言わなかったことを咎めようとすると、言葉を遮られる。  
「ちゃんと言っておれば…、…余計な気を回すだろう…」  
「当たりめーだろうが」  
「…ぬしはそういう奴じゃ」  
「分かってんだったら――」  
「ぬしでなけりゃ、…いかんのじゃ」  
月詠の言葉に、銀時は耳を疑った。  
「――今なんつった」  
「何度も言わせるな」  
決まりが悪いのか、月詠の声は段々と小さくなっていく。  
 
「ぬしでなければ、わっちの収まりがつかん」  
先程の痛みは引いてきたのか、少しずつ月詠の表情に落ち着きが戻ってゆく。  
一方で視線はどこか遠くを見詰めているようにおぼろげだった。  
「…本当は煙管など如何でもよいのじゃ」  
今まで見せていた気の強さが嘘のように、恥ずかしげに月詠は呟いた。  
「元はといえば、誰の所為だと思っとる。  
あの場でぬしが太陽を打ち上げるなどと言い出さなければ、……こんなことにはなっておらぬ」  
拗ねたように文句をこぼす姿は、百華を背負う番人とは思えないほどに小さく、か弱く思えた。  
 
「お前がわっちの前に現れていなければ……。……そうであれば…わっちは……」  
繋いでいた言葉を一瞬ためらった後、今にも消え入りそうな声で、感情を絞り出す。  
「……わっちが女であることなど、忘れていたのじゃ……」  
月詠の言葉に、銀時は思わず己を誇張させた。  
中でそれを感じたのか、ぴくりと月詠の身体が動く。  
 
俯いているため月詠の表情は伺えない。  
ただいつになく自信なさげで弱々しい口調が、彼女の不安を伝えてくる。  
その様子は、女を捨てたというには程遠く儚げで、女らしかった。  
 
恐らく、今の女らしい姿が本来の彼女なのだろう。  
これまで護るべきものの為、女を捨てると己に言い聞かせながら、  
内なる気持に従う方法も、その気持が何かも解らず、自分を抑え続けてきたのだ。  
何も言わず事に及んだのも、彼女なりの精一杯の表現なのだろう。  
 
―――こいつも不器用な奴だな―――  
心の中で呟きながら、ふぅ、と銀時は軽く溜め息をついた。  
 
「……今度よく鏡見てみろ」  
呆れた様子で銀時は話しかける。  
俯いていた月詠の顔を上げ、真っ直ぐに眼を見据えながら、銀時は告げた。  
「何処から見ても女にしか見えねぇよ、お前は」  
「…………この、卑怯者め……」  
心なしか、月詠の眼は潤んでいるように見えた。  
 
暫しの沈黙。  
「――お前の所為じゃ、銀時」  
月詠の語気に僅かながら、力強さが戻る。  
「落とし前はきっちりと、つけて貰わねばならん」  
 
「ちったぁ素直になれねえのか」  
「……つべこべ言わずに、抱きなんし」  
どこまでいっても生意気なヤローだ、と呟きながら、銀時は三度月詠の口を塞いだ。  
 
先刻のように相手をからかうのではなく、相手を求めて荒々しく唇を貪る。  
抑えなど効かせず、ただ己の情欲を相手にぶつけ、口内を蹂躙する。  
やがて、なされるがままだった月詠も、少しずつ舌を伸ばしてきた。  
不慣れな舌の動きも、より銀時の欲望を煽った。  
 
お互い言葉を交わすこともなく、互いの身体に触れる。  
吐息と水音、時折漏れる声と衣擦れの音だけが部屋の中に響く。  
 
衿元へ手を入れ、素肌を撫でる。  
「っは……あ………はぁ、……ぅ」  
滑らかな肌に手を沿わせる度に、月詠の息が荒くなった。  
 
服を脱がす手間すら惜しんで、銀時は執拗に月詠を求めていく。  
服の下に押えつけられていた胸に触れると、着やせして見えていたのか、豊かな膨らみが手に余った。  
 
「むっ、――――っ、ん、……ぁ………」  
唇を封じられている月詠が、身体を震わせながら呻き声を漏らす。  
徐々に、声色が熱さを帯びてくる。  
 
「………くっ、………はぁ………、………や………」  
 
鼻にかかった声を出しながら、必死にその声を抑えようとする。  
銀時は知ってか知らずか、唇を首元に移す。  
相手の血潮を求めるように、月詠の喉元へしゃぶり付く。  
締め付けが急激にきつくなる。  
それに合わせて、月詠はしがみつく様に、銀時の頭を抱きしめた。  
 
初めて入れた時の痛さしか残らない具合とは異なり、  
月詠の身体は徐々に、相手の動きを受け入れてゆく。  
 
やがて互いの腕が同じく相手を求め、固く抱き合った瞬間、銀時は月詠の奥に滾りを放った。  
 
 
「!!………は………っ…………あ――――」  
 
 
自分の中に脈動を感じながら、欲望と想いが入り混じった熱を  
月詠は焦点の合わない瞳で受け止めてゆく。  
 
「……っ……、ぎ……んと…きっ……」  
溜まっていたものを全てはき出し終え、己を引き抜こうとする銀時を、月詠は制した。  
息も絶え絶えのまま銀時に寄りかかり、体重を預けてくる。  
 
「…しばらく………、此の侭で……いてくれ…」  
意識が飛びかけているのか、搾り出すような声でせがまれる。  
「おい」  
「………頼む」  
後ろに腕を回され、そのまましがみ付かれる。  
先ほどよりも少しだけ強く、腕に力が入る。  
 
「……もう少しだけ、此の侭―――」  
言うや否や、月詠は銀時にもたれ掛かったまま、眠りに落ちていった。  
 
 
 
事の後、銀時の腕の中で、月詠は穏やかな寝息を立てて眠っていた。  
その表情を覘いてみても、辛そうな様子はない。  
 
普段決して面に出すことの無い無防備な寝顔を見る。  
今まで誰にも弱さをさらけ出すことなく、必死に一人で戦ってきた事を思うと、  
せめてこの安らかな眠りを邪魔したくない、という感情が湧いて出た。  
 
―――暫くこのまま休ませといてやるか。  
 
腕に重みを感じつつ、銀時は再び月詠に目を向けた。  
夜をうっすらと照らす月のような亜麻色の髪。  
そこにそっと顔を近づける。  
 
滑らかな光沢を放つその髪は、インクが刷られた古雑誌の匂いがした。  
 
・  
・  
・  
「……銀さん、いい加減眠るか起きるかどっちかにして下さい」  
いつもの聞き慣れた声がする。  
気が付くと銀時はソファの上で、ジャンプによだれを垂らしながら眠りこけていた。  
顔に押し付けられた紙面が放つ雑誌特有の日向くさい匂いによって、銀時は現実へ引き戻された。  
向かいのソファでは、新八が洗濯物を取りまとめている。  
 
「お前、修行しに行ったんじゃ無かったの」  
「…何半年も前の話引っ張り出してんですか。仕事もあるし、ずっと万事屋空けたり出来ませんよ」  
「ふーん」  
「………何ですかその自分で振っておいてどーでもいい様な反応」  
 
―――夢だったのか。  
 
銀時は気抜けしたようにぼんやりと、天井を見上げた。  
 
「……そういえば来週、楽しみですね」  
何かあったっけ、という銀時に対し、新八は呆れながら答える。  
「銀さんが言ったんじゃないですか。久しぶりに日輪さんから、吉原へ遊びに来るよう手紙が届いたって。  
 寝ぼけてるんですか、もう」  
 
―――そうだった。忘れてた。だからあんな夢を見たのか。  
   それにしてもやけに具体的な、生々しい夢だった。何でよりによってあいつが……  
 
「元気だといいですね、みんな。晴太君も、月詠さんも」  
「アホ、見に行くまでもねえよ。どーせ生意気にやってるに決まってんだろ」  
 
銀時は物思いにふけりながら、新八に対し投げやりな返事をする。  
ふと、自分が口にした"生意気"という言葉と、記憶の中の人物とが重なり合った。  
 
  ―――この大ボラ吹きめが!!  
 
死の瀬戸際で朦朧とする意識の中、鋭く頭に響いてきた叱責の声。  
高所から鋭い眼差しで見下ろしてくる、無愛想な相手の姿。  
月詠は記憶の中でもやはり生意気な姿のままだった。  
 
「…あのヤロウ」  
銀時の口元が綻びる。  
「?……どうしたんですか」  
「何でもねーよ」  
再びジャンプを顔に乗せて、銀時はソファへ横になる。  
 
「ちょっと、昼間から寝ないでくださいよ」  
「あー暇だ。とっとと次のジャンプ出ねーかな」  
気だるそうに来週への期待を零す銀時を、新八はしょうがないな、と言いながらも微笑ましそうに眺めていた。  
 
 
 
 
 

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