「……何でィ、こりゃあ」
殺される。
普段より低いドスのきいた声と瞳孔の開いた目で尋ねてくる一番隊隊長を目の当たりにして
山崎の脳内に走ったのはそんな直感だった。
アレ?なんか俺悪いことしたっけ?アレ?普通に潜入捜査から帰ってきてその証拠写真を提出しただけなんですけど、
アレ?なんかこれ、明らかに逆鱗に触れてるっていうかもう、もぎ取っちゃってるよね逆鱗を、アレ?
「な、何ってですから……こないだの潜入捜査のときに撮影してきたしゃしぃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
発言の途中で沖田が仕掛けてきた居合いを寸でのところで避ける。畳の上に尻餅をつき、ゆらりと無造作に
刀をこちらに突きつけてくる沖田に涙目で叫んだ。
「ちょっとォォォ!いきなり何するんですかあァァァ!何!?俺が何しました!?わけ分かんねー!!」
「悪いなァ山崎、俺ァ今朝の占いで『ミントン好きの監察の男をぶった斬ると1日ラッキー☆』って言われたんでぃ。
っつーわけで大人しくぶった斬られなせぇ」
「知るかァァァァ!何その占い!?何チャンネル!?つーか明らかにピンポイントで俺じゃないですかァァァ!!」
「うるせェェェェ!何ギャーギャー騒いでんだお前ら!!」
スパーン、と小気味のいい音をたてて襖が開き、鬼の副長こと土方が2人を怒鳴りつける。
助かった!と言わんばかりの表情で土方を見る山崎だが、彼が口を開くより先に沖田が無表情で振り向いた。
「土方さん丁度いい所に。山崎がもうどうしてもどうしても今すぐ切腹したくて堪らねーらしいです。
すっぱり景気よく介錯してやって下せぇ」
「沖田さんんんん!?副長ォ、言ってません!俺そんなこと言ってませんからねェェェ!?」
「あー分かった分かった!山崎、オメーは切腹するより先に潜入捜査の報告書仕上げて持って来い!
総悟、オメーも刀仕舞え!屯所で刀振るほど元気有り余ってるなら巡回でも行ってこい!」
「何でィ、そんなに怒らなくてもいいじゃありやせんか。あんまり怒鳴ると脳の血管切れちまいますぜ。
むしろプチっといってコロっと逝ってくれねーかな土方死ねよコノヤロー」
「二行目は余計だァァァァ!!」
青筋を立てて怒鳴る土方から視線を逸らして、へいへいと淡々と呟いて刀を鞘に収める沖田。先程の騒ぎで
畳の上にばら撒かれた写真をちらりと見て、そのうちの一枚を無造作に拾い上げると隊服の胸ポケットに仕舞いこむ。
「それじゃ、行って来まさァ。帰ってくるまでにそこの写真片付けておいて下せェ。あと土方さん死んでおいて下せェ」
「死ぬかァァァァァ!気軽に何てこと頼んでくれんのお前ェェェェェ!!」
つーかお前じゃねーかこの写真散らかしたの!という怒鳴り声に背中を向けたまま、ずんずんと玄関へ向かう。
廊下を歩いていた平隊士が沖田の形相にびくりとして壁に寄った。ああ、この際誰でもいいから斬っちまいてぇ、等と思う。
「……気に食わねェ……」
革靴をつっかけながら胸ポケットを手で押さえ、沖田は低い声で呟いた。
常日頃から土方の目を盗んではサボって昼寝している沖田が、こんな不安定な精神で真面目に巡回などするはずもなく。
人気のない川原に寝転がってアイマスクを装着して、やっと眠気が苛立ちに打ち勝ち始めたころ、その少女は現れた。
「よォ、税金泥棒」
藤色の傘を差し、酢昆布を咥えた赤いチャイナドレスの少女、神楽が沖田を見下ろす。
「血税から給料貰って昼寝とはいいご身分アルな。起き上がるヨロシ。今日こそ私の傘の錆にしてやるネ」
ジャコンと傘を構える音に、沖田は不機嫌そうに上半身を起こすとアイマスクをむしり取った。
傍らに立って傘の銃口をこちらに突きつける神楽を睨み上げる。
「なんでぃチャイナ。俺ァアンタに構ってるほど暇じゃねえんだ。ガキはガキらしく帰ってジャンプでも読んでろィ」
「思いっきり寝てたじゃネーカヨ。びびってんのかクソガキ、あ?びびってんのカ?」
ハッ、と馬鹿にしたような顔でこちらを挑発してくる神楽を見て、沖田の胸に再び苛立ちが湧き上がった。
「……万事屋は相当金に困ってるみてぇだなァ、オイ」
唐突に切り替えられた話題に、神楽がきょとんと目を丸くする。
「何の話アルか?確かに銀ちゃん常にビンボーのマダオだけど、いつものことヨ?」
「とぼけるなィ。アンタみたいな色気も糞もねェガキまで売られるんじゃ、世も末だなァ」
「何がヨ。お前の話、マジでわけ分からないアル」
眉をひそめる神楽に、胸ポケットから取り出した写真を突きつけた。手を伸ばした神楽が素っ頓狂な声をあげる。
「ちょ、お前コレ、いつの間に撮ってたアルか!?盗撮ヨ!犯罪ヨ!」
「俺が撮ったんじゃねえや、文句は山崎に言いやがれぃ」
ぎゃんぎゃんとわめく神楽に冷たく言い放つ。
数人の侍達に隠れるようにして写真に写り込んでいたのは、神楽だった――世間一般で言われる『遊女』の格好をした。
「攘夷志士を追って山崎が吉原に潜り込んでたときにたまたま撮った写真でねェ、驚きやした。
それにしても万事屋の旦那もなかなかえげつねえなァ、アンタいつ身売りされたんでィ」
「売られてネーヨ!銀ちゃんがそんなことするかボケェェェェ!」
べし、と写真を地面に叩きつけながら怒鳴る神楽。あーあ、証拠資料の一部だってのになどと
どうでもよさそうに呟く沖田の声が耳に入っているのかいないのか、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「大体私、ホイホイ売り買いされるほどふしだらな女でもやっすい女でもナイネ」
――ああ、なるほどねィ。
こいつァ、吉原がどういう所で、遊女ってのがどういう女か分かって、ああいう格好してチャラチャラ歩いてた訳だ。
――気に、食わねェ。
「うぉあっ!?」
細い腕を掴んで引っ張れば、間抜けな声と共にあっさりと倒れこんでくる軽い体。
素早く体勢を変えて組み敷くと、一瞬ぽかんとした後すぐに目を吊り上げた。
「テメー、いきなり何するアルか!どけヨ!」
「やなこった」
短く答えて、なおもぎゃんぎゃんとわめこうとする少女の唇を己のそれで塞ぐ。一瞬目を丸くした後
慌てて沖田の体を引き剥がそうとする両手を掴んで地面に押し付けた。
「んーんーんーんー!んぅ――――っ!!」
「―――――っ!」
がり、と唇に走った痛みに、反射的に唇を離す。舌を入れていたら食い千切られたかも知れない。
暴れる腕を押さえつける手により体重をかけ、上半身を起こして神楽を睨み付ける。
「いい度胸じゃねえか、暴行の現行犯だぜィ」
「暴行されてんのはこっちじゃねぇかァァァァ!テメーマジで殺られたいアルなァァァァァ!?
マジキモイアル犯罪者アルごーかん魔アル、お前アタマ沸いて――」
「うるせえ、ちっと黙ってろぃ」
顔を真っ赤にして叫ぶ神楽の言葉を鋭く遮ると再度唇を押し付けた。先程の仕返しとばかりに
少女のぷっくりとした唇にがり、と強めに歯を立ててやる。真っ白な喉の奥から痛みを訴える
くぐもった唸り声が聞こえて、鉄の味が僅かに舌の上に漂った。決して美味ではないそれに口角を吊り上げる。
唇を離すとすぐに白い喉に舌を滑らせた。甲高い悲鳴にも似た声と同時に、押さえつけている体が跳ねる。
「――っ、チョーシのってんじゃネーヨ!このエロガキ……っ!殺すゾ!」
神楽が叫ぶたびに、自分が舐めている喉が震えることが妙に面白くて、無性にこの白い喉に喰らいつきたくなった。
その衝動を押し殺して強く吸い上げて紅い所有痕を残すと、ゆっくりと少女の空色の瞳を覗き込む。
怒りと恥ずかしさに震えてこちらを睨み付けてくる、燃えるように輝く瞳。
その瞳を真っ直ぐに睨み返しながら、低くゆっくりと言葉を紡いだ。
「殺れるもんなら殺ってみろい」
気に食わねェ。何から何まで気に食わねェ。
写真を撮ってきた山崎も、なかなか死なねぇ土方も、何にも考えてねぇクソチャイナも。
――ああ、だけどこのチャイナごときにここまで頭ん中掻き回されて苛々しちまう俺が一番気に食わねェ。
この苛立ちをどうしてくれようかと考えながらとりあえず薄い胸の上に手を置き、三度神楽の唇に喰いついた。
――終――ー