「4番テーブルお願いします」
コールがかかり、妙は隣のへべれけになった男にひとつ会釈して席を立った。
その瞬間、グラリと視界が揺れた。カウンターに肘がつき、体重が支えられた。
どうも熱っぽいと感じていた妙であったが、そこはプロ。顔には一切出ていない。
同じテーブルに指名された花子が、妙の隣に並んだ。そして二人は取ってつけたような、しかし綺麗な笑顔を作る。
「ここにいらっしゃるのは初めてですよね」
妙が隣についた40代後半の男はその質問に答えることもなく、いきなり妙に抱きついた。
誰も驚かなかったし、止めもしなかった。
珍しくないことだし、なにしろ妙はその華奢な身体とは似つかわしくない程の剛腕であった。
だから誰も心配しない。むしろ心配すべきは妙の手にかかった客の命かもしれない。
「・・・・・・」
しかし今日は違った。
妙は客を殴り飛ばしはしなかった。顔を真っ赤にして、男の腕を振り払おうとしている。
最初にその異変に気づいたのは花子だった。
「妙ちゃんどないしたん? そんな奴アンタならすぐ――」
「いや! やめて!!」
しかし妙の方は必死だった。まだ男の腕を振りほどけない。
「かわいいねー君。ちゅーしちゃおっかな」
妙はいやいやと首を振る。さすがに見ていられなくなって、花子が割って入ろうとした。
「ちょっとお客さん!」
しかし花子の隣に座っていた他の連れがその口を押さえつける。
花子がもがくと、テーブルからグラスが落ちた。
やがて周りが妙らのいるテーブルの異常に気づいたが、誰も止めることはなかった。
男が店主を呼び、何か耳打ちすると、彼はそそくさと店の奥に消えた。
「ちょっと場所変えようか、そうだ君、なんていうの?」
「・・・たえ・・・・・・」
「奥ゆかしい名前だね」
「・・・クソジジイ、テメーいい加減にしろや」
いつもの獣のような形相が現れ、しかしすぐに消えてしまう。
「無駄無駄。君には玩具になってもらう」
妙は絶望を見た。
店長が通したこの店の一室で、3人の男に裸を晒している。
男が、連れの男達にも脱衣を促す。
「買った女だ。好きにしていいぞ」
そのうちいやらしく笑った男が、早速指示を出す。咥えろ、と己の性器を妙の頬にあてがう。
首を横に振る妙の頭部を鷲づかみ、無理やり押しつけた。
口を割ろうとしない妙に他の二人が制裁を加える。
四つん這いにされた妙は背後から秘部を弄られた。
「痛い」と思わず声を上げたが最後、それはほとんど絶望を意味した。
卑猥な水音は、妙にとって信じられないスピードで続く。
「あああっイヤッ!! ッく、いあぁんああ!」
朦朧とする頭に、よぎる人物。その名を何度も叫んだ。助けて――
「ここかあアアアアア!!!!」
勢いよく部屋に飛び込んできた1つの新撰組の服が次々と男達をなぎ倒していった。
妙は急いで着物を纏う。
「お妙さんが嫌がることは誰にもさせねーよ」
「近藤さん・・・」
じゃあ日々のストーカー行為も自粛しろやゴリラ
と、喉の先まで出かかった言葉を、妙は口にはしなかった。
なんとなく反射的に身体を強張らせていた近藤は、おそるおそる片目をあける。
妙はそんな近藤を見てくすくすと笑い声を漏らす。
一瞬、何が起こったか理解できない近藤であったが、すぐにがははと屈託なく笑った。
ああそうだ熱のせいなのだと、妙は納得することにした。そして
「なななななにしてるんですか・・・!!!」
近藤の声がひっくり返る。妙が彼の胸に顔を埋めた。
「そのアホ面を見えなくするためにです」
「ちょちょ、ちょ・・・え? ちょ、お妙さんんん!?」
「いけませんか」
パニックになる近藤は、うまく言葉を紡ぎだせない。
「もうちょっとこうしていたいんです」
精一杯迷ったあと、近藤は妙の肩を抱き返した。
(おわり)