銀さんと付き合い始めて約2ヶ月が経つ。
まさかあんなチャランポランな人と付き合うなんて考えもしなかったけど、
今はそれなりに幸せを感じている。
しかし、悩みが一つだけあった。
それは私が――処女だということ。
年齢から考えて銀さんは経験があるだろう(と思う)。
私は自分が処女だということを、ひた隠しに隠した。
別に銀さんが「お前処女?」って訊いてきてワケじゃない。
ただ、自分から言わなかっただけ。
でも私はいつ訊かれるのか、それが怖くって毎日ビクビクしながら生活していた。
そりゃもう、夢にまで出てくるほどに。
そして今。
今まさに、処女疑惑(?)の真相が白日の元にさらされようとしている!
私と銀さんは、彼の万屋で二人きり。新八と神楽ちゃんは出かけていて夕方まで帰って来ない。
誰もいない。何度も言うけど、二人きり。
恋人同士が密室で二人きりになったらどうなるか、そのくらい私にもわかる。
テレビとかだったらここで、「先にシャワー浴びて来いよ」なんて言われて……。
「まあ…あれだ、その、先に風呂入ってくれば」
うわあ早速言われちゃったわ!
私はつとめて平静を装いつつ「ええ」なんて答えたけれど、内心かなり浮き足立っていた。
だって、あの銀さんに『風呂に入ってくれば』なんて言われるなんて……!
あのいつもやる気のなさそうな銀さんに!
高鳴る鼓動を抑えつつ、私は風呂場に入った。うちと同じ位古いお風呂。
否が応にも頭の中でもやもやと膨らんでいく妄想と戦いながら、私は身体を隅から隅まで綺麗に洗った。
生まれてこの方、こんなに丁寧にお風呂に入ったのは初めてなんじゃないだろうかってくらい、隅々まで。
そうして、いざ出ようという段階になって、私ははたと気がついた。
──着替えがないわ。
どうしよう、こういう時って普通はどうするんだろう。
さっきまで着てた着物着るのもなんだかなぁって感じだし……。
かと言って、裸で出て行くのもかなり恥ずかしい。
私がお風呂から出ると、銀さんはソファで新聞を広げていた。
「お、お待たせ……」
声をかけると、銀さんは顔をあげて私を見た。
──何か言われたらどうしようかしら……。
私はというと、仕方が無いのでバスタオルを身体に巻いて出てきてしまったのだ。
「お前――」
銀さんが口を開いた。
どうしよう!やっぱりバスタオルなんておかしかったの……!?
「風呂長すぎ」
呆れたように言うと、銀さんは読んでいた新聞を閉じて立ちあがった。
よかった……とりあえずバスタオルのことについては何も言われなかった。
風呂場へ向かう銀さんとすれ違うとき、私は思わず銀さんに触れないようにサッと壁に身を寄せてしまった。
そんな私を見て、立ち止まり怪訝そうな顔をする銀さん。
しまった!浮き足立つあまり、いきなり挙動不審な態度をとってしまった!
「……なに?」
「いいえ何でも!」
「……」
銀さんは壁に貼りついた私を、しばらく何とも言えない表情で見つめていたけど、
そのうちひとつ首をかしげて風呂場に姿を消した。バタン、という音と共に風呂場のドアが閉まった。
「はぁ〜」
私は極度の緊張が一時的にほぐれ、その場にへなへなと腰を下ろした。
やる前からこんなじゃ、本番は一体どうなるだろう……。先が思いやられるわ……。
私は銀さんがをひねる蛇口の水音を聴きながら、大きなため息をついた。
銀さんが風呂から出てくるまで、早くても五分はあるわよね。
問題は、銀さんがお風呂から出てきたときに何して待ってるのが一番いいのかってこと。
今はそれを考えるのが先決よ、妙!
私は部屋を見まわした。そこで目に入ったものは普段から敷きっ放しの「布団」。
布団に入って待ってるのがいいのかしら。
でもなんか……いかにも「カモーン!」って感じがして嫌だわ…。
だからと言って、バスタオル1枚でテレビ見て待ってるのも何だし、ましてや新聞なんか広げてるのも変よね。
私は仕方なく、体にバスタオルを巻いたまま布団にもぐり込んだ。
銀さんの布団は、はっきり言って古いセンベイ布団。
薄手の毛布が2枚重ねてあるだけ。
さすがに、天蓋付きのベッドで初体験なんて夢のまた夢だった。
初体験が天蓋付きのベッドだったら、私はさしずめお姫様ってとこね。
そして銀さんが王子様。ああ、銀さんって王子様ルックが似合わなそう。
白いタイツにかぼちゃパンツに赤いマント着せて金色の小さい王冠をかぶせたら……。
私の頭の中に、思いっきり死んだ目をした王子様のビジョンが浮かんだ。
あはは、なんて間抜けなのかしら!
「おーい」
「わっ!?」
「おい」の一声で、銀時王子のビジョンは一瞬にしてガラガラと音を立てて崩れた。
見るとそこには王子様ルックでなく、腰にタオルを一枚まとっただけの銀さんの姿が。
「一人で何ニヤニヤしてんの」
「えぇっ!私、ニヤニヤしてなんか」
「してたぞ、新八そっくりな顔で」
「えっ、新ちゃん…?!(微妙だわそれ)」
「もうちょっとそっちつめてくれ」
「え」
「俺が入れねぇから」
そうでした。
銀さんもこの布団に入るんでした。
私は慌てて体をずらし、銀さんの入るスペースを作った。
銀さんは何の躊躇も迷いもなく毛布をめくると、極めて自然に布団に入ってきた。
やっぱり余裕があるわね…。
さっきまで銀さんの王子様ルックを想像して一人でほくそ笑んでいた私だったけど、
ここに来てお風呂上りの銀さんの姿をまざまざと見せつけられると、
嫌でも現実を直視しないわけにはいかなくなってきた。これから私は銀さんと――。
けれど接吻にはようやく慣れてきた。
最初の頃はおっかなびっくりだったけど、最近では舌が入ってきたらそれに応えることもできるようになっていた。
だけどこんな格好で、二人とも限りなく裸に近い格好で、それも布団の中でするなんて初めて。
銀さんとする接吻は好きだったけど、今日はいつもと違って、なんだかうまく言い表せないけど、
何かが私の中で疼いていた。体の芯がムズムズする。
銀さんが私の首の下に手を入れようとしたので、私は少し頭を持ち上げた。
枕と私の頭の間に銀さんの腕がすっと入ってきて、私が頭を下ろすと銀さんの手が私の後頭部にあてがわれる。
初めてだったけど、不思議とこういうのは口で「ああしろこうしろ」と言わなくても、身体が自然に動くのね。
至近距離に銀さんがいる。
──触りたい。
そう思うのと、私が銀さんに抱きつくのとは、ほぼ同時だった。考えるより先に身体が反応する。
私と銀さんは布団の中で抱き合って、お互いの舌を貪りあっていた。
そう、それは唇と唇をあわせるというかたちでは、もはやなく。
奥へ、もっと奥へと突き進んでいく感じだった。可能な限り奥へ。
透明な唾液が、顎を伝って枕に染みを作っているのがわかったけど、そんなことに構っていられない。
よく映画のベッドシーンで聞こえるような、濃厚なキスの音が耳につく。
音をたてようとしなくても自然とそんな音が出るんだわ、なんて私は頭の隅っこでぼんやり考えていた。
夢中で唇を貪っているとだんだん苦しくなってきて、口付けに混じって短く吐息が漏れるようになっていた。
薄く目を開いてみると、銀さんの顔がぼんやりと見えた。
軽く眉間にしわを寄せた銀さんは、今まで見たこともないほど色っぽかった。
と、その時。
ちゅ、と名残惜しそうな音を立てて銀さんの唇が離れた。
目を開くと、銀さんの唇は濡れて光っていて、心なしかいつもより唇の赤みが増しているような気がする。
まるで紅を塗ったように見える銀さんに、私が普通に見とれていると、
おもむろに彼の手が私のバスタオルに伸びてきた。
「ぎゃ……!」
伸びてきた銀さんの手は、半ばはだけかかっていた私のバスタオルを完全に取り払った。
「……なんで隠すんだよ、しかも色気ねー声だなオイ」
「だって!」
こんな明るいところで裸を見られるなんて、恥ずかしすぎるわ!
私は両手で胸を覆って、ゆでたてのエビよろしく身体を丸めた。
「銀さん、暗くして」
「あぁ?なんで」
「恥ずかしいの!」
「何が恥ずかしいんだよ。裸にならなきゃできねぇだろ。明るい方がまた違う刺激があって…」
「お願い!お願いだから、暗くして!」
「しかたねぇな〜」
銀さんはだらだらと立ち上がりながら、カーテンを閉めにいった。