「新八、ごめんアル」
ひんやりとした部屋の隅でのことだ。
滑らかで、透き通るような声が、彼の体を震わせた。
「なんで謝るの」
「だって」
不安を煽られたかのように堪らず新八の頬に腕を伸ばすと、内面から己を責め立てるような気分に思わず言葉が出た。
「私は夜兎ヨ。私がいなければ銀ちゃんも新八も、」
かろうじて洩らした本音がこんなにも自分を苦しめるとは思っていなかったのか。
神楽は真っ白な肌に悲愴を浮かべ、それでも己を止める術をしらないかのように続けた。
「これ以上2人に迷惑はかけられないアル。
私は一度お前らのところを離れ…て、一から、やり直し…た」
言葉を発する度に望んでいない涙が溢れ、神楽は再び自分を責める。
新八はしばらくの間それをやんわり見つめていたが、やがて絶望的なまでに嘘つきな唇にキスをした。
「神楽ちゃん」
「…」
「何処にでもいきなよ」
予想していなかった返答に、神楽は大きな双眸を揺らがせた。
思考は停止した。でも、駄目だ。止められることを心の何処かで望んでいた自分は飛んだ甘ちゃんだ。
(本当にサヨナラしなきゃ、ヨ)
考えていると、突然意図もなく背中に回された腕。唇は震えていた。
「でも、離さないけどね」
折れてしまいそうなお互いの体は脱力感を生み出した。
眼鏡の奥に見える色素の薄い瞳に心臓を掴まれるような不安を煽られながらも想いを告げる。
「じゃあ離さないでヨ」
「うん」
「兄貴が来たら、守って」
「うん」
「好きヨ」
絞り出した声もあからさまに震えていて、我ながら苦笑してしまった。
それでもしっかりと答えを抱きとめるように、新八は背中に回した腕に力を篭めて「僕もだよ」と微笑んだ。