「へぇ、その傘……」
阿伏兎は神楽の持つ傘にニヤリと笑った。
その表情は何を考えているかなど全く分からないだろう。
しかし彼は、悪い方の感情を持っているわけではない。
単純に表現してしまえば「喜び」でも十分に当てはまる。
「嬢ちゃん、まさか夜兎か?」
銀時と新八が進んでいった道を塞ぐように立つ神楽。
彼女はその問いに、直接的な答えは与えない。
「地球産にこんなに可愛くて強いやつがいるわけないネ」
だが、その白い肌と阿伏兎の攻撃を防いだ傘。
それにあの馬鹿力。
どこをどう考えても夜兎族だ。
「これはなかなか……」
ぽつりと阿伏兎はつぶやいて、神楽の頭の上から足の先までを舐めるように見る。
幼いが、男ではない。
「気持ち悪い視線向けんじゃねぇヨ、オッサン」
神楽は嫌な類いの視線に暴言を吐き、傘の銃口を阿伏兎へ向ける。
勿論こんなもので殺られたり殺ったりできるとはお互いに思ってはいないが、牽制には十分効果的だ。
そして銀時たちが先に進む時間稼ぎにも。
ただ神楽はそれを狙っていたわけではない。
本当ならば彼女自身が、兄の顔面に拳でも傘でも叩き込んでやりたかったのだ。
「目を覚ませこの馬鹿兄貴!」という言葉のオプション付で。
「こんなことしてたら、銀ちゃんが兄貴ぶっ飛ばし終わっちゃうネ」
神楽の言葉が終える前に、彼女の傘が銃弾を吐く。
しかし阿伏兎はそれを軽々と避け、神楽の後ろへと回った。
そして思い切り足を払ったのだ。
「くっ」
阿伏兎は片腕。
神楽は次に来る攻撃を予想して身体を捻り、盾代わりに傘を構える。
だが阿伏兎の次の行動は、攻撃などではなかった。
「え、」
体勢を崩した神楽の頭部を掴み、彼女が必死に捻った身体を力で押さえ込む。
男はそのまま体重を掛け、神楽を俯せに押し倒したのだ。
背中をとられる。
それは戦場では死を意味する。
しかもこうやって押さえ込まれては、いくら力がある神楽でも抜け出すことは難しい。
何より相手は幾つもの死線をくぐり抜けたであろう夜兎。
適うわけがない。