そう広くもない道場だが、それでもやはり一人で住むには寂しい。
たった一人の家族である弟の新八が、ここの所万屋に泊まり込むこともしばしばある為、余計にそう感じるのだろう。
志村妙は、少しだけ銀髪の万屋に嫉妬めいた感情を抱いた自分を恥じて小さく頭を振った。
これだから、ブラコンなどと言われてしまうのだ。
道場の掃除の為に手にしていた雑巾を絞りあげて干すと、小さくため息をついて着物の袖を押さえていた襷をほどく。
しゅるり、と赤い布が滑り落ち、妙の手の中で生き物のようにうねった。ふと、朱絹に小さな汚れが見えたような気がして目を凝らす。
「新ちゃんったら、」
くすくすと笑いながら、襷の端に小さく書かれた文字を指でなぞり、妙は優しく微笑んだ。
黒いマジックで書かれた文字は「あねうえいつもありがとう」。そういえばこの襷は新八に贈られたものだった、と思い出して妙はなんだか切ないような気分になる。
「私も、いい加減弟離れしないといけないわねえ」
襷を握り締めながらぽつりと呟くと、言葉が急に現実味を帯びたような気がして、妙は余計に寂しさを感じた。
ずっと姉弟二人きりでやってきたのだから、突然離れることは出来ないにしても、いい加減自分も弟以外の異性に目を向けてもいい頃だろう。
アルバイトのキャバクラで、嫌というほど異性との触れあいはあるものの、そういった意味で誰かを見たことはなかった。
「私、ものすごく疎いわね」
頬に手を当てて、妙は自分の恋愛経験の乏しさを嘆いてみる。
元々道場の復興の為に身を削ってきた妙は、自分と同じ年頃の少女と比べそういった事の経験値は格段に低い。
マトモな恋愛などしたことは無かったし、そもそも相手もいなかった。
「そんなに高望みをしているわけではないんだけど。どこかにいい人いないかしら」
ぽつり、と呟くと、妙は少し顔を赤くして頭を振った。
掃除の為につけていた着物の前掛けを外し、埃をはたくようにして立ち上がる。
と、その時、ふいに道場の引き戸ががらがらと開け放たれ、野太い男の声が響いてきた。
「はっはっは! お任せください、お妙さん! この近藤勲が、必ずやあなたを幸せにしてみせます!」
聞き覚えのある声にため息を頭に手を当ててため息をつきながら、妙は声のする方向へと駆け出した。
助走のスピードを上げて、加速をつけたまま花束を抱えている男に蹴りを放つ。
「お断りします。帰れ」
「ぐっ! さ、さすがお妙さん……それでこそ、俺の見込んだ人です……」
倒れこんだ近藤の上に足を置いたまま、妙が言い放つと、近藤は呻くようにそう言った。
どこか嬉しそうな様子に、妙の血管がヒクヒクと引き攣る。
「……なんなんですか、ゴリラさんは」
踏まれても蹴られても、また殴っても叩いても、自分が何をしても嬉しそうな近藤に、妙はなんだか毒気を抜かれた。
ところどころの青痣の出来た近藤を呆れ顔で見つめながらため息をつく。
立ち上がった近藤は、妙の腕を取ってその身体を引き寄せながら囁いた。
「近藤です。近藤勲。覚えておいてください。あなたの夫になる男の名前です」
「……私の夫になる方は、とりあえず人間のはずですから」
「えっ!? いや、俺は人間ですよ! ほら、証明になるか分かんないけど指とか五本だし!」
言い募る近藤は、どこまでも真面目でふざけているようには見えない。
妙はなんだか頭痛を覚えてこめかみを指で強く揉んだ。
何を証明するつもりなのか、とうとう下着にまで手をかけ始めた男を制止して、妙は言う。
「ええ、もう分かりましたから。あなたのお気持ちはよく分かりましたから、とりあえず帰れ」
「……いえ、お妙さんは、貴方は何も分かっていない」
妙の言葉に、いつもの騒がしくも陽気な雰囲気を一変させ、近藤は無表情なまでに顔を強張らせた。
その様子に、妙は訝しげに首をひねり、問いかける。
「どういうことです?」
「俺は……俺はね、貴方が好きです。貴方の全てが愛しいと思っている。だからこそ、貴方の全てを知りたいし、俺のことも知って欲しい」
「……ストーカーの言い分なんざ聞きたくねえよ」
必死に言い募る近藤の顔を、片手で握り潰しながら妙は低い声でそう切り捨てた。
頬の急所を責めるえげつないアイアンクローに呻きつつ、近藤はそれでも彼女から目を逸らさない。
「ぞ、ぞれでも……俺は、貴方が好きなんだ。答えてください、お妙さん。……俺のこと、嫌いですか?」
痛みに顔を歪めながらも妙の指を引き剥がし、その手を握り締めながら、近藤は熱っぽく妙を掻き口説く。
どこか常とは異なる近藤の様子に、妙は戸惑いを隠せずに俯いた。
近藤の手のひらの熱に妙は内心酷く焦っていた。
こういった異性との接触は、もともと極端に苦手なのだ。
助けを求めるように道場を見回したが、元より彼女と近藤の他には誰もいない。
搾り出すように、妙はなるべく近藤を見ないようにして呟いた。
「……嫌いでは、ありません。九ちゃんのことでは、感謝もしています」
「お妙さん。貴方の優しさは、時々残酷です」
彼女の言葉に、近藤はえらく傷ついたような顔をして、首を左右に振った。
近藤の低い声が震えるように響くのを、妙は不思議な思いで聞く。
今日の彼は、まるで初めて会った人のようだ。
「貴方に、心の底から嫌われているのなら、俺は諦めきれるのに。貴方はその優しさで、俺の決意を駄目にするんだ」
「………………」
「好きです。お妙さん、好きです。貴方のことが、好きです」
大の男が、自分に縋りつくようにして、泣き出しそうな顔をしている。
妙はその事実に戸惑いながら、近藤の告白を、心のどこかで嬉しい、と思っている自分に気付いた。
頬を赤くして押し黙る妙を見て、近藤は小さくため息をついた。
「お妙さん、一度だけでかまわない。勲、とそう呼んでくれませんか」
「……勲さん」
近藤の勢いに圧されるように、妙は思わず彼の名前を呼んだ。
「……お妙さん。すみません」
「えっ!? ちょっ、ちょっと! 何するんですか!」
一気に顔を赤く染めた近藤は、突然妙を押し倒し、無骨な指で彼女の顎を掴んだ。
小さく叫んで、しかし抵抗らしい抵抗を見せない妙の唇に、近藤の唇が重なる。
「んっ……ふっ……んぁっ……ふぅっ……」
ぴちゃぴちゃという水音が、磨きこまれた床に午後の日差しが反射する道場の中で淫靡に響き渡る。
微かな息遣いと、押し殺した声が、どこか淫猥な雰囲気を煽り立てる。
長い長い口づけの後、その余韻に頬を染める妙の頬に手を当てて、近藤は泣きながら囁いた。
「好きです。お妙さん」
言い訳も謝罪も口にせず、ただただ自分への好意だけを口にする男に、妙は彼を殴ろうと構えていた拳を緩める。
自分の頬に当てられた無骨な男の手に、その指を絡めて妙は小さく微笑んだ。
「……仕方のない人。責任は、取って下さいね」
「はいっ! 勿論です!」
彼女の答えに、嬉しそうに相好を崩した近藤は、勢いよくそう言うと、バタバタと黒い隊服を脱ぎ始めた。
「お妙さん、気持ちいいですか?」
「んっ……ふっ、あっ!……ああっ! やっ! んんっ!」
男の手は、着崩された着物の裾から、すべらかな太ももをなぞるように這い上がっていく。
襟元から胸へと伸ばされた指が、微かな膨らみを何度か柔らかくもみしだき、その刺激に硬くなった頂を摘みあげた。
啄ばむような口づけを何度も交わしながら、近藤は妙の乱れる姿に息を荒げ、耳元で囁く。
「痛くないですか? 気持ちいいですか?」
「はぁっ! んぁっ! あぁ……ひっ!」
言葉にならない喘ぎを繰り返す妙に、近藤は興奮したように着物の裾を捲り上げ、白い素足を露出させる。
隊服を下に引いて押し倒された妙は、その黒い生地に映える白い素肌を微かに赤く染め、とろりと上気した眼差しを近藤に向けた。
「うるさい。ヤルんなら、もうちょい静かにやれ」
「……はい」
照れたように眦を赤くして、しかし低められた声でそう言われた近藤は、脂下がりながらも素直に頷く。
どうしても経験が浅いとしか思えない彼女の様子に、何かと心配になってしつこく声を掛けていたのだが、それがお気に召さなかったようだ。
自身もあまり経験豊富とは言い切れない近藤は、妙の媚態に鼻の下を伸ばしつつも心配そうに眉を寄せた。
「じゃ、あの……指、入れますよ?」
「だ・ま・れ」
「ず、ずいまぜん」
震える指で近藤の顎を握り締めた妙は、地を這うような声でそう言った。
それににやけた顔を引き攣らせながら詫びた近藤は、妙の白い足を左右に開かせ、その間に跪いて顔を彼女の秘所へと埋める。
「はっ! あっ! あぁっ! ふっ……やぁっ!」
潤いを見せ始めた秘部に指を這わせ、その熱い感触を楽しむように小刻みに動かしながら、慎ましく震える肉の芽を下でなぞられ、妙は一際高い声で鳴いた。
くちくちといやらしい音をさせる秘所を、近藤は音を立てて啜り上げる。
「いやぁっ! あぁっ、ん……ひゃっ! うぅっ! んん……」
髪をぱさぱさと振り乱しながら、妙は下に敷かれた近藤の隊服に顔を押し付けて喘ぐ。
しとどに濡れた指を引き抜いてそれを舐め上げた近藤は、それを舐め上げながら妙の痴態に見入る。
「お、お妙さん……」
「何、ですか」
「好きです。愛してます!」
震える声で応えた妙に、近藤は縋りつくようにして抱きつき、口づけた。
それを優しく受け止めながら、妙はもう一度挿入された指がもたらす快感に小さく呻く。
「んっ……はっ、しっ、てます……あっ」
とっくに知っている、目の前の男が自分を愛していることなど。
初めて会った時はただの客だった。いつのまにかストーカーになっていた男を、自分はいつも手酷く扱っていた。
それでも、揺らぐことなく自分を愛し続ける男に、いつのまにか絆されていたのだろう。
顔を見ないと落ち着かない、声を聞きたくてふと何処かにいるはずの男を捜している。
そんな自分を認めたくなくて、ずっと突っぱねていたが、もうそろそろいいだろう。
妙は興奮に息を荒げる男の口づけに、積極的に応えながらぼんやりとそう考えた。
「お妙さん……お妙さん!」
「あっ……! ああっ! ……も、もうっ!」
いつのまにか増やされた指が、妙の内部を掻き乱し、快感を高めていく。
その初めての感覚に、溺れてしまいそうな錯覚を覚えた妙は、近藤の腕を握り締めて囁いた。
「もう……もう、いいでしょう?」
快楽に濡れた瞳で、近藤を見上げた妙は、どちらのものともつかない唾液に濡れた唇を舐め上げる。
その猫のような仕草に、更に情欲を煽られた近藤は、顔を真っ赤に染めた。
「は、はい」
促すような妙の言葉に、近藤は隊服のズボンに手を掛け、ガチャガチャと耳障りな音を立てながらそれを脱いだ。
不器用に服を脱ぐ男を、微かに笑いながら待っていた妙は、ようやく脱ぎ終えて彼女に向き直った近藤に、起き上がって口づける。
「私、はじめてですから」
「優しくします! 大事にします!」
初めて、妙からもたらされた柔らかい唇の感触に、しばしぼうっと浸っていた近藤は、彼女の言葉にぶんぶんと首を縦に振って応えた。
どこまでも無骨で、直球な返答を返す男に、妙は苦笑する。
「お願いしますね」
「はい! お任せください!」
胸を叩いて、近藤は心底嬉しそうにもう一度妙を押し倒した。
「んんっ! あっ! ああっ! いっ、ああっ!」
初めて突き入れられたモノの、予想外の熱さと質量に驚きながらも、妙は与えられる快感に溺れた。
艶のある美しい黒髪が乱れ、白い肌には自分がつけた赤い跡がいくつも散らばっている。
己の下で快楽に喘ぐ愛しい人の姿に、涙腺が緩みそうになりながらも近藤は更に自身を昂ぶらせた。
「いぃっ! ああっ! ふぅっ! ひぁああっ!」
ゆったりとした腰の動きを、次第に揺さぶるように激しいものに変えながら、歪む妙の顔から苦痛は見られないか、細心の注意をもって探す。
とりあえずはそれが見つけられない事に安堵しつつ、きつく締め上げられる熱い内壁の感触に、近藤は大きく息を吐いた。
「お妙さん……素敵です」
「ぁあっ! ひっ……あぁんっ! あぅっ!」
耳元で囁いてから、優しく触れるだけの口づけを落とし、近藤は律動をはやめて行く。
緩くうねり始めた妙の腰を片手で掴み、押し付けるようにして自身を抜き差ししながら、ぷっくりと赤く色づいた乳首を舐め上げる。
余裕のなくなってきた自分を叱咤しつつ、近藤は思い人の為に必死に奉仕した。
「もっ……駄目、やっ! あっ! ああああっ!」
「妙さん、俺も……俺もっ!」
ほぼ同時に絶頂に達した二人は、しばらく荒い息を吐きながら息を整える。
くたりと力の抜けた体で、それでも妙に体重を掛けないようにして覆いかぶさった近藤は、幸せそうに微笑んで眠ってしまった彼女に顔を寄せた。
道場に差し込む夕日に、妙は目を覚まして起き上がった。
「……あら? もう夕方」
乱れに乱れた髪と着物を手早く直しつつ、微かに頬を染めて首を捻る。
慣れない体勢を長時間とったためか、それほど軟弱でもないはずの足は震え、どうにも動きにくい。
「嫌だわ、お夕飯どうしようかしら」
この調子だと買い物にも行けそうにない、と憂鬱になりながら、妙は道場を見回した。
夕日に赤く染まる中で、一際存在感を放っている黒い隊服に、妙は眉をしかめてそれを持ち上げた。
新八や、父とは違う、男の匂いがするジャケットを拾い上げ、上手く立たない腰を叱咤しつつ、妙は冷蔵庫の残りを思い出しながら台所へと向かう。
「確か……卵はあったわよね、あと……あら?」
誰もいないはずの台所から漂う、食欲を誘う匂いに妙は訝しげに鼻を動かした。
新八が帰ってきていたのだろうか。だとしたら、道場でのあの姿を見られたかも知れない。
動揺しながらも、台所へと向かう足をはやめた妙は、そこで思わぬ人物を見つけて固まった。
「お妙さん!」
「…………どうして」
とっくに居なくなっているものだと思っていた近藤は、何故か志村家の台所で料理をしていた。
妙の姿を見つけた彼は嬉しそうに笑って、彼女を手招きした。
「ちょうど出来上がったところです!」
「帰ったんじゃなかったんですか……?」
「そんな! お妙さんを放り出して帰れるわけがないじゃないですか! ささ、どうぞ」
にこにこと、どこか人好きのする笑みを浮かべて近藤は妙を茶の間へと促した。
当たり前のように自分の家を把握している近藤へ突っ込みを入れるのも忘れ、妙は思わず頷いた。
「ええ」
「お赤飯は我ながら上出来だと思うんですよ。やっぱりお目出度い時には赤飯! 日本人の心ですよね!」
「……なんで、赤飯……」
「それは勿論、俺とお妙さんのはじめ……グハァっ!」
はじめての記念に、と続けようとした近藤を殴りつけ、妙は真っ赤な顔で彼をげしげしと蹴りつけた。
容赦のない攻撃に白目を剥いて痙攣し始めた近藤に気付き、妙はふと足を止める。
小さくため息をついて屈みこむと、意識を失った近藤の頬に唇を寄せ、囁いた。
「……本当に、仕方のない人。……でも、好きですよ」
「お妙さんっ! もう一回! 今のもう一回お願いします!」
妙の言葉に、いきなり目を覚ました近藤は必死に縋りついたが、その手は非情にも振り払われる。
呆れた顔で立ち上がった妙に、更に容赦なく蹴り上げられながらも、近藤は至福の表情で恍惚と攻撃を受け止めていた。
上気した顔で幾度か蹴りを続けた妙は、漂う夕食の香りに微かに頬を緩めながらも、未だ呻きつつ「もう一回! さっきのもう一回!」とほざく近藤を蹴りつづける。
いつもの光景がしばらくの間、どちらもどことなく幸せそうに繰り広げられた。