最近恋人が出来たらしい銀時は、妙に浮かれている。
鼻の下を伸ばしながら、天然パーマの銀髪を鏡の前でえんえんと弄くっては悦に入るわ、大好きなジャンプのラブコメを読みながらにやにやと頬を染めるわ、気持ちが悪いことこの上ない。
雇い主のその姿に、神楽は無性に苛立ちつつも、自分が何故ここまで腹を立てているのか、不思議で仕方がなかった。
身内の幸せを、素直に喜べないほど、自分は狭量な人間だったのだろうか。
そんな風に考えて落ち込んだりもしたが、ある時、その胸のむかつきの正体が分かった。
男性陣が久しぶりの仕事に出払っていた日の事。
ソファに寝転びながら読み散らかされたジャンプをぺらぺらと捲くるうち、すれ違いもののラブコメの続きが気になって、連載を追いかけながら神楽はどんどんと雑誌を積み上げていく。
(切ねえぇ……上手くいかないもんネ……)
キラキラとした大きな目と、可愛らしい顔立ちの少女たちは、恋人を思い、涙し、胸の締め付けられるようなモノローグでそれを切々と語っていた。
「好きだった男の子に彼女ができてしまったと誤解して一人で泣く女の子の話」に妙に感情移入してだくだくと涙を流した神楽は、ようやく自分の恋心を自覚する。
(……これ、恋ってやつだったアルか……)
女の香りをさせて夜遅く帰る銀時に、無性に苛立って仕方のない理由が、こんな単純なものだったとは。
拍子抜けしながら、自分が他人の幸せが許せないような人間ではなかった事に、神楽はとりあえず安堵した。
(報われない恋は、辛いだけなのに。
でも、どれだけ望みがないと分かっていてもやめられない。
人を好きになることって、きっと呪いの一種だわ。
自分の心も自由にならなくなって、ただただあの人しか目に入らなくなる。
例え、あの人が私のことなんて欠片も好きじゃなくても、私はずっと彼が好きだ。)
さっきまで読んでいた漫画の、モノローグがふと頭の中に浮かんでくる。
あの話の彼女よりは格段に想い人の近くにいる自分だが、その分望みがあるかと言ったら否だ。
銀時が常々口にする女の好みには、自分は全く当てはまらない。何より、既に彼には恋人がいる。
我ながらびっくりするほど、不毛な片思いだ。
けれど、漫画の彼女の言うとおり、「望みがないと分かっていてもやめられない」。
えぐえぐと泣きながら、神楽は銀時への恋心を自覚した。
「花見いこーぜ、神楽」
「お断りネ。夜遅くの男の誘いには乗るなってマミーが言ってたヨ」
「アホか。さっさと来いよ? 先行くぜー」
夜遅く、神楽の寝室の襖を開けた銀時は、押入れで丸くなっている彼女を遠慮なく叩き起こした。
目を擦りながら、断りの言葉を口にする神楽の頭をはたき、彼はどたどたと玄関へと走り去っていった。
しぶしぶ身を起こした神楽は、寝巻きから着替えると愛用の傘を手にし、銀時の後を追う。
どこか嬉しそうな、弾んだ足音が、ぱたぱたと響いた。
「一体何ネ?」
歩き出した銀時を追いかけて、万屋の階段を駆け下りた神楽は、彼に尋ねた。
唐突な誘いは不自然だったし、気まぐれな銀時らしいといえばらしいが、どこかわざとらしかった。
「んー、何って訳でもねーけど……お前なんかあっただろ? 最近元気ねーしな」
不信そうに自分を見上げる神楽に、猫背気味の背をさらに丸めて唸った銀時は、彼女の頭に手を乗せて、どこか心配そうにそう言った。
「年頃の女には色々あるネ。気にしなくてヨロシ」
「あー、そうか。はいはい」
神楽の答えに、銀時はうんざりしたように頷いて、彼女の手を引いた。
自然な動作でそのまま歩き出した彼の横顔を、神楽は少し切ない思いで見上げる。
眠たげな目はいつもの銀時のものだが、どこか自分を気遣っている雰囲気が漂っていて、神楽はそれに喜んでいいのか悲しめばいいのか、見当がつかなかった。
「桜みるぞ、桜」
「仕方ないネ。酢昆布三箱で付き合ってやってもいいヨ」
「分かった分かった。コンビニ寄ればいいんだろー?」
ぶつくさと言いながら、それでも自分の手を放そうとしない銀時は、しかし何の意識もしていないのだろう。
目の前の鈍感で無神経な男は、神楽の気持ちなど何一つ分かってはいない。
触れた手のひらの感触に、胸が押し潰されそうに痛む神楽は、せめてもの慰めに銀時の足を思い切り踏みつける。
(私の気持ちも知らないで、ほんとに駄目な男ネ)
ぴょんぴょんと片足を抱えて飛び跳ねる銀時の姿に、いくらか溜飲を下げた神楽は、鼻歌混じりにコンビニを目指した。
白い月がぽっかりと浮かんでいる。
月明かりに淡く光る桜の花びらは、さらさらと散って雨のように地面に降り注いでいた。
桜並木にたどり着いた二人は足を止めて、夜桜のどこか背筋の寒くなるような美しさに魅入る。
少し肌寒い風に、微かに身を震わせた神楽を見て、銀時はめんどくさそうに頭を掻いた。しばし逡巡した後着流しを脱いだ彼は、神楽の華奢な身体を自分の着物ですっぽりと包み込む。
「キモいネ、銀ちゃん」
「あー? キモくねーよ、そこはアレだろ? 優しいのね、とか言って俺にうっとりするとこだろ?」
容赦なくばっさりと切り捨てた神楽は、しかしどこか嬉しそうに、銀時の着流しを身に纏った。
その言葉にぶつぶつと愚痴りながらも、銀時もまた、和らいだ表情で神楽の桜色の頭を叩く。
「痛いネ。女の子にそんなことするからモテないよ」
「てめーが女の子って柄かこのヤロー、そういうことはもちっとあちこち出っ張ってから言え」
銀時の言葉に傷ついたように顔を伏せた神楽は、大事そうに着物の裾を絡げて微かに残る甘い香りにうっとりと頬を染めた。
そんな様子には全く気付くことなく、銀時は持参したらしい菓子をぼりぼりと噛み砕いている。
「ちっともロマンチックにならないヨ」
「ロマンチック路線目指すなら既にキャストで失敗してるっつーの、アホか」
憎たらしく悪態をついた神楽を呆れたように見やり、銀時は小さくため息をついた。
どうにも鈍い男に、神楽は頭が煮え立つような思いで、懐から取り出した酢昆布をしゃぶる。
「おま、酸っぱい匂いがつくだろーが! 着物で手え拭くな!」
「元からしょっぱい男の着物よ、今更酸っぱくなっても大した違いはないネ」
銀時を鼻で笑いながら、神楽は憎らしげな笑みを浮かべた。
可愛らしい顔立ちに、邪悪な微笑みを形作ると、神楽はにやついたまま着物を離さずに酢昆布を食べつづる。
「ちょ、ああっ! マジで勘弁! 明日デートなんです! 許してええ!」
「知ったことじゃないネ、ありのままの自分見てもらうヨロシ。このマダオが!」
神楽の手から着物を剥ぎ取ろうと銀時が泣きながら訴えるが、その手を逆さに曲げて神楽はふん、と鼻を鳴らした。
こんな男の体温と匂いに、単純に喜んだ自分がまるで馬鹿みたいじゃないか。
大いに傷つきながら、神楽は銀時をスリーパーホールドで気絶させると、桜の舞い散る並木道をあてどなく歩き出した。
「……なにしてんだ、チャイナ」
「今一番会いたくない男に会ってるヨ。……とりあえず、死ぬヨロシ」
銀時を放り出して桜並木をふらついていた神楽は、唐突に声を掛けられた。
もっとも顔を見たくない男の声に、不機嫌そうに振り返った神楽は、傘を構えて男の前に突きつける。
「やれるもんなら。……って言いてぇとこだが、夜桜ん中で喧嘩は野暮だぜィ」
「はっ。でも、まあいいヨ。そんな気分でもないアル」
男――沖田の言葉を鼻で笑った神楽は、しかし傘を収めて手を振る。
しっしっ、とまるで犬を追い払うように、沖田を渋面で見やりながら神楽は言った。
「さっさと行くヨロシ」
「ツレないねぇ。しかしお前さん、なんだって旦那の着流しなんざ着てんだ?」
殺気を膨らませる神楽を、飄々と受け流しながら、沖田はにやにやと笑う。
その言葉に、先ほどの胸の疼きを思い出した神楽は一瞬、顔を切なく歪めた。
無意識に銀時の着物を、破けそうなほどに握り締める。
「お前には関係ないネ」
「なんでぇ、とうとう旦那に手ぇ出されたか? モテねぇ男が小娘手篭めにするたぁ、真選組の出番だねィ」
「消えろ、カスが」
笑いながら言われた言葉に、かっと頭に血が上った神楽は、傘を構えて沖田を威嚇する。
必死な様子に唇をひん曲げて、沖田は両手を上げた。
「へいへい、冗談だよ、冗談」
「笑えない冗談ほど罪なものはないネ。見逃してやるからとっとと失せるといいヨ」
苛立ちを隠そうともせずに、神楽はゆらゆらと傘を動かして沖田を挑発した。
しかしそれも、むしゃくしゃした気分を戦闘で誤魔化そうとしている自分の浅ましさに気付いた所為で、尻すぼみになる。
「……何があったんだィ?」
「ほっとくヨロシ。一つの恋が終わっただけヨ。大した事じゃないネ」
常とは違う神楽の覇気のなさに、沖田は訝しげな顔をして問いかけた。
それに、冗談めかして応えてから、神楽は自分の言葉に思いのほか傷ついていた。
(終わったどころか始まってもいないのに、失恋だけは確定なんて酷すぎるアル。銀ちゃんの馬鹿)
心の中で銀時を罵りながら、未だ立ち去ろうとしない沖田を半眼で見つめる。
神楽の様子を伺うようにして突っ立っていた沖田は、やがて頭を掻きながらため息を一つ零した。
「……旦那も馬鹿だね。こんなイイ女ほっとくなんて、馬鹿すぎて呆れらァ」
「お前、いい加減どっか行くといいアル」
沖田の言葉に、自分の恋心をからかわれたように感じた神楽は、噛み付くようにそう言った。
取り付く島もない彼女に、顔を歪めながらも沖田は神楽に近寄っていく。
「まあ、そう言いなさんな。……なあ、チャイナ」
「なんで今日に限ってしつこいネ、お前」
距離を縮める沖田から、若干身を引きながらも神楽は唇を尖らせる。
いつもならとっくに手が出ている間だが、今の二人にはそんな気配はない。
「そら、チャンスだからに決まってんだろ。失恋直後の女は落とし易いって相場が決まってらァ」
「それ、最低ヨ。……ていうか、お前、私のこと好きだったか?」
「どうだろうな、そこんとこが俺にもよく分からん」
驚いたように目を瞠る神楽の、首の後ろに手を回しながら沖田は彼女の耳元で囁いた。
さらさらと零れる、寝起きに出かけた所為で真っ直ぐに下ろされている髪を、似合わない優しい手つきで撫でる。
「だけどなァ、なんかお前のことが頭ん中離れねえんだ。これァ、恋じゃねえか? なあチャイナ、失恋の後には新しい恋っつーじゃねえか。俺にしとけよ」
熱っぽく囁く沖田は、どこか酔ったように頬を赤くして目を潤ませていた。
いつもの加虐的な雰囲気はなりをひそめ、なんだか普通の見目の良い少年になっている沖田に、神楽は拭いきれない違和感を覚える。
「いやアル」
「もーちょい悩もうぜィ。一世一代の告白に即答はちっと酷えだろ」
眉を寄せて吐き捨てるように放たれた答えに、沖田は切なそうに顔を伏せた。
神楽は、その様子に若干の罪悪感を抱いたが、それでもやはり嫌なものは嫌だ。
「…………お断りするアル」
「間だけあけりゃいいってもんでもねえよ」
大嫌いな男が、弱々しく首をふる様子は、いつもなら気分よく見ていられたかもしれないが、今日この時に限っては彼女の気分を損ねるものにしかならなかった。
ふと、神楽は桜の花の香りに酔ったように、目の前がくらり、と傾くのを感じた。
ずるずると座り込んだ彼女の周りには、濃密な花の香りが漂っている。
おかしい。桜の花の匂いは、ここまでキツくはなかったはずだ。
「よーやっと効いたか。パチモンだったのかと思ったぜィ」
「どういう、こと、か説明する、ヨロシ、このクソガキ」
息も絶え絶えに蹲る神楽の横に座り込み、沖田は手にした袋をひらひらと彼女の目の前で振った。
にやにやと笑みを浮かべる男は、先ほどまでの殊勝な言葉はどこへやら、心底愉快そうに邪悪な微笑みを浮かべている。
「これこれ。どっかの馬鹿が、各天人用に開発した違法の薬バラ撒いててなァ。捜査ん時に手に入れたのをパチっといたんでィ」
「お前、ほんとに、い、ますぐ死ぬ、いいアル」
「かなりきつそうだなァ、チャイナよ」
楽しそうに袋を弾いて沖田は笑った。
夜回りの途中の寄り道で、神楽の姿を見つけた時に、ポケットに入れたままにしていた薬の存在を思い出した沖田は、彼女に声を掛ける前から袋を開封して風に含ませていた。
特定の天人以外にはあまり効果がなく、しかしその特定の天人には少量でも凄まじい効果を発揮するこの薬は、花の香りをしている。
その香りを、桜のものだと疑うことなく存分に嗅ぎ、吸い込んでいたらしい神楽はぐったりしながらも、鋭い目つきで沖田を睨んだ。
「とっとと、失せろ」
「そうはいかねえなァ。……好きな女を好きに出来るって状況を放り出す阿呆はそうそういねえだろィ」
「死、ね」
途切れ途切れに沖田を罵る神楽には、彼女が口を開くたびに、何かに殴られたように傷ついた顔をする沖田に気付く余裕は無い。
唇を噛んでしばらく何かに耐えるように俯いていた沖田は、ついに神楽の身体を担いで移動を始めた。
「いま、すぐ下ろす、ヨロシ」
「無理言うなや。こっちだってそろそろ我慢の限界なんでさァ」
「お、まえの、都合なんざ、知った、こっちゃない、ネ」
華奢な身体を軽々と担ぎ上げた沖田は、弱々しく手足をバタつかせる神楽の抵抗をものともせず、口笛を吹きながら人気のない暗がりへと足を進めた。
「なァ、声だせよ、チャイナ」
「んんっ、っの、変態っ!」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、神楽の白い足を舐めあげた沖田は、唇をかみ締めて声をかみ殺す彼女の小さな胸を掴んで囁いた。
その言葉に、神楽は嫌悪で顔を引き攣らせながら彼を罵る。
「強情だねィ。ま、そんなとこも好きだぜィ?」
「ふっ、んんっ、あっ、……くぅっ!」
神楽らしい返答に笑いながら沖田は彼女の薄い胸に顔を埋め、色づいて震える乳首を舌で転がし、噛み付く。
小さく喘ぐ少女の反応に気を良くして、だんだんと激しく愛撫を続けると、神楽の身体はくたりと力が抜けていった。
天人用の媚薬によって抵抗もままならない神楽を物陰に連れ込んだ沖田は、地面に隊服を広げてその上に神楽を優しく横たえた。
その手つきに、神楽は身体を硬くしながら、銀時の着物を固く握り締めていたが、その着物も沖田に取り上げられてしまった。
縋るもののなくなった心細さにかすかに震えた神楽に触れるだけの口付けを落とし、沖田はゆっくりと彼女の服を脱がせていった。
執拗な胸への愛撫の後、薬の熱と与えられた刺激に朦朧としている神楽を抱き寄せて、沖田は彼女の秘所へと手を伸ばす。
熱く湿ったその場所は、初めて受け入れる沖田の指を誘うようにひくついていた。
「濡れてるぜィ?」
「はあっ、んっ、あぅっ……だ、まれ」
「おっかねえなァ。どうせならもうちょい色っぽいこと言ってくれィ」
くちくちといやらしい水音を立てて、沖田は指を小刻みに動かしながら神楽の耳元に笑みを含んだ声で囁く。
涙の堪った瞳に、敵意をいっぱいに光らせた神楽はその言葉に射殺しそうな視線を一つ寄越した。
「ほんとにおっかねェ」
「んんんっ、あっ、はぁっ、いっ!」
くつくつと喉を鳴らして、沖田は片手で神楽の淡く色づいた乳首を摘み、もう片方の手で秘所へとゆったりした挿入を繰り返す。
まともな言葉が紡げなくなった神楽は、初めて体験する熱に浮かされて焦点の合わない瞳で喘いだ。
「なあ、神楽。挿れるぞ?」
「ああっ、んはっ、ひゃっ……んふぅ」
初めて神楽、と彼女の名前を呼んだ沖田は、既に正気を失っているらしい彼女の耳元に囁く。
「ごめんな」
小さく呟かれた謝罪の言葉とともに秘所を責めていた指を引き抜き、既に勃ちあがっている自身の下半身を、隊服のズボンの前を緩めて解放した。
それを己の手で包み込み、二三度扱きあげた後、沖田はまだ息の整わない神楽に圧し掛かった。
「やあぁ―――っ! 痛っ! いたぃぃぃ――!」
「痛かったら俺の背中に?まってな。爪立ててもいいからさァ」
想像以上に狭い場所に、自身を押し込んだ沖田は泣き喚く神楽の手を自分の肩に回させ、自分も泣きそうな顔で囁いた。
きつくきつく締め上げられる感覚酔いながらも、神楽の泣き顔にふと気が萎えそうになる。
(……ここまでやっといて、今さらだねィ。しっかし、自分にも好きな女の泣き顔は見たくねえ、なんてまともな感覚があるとは思わなかったぜィ)
自分が組み敷いている少女のことを意外と真剣に思っていることに気付いて、沖田は苦笑する。
最初は、気に喰わない女だと思っていた。
それがいつのまにか良い喧嘩相手になり、更にはこんな欲望を抱くまでになってしまった。
イヤイヤをするように首をふる少女の、夜目にも鮮やかな髪に口付けると、なんだか胸が苦しくなる。
「いいっ、たっ、も、やっ、やぁっ……やめ、てぇっ!」
「だーいじょーぶ、ちゃんと気持ちよくしてやらァ」
宥めるように頭を撫でて、ゆっくりと腰をうちつけながら少女の官能を高める為に胸へと唇を落とす。
泣き声が、微かに湿った喘ぎに変わり始めるのを待って、沖田はだんだんと腰の動きを早めた。
「最低ヨ、この変態! おまわりさーん! この人強姦魔ですー!」
「落ち着けや、最後はお前が強請ってきたんだろーがィ。ついでに、俺ァ警官だ」
一通り、神楽の身体を拭き、色々な液体で汚れた隊服のジャケットを指で摘んでいると、気を失っていた神楽が目覚めた。
起きて早々に元気に喚く少女に、アイアンクローを決めながら沖田はうんざりとため息をつく。
「ほんっとに最低ヨ、死ね!」
「へいへい」
沖田の手から抜け出した神楽は、顔を歪めて叫ぶと、彼の言葉に微かに頬を染めながら力いっぱいビンタをかました。
それを避けもせずに素直に喰らった沖田は、赤くなった頬をさすりながらボヤく。
「二度とそのツラみせんな、クソガキ」
「そらァ、無理だな。ふらついてんぞ? 送って行ってやろーか?」
ざっと沖田から距離を取り、捨て台詞のようにそう吐き捨てて背を向けて歩き出す。
覚束ない足取りを見かねて声を掛けると、神楽は振り返りもせずに無言で中指を立てて去っていった。
その華奢な背中を、じっと見つめながら、沖田は少女が残した背中の爪跡の痛みに眉を顰めつつ、ため息とともに呟いた。
「ままならねえなァ、恋ってやつァ」
あんな銀髪のちゃらんぽらんより、自分の方が余程幸せにしてやれる筈なのに。
しかし神楽が本当に幸せなのは、自分を惹き付けた、あの幸せそうな笑顔を見せるのは、銀髪の万屋にだけなのだ。
口惜しい。あの旦那はいつもそうだ、と沖田は罪もない銀時に瞬間的に殺意すら抱く。
(俺の大事な人の心を、すぐ持っていっちまう。土方の野郎に、よく似てる)
気に喰わない二人の、気に喰わない共通点に気付き、沖田は苛々と爪を噛んだ。
ふわりと降り注ぐ桜の雨を手で打ち払い、ぼんやりと歩き出すと、先ほどまで漂っていた濃密な花の香りがわずかに鼻先をかすめる。
その香りを胸いっぱいに吸い込みながら、沖田はぽつりと呟いた。
「好きですぜィ、……神楽」