真っ暗な視界の中で、鉄子は己の心音だけを聞いていた。
心の臓は小刻みに怯えた音色を刻んでいた。
己の体が熱いのか冷たいのか、数秒が過ぎただけなのか、もう何時間も経っているのか、その感覚すらも曖昧になるほど、彼女は竦みあがっていた。
瞼の上から巻かれた白布は、彼女の頭の後ろできつく結ばれている。
目隠しをして、暗い鍛冶場に一人座している。
その姿はあまりにも頼りなく儚かった。
普段男のようななりをしている彼女だが、華奢な首筋や細い頤は若い娘のものでしかなかった。
職人として生きる彼女は他の娘たちより幾分かは引き締まった体をしていたが、今震えている肩の薄さを見ても、男のそれとは比べるべくもない。
怯える娘は小さくその身を震わせていた。薄く開かれた唇からは浅い呼吸が繰り返される。
いつも耳鳴りがするほど激しい騒音を響かせていた鍛冶場は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
す、と背後で気配がして、彼女の肩に何者かの手が触れた。
ビクリッ、と彼女はその身を弾ませたが、逃げようとも叫ぼうともせず、静かにその場に座り続けた。
何者かはゆっくりとした動作で彼女の体を解すように撫で回し始めた。
按摩がするように、張った筋肉の筋を労わる様に触れる。
それだけの動作であるのに、鉄子の呼吸はみるみる内に乱れ、恐怖が抑えられないというように、布で半分を覆われたその顔を歪ませた。
彼女に触れる手は骨ばっていて、静脈が浮き出ていた。厚く、大きく、力強い、男の手。
男は彼女の細い首筋に背後から熱い掌を這わすと、ゆっくりとその手を彼女の胸の袷に滑り込ませていった。
かさついた指先がしっとりと柔らかい胸乳の肉を這い、その先端の突起に触れた。
耐えるように唇を引き結び、鉄子は必死に息を噛み殺そうとしている。
反対に背後の男の呼吸は熱を持ち、鉄子の柔らかな乳房を揉みしだく動きに合わせて、息を弾ませ始めた。
湿った熱い息をうなじに感じて、目隠の布の下で鉄子の眉が歪められる。
男は呼吸を荒げ、鉄子の香りまで貪る様に鼻先を彼女の耳の裏に押し当てた。
すぐ近くに聞こえる息遣いに、鉄子はほとんど泣きそうになっていた。
が、それでも彼女は逃げようとしなかった。見えない鎖に縛られているように、その場から動かなかった。
男は興奮したように歯の間から赤い舌を覗かせて、鉄子の耳の付け根を舐めあげた。
「ひっ」と小さく息を飲む鉄子。
その声を合図にしたように、男の動きは徐々に荒々しくなり、鉄子の体を包む着物を乱暴にひん剥いた。
何も身に付けていない裸の乳房が剥き出しになる。
若く張りがあり、重さをもって男の掌に馴染む二つの膨らみ。
桜色に染まる乳頭が先端で震えている。
下から捏ね回すように持ち上げると、鉄子は僅かに身をよじらせた。
しかし、やはりそれだけで逃げも叫びもせず、鉄子は男の仕打ちをただ受け止め続けた。
白い裸身を晒し、視界を奪われた姿で暗い工場(こうば)に座す娘の姿は常軌を逸していたが、それだけに異様な美しさも漂わせてもいた。
男は鉄子の肌を味わうように、何度も執拗に愛撫を繰り返した。
その度に鉄子の震える唇はすすり泣きのような声を漏らした。
カチカチと歯の根を震わせる彼女は、心底この先に起こることを怖れている様だった。
この状況を決して望んでいないことはありありと窺えたが、それでも抵抗らしい抵抗を見せない。
彼女はただ、耐えていた。
男は鉄子の太もものあわいに片手を差し入れて、その肉の柔らかさを愛でた。
唇は彼女の首筋を強く吸い、肌に鬱血の痕を刻むことに夢中になっている。
いよいよ耐えられなくなった鉄子は逃れようと立ち上がりかけた。
が、男は力を込めて押さえつけ、それを封じる。
「ん…ぁッ」
鼻に抜けるようなため息が鉄子の唇から漏れた。
男の指が彼女の秘唇に触れ、こすりあげたからだ。
鉄子は制止ようと男の手を両手で押さえた。が、男が彼女の淫核をこすりあげる動きは止まらなかった。
「あッあッあんッんッんんッ」
びくんびくんッと鉄子の体が跳ねた。唇から淫靡な声があふれる。
男はすっかり自制が効かなくなったように、激しく鉄子を責め立てた。
背後から抱きとめられた姿勢のまま、陰部を乱暴に弄(まさぐ)られて、鉄子は激しく喘いだ。
くちゅくちゅと淫らな水音が男の指の動きに合わせて鍛冶場に響く。
娘が官能の波に飲まれかけて口の端から唾液を滴らせるころ、男の肉の芯は硬く屹立していた。
泉の入り口に太い指を根元まで埋めて、何度も抜き差しを繰り返すうちに、彼女の呼吸はすっかり快楽を教授するそれに変わっていた。
男は彼女の肌を愛しむように何度も口付けた。
目隠しをされた姿で喘ぐ裸の娘は、男を異常な興奮へと駆り立てた。
すでにぬるぬると透明な蜜を滴らせた泉に、己の屹立した肉の芯をこすり付けると、頭の奥で火花が散るような快感が彼を襲った。
たまらず娘の熱く潤った泉の奥に己の肉の芯を滑り込ませる。
もう、何度味わったか知れない。極上の快楽。
若い娘の体は瑞々しくしなやかで、きつく男に絡みつき、彼を悦ばせた。
何度行為を繰り返してみても、娘は一向に行為に慣れた素振りは見せず、決まって始めは体を硬くしていた。
が、一旦行為が始まってしまえば驚くほど彼に従順だった。
どこがどのように感じ、どれだけの時間をかけてどのくらいの強さで責めればよいのか、娘を快楽で絡めとる手段を男は知り尽くしていた。
己の身よりも深く、他の何者よりも深く、男は娘を知っていた。
若く形の良い尻を押し開き、二人が結合している箇所がよく見えるように、娘にもっと腰を上げるように促す。
四つん這いにさせた姿勢で、後ろから激しく犯すと、獣のようにあられもない声が可愛らしい唇から漏れた。
愛おしい。憎らしい。目の前の娘が。―――気が狂うほど。
男はもう既に狂っているのかもしれなかった。
娘の愛液で覆われた自らの男根が、娘の泉の中に出し入れされる様を、男は恍惚とした気持ちで眺めていた。
畜生のように踏みにじり、陵辱の苦痛を味あわせてやりたいとも、この上もない快楽に酔わせて、あらん限りの愛情で包んでやりたいとも思えた。
殺してやりたいほど疎ましく、この身を投げ打ってでも守りたいほどに大切だった。
己が持たぬものを持っている娘、力弱く不器用で、真直ぐ健気な娘。
男は激しくその身を娘に打ちつけながら、思わずその名を呼んでいた。
娘に触れてからの間、一言も発していなかった男が、初めて口にした言葉だった。
「 ――鉄子…ッ 」
名を呼ばれた娘はその身を震わせたのち、耐え難い苦痛を堪えるように歯を食いしばった。
激しく男に揺さぶられ、言葉にならない喘ぎをあげながら、娘は目隠しされた布の下に涙を滲ませた。
「 うッ!ぁウゥッ!ッア! も…ッ……ャ…ッだ! イヤだぁあっっ!! 兄者ァアッッ!! 」
最初消え入りそうだった泣き声は、最後には搾り出すような叫びに変わっていた。
娘の叫びを聞いて、娘を突き上げていた男の腰の動きが止まった。
「兄者なんだろう!? こんなこと…もう…止めよう……!! 」
鉄子が仕事の終わった夜の鍛冶場で、精神修養のため座禅を始めたのは、父を亡くして程なくした頃だった。
兄の鉄矢と二人で引き継いだ刀鍛冶の仕事だったが、父を超える為と、とり憑かれたように仕事にのめり込む鉄矢は、少しずつ常軌を逸し始めていた。
鉄子を置いて怪しい連中とつるみだしたり、からくりの勉強に出掛けて行ったりと、家を空けることも少なくなくなった。
ただひたすらに強い剣を生み出すことにのみ終始し、人らしい生活や心情から兄が外れていく様は、鉄子を苦しめた。
誰にも相談できず、悩んだ鉄子は鍛冶場で己を見つめなおすことにした。
暗い仕事場で目隠しをし、耳を閉ざし、座禅を組んで己に向き合った。
父が言う、己の魂を鍛え上げ、美しく清廉な人間となれという言葉を思い出し、兄と自分が求めるものの違いについて考えた。
そうしていなければ、不安と孤独に押し流されそうで恐ろしかった。
ある晩、座禅を組んでいると、背後から人が入ってくる気配がした。
兄が帰ってきたのかと思い、目隠しを外そうとすると、相手にその手を止められた。
そして「そのまま」と背中に指で書かれた。
「兄者…?」
呼びかけても、相手は言葉を発しなかった。
不気味さを感じながら、そのままでいると、相手は鉄子の肩をそっと揉み解してくれた。
そして、しばらくすると、足早に鍛冶場を出て行ってしまった。
その日は、それだけだった。
不器用な兄が自分のことも気にかけてくれているのだと思い、ひどく嬉しかったのを鉄子は覚えている。
次の晩も、その次の晩も、鉄子が座禅を組んでいると、鉄子の肩を解してくれる人物は現れた。
翌朝兄と話してみても、兄は素知らぬ風だった。また、その翌朝家に居ないことも多かった。
鉄子は兄が照れ隠しでそんな風に振舞っているのかと思うようになった。
だから座禅中もその翌朝も、勤めて相手に話しかけず、仕事中もいつも通りに接するようにした。
ただ以前よりも不安は薄れ、鉄子は座禅をするのを楽しみにするようになっていった。
―――ところが。
その晩は月のない夜だった。
いつも通り肩を解してくれる人物は現れた。
しかし、その日は一向にその人物は去ろうとはしなかった。
不思議に思い、話しかけた。
「いつも、ありがとう。今度は私が揉んであげるから――」
そういって、目隠しを取ろうとすると、急に両手を掴まれた。
相手は黙って、ただ静かに呼吸をしていた。
いや、その息が徐々に上擦っていくのが感じられた。
興奮したように熱を放ち、鉄子の手を握る両手に力が込められた。
異常な空気を察して後ずさろうとすると、強引に抱き寄せられた。
叫ぼうとすると、唇を塞がれた。
ぬるりとした熱い舌を捻り入れられた。
激しい情念をぶつけような、深い口付けだった。
頭が真っ白になった。
兄だと思っていた人物は、別人だったのだろうか、と戦慄した。
しかし、もっと恐ろしい考えが浮かび、鉄子を固まらせた。
いま貪るように唇を押し付けているこの人物が、兄の鉄矢だったら――?
冷水を浴びせられたようにぞっとした。
と、弾かれたように相手が唇を離した。
鉄子の歯が相手の舌に噛み付いたのだ。
互いの口の中に鉄の味が広がった。
相手から逃れようと必死に後方に走り出す。
が、己の目隠しを外すより前に、無理やり引き倒された。
冷たい土間に押さえ込まれ、熱い男の体重が重く圧し掛かってきた。
鉄子は恐ろしさで唇をわななかせながら、ようやく擦(かす)れた涙声で言った。
「ぃやだ……やめてくれ………」
しゃくり上げる様に、喉を震わせて鉄子は懇願した。
しかし相手は何も言わず、彼女の純潔を踏みにじった。
痛みと恐怖で溢れた涙が目隠しの布を濡らし、破瓜の血が彼女の脚を伝い、鍛冶場を汚した。
翌朝目覚めると、鉄子はきちんと寝巻きを着て布団の中にいた。
鍛冶場が荒らされた形跡は無く、兄はいつも通りの兄だった。
変わらない、日常の形。けれど、鉄子には全てが歪んで見えていた。
表面を幾ら取り繕われても、この身につけられた痛みは気のせいとは思えなかった。
それでも鉄子は兄を問いただすことができなかった。
恐ろしかった。何よりも鉄子自身が兄にされた仕打ちを認めたくなかった。
それから幾日かが過ぎ、再び鉄子は夜の鍛冶場に向かっていた。
目隠しをして、座禅を組む。
犯人を確かめる為だった。
しかし、いざ本当に男が来て鉄子の肩に触れると、彼女は急に犯人を突き止める勇気を失ってしまった。
男はまた、彼女の肩をそっとマッサージしてくれた。
彼女の疲れを解す男の手は、変わらず深い愛情を持って触れてくるのだった。
兄だと思った。兄でしかなかった。
無骨な職人の手だった。暖かい兄の手だった。
しかし、しばらくすると、彼女の体をいたわるその手は、彼女の体を弄ぶそれに変わった。
泣き出したくなったが、我慢した。
狂気の沙汰に狂った笑いが起こりかけたが、それも飲み込んだ。
男は縋り付くように鉄子を抱いた。
一言も言葉を発しなかったが、鉄子無しでは生きられないと語るように、男は彼女に触れた。
いま此処で兄だと暴いてしまえば、永遠に兄を失ってしまうという恐れが鉄子を襲った。
逃げられなかった。
兄の名を呼ぶことすら、叶わなかった。
ただ、耐えた。
鉄子自身にとっても、兄を失って生きることは耐え難い苦しみだった。
奇妙な生活はそこから始まった。
昼は兄と刀鍛冶の仕事に集中し、夜はその工場(こうば)で姿の見えぬ「相手」と交わった。
恐ろしくて逃げたくなるのに、呪われたように鉄子の足は夜の鍛冶場に向かった。
止めたらますます兄は離れていってしまうという思いが、彼女を更なる恐怖で縛り付けていた。
だが、兄の声で名を呼ばれたその日――鉄子は堰を切ったように泣き声をあげた。
「兄者!! お願いだから…止めてくれ……!! もう…もう、こんなのは嫌だ!! 」
体の奥に兄を感じていた。獣のように土間に肘と膝をついた姿勢で犯されていた。
兄の鉄矢も膝をつく姿勢で、後ろから性器を挿入させていた。
泣き叫ぶ妹の背中を、彼はそっと舐め上げた。
びくっと撓(しな)る妹の背を片腕で抱きとめて、鉄矢は腰の動きを再開させた。
より激しく、より深く。鉄子の尻に打ち付けられた鉄矢の腰がパンッパンッ!!と乾いた音を響かせた。
途端に鉄子は喘ぐことしかできなくなってしまう。
一つに熔けた二人の性器はぬちゃぬちゃと音を立て、鉄子の心情とは裏腹に鉄矢をきつく締め付けた。
鉄子が感じている様を満足そうに眺めると、鉄矢は彼女の膨らんだ淫核を指の腹でくりゅくりゅとこね回した。
大きく腰を浮かせた鉄子がわななく。
上体を起こしたその体を抱きとめて、なおも鉄矢は腰を振った。
ぶちゅっぶちゅっちゅぽっぶぽっと二人が繋がった箇所から一定のリズムで音が漏れる。
「……鉄子……いけ……」
耳にいつもとは違う湿った兄の声が絡みついた。
それだけで、簡単に鉄子の体はびくびくと痙攣をとめられなくなる。
「あッぁッあッアッ!! ダメだ…ッ あにじゃ……ッ!!」
甲高く叫んだ妹に応えるように、鉄矢は鉄子の乳房を強く握り締め、素早く腰を動かした。
脳髄を真っ白に解き放つような快感が全身に流れて、鉄矢は鉄子の膣内に欲望をぶちまけた。
びゅくびゅくと注ぎながら、それでも鉄矢の腰は止まらない。
「 ――ッッふあああッッッあアんッ やだッ あにじゃっ ヤ…!!! 」
だらしなく舌を覗かせて、鉄子は頬を染め、何度も達した。
その顎を無理やり捉えて、鉄矢は妹の唇を強く吸った。
上と下で深く繋がったまま、兄妹はガクガクと腰を震わせ、同時に果てた。
翌朝、鉄子はやはり自分の布団の中で目覚めた。
体は清められ、寝巻きを着せられていた。
鍛冶場はきちんと整えられていた。
兄の姿は無かった。
振り出しに戻ったように、いつもの朝だった。
しかしその日以降、鉄子が夜の鍛冶場に向かうことは無くなった。
夜、目隠しをしたまま兄と交わる行為は、結局自分自身が兄に甘えているだけに過ぎないと思うようになったからだ。
互いに依存しあっても、救われる訳がなかった。
兄は、変わらずいつものように振舞っていたが、「強い刀」――妖刀紅桜に傾倒していく度合いは深まっていった。
鉄子は兄を護りたいと強く願った。
それは仮初の平穏を装うことでも、人目を忍んでまぐあうことでもないはずだった。
それは、兄とは違う形で答えを出すことだと感じた。
刀匠として。父の弟子として。
強い刀を追い求めるあまり、迷宮に落ちてしまった兄。その兄を救う剣。それを生み出すこと。
「―――護る剣がつくりたい」
子供の頃の願いを、再び強く胸に刻んで、鉄子は鎚を振り下ろした。
人を護る剣をつくりたくて。
兄を、この手で護りたくて。
<完>