別に何かその女に対する特別な感情があったというわけでもない。  
ただ締め上げた首から漏れた掠れ気味の呼吸音に、ふと思い付くように欲情した、それだけだった。  
「武市先生、」  
 女の首を絞めたまま(頸動脈は絞めていないし手加減もしている、おそらく呼吸の音からしてこれで死ぬことも気絶することもないだろう)その場にいた第三の人物に、似蔵は呼び掛けた。  
彼の表情から武市は何かを察したのだろう、能面のような目元はそのままに策士が口角を吊り上げたのが判る。  
「…………兎も角、勝手な真似は程々にしてください。では、私は用がありますのでこれで」  
彼の中では年増に分類される銃使いの貞操に、やはり策士は何の興味もないらしい。  
目が見えぬ故に他人の声音から嘘を見抜くことで生き延びてきた似蔵でなくとも呆れるほどに白々しい台詞を吐き、あっさりと武市はその場を離れる。  
君子危うきに近寄らず、とは良く言ったものだ。  
「ねェ、来島さん」  
「……ッ、が、は、ぁっ!!」  
どさりと床に落下した銃使いの女は、こちらの呼び掛けに答えず咳き込むばかりだ。  
腕の拘束は解かぬまま、似蔵はまた子から銃を奪い取る。  
「げほ…………――っは、何を、するッス、か!!」  
いかに自分が刀と半ば融合していようと、この至近距離から急所を撃ち抜かれては元も子もない。  
この女なら、あの高杉晋助が認めた銃使いである「紅い弾丸」ならば、どんな状況であってもその手に銃があれば正確にそれをやってのけるだろう。  
だから、似蔵は二丁の銃を部屋の隅に転がしてからまた子の耳元で囁く。  
「撃ちたきゃ撃って構いませんよ、来島さん」  
あの人の計画が頓挫しても構わないなら、ね。  
 五センチ先で女が息を呑む気配を感じ、似蔵は喉の奥で嘲った。  
妖刀「紅桜」と融合し、異形と化したその腕が、ずるりずるりとまた子の皮膚をの上を這う。  
「何、ちょいと俺と、楽しいことをしましょうや」  
 ねェ、また子さん。  
舌を這わせた頬に伝う汗から、絶望の味がした。  
 
手始めに似蔵は、また子の視界を手拭いで塞いだ。  
「……知ってますか、また子さん。目が見えないとね、人間は他の感覚が、それはもう驚くほど鋭くなるんですよ」  
俺のようにね。  
抵抗しても無駄だと悟ったのか、下手に騒いで周囲の人間に自分の痴態を見られたくないのか。  
女は沈黙して似蔵の行為を受け入れた。  
ただ、その全身から発散する殺気だけが似蔵の身体をびりびりと痺れさせている。  
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。  
 四肢を鉄製の触手に絡め取られ、後ろ手で縛られて犬の様に四つん這いにされながら、女は無言でそう叫んでいた。  
それが似蔵には堪らない愉悦をもたらすことに気付かぬまま。  
普段からこの銃使いは無意味に露出度の高い服装を好んでおり、それは今日も例外ではなくまた子は臍を剥き出しにした着物に身を包んでいる。  
今回に限り、彼女にとってはこれが仇となった。  
「…………っ、ッ」  
似蔵は臍からゆるゆるとまた子の身体の線をなぞり、着物の下からするりとその手を胸に滑り込ませる。  
そのまま女の上半身をくまなく愛撫しながら、似蔵は考える。  
ただ犯すだけではつまらない。  
この銃使いを徹底的に感じさせよがらせ悶えさせただの女に堕としてやるのだ。  
少なくともこの人斬り、岡田似蔵にとっては女を抱くことなど難しいことではない。  
殺し合う時のように触れてやり、斬り殺す時のように抱いてやれば、大抵の女は似蔵の両眼のことなど忘れて悶え狂う。  
人を斬る時には間合いの外から相手の呼吸を読まなければならないが、床の中では直に相手に触れられる。  
「ぅ、ふ……ッ」  
どうやら耳が弱いらしい。似蔵はここぞとばかりにまた子の左耳に舌を差し入れる。  
「……ぁ、ぅ、く」  
 耳とうなじを味わいながら、また子の上着をずり下ろす。まだ残っている片腕で胸をまさぐり、背中一面に舌を使い、そこかしこに散りばめられたあらゆる傷痕をなぞる。  
「んぅっ!」  
張りのある胸の突起を転がしながら爪をたてると、悲鳴に似た声が漏れる。  
(ああ、やっぱりだ)似蔵は内心ほくそ笑み、肩胛骨の辺りにやや強く歯を立てた。先程、愛撫しながらそこに噛み傷を見つけたのだ。  
「ぅ、んうっ」予想通りに銃使いの声の調子が変化する。  
(あの人と毎晩寝てるだけのことはあるねェ)また子が高杉の夜伽役であることは、鬼兵隊の内部では公然の秘密だった。  
素性もろくに知れぬ有象無象の中にいても彼女が誰からも手を出されない理由の一つがそれだ。  
無論彼女自身の類希なる実力もあるが、高杉の機嫌を損ねれば命が危ういのだ。  
 
「痛いのがイイんですか?」  
「違っ……ぁ、あぁぁっ!?」  
また子の虚勢の殻はあっさりと破られた。  
 切り落とされた似蔵の片腕から生えた紅桜の触手が、彼女の下着を破いてあっさりと体内に侵入したためだった。  
「や、ぁ、何ッスか!?は、何をッ」  
 指でもなく舌でもなく似蔵自身でもない、未体験の感触にまた子が悲鳴を上げる。  
「言ったでしょ?こいつは――紅桜は、俺の体を自分のモンだと思ってるらしくてね」  
匂いで判ってはいたが、また子の身体は十分過ぎるほどに反応していた。紅桜が似蔵の意思に応えて動く度に、湿った音がお互いの鼓膜を刺激する。  
「こいつも、アンタが気に入ったらしいですよ」  
「ぁ、ん、ふざけ…るなッ……!抜け、抜くッスっ…や、やだぁ……!」  
指ほどの太さの触手の本数は一本から二本、二本から三本に増えて容赦なくまた子の内部を掻き回す。  
感じる場所に時々当たりながら無秩序に蠢くおぞましい感触に、彼女は身を震わせた。  
「ぁ、嫌、ん、あぁっ!!」  
腰の砕けた彼女を仰向けにして胸の膨らみを触手で弄びながら、似蔵はまた子の太股をれろりと舐めあげた。  
しなやかな両脚の間から漂う欲情した雌の匂いと、触手が動く淫猥な音。  
堪らない。  
「綺麗ですよ、また子さん」  
見えなくたって、俺にはちゃんと分かります。  
「ふざけ……やぁぁっ!!」  
一番敏感な芽に吸い付いて黙らせる。  
 そのまま舌と歯で弄べば、紅い弾丸は驚くほどあっけなく身体を跳ねさせた。「気持ちいいですか?また子さん」  
くつくつと人斬りは嘲う。  
 
触手は今や後ろの蕾もだらしなく開いて涎を垂らす紅を引いたその口も、余すところなく犯している。  
一方、触手を似蔵はその舌と残った手を使い、触手には不可能な繊細な愛撫でまた子の身体中を責め続けている。  
「もが、あッ!は、ふ、ぐ、ぅぅんッ!!ぁ、や、やあぁ!!」  
 
人外のモノに全身を拘束されて愛撫され、銃使いは呼吸もままならぬようだった。  
「ふ…ぅ、あ、あっ!ぐ、が、はぁッ!あ、や、んぅ」  
その息遣いが十数度目の絶頂を迎える寸前のそれになるのを見計らい、似蔵は全ての触手を引き抜き愛撫を止めた。  
視界を塞いでいた手拭いも解いてやる。  
「は、あ、はっ……っ、ふ、ぅ、……何、で、」  
「あれ?嫌だったんでしょうに」  
「ッ!!!」  
目の前にある銃使いの顔が凍りつくのが解る。  
「なんちゃって、ね」  
「ぅ、んあああっ!」  
そのまま人斬りは自身を銃使いの中に埋め込んだ。  
充分過ぎる程に潤ったそこは女の生殖本能にどこまでも忠実で、抵抗もなくぬらりと男を迎え入れる。  
「いい具合に濡れてるじゃないですか」  
すごく好いですよ、また子さん。  
「ん、ふ、ぅ、ぐ、ぅぅ、ん!」  
すっかり昂った似蔵は一片の容赦もなく腰を動かす。  
勿論、紅桜の触手で後ろの蕾を犯すのも忘れない。また子の内部の肉越しに、似蔵自身もその金属の感触を感じていた。  
「あ、が、や……は、あはァッ!」  
 最奥と入り口の間を往復し、感じるであろう場所を重点的に突いてやる。  
 その間にも触手は女の身体中を這い回り、形の良い胸の飾りも、敏感な花の芽も、後ろの蕾の内部も余す処無く犯し続ける。  
 それでも彼女は、来島また子は、おそらく唇を噛んでいるのだろう、必死で声を押し殺そうとしていた。  
 
「う、っ……あ、が、あぁ、ぐ、ふ、ぅッ」  
「ねェ、また子さん」  
「は、が、あ、ぐ…あ、は、ッ」  
「あんたも所詮、女なんですよ」  
「?ッ…あ、ひ、ぁ、いッ、ぎ、あァ!」  
「アンタも俺も、あの人の道具に過ぎないんですよ、結局は」  
だから仲良くしましょうや、また子さん。  
腰も触手も止めないまま、似蔵は女に深い深い接吻をした。  
半開きの唇をこじ開け舌を絡め口内を滅茶苦茶に蹂躙し唾液を流し込む。  
組み敷いた女の身体が激しく痙攣するのが解った――その直後だった。  
 
ぶつん。  
 
似蔵の口内に慣れ親しんだ鉄錆の味が広がる。  
どうやら舌を噛み切られたらしい。  
「――――……あは、あはは」  
女は、笑っていた。  
「それが、どうしたッスか」  
見えずとも解る。  
身体中を異物に犯されたまま、似蔵を挿入されたまま、それでも来島また子はこちらを真っ直ぐに見据えている。  
「私は――私は、晋介様の道具で玩具で所有物ッス。今更何を言ってるんスか?」  
体勢は圧倒的にこちらが有利だというのに。犯しているのはこちら側だというのに。  
似蔵は確かに目の前の女に、「紅い弾丸」に戦慄を覚えていた。  
「アンタにどれだけ犯されようが、私は少しも汚れない。未来永劫、私は晋介様だけのものッスよ。――それは、絶対に、変わらない」  
紅い弾丸はそう言って、高らかに笑った。  
 頭の中が熱くなる。  
 似蔵は無意識のうちに、その白い首に残った片手を掛けていた。  
 
 
 
 どうして、こうなってしまったのだろう。  
その後似蔵は気絶するまでまた子を犯し、身支度を整えてやると彼女の部屋まで送り届けた。  
結局最後の最後まで、また子はまた子として、「紅い弾丸」として抵抗を続けた。  
どれ程犯しても精液を注ぎ込んでも、逆にこちらが虚しくなるばかりだった。  
そして、あの人も。  
 
自分と桂を同志などと呼ぶな、と言って本物の殺気を込めて斬り付けてきた、彼が従う男。  
高杉は去り際に一言吐き捨てた。  
 
「アレは俺の物だ――……次に触ったら、」  
 
殺す。  
 
本気の声音だった。  
 
 
あの銃使いは確かに高杉の道具で玩具で所有物だ。  
では自分は。この人斬りは、高杉にとって何なのだろうか。  
暗闇の中でやっと見つけた光にとって、自分は所有物ですらないのだろうか。  
 
ねェ、高杉さん。  
貴方が望むなら、俺は何だって斬りますよ。  
白夜叉も天人もえいりあんも幕僚も真撰組も将軍も斬りましょう。  
戦艦だろうと星海坊主だろうと、この星だって斬ってみせます。  
だから、俺を認めてはくれませんか。  
 
 こんなことならいっそ、誰かこの身に火を点けて燃やし尽くしてくれればいい。  
 この江戸ごと、この地球ごと、何もかも総て自分ごと、この中途半端な自分ごと消し炭になってしまえばいい。  
 
 
盲目の人斬りの声を聞く者は誰もいない。  
 一筋の光もない暗闇の中で人斬りに与えられたのは、ただ黒々とした孤独だけだった。  
 
 
了  
 

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