あたたかな背中を通して身体に伝わってくる振動に太助は気づいた。
それはどこか、懐かしさを感じさせる感覚であった。
―――ガキの頃、父ちゃんによくおぶさってたっけ…
「気がついた?太助」
と、聞こえた声は懐かしい父のそれではなく。
「おまっ、公子じゃん!公子じゃん!!」
「公子で悪かったなチクショォォォ!」
「俺の父ちゃん返せェェェ!!!」
「何ソレ!私はオニババか?!オニババなのか?!」
「んなこと言ってねーよこの妄想ハム!伊藤ハム子会社!」
「誰が伊藤ハム子会社だァァ!!つーかハムじゃねーっつーの!!」
思い出した。
今までの麻薬漬けの日々。追われる生活。騙した恋人。
「………悪かったよ」
「何が」
「なんか…その…色々」
「色々で済ますわけ?あんな死にそうになったりしてたのに、色々で済ませられると思ってんの?」
声の調子がいつもよりも冷たい。
つられて、太助の声の調子も落ち込んでしまう。
騙したことを、逃げたことを、謝罪の言葉で済まされるとは毛頭思っていない。
けれど、他に出来る言葉はみつからない。
「…ごめん」
「…やめてよ、こっちのテンションまで低くなっちゃうでしょ。アンタらしくもない」
「………」
「あのさ」
重苦しい沈黙を破ったのは公子のほうであった。
「正直、怖かった、怖かったんだよ、私」
「…公子…」
顔が見えない分、余計に重い空気を太助は感じた。
「天人に捕まったときさ、アンタ私置いて逃げたでしょ。私、アンタが助けてくれるって信じてた。でも助けてくれたのは、アンタじゃなかった」
「……………」
「私は、アンタに助けて欲しかった。」
勝算があれば、例えば自分が転生郷の隠し場所を覚えていれば、
きっと自分は公子を助けに戻ったかもしれない。
しかし、全て終わってしまった今では自分自身への言い訳にすぎない。
なんて自分は卑怯で、意地汚いんだろう。
その卑劣さの塊を、今公子は背負っているのだ。
「…なんでアンタが泣いてんのよ。泣きたいのはこっちよ。」
「泣いてねー。目から鼻水が出てんだ」
「出るかァァァ!!」
「出てんだよ!!」
「…アンタがそんなもの出すから、私まで目から鼻水出てきちゃったじゃん」
「マネすんじゃねーよ」
「マネじゃねーよ」
ず、ずずっ。
二人分の鼻水の音を、夕陽が吸っていく。
「…今度さ」
「何」
「お前んち行って、お前の父ちゃんに挨拶しに行こうと思ってんだけど」
その言葉のせいで、太助は公子の背中から激しい音をたててずり落ちた。
「イッタァァァ!!今絶対俺椎間板ヘルニアになったって!マジで!!」
「…今、なんて言った?」
「いやさ、今すぐってワケにはいかないけど、いつかきっと、俺がお前の彼氏ですって、胸張って言いに行くから」
「………」
「うわ今俺超かっこいくね?」
「世界一かっこ悪いよ」
「お前そんな言い方しなくたって…」
「顔グシャグシャにして、いろんな汁垂れ流して、かっこ悪い」
「マジでか」
「アンタなんか、最高にかっこ悪くてかっこいい、私の彼氏だよ」