兎は鳴かないと思っていた。  
不様な月のクレーターを彼らのダンスだと夢馳せたくせに寂しいと死ぬとは、昔の人もよく言ったものだ。  
手の届かない場所にある丸い物体にどんな情緒を酔わせたのか、考えたところで納得のいく答えなど見つかりそうにないと、  
夜更ける河川敷に寝転び沖田はそれを眺めていた。  
無論、物心ついた頃には既に空にはロケットが飛び交い、街には異形の者が溢れ返っていたのだから、  
それが無かった世界というのはいくら想像したところでリアルではない。  
昔の話を聞いてもそこに流れていた水の温度は判らないし、風の匂いも知れない。  
だから、考えることは無駄なのだ。  
もたもたと考えている間に斬られてしまう位なら、先に斬ってしまえばいい。  
考えるのはそれからでいい。  
幼い頃からそう生きてきた。  
 
夜風にまどろむのを感じながら沖田は目を閉じた。  
それから数秒してがつり、と頭に固いものが当たり、それが気に食わない奴の足だと気付くのはそうかからなかった。  
 
「ガキがこんなとこでオネンネしてんじゃねーヨ」  
 
聞き覚えのある甲高い声でそう言うとそのままぐりぐりと足を踏み付けられる。  
見上げた先には見覚えのある赤い服。  
パンツでも覗いてやろうかと思ったが止めておいた。  
 
「ガキにガキと言われる覚えはねェぜィ」  
 
沖田はその足を掴んで離し、立ち上がりながらそう返した。  
ピンク色の髪の毛に生意気そうな翡翠の目をした万事屋のチャイナ娘は、沖田より頭一つ小さい。  
歳も恐らく四、五は違うだろう。  
勿論、実力主義の真撰組隊員である自分は背格好や歳に関係なく、力がある者こそが必要とされるのだと判っている。  
この娘が、認めたくはないが沖田と張る実力を持っていることも、加えて性別も弱いはずの女だと言うことも。  
だが、それが余計に以前から気に入らない存在たる所以だった。  
 
「おい何か言えヨ、また勝負するアルか」  
 
少し高い位置で顔を見下ろされたまま黙っている沖田に痺れを利かしたのか、神楽の不機嫌な声が河川敷の風に紛れる。  
ざわり、と草と草が擦れる音が辺りを包んだ。  
と同時に、甘い香りが沖田の鼻孔を辿って喉の奥に着く。  
それは間違いなく自分にはない女の匂いで、今一度この娘が自分とは違うことを認識させた。  
しかしもっと単純な経路で胸騒ぎがしたのは、果たして気のせいだろうか。  
 
聞けばこの娘は人ではないらしい。夜兎と言ったか、別の種族の者だ。  
まさかあれから降りてきたのではないかと思案する。  
昔の人が夢馳せた、月の中で踊る兎。鳴かない兎。  
ああ、そうだ。思えばさっきまで、らしくもなくそんな事を考えていた。  
 
沖田の心の中で一つの興味が沸いたのはそれから程なくした時だった。  
迷う間もなく掴んだ肩を、か細い肩を、力一杯に地面に押し付けていた。  
 
「うっ…!」  
 
どんっと鈍い音が背中を走り、神楽はうめき声を漏らす。  
急に反転した視界に混乱しているのか、地面にぶつけた背中の痛みに眉をひそめた神楽は訳が判らないと睨み据える。  
月の逆光でのしかかる男の顔は見えない。  
それでもさっきまでと様子がまるで違う事は分かった。  
 
「何するネ!いてーじゃねぇかコノ……っ!」  
 
言葉が続かなかったのは、唇に、何かが触れて遮られたからだ。  
繋げなかった罵倒の数々が粉々に散り、その口の感触に神楽の身体は一瞬にして動きを止める。  
ぎり、と音がしそうなくらいに握られた肩が痛い。  
分からない。今、何が起きているのか。分かりたくもない。  
心臓がどくどくと危険信号を発しているのに、足が震えて蹴り飛ばすことさえ、出来ない。  
 
沖田はそのまま神楽の両手を一瞬にして帯で縛り上げ、身体ごと組み伏せた。  
 
「ん、んーーーっ!!」  
 
くぐもった叫びが両方の口の中で虚しく響く。  
酸っぱい。さっきの甘い匂いが嘘のように、口の中は酢の味で満たされていた。  
それがどういう訳か、沖田を益々夢中にさせた。  
 
ずっと知りたかった。  
兎は本当に鳴かないのか。  
考えるのは昔から好きじゃなかった。  
もたもたと考えている間に喰われてしまう位なら、先に喰ってしまえばいい。  
考えるのはそれからでいい。  
そうだ、本当のことが知りたいのなら。  
そこに紛れ込んだ兎が一匹、いるのなら。  
先に喰ってしまえばいい。  
喰ってしまってから、考えればいい。  
 
「ふぁ…はぁ…なに、す……」  
 
漸く唇を離すと、呼吸を乱したまま神楽は顔を逸らして唾を吐いた。  
たらりと端から垂れた液は、自分の物でもありそうじゃない物でもある。  
その事実に抵抗したいのか、目は赤く潤みつつも睨むことをやめない。  
 
「ナニされるかぐらい分かるだろィ」  
「ふざけんじゃねーヨ!テメーなんて銀ちゃんにッ…」  
 
叫ぶ神楽の前髪を沖田の右手が掴む。  
その眼が、神楽の身体をとてつもなく尖った刀のように貫いた。  
 
「まァ、せいぜい愉しみましょーや」  
 
沖田は心底愉しそうに、真っ黒な笑みを深くした。  
 
 
 
「うぅ…っ、く、はぁっ…」  
 
静かに流れる川の温度にも緩やかに過ぎる風の匂いにもそぐわない、湿った少女の声が夜の河川敷で鳴っていた。  
手を縛り身体を押さえ付けてもなお力の限り抵抗を続ける神楽から、沖田は徐々に力を削いでいった。  
目に優しくない真っ赤なチャイナ服をたくし上げ、太陽に一度も触れたことのないような真っ白な肌に手を這わせる。  
つるつると吸い付くような滑らかなそれは弾力があり、その幼さを否応なく示した。  
いっちょ前に着けていた下着をずらすと、予想通り覆う必要などない未発達な胸が曝される。  
 
「…ゃ、ぁ、やめ…っ」  
 
そのピンク色の頂を唇に含むと、これまでとは違い高く甘い声を漏らした。  
それに気分を良くした沖田は一層強く吸い付き、舌でころころと転がす。  
小さい。何もかもが小さい。  
だけど柔らかいそれをもう片方の手でやわやわと揉みしだく。  
 
「あっ…ぁ…ぃや…っ」  
 
段々と大きくなる感嘆を聞きながら、僅かに存在する乳輪をなぞり指の腹で弾く。  
 
最初の段階では痛みを与えない方がいい。  
いち早く快楽に酔わせた方が後々差し支えがない。  
抵抗を削いでしまえば、こっちのものなのだ。  
 
沖田はそのまま手を下に移動させ、身をよじり逃れようとする神楽の腰を押さえ付けたまま色気の皆無な綿の下着をずらした。  
その瞬間今にも泣き出しそうに眉を寄せ震えたが、口からはまだなけ無しの威勢を発する。  
 
「いい加減にしねー…と、…ふ、ぁ…ただじゃ…すま…」  
「どの口が言ってんだィ。感じてるくせによォ」  
 
言いながら秘部に指を滑らせた。やはりちっとも濡れていない。  
構うものかと無理矢理差し入れた人差し指が、生温い中でぎゅうぎゅうに締め付けられた。  
 
「いッ…くぁっ!」  
 
神楽の顔が苦痛に歪められる。  
 
その状況から判断出来る答えは一つだ。  
処女、か。  
歳を考えれば普通だが、この少女に関しては普通を当て嵌めていいものか悩むところだ。  
だいたい状況が普通ではない。  
一つ屋根の下に住む胡散臭い男や、その横にいる地味な眼鏡にやられていたかとも思っていた。  
妙な縁のある妙な連中だが、どうやらそこまで腐ってはいなかったらしい。  
良かったな、と奥で笑った。  
良かったな、まともな奴等で。  
勿論それも、今から自分の愉しみを高ぶらせる要因の一つに過ぎないのだが。  
 
沖田は指を引き抜くと細い太腿を両手で拡げ、その何も知らない部分に顔を寄せた。  
そして舌に唾液を乗せ、そのままそこへ触れる。  
堪らなく熱い、柔らかい感触がした。  
 
「はぁっ…ぅ、あぁ…汚な…」  
「へェ、気ィ遣ってくれんだなァ」  
「かはっ…ちがっ…!」  
「綺麗にしてやってんだから大人しくしな」  
 
うねるように舌の動きに、神楽の嬌声も高くなる。  
下を見れば忌ま忌ましい奴が自分も見た事のない部分を、触れるどころか悪戯されている。  
その悔しさと反して疼く身体の温度が神楽を益々混乱させた。  
頭と心がばらばらだ。  
感じたこともない奇妙な感覚が知らない神経を揺らす。  
この手が動けば、今すぐにでもこの頭を掴んで殴ってやれるのに。  
神楽の目からは涙が溢れていた。  
 
「うっ…ぎんちゃぁ…しん、ぱち……くっ…」  
 
さっき味わった酢の匂いとも違う甘美なる酸の匂いに、沖田は舌を這わし続けた。  
量は少ないが、少しずつ自分の唾液とは違う熱いとろりとしたものが奥から流れ出す。  
そろそろいいかと顔を上げると、神楽は涙を流しながら目をぎゅっと閉じていた。  
 
月に照らされて肌を赤く染め、白い兎が眼から口から羞恥を零す。  
その姿にぞくりとした。  
 
「…力抜いたが身の為ですぜィ」  
 
ズボンの下で張り詰めたものを取り出し、その小さな入口に宛がう。  
目を丸くし、いやいやと首を振る神楽に一度だけにやりと笑ってやると、そのまま貫いた。  
 
「ああーっ!いっ…ッ、いたぁ…ァ」  
「くっ…」  
 
狭い中は予想以上に締め付け、沖田も思わず息を漏らす。  
 
「くっ…うぅ…」  
 
とめどなく流れる涙と苦痛の声に、ほんの一瞬戸惑う。  
それは理性と欲の間を曖昧に漂う、沖田の嫌いな考える行為だ。  
繋がった部分は熱を持ったまま、生きた血潮がどくんどくんと脈を打っていた。  
 
この生き物を兎に例えたなら、さしずめ自分は腹を空かせた狼か、悦を貪るハンターだ。  
だから、今からはただ快楽だけを求めてはいけない。  
夢中になってはいけない。  
そう言い聞かせて、沖田は腰を動かした。  
 
「いやァ…あ…っ、痛ィ…ぎんちゃ…」  
「っ…呼んでも誰も来ねェよ」  
「あ…あ…っ」  
 
神楽は慕っている男達の名前を呟きながら一心に助けを求めていた。  
そのぐしゃぐしゃになった顔は背けたままだったが、ふと引き付けられるように目尻を舐めてみる。  
塩辛い。  
それは今日味わった少女のどの部分より切実に彼女自身を訴えていた。  
身体は喰われても心は喰われないと言っていた。  
 
「あぁッ…あ、あ…うっ…!」  
 
一層激しく突き上げて、沖田はその請う叫びさえ掻き消す。  
あまりにも狭いその壁はやがて滑りを伴い快楽を高まらせていった。  
 
「は、ぁッ…もう、出しやすぜィ」  
「…っ!…いや、いやいやいやァァァ…!」  
「くっ…」  
 
神楽が一際大きく叫んだ時、ひくりと痙攣した反動と一緒に吐き出した。  
これまでに感じたことのない程の快楽と虚無感が、その後漏らした溜め息と共に心を騒がせていた。  
 
 
 
血を見た少女は解かれた腕で沖田の頬を殴り、そのまま何も言わないで帰っていった。  
立つにも苦しそうで、太腿をどろりと伝う精液に嫌悪の表情を浮かべたままその重い身体を起こす。  
 
「…送ろうか」  
 
背を向けたその姿はあまりにも弱々しく、行為の前とは比べものにならない程小さかった。  
だからつい、そんな事を言っていた。  
 
「死ね」  
 
振り向きもしないで放たれた言葉は、まるで求めていたような拒絶だった。  
そのまま遠くなる後ろ姿を見つめながら、またそこに寝転ぶ。  
 
「くく、ふふふふ……っ」  
 
深い所から可笑しさが込み上げて、そのまま渇いた声で笑い続けた。  
 
鳴くには鳴いた。いや、自分が鳴かせた。  
知りたかったのはこんな事だったろうか。  
嫌いなはずの考える過程が、あの娘に関してだけは不必要に行っていると思い知る。  
気に入らない。体を繋げてみてもやはりあの娘だけは気に入らない。  
しかし一番気に入らないのはこういう自分かもしれないと、少しだけ頭を過ぎった。  
 
吐いた白い息の向こうでは、月が蔑むように見下ろしていた。  
 
 
 
おわり  
 

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