触れる事は無いだろうと思っていた細くしなやかな指が、節くれだち剣の握りすぎで歪に曲がった太い己の指と絡み合う日が来るだなんて。
爆発せんばかりの激情を抱えて早鐘を打つ鼓動とは裏腹に、眉一つ動かさず常の射抜くような鋭い瞳で土方はミツバの整った顔立ちを間近に捉える。
若干伏せられた目を縁取る長い睫は緊張からか微かに震え、言葉に躊躇を覚えているらしい桜色の唇は力無く開かれ、時折何らかの音を発しようとして噤まれる。
「……怖いのか?」
問い掛けに対して否定を示すよう緩く首を振られ、揺れた髪から淡く漂うは品の良い香の匂い。
怖いと思っているのは問い掛けた土方自身であった。
女は数えきれない程抱いてきた。自分の顔立ちをもって適当な口説き文句と共に誘えば引っ掛からない女など殆ど居なかったし、そういう行為に緊張を抱いた事も無かった。
しかし今、確かに土方は怯えている。
長年触れたいと願っていた筈の彼女に触れる事が怖くて堪らなかった。
この場に組み敷き、身に纏う上品な着物を剥ぎ取り、獣のように彼女の身体を求め、荒らし、汚す事が怖い。
そして、怖い筈なのにそれを何処かで強く望む自分自身が何よりも怖かった。
そんな土方の心情を知ってか知らずか、ミツバは繋いだ手とは反対の手を彼に伸ばし、健康的な色をした頬へゆるりと掌を這わせる。
相変わらず視線は下へ伏せられた侭であったが、意を決したのかそれまで喉奥で留まっていた言葉を漸く音に変えた。
「……私は大丈夫ですから」
だから。そこまでを口にして、ミツバは再び口を噤む。
代わりに伏せられていた目をゆっくりと上げ土方と向き合う形で視線を合わせた。
その瞳には緊張や不安、それ以上の強さや包み込むような優しさ全てが深い色を湛えて宿り、土方の恐怖心を幾分か拭い去った。
「ミツバ…」
ずっと呼びたかった名前、溢れんばかりの愛しさを不器用な声音に乗せて囁き、土方は静かにミツバの身体を押し倒す。
憎まれ口を叩き毎日のように自分へ嫌がらせをしてくる生意気な部下と同じ色をした髪が柔らかく畳の上へ広がり、ミツバの呼吸に合わせ微かに揺れた。
顔の横に手をついて身を屈め、僅かに角度を変えて柔らかそうな桜色の唇に接吻する。
触れ合う瞬間にミツバの身体が強張るのを感じるも構わずに、幾度も温かくて柔らかい唇を啄んでいく。
そういえば接吻もセックスも他の女と腐る程してきたな、と接吻の合間に土方は頭の隅で一人ごちる。
その中のどれよりも柔らかくて心地良い彼女の唇に無意識の内に酔いしれていたのか、呼吸が苦しくなったのを訴えて背中を叩くミツバの手で土方は漸く我にかえった。
普段は危うさを覚える程に白い頬を桃色に染め、整わない呼吸に眉を寄せたミツバが非難するように土方を見上げる。
そんな表情にすら土方の情欲は煽られ、気のない謝罪の言葉を口にして、空いた手は彼女の帯に伸ばされ幾らか乱暴な手つきで解かれた。
「……っ」
しゅるしゅると高い衣擦れの音を立てながら帯を引き抜き、留める物を無くした萌葱色の着物を合わせを掴んで割り開く。
その下で最後の砦のように彼女の身を隠す邪魔な襦袢を同じように割り開けば、とうとうミツバは生まれた侭の姿になった。
羞恥心が強いのかきつく目を閉じて逸らされた顔とは逆に、外気に触れた柔らかな乳房は緊張と肌寒さに薄紅色の乳頭をぷくりと膨らませ、触って欲しいと誤解されんばかりに存在を主張する。
誘われる侭に柔肉を掴み指の腹で乳頭を転がすと一瞬身体を大きく跳ね上げ、漏らされた悩ましげな吐息が土方の耳へ届いた。
「は…、…んんっ」
手で愛撫している乳房とは反対の方の乳頭を舌で舐め上げ赤子がするように吸い付いた瞬間、ミツバの口からは吐息とは違う甘い声が上がり、内股を擦り合わせながら僅かに身をくねらせる。
完全に立ち上がり堅く膨らんだそれに唾液を絡めて転がしながら、柔らかい乳房に埋め込むように押しつぶし時折思い出したように緩く爪を立て甘く噛む。
その度にミツバの口からは高く甘い声が上がり、繋いだ土方の手を強く握り締めた。
「あっ、あまり触れられるとっ」
慣れない快感に混乱しているのか上擦った声でミツバは訴える。
それを素直に聞き入れ散々愛撫を施した乳房を解放すると彼女が落ち着くのも待たずに下肢へと手を伸ばし薄い茂みを撫で下ろす。
他人から触れられた事の無い場所へと触れる土方の手に閉じていた目を見開き、止めようと伸ばしかけた手は、彼の乾いた指が既に湿り気を帯びた陰部をなぞった瞬間、びくりと跳ねて畳へ落ちた。
「…濡れてる」
「やっ、見ないで…!」
片足を肩に担がれ、自然と土方に濡れそぼった陰部を晒す形になり、ミツバは否定の声を上げながら片手で顔を覆う。
赤く淫靡にヒクつくそこに引かれるように土方は顔を寄せると愛液を溢れさせる膣を躊躇う事なく舐め上げた。
「んっ…やぁ…」
唾液とミツバの愛液を絡ませた舌で膣よりも上で小さく膨れたクリトリスを包む。
全体でねっとりと舐め上げ舌先を尖らせて擽るように転がし唇で食むようにして挟む。
わざと唾液を含ませ音を響かせながら小さなクリトリスを弄ぶと唇の下から顎に掛けてが滑った液体で濡れた。
「あぁ…はぁっ」
敏感な箇所へ執拗に与えられる快楽にミツバは全身を戦慄かせ顔を隠していた手は畳に爪を立てささくれを幾つも作る。
頬は完全に紅潮し、潤んだ眼には快感を強く滲ませ、羞恥を覚える頭と裏腹に開かれた足は土方の頭に絡み付き更なる快楽を求めようと彼の唇を陰部へ押し付けた。
「……っ!」
土方の唇がクリトリスから離れ、愛液を臀部まで伝わらせた膣内に舌をねじ込んだ途端、引きつった呼吸音と共にミツバの身体が大きく跳ねる。
軽く達したのかぎゅう、と舌が締め付けられる感覚と今まで以上に溢れ出した愛液を土方は音を立てて啜った。
頭上から途切れ途切れに聞こえてくるミツバの啜り泣きにも似た嬌声は少なからず土方の忘れ掛けていた罪悪感を呼び起こす。
本当なら別の男の元へ嫁ぐべき彼女を汚し、それが知られ破談となってしまったら、それが原因で彼女を傷付けてしまったら。
そして、それ以上に長年抱き続けた彼女への、一つの罪の意識が頭の中に蘇り、誤魔化すように首を振り、土方はミツバの陰部から口を離し、緩慢な動作で身を起こした。
「…っは…はぁっ…はぁ…」
乱れた呼吸を繰り返し、涙に濡れた瞳でミツバは土方を見上げる。
濡れた口元を袖で拭い、ミツバの足の間に身を割り込ませると、ベルトに手を掛けて金具を緩めていく。
金属同士がぶつかる小さな音を響かせてベルトを外した後、ズボンを下ろし下着から既に勃起した男根を取り出すと、ミツバの視界にもそれは入ったらしく耳まで赤くなって顔が逸らされた。
「なぁ、ミツバ」
先ほど頭をよぎった想いを口にしようと土方は彼女の名を呼び、彼女もまた何かを含んだような土方の声音に逸らしていた顔を恐る恐る彼へと向ける。
「俺ァお前を抱く前にも数知れねェ程の女を抱いてきてる。接吻だって何度もしてきた。今からお前の初めてを奪う男はそれ位汚い男だ。…お前に綺麗なモンは何一つ捧げてやれなかった」
だからこそ、彼女を抱くのが怖かった。
長い間抱いてきたミツバへの想いが、今まで何も感じずに抱いてきたその他の女と変わらないものと位置づけられてしまうような気がした。
そう彼女に思われるのが土方は何よりも嫌だった。
情けなく眉じりを下げ自嘲の笑みを浮かべる土方をミツバは静かに見上げた。
軽蔑され、罵倒され、拒絶されるだろうか、それとも彼女らしくただ悲しげに俯くだろうか?
否定的な考えばかり浮かぶ土方の予想を裏切ったのは、肌蹴た胸元へ寄せられた華奢な彼女の掌だった。
「……十四郎さん」
今日初めて、ミツバの口から土方の名前が紡がれる。
酷く懐かしさ感じさせるその音に、土方は目頭が熱くなった。
「私は貴方の一番綺麗で大事な物を頂けたと自惚れています、それは私自身、十四郎さんに捧げているんです」
分かりますか?と優しく笑んで問い掛けながら、ミツバの掌は何度も土方の胸を撫でる。
それが何かを理解できた瞬間、土方の瞳からは肯定を示すように涙が一滴、ミツバの頬へと零れ落ちた。
「自惚れではなかったのなら…私はそれだけで全て覆せる位は、幸せでした」
胸元から首まで上がった腕で顔を引き寄せられ、ミツバの唇が濡れた土方の眦を拭う。
幼子をあやすように、引き寄せた手で黒髪を撫で、本心だと伝えるように心からの笑みを土方へ贈る。
そこから中断していた行為の再開を促すよう、繋いだ侭の手を軽く握り締めた。
「十四郎さん、私を貴方に捧げます…」
頬への口付けと共に囁かれた言葉に背中を押され、土方はミツバの蜜口へ己の男根を押し付ける。
溢れる愛液を押し出し、少しでも痛みを与えないよう慎重に膣内へ押し込んでいくと、ミツバの身体が大きくしなった。
「く…っんぅ…」
身を裂くような痛みに固く閉じた目からは涙が幾筋も流れ畳を濡らす。
今度は土方が彼女の涙を拭ってやりながら、きつい膣内に苦戦しつつゆっくりと根元まで男根を埋めていった。
「はっ…ミツバ…全部入ったぜ」
熱を持ち涙に濡れた頬を撫でながら告げられ、ミツバはゆるゆると涙で滲む視界を開いていく。
己を見下ろす愛しい男が浮かべる切羽詰まったような表情は自分が理由なんだと思えば、それだけで痛みに歪んでいた彼女の表情は自然と満たされたものへ変わった。
「ふ…い、ま…十四郎さんと…繋がっているんですね…私…」
嬉しい、と涙声で呟いてから、縋るような瞳を向けて律動をせがむ。
それに応え土方の腰がゆっくりとピストンを始めると苦痛混じりだった声は自然と快感の色が濃くなり、土方を受け入れた膣内もただのギチギチとした締め付けから、濡れて絡み付くようなそれへと変わっていった。
「あっ、あ…んぁあっ!と、しろ…さんっ」
遠慮がちであった土方の腰つきが結合部から愛液が飛び散る程の激しくなり、ミツバは耐えきれずに片腕でしがみつき背中と握り締めた手の甲に爪を立てる。
柔らかくもきつく、奥まで誘い込むように絡み付く膣内から与えられる快感は強く、彼女を壊しかねない中でその痛みが土方の理性を繋ぎ止めた。
「くっ…ミツバ…ミツバっ」
譫言のように名前を呼ばれる都度、応える代わりにミツバの内部がヒクリと痙攣する。
計画もなく求めた身体は絶頂も早く、土方の男根が一瞬大きく震えた。
「ミツバ…もう…っ」
「んくっ…は、い…十四郎さんっ…私の中に…あぁぁあぁっ!!」
「ミツ…ぐっ…!」
土方よりも一瞬先に最奥を突き上げられたミツバが全身を痙攣させ甲高い悲鳴を上げて絶頂を迎える。
その際の絞り取るような締め付けに土方も耐えきれずに彼女の中で白濁とした精液を吐き出した。
「………っ!」
全身に起きた軽い衝撃に土方は肩を跳ね上げて微睡みから目覚める。
部屋へ差し込んだ赤い陽の光と目の前でサインを待つ書類の日付から今までの時間はうたた寝していた己の夢だと彼が理解するのに時間はそう掛からなかった。
「そうか…、…そうだよな」
もう彼女は居ない、
冷たくなった身体も、焼かれて骨だけとなった姿も、自分はちゃんと見届けたのに。
まだ彼女を求めて己は夢現にさまようというのだろうか。
渇いた笑い声を上げながら土方はふと己の手の甲へ目を向ける。
指の付け根近くに薄く残った爪痕、背中にも似たような傷が残っているのだろう。
「…っ」
その跡に重ねるよう、きつく、強く己の爪を皮膚に食い込ませていく。
この跡のように彼女が何時か自分の中から消えていきそうな錯覚は恐怖に近い焦りを土方に与え、
程なくしてそこから滲み出した鮮血の赤で彼は漸く我にかえった。
「…ミツバ」
ぽつりと零れる名前、
声に出し、音にした瞬間、土方の目からは止めどなく涙が溢れはらはらと落ちていく。
「ミツバ…ミツバ…ミツバ!」
もう彼女は涙を拭ってくれない。
笑って名前を呼んではくれない。
血の伝う手で掴んだのは、彼女に大切な物を持っていかれた己の胸。
抉られたような痛みにえづき、血を吐くように、ただただ還らぬ彼女の名を叫ぶ。
「ぐ…ぅ、…ミツバ…」
心を捧げ、魂の一部すらも捧げたであろう彼女に、最期まで言えなかった言葉。
「……愛してる…っ!」
言っても救われる事も報われる事もない、対象を失った愛情に、土方はただ独り彼女を求めるようさまよい泣いていた。