冬の夜は長い。
太陽もまだ眠る時間に、夜の太陽と称する仕事から帰った妙は玄関先で見知った男を見つけた。
暗い景色に倣って今晩はと話し掛けた妙の姿を捉えると、お疲れ、と返す。
それから玄関の鍵を開けて中に入ると、新八は万事屋で眠ってしまったと続けた。
そんな事、こんな時間に訪ねて来たという状況だけで察しが付くというのに。
さみーな、と溜息混じりに呟いた銀時からは、微かに酒の臭いがした。
居間についてすぐにストーブに火をつけると、銀時はその前にどかりと腰を下ろす。
その時じじ臭い掛け声をしたので、じじ臭いと言ってみた。
腕を引かれて倒れ込んだのは、そのすぐ後だった。
「ん、ふ…っ」
触れるか触れないか、熱を帯びた呼吸は一度だけで後は重なっていた。
準備とか前置きとか、そういうのは期待するだけ無駄だ。
目を閉じて時折漏れる音に耳を傾けながら、今日は危険日じゃないかと頭で考える。
まだ冷えたままの体は冷静さを失ってはいなかった。
銀時の手がそのまま背中に回され、ゆっくりと組み敷かれる。
布擦れの音が妙に生めかしく、羞恥から一瞬気の抜けた唇にすかさず舌が入り込んだ。
確かに酒臭い口の中は時間が経つ程に甘ったるい味がして、これはこの男が好いて止まない糖分だろうと思う。
この口付けだけは何時までも慣れなかった。
その甘さで油断させて、熱い舌は執拗に追い回す。
卑怯だし、何より普段の彼そのものなのだ。
見た目もだらし無く小汚く、いい歳してまともな職でまともな金さえ稼がない大人としても男としても最低最悪なくせに、
人としての信望は何故か持っている。
信頼と、強さと、人を引き付ける何かを持っている。
自分の大切な弟さえ、自分から離れてこの男の背についたのだ。
それがどうしてなのか、少しも判らないとは言わない。
助けられた事だってあるし、その背中には確かに昔尊敬した侍である父に似通う部分があると、妙も少なからず思っていた。
しかし父とは逆に、判ろうとすればする程遠くなるような気がした。容易ではない気がした。
恐らく妙が銀時を全て理解することは一生不可能なんだろう。
それが不満だった。
未完成で、まるで自分が子供のように幼く感じて、それは妙の高いプライドを深い部分で傷つけた。
「…いい?」
やっと離れた唇から糸が引いて、ぷつりと切れる前に発せられた問い。
呼吸を整えながらその目を少しだけ睨んだ後、どうぞ、とだけ返した。
この状況でいちいち聞いてくるなんて、この男にもまだ馬鹿なところがあると鼻で笑ってやりたかった。
でも、それよりも今は。
「…銀さん」
「あ?」
「今日は、私がしてあげますよ」
自分自身を笑ってやりたかった。
「貞操を守る」なんて笑わせる、と。
抱かれる事を許したのは、そういう銀時への羨望を持つ自分のプライドを確かめたかったから。
性欲処理の為に寄ってきた彼に抱かれてみれば、もしかしたら判るかもしれないと思ったから。
この男を理解し、自分は幼くないと思いたかった。
この関係にそれ以上も、それ以外もない。
だから決して、恋だとかいう、俗めいたものなんかではない。
心の中で呟きながら、妙はむくりと起き上がり銀時のスボンに手をかけた。
中から取り出したものはまだ完全には立ちきってないものの、指先で軽くなぞるとぴくりと反応した。
思わずにやりと口角が上がり、それが自分の中にサドっ気があることを解りやすく示していた。
銀時が何も言わないのでふと顔を見ると、彼もやはり挑戦的な目をして妙に顎で促した。
やってみろ、と。
こういうところは似ていると思う。
どちらも屈する事はなく、従う気も更々ない。
仕掛けも仕掛けられもしない。
絶対に結婚なんて出来ないなと、何となく頭を過ぎった。
少しだけ舌を出してそれに近付き、先端をぺろりと舐める。
先走り汁の苦い味に思わず眉をひそめたが、そのままちろちろと動かし続けた。
「んっ…ふ、ぅ…」
息を漏らしながら唇で浅くくわえ込み、舌でなぞる。
ちゅうと吸ってやると、中で段々と大きくなるのが分かった。
一旦唇を離して、わずかに距離を置いて眺めてみる。
男の人のものを見る事などそう無いので銀時のが標準に比べてどうかなど解らなかったが、ストーブの明かりだけが照らす
暗い部屋でも見えるそれは妙に恐怖感を与えるのに十分だった。
「何じろじろ見ちゃってんの」
「いえ、面白いと思って」
「ふーん」
先程と違い白く濁り始めた液を絡め取り、今度は裏筋に這わす。
と同時に余裕のあった銀時から初めて反射的な息が漏れ、それに気分を良くした妙はそこを執拗に舐め回した。
それから口全体でくわえ込み、頭を動かす。
自分が上手か下手かなど知らないし、知る必要もない。
ただいつの間にか銀時に頭を両手で掴まれ、上から喘ぐ声が聞こえるのは嫌ではなかった。
支配しているような、優越感が広がる。
「…ん、ふっ…はぁ…っ」
それに反応して妙の口からもくぐもった甘い声が漏れ、じわりと体の中心から熱いものが湧くのが感じ取れた。
どこも触れられてないのに勝手にこの先を期待して疼く体にしたのは、紛れも無くこの男だ。
悔しさに、益々動きを激しくする。
ふと思いついたように目線だけ銀時へ向けると、かちりと合った。
その顔は快楽に歪められており、耐え切れないとばかりに妙は微笑する。
すると張り詰めたそれがびくんと轟き、頭を強く掴まれたまま妙の口に一気に放たれた。
「くっ…はぁ…ぁ、ぉえっ、」
受け止め切れなかった精液が唇の端から漏れ、その苦さに吐き気がした。
間髪を入れず銀時は未だ咳をする妙の顔を持ち上げると、すぐに覆いかぶさった。
慣れた手つきで妙の着物を剥ぎ、自らも脱ぐ。
一度の射精では物足りないのか、それとも遠慮やプライドで出し切る事をしなかったのか、次は中を味わうつもりらしい。
息は荒く獣のようだと、その様子をまるで人事のように妙は見つめる。
ぼうっとする頭では深い事まで考えられず、体は託したまますぐ側のストーブに目を向けた。
燃え上がる炎の揺らめきは大層緩やかで、この体のほてりは全てが炎のせいではないと知る。
陽炎がゆらゆらと空気を不安定に作るその光景は、自分達に似ていると思った。
「おい」
不意に顎を掴まれ、視線を合わせられた。
下着も取られ生まれたままの姿になった妙を今度は銀時が上から眺める。
目は最初のような余裕を取り戻し、下から見る姿は餓えた獣そのものだった。
妙の薄い茂みの奥に指が触れ、花心を探る。
「あっ…」
無理矢理広げられた中心からまたとろりと流れ、耐えられず身をよじった。
へぇ、と満足そうな声がする。
「人のモンしゃぶって濡れてんのか」
「ちが…」
「んな顔して否定されてもな」
くち、と水音が響き、目を閉じる。
小刻みに叩く指は隅々まで知り尽くしていると言わんばかりに液を絡め取り、赤く染める。
ぷっくりと膨れ上がったクリトリスを摘まれ、感嘆の声が今までで一番大きく上がった。
放って置かれたままの小さい乳房を妙は自らの掌で弄り、その体を熱くしていく。
「はぁ…ぁ、ん…」
「こんだけ濡れてりゃいいだろ」
なぶり倒した指についた液を舐めると、最低な台詞をおくびもなく吐く。
そして膨脹しきったそれを入口にあてがわれると、無意識にまた液が零れた。
だがそれは期待とは裏腹にクリトリスを摩り、焦らすように浅く出し入れを繰り返すだけで堪らず妙は声を上げた。
「や、ぁ…はや、く…いれ…」
「おーおーやらしいこって。弟が見たら泣くな」
「…はぁっ…だれが…っん」
誰が、そんな風に。
反論したい言葉は山程あるのに、今はもうどうでも良かった。
本当は判らなかった。
体を重ねても、理解なんてこれっぽっちも出来なかった。
自分の幼さを否定する以前に、どうして性欲処理に身近な自分を抱くのかとか、本当は知りたい事は他にあった。
でも、今はそんな事はどうでもいいから、どうなってもいいから、早くこの熱い体の震えを止めて欲しい。
ゆらゆら揺れる陽炎のような快楽に、早く終着を。
「銀さんっ…」
名前を呼ぶのと同時に一気に貫かれると、つぅと目から涙が零れた。
「あぁっ…ふぅ…んあっ」
最奥の堪らない部分に当たり、それに呼応するように妙の口から嬌声が漏れる。
振動と一緒に互いの体液が混ざって、もう限界は近かった。
「あっ、あっ…あぁっ――」
目の前をちかちかと火花が散り、妙は果てた。
その締め付けに身を震わせた銀時もすぐに続いたようで、中にごぼりと熱いものを注がれる。
その反動でまた、びくりと身が縮んだ。
かちっと止めたストーブは時間をかけて火を弱くしながらやがて消えた。
しかし部屋全体はもう四隅が見えるくらいにぼんやりと明るく、太陽がもうすぐ朝を連れて来るのだと知る。
妙は一人、着物を被ったまま天井を見つめていた。
帰り際、銀時は妙の左手に何かを握らせて、そのままいつものだらし無い身のこなしをして出て行った。
段々とはっきりしてくる覚束ない思考を巡らせると、一つだけ何かが違うと気がつく。
いつもなら終わった後、何の慰めのつもりか軽い口付けをされていたのだ。
それはこの行為を全て肯定するような優しいもので、その時だけは勘違いしてもいいと言われているようだった。
それが今日は無かった。
握らされた左手の中を確かめるべくかさり、と開くと、安っぽい白い包み紙の飴玉があった。
―ああ、そうだ。
今日は口の中に出したから、嫌だったのだろう。
自分の精液にまみれた唇には触れたくなかったのだろう。
だからこれで、浄化しろという事なんだろう。
何度も通り過ぎた夜に、妙は初めて嫌悪感を抱いた。
後悔した。
自分は本当に馬鹿だと精一杯罵りたくなった。
普通の女ならここで泣くのも許される状況のはずだが、それでも妙は泣くわけにはいかなかった。
だってこれは、恋ではないのだから。
口に放り投げた苺味の甘ったるい飴玉は、普段銀時がよく口にしている物と同じ物のようだった。
それは不必要なほど甘いはずなのに、さっきの精液で苦々しい味がして思わず顔をしかめる。
結局、判ったのはこの味だけだ。
苦々しい、飴玉の味。
きりりと痛んだ胸の奥を誤魔化すようにがりっと噛み砕いて生まれた小さな破片を、妙はこくんと咽を鳴らして飲み干した。
おわり