愛して止まない妙を目の前にしているというのに近藤の眼は虚ろで、
浅黒い頬には暗い影を落としている。
「お妙さん……」
震える唇から零れ落ちた言葉は屯所の屋根を叩く雨音に消されて
妙の耳には届かない。
ふと湧き上がる激情に突き動かされて妙につめ寄った近藤の足袋が
まだ温もりを残す布団を踏みしめる。
足の裏に感じた温もりは一気に体を駆け上がって近藤の脳天を貫き、
途端、近藤の視界を白く塗り潰して目の前の、愛しい妙の姿を消し去った。
白く眩しい景色の中、雨音だけが近藤の耳に響いている。
目の前に居るはずの妙の姿を求める近藤の視界がやがて、薄っすらと
妙の姿を取り戻していったが――それは。
「なんで……ですか」
市中見回りを終えて屯所に戻った近藤が、酒を酌み交わそうと開いた襖の、
その向こう。
「なんで……」
足の裏に伝わる布団の温もりを追えば、そこには石の様に動かない土方が座っている。
乱れた着流しを慌てて取り繕った土方の顔はすっかり血の気を失っていて、
可哀相なくらいだった。
「なんでって、それは――」
いや、本当に可哀相なのはお前のほうだ、という、誰かの声を聞いた気がした。
けれどそれには気付かないふりをして、静かに語りかける妙の声を耳で追う。
いつの間にか閉じた目蓋の裏に、布団の上でからみ合う妙と土方を映し出していた。
「なぜ……」
妙に覆い被さる土方の背中に回された、白い腕。
「どうして……」
乱れてむき出しになった白い足を割る、浅黒い足――
同じ言葉を呟く近藤の足元で、土方が「すまねぇ」と繰り返している。
出口の無い迷路に迷い込んだような二人を目の前に、妙だけが、出口を知っていた。
「それは、ね」
乱れた胸元から零れた、小さいが形のいい膨らみが挑むように目の前に立つ、
近藤を見上げている。
からみ合う妙と土方の光景から逃れるように頭を振って近藤が目蓋を開くと、
妙がその膨らみを近藤の胸に押し付け、ゆっくりと言った。
「――埋め、だからよ」
土砂によって脆くも崩れた崖の下に埋もれているような錯覚を覚えた。
胸が押し潰されて呼吸も侭ならない気がして喘ぐように口を大きく開くと、
途端に妙の舌先が入り込んで近藤の唇を強く吸う。
近藤の口内で、妙が甲高い声を上げて笑った。