―――ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ。
あの花見の時。
俺の心は、絶世の美女に囚われてしまった。
全てを見据えたような瞳。
菩薩のような笑顔。
それでいて言う事はハーゲンダッツかよ。
安い女だな、オイ。
「…じかたさん、土方さん!」
ヒュ。
ふいに、右頬に熱い感覚が走ると同時に、生温かいものが流れてきた。
恐る恐る視線を流せば、銀色に光る刃。
「ッ、総悟っ! 普通に呼ぶことを知らないのかぁっ!」
「チッ……ほんのお茶目でさぁ、土方さん」
とぼけた顔をしているが、俺は最初の舌打ちを聞き逃さなかった。
隙あらば俺を殺そうとしてるんじゃないか、コイツは。
乱れた制服の襟を正し、総悟に向き直る。
「何度呼んでも気付かないんさぁ、女のことでも考えてたんでさぁ?」
クックッ、と喉を鳴らしながらいやらしい目で俺を眺めてきた。
「馬鹿なことを言うな。パトロール中だ、戻るぞ」
「『お妙さん』、って言いましたっけ」
思わず、踏みしめていた足が動きを止める。
「んなっ…」
あまりの衝撃に、続く言葉が見つからない。その様子を総吾は相変わらずニヤけた顔をして見ていた。
何故、彼女の名前が?
思考をめぐらせていると、答えにたどり着く前に総悟の口が開いた。
「花見の時のこと、忘れたんですかィ?」
―――アンタ、お妙さんとジャンケン大会した時、負けたら一枚って脱がせてたんですよ。
何だって、と叫びそうになるのを喉元で抑える。
「そ、総悟、本当か?」
「覚えてないんですかィ? あんなことやこんなことやそんなことまでしてたのに」
鼻でせせら笑いながら、胸元から何枚もの紙を取り出し、俺に見せてくる。
目の前に飛び込んできた光景は
「○×△□ーーーーーー!!!!!?」
あの女の●●●や、●×◎〒な格好をした写真。
いや、一枚脱いで襦袢になっているだけなんだが。
だが、これは確たる証拠になる。
声にならない声で喘いでいると、総悟は
「確かに土方さん酔ってましたからねェ。実はその後−−−」
あれから、パトロールを終えて帰ってくるなり、机に突っ伏した。
−−−思い出した、全て。
事細かに教えてくれた総悟のお陰(?)でもあるのだが。
あの時は酔っ払っていて、自分の制御が出来ていなかったのだ。
ハァ、と沈んだ溜息が零れた。
「オイオイ、天下の真撰組が花見でご乱交って…」
しかも、真撰組唯一の常識人の自分が。
自分では、あの銀髪野郎と戦闘していたような気がしていたのだが。
色々と思いを馳せていると、廊下からバタバタと騒がしい足音がした。
バタバタ−−−ガラッ。
「副隊長! 大変ですっ!」
ミントン片手に、部下の山崎が部屋に入り込んでくる。
肩が上下しているのは、あまりにも慌てて走ってきたからだろう。
呼吸すらままならぬ状態で、先の言葉を続けようとする。
「どうした、敵襲か」
「それに近いですっ!」
「じゃあ何だ」
「とととと、とりあえず来てくださいっ!」
語尾を急いで切り、山崎は急いで玄関へと戻ろうとした、が
立ち上がった俺は奴の首根っこに手を伸ばした。
力を込め、引き寄せると息が止まってしまったか、山崎の
喉元から「ぐぇ」と小さな悲鳴が聞こえた。
「理由を話せ。さもなくば斬る」
「ぐぐ、あ、あの、あの方がいらっじゃっで…ぐぇ」
そんなやりとりをしていると、廊下から足袋の擦れる音が聞こえた。
上品な歩き方をする奴は、真撰組には居ない。
誰だ、と敷居から首を出して覗くと。
「お久しぶりね。お返事がないから勝手に上がらせて貰ったわ」
足音の主は、萌黄色に艶やかな花々をあしらった着物を纏った、
黒髪の女性−−−花見の時以来に顔を見る、万事屋の−−−
「お妙…って言ったか?」
「覚えていてくれたのね、嬉しいわ」
ふふ、と小さく笑い、お妙は俺の前に大きな風呂敷包みを差し出した。
手際よく結び目を解き、中のお重を開ける。
「今日は手料理を作ってきたから、どうぞ召し上がって」
満面の笑みを向ける。
視線を落とすと、黒い重箱の中にぽつん、と置かれた物体。
−−−黄色い。
−−−なんだこれは。
−−−爆弾か何かが埋まってるとか?
−−−そういえば、万事屋どもがこれを無理矢理食ってるのを見た気が。
−−−近藤隊長もタッパに詰めてたな。食った後倒れてたが。
−−−ってことは何か、俺に復讐しに来たのか?
−−−食い物で殺そうたぁ、いい度胸だこのアマ。
「山崎」
「ハッ」
「毒見しろ」
「えっ」
そう告げると、山崎は凍りついた人間のように動かなくなった。
いや、メデューサを見た人間、と言ったほうが正しいだろう。
俺も背後に只ならぬ妖気を感じ、慌てて振り返ると、
そこには笑顔のまま立ち尽くす、お妙の姿。
だが、背負うのは禍々しい炎。
怯えながら後ずさりしていた山崎が、俺の隙を見つけ、脱兎のごとく走り去る。
「すみません副隊長ーーー!!! 骨は皆で拾いますからーー!!」
「山崎テメェェ!!!!」
はるか先の廊下に行ってしまった部下を、追う気分でもない。
俺は目の前に出された関門をクリアしなければならない。
顔に手を当て、項垂れる。
大きな溜息をひとつついて、ようやく重たい口を開いた。
「わかった、食うよ…其の前に、座らねぇか?」
向かって正面。
机の上に広げられた重箱と、その後ろに見える萌黄色の着物。
顔を見やれば、ニコニコと俺の様子を眺めている。
「あのなぁ…」
「なぁに?」
「アンタ、花見の時に何されたか覚えてるんだろ」
俺の記憶に残っている、真っ白な肌。
写真に残っていた襦袢なんてひん剥いて、犯した。
歓声を上げる真撰組の隊員たちの前で。
「勿論、覚えているわ。あのストーカー、鼻血吹いて気絶してた事もね」
綺麗な唇に笑みを浮かべながら、返してくる。
「じゃあ、何で此処に来た? こんなものまで持って」
「卵焼きは、只のお土産よ」
−−−これが卵か? どう見たってエイリアンが吐き出した物体だろ、
と口を滑らしそうになるのを堪えて、お妙の瞳を覗き込む。
読めない。
何で、此処に来たのか。
暫し悩んでいると、先にお妙が口を開いた。
「忘れられなかったからよ」
形のよい桜色の唇から、声が零れた。
驚いて思わず顔を見やるが、お妙は構わず先を続けた。
「あの花見の時。
じゃんけんで脱がされていった挙句、観衆の前で抱かれて。
恥ずかしかったわ。顔から火が出そうなくらい。
銀さんや、弟にまで見られてるんですもの。
けど−−−今までで一番、よかったわ」