「あ…はっ…帰らなくても…っよろし…んですかっ?」  
 
内壁を舌でこねくり回しながらその上にある芽ごと力強く吸う。  
「や山ざ…様ァッ!っああぁぁぁ…ッ」  
足の間にある少し長めの俺の髪を小さな手で掴んで彼女は果てた。  
ぴぴっと潮吹きが数滴頬を伝い、俺はそのまま拭いもせず顔を上げる。  
「…は…山崎様…」  
自分のそれを舐め取る彼女の舌を強引に顎を掴んで引き寄せ、  
彼女の酸味がなくなる程舌をからめ唇を貪った。  
お互いの混じった唾液が糸を引き小さな胸に這う俺の手に落ちると  
それすら名残惜しそうにそっとその手を彼女が舐める。  
「甘くてすっぱくて苦しくてでも幸せ…これは恋の味でしょうか?」  
俺の目の前にきれいになったそれを差し出すと  
そうでしょう?という様に彼女は笑った。  
 
 
「どう思われます?山崎様…」  
 
 
 
俺はそれにどう答えればいいのだろう。  
 
 
 
「姫様、山崎です。失礼致します。」  
 
「………どうぞ…」  
戸を開けるとすさまじい匂いが俺の嗅覚細胞を8割方死滅させた。  
「くさッ!ていうかすっぱ!!痛い痛い!鼻孔がちぎれるゥゥ!!」  
見渡す限り広がる酢昆布の海。密室で、それも暑い真夏日に。  
その丁度真ん中で呆然と座り込んでいる姫様が涙で滲んで見えた。  
「沖田さん!?沖田さんだなコノヤロォォォォ!!」  
わさわさと纏わりつく酢昆布を蹴散らし障子とガラス窓を次々に開け俺は叫んだ。  
そうオー人事並の上司の嫌がらせに、酢昆布の中心で沖田を叫ぶ。  
屯所だけでは飽き足らず、むしろ何もわざわざ将軍様のお城でする事じゃないだろうに。  
いい加減TPOを学んで大人の階段を上って欲しい。  
むしろ上りきって死んで欲しいと願った。  
「あの、大丈夫ですか姫様。」  
今すぐ片付けます。と今だ呆けている彼女の周辺からゴミ箱に酢昆布を詰め込む。  
臭いし、なんかベタつくし、最悪極まりないし、  
なんて事してくれるんだ沖田さん。  
そりゃ姫様だって現実から逃げ出すわ。  
 
「大丈夫も何も酢昆布撒いたのは私です。」  
「……は?」  
遠い目のまま呟かれた言葉に思わず手が止まった。  
「恋は甘くすっぱいものだとお聞きしました。」  
ゴミ箱をわきにどけ俺は彼女の目の前にヒラヒラ手をかざす。  
「えーと、大丈夫ですかホント。もうそろそろ戻ってきて下さい。」  
「甘くてすっぱくて苦しくて、でも幸せなものだと言うので  
 密室に酢昆布を撒き散らしてみました。」  
沖田さんに金でも借りてるんですか。という言葉が喉に詰まった。  
 
「私結婚するんです。」  
 
前だけを見据え彼女は泣いていた。  
 
「わかっているのですけれど…一度でいいから恋というものを体験してみたかったの。  
 ごめんなさい、自分で片付けますからお仕事して下さい。」  
ゆったりと立ち上がり酢昆布を拾い集めるその動作にいちいち品を感じる。  
その場しのぎではなく年期の入ったそれが妙に痛々しく思えた。  
 
俺の仕事。イコール姫様の護衛の事で。  
 
そもそも何故真選組である俺が彼女の護衛についているのか。  
それは少し前に城を抜け出した姫様を連れ戻す事ができたのが近藤組長ら、  
すなわち俺たち真選組だったからだ。  
そして今その実績を買われアフターケアよろしく、しばらくの間  
彼女の護衛とは名ばかりの見張り役という命を将軍様から承っている。  
 
毎日毎日どこへ行くのも見張り付き。そして後半年もしないうちに  
見ず知らずの土地へ嫁いで行く、俺の半分ちょっとしか生きていないそんな少女。  
憐れむなという方が無理な話だ。  
 
鼻を啜って酢昆布を拾う姫様と、俺は少しかがんでニコリと目線を合わせる。  
「姫様デートしてみませんか?」  
きっと彼女にとって人生の少ない光の一つであるこの誘いに  
断る事ないと承知で、俺でよければですが。と付け足した。  
「密室酢昆布よりは楽しいと思われます。」  
真っ赤な目をしばたかせ、俺がびっくりする様な笑顔で  
答えた言葉は当然YES。  
 
でもまさか一時の同情に足元をすくわれるだなんて思いもしなかった。  
 
 
 
その日のうちに俺と彼女は、男と女として生まれ変わった。  
情けでいいから最後に思い出が欲しいと言う彼女に  
最初は断固としてそれを拒んでいたが、城を抜け出したあの日に私はもう…と  
事細かにカミングアウトし始めちゃったので、あわあわと情にほだされてしまった。  
 
で、それが女という性をナメていた俺の罪なワケで。  
 
姫様はバッチリ初めてでしたコノヤロー。  
 
笑い事にできない事実に彼女は  
「誰にも言いません。一生心の中に仕舞って生きていきます。」  
と、自分勝手にキレイな涙をこぼした。  
そうしてくれると助かりマス。と思ったのも束の間  
局長直々に呼び出され、更に女の怖さを知る。  
 
「将軍様の妹君の膳に何者かが毒が盛ったそうだ。  
 監察を寄こせとの事だが…山崎、行ってくれるか。」  
 
つまりしばらく城で寝泊りしろという事で  
気まずいから嫌ですとも言えず、俺はしぶしぶ城へ向かった。  
 
「山崎様、御足労申し訳ございません。  
 護衛も兼ねて、とお聞きしましたのでこちらの部屋をお使い下さいませ。」  
と、いう女中の言葉と用意された姫様の隣部屋にはもう何だか  
渇いた笑いが出た。  
 
 
「そんなに見ないで下さい、山崎様…。」  
俺は姫様に出された夕膳の毒見を終え、毒を盛られた割には  
平気で箸が動く彼女をムスッと見つめ続けていた。  
「どうしてこんな回りくどい事をするんですか。」  
何がです?と首をかしげる彼女に、立場を忘れ怒鳴りちらしそうになるが  
ぐっと堪え話の先を続ける。  
 
「毒を盛られたって嘘ですよね?婚約解消おめでとうございます。  
 でも俺まで巻き込まないで下さい。」  
 
この一連の騒動で、疑われちゃ困るとタイミング悪く相手方から  
姫様の御縁談は白紙に戻された。  
むせび嘆く将軍様からその言葉を聞いた時これは彼女の狂言だと確信した。  
俺だって護衛の他にも仕事があるのだ、彼女の嘘に付き合う程暇ではなかった。  
「やっぱりバレてしまいましたか…」  
静かに箸を置く姫様に嫌悪感を抱く。  
 
「まさかこんな大事になるだなんて思ってもいませんでした。」  
ぽつりぽつりと話すその仕草に自分の勘違いを悔やんだ。  
「ごめんなさい。巻き込むだなんてそんな…。御迷惑でしたよね。」  
眉を下げ目を伏せて俯くその仕草。  
「でも…もう一度山崎様にお逢いしたい一心それだけで…」  
捨て犬の様に肩身を狭くしているその仕草。  
 
かわいそうな自分をエサに同情を引こうとするその痛々しさに  
デジャヴを感じた。  
 
 
「あっあっあっあっあっあっ!」  
 
膝の下に腕を入れ、足を大きく広げさせて後ろから攻める。  
俺のあぐらの上で下から突かれるのが姫様のお気に入りの体位だ。  
「やっ山ざ…様ッも…う…」  
「まだ、です。も…ちょっと…」  
ゆっくりと彼女の体を前に倒し、細い腰を掴む。  
まっさらなシーツに黒い髪が舞い落ち、ギリギリまで引き抜かれた  
結合部に透明な液が滴るのが目に入った。  
「は…っ丸見えだ…」  
薄く笑った俺の声に彼女は振り返り、ダダをこねる様に嫌々と首を振るう。  
「我侭ですね…こう、ですか?」  
「あっ…ひああぁっ!」  
ぐっと一気に奥まで突くと高い悲鳴をげたので  
俺は反射的に彼女の口元を手で覆い、お仕置きがてらうなじに噛み付いた。  
「しー…です、バレたら困るでしょう。」  
うなじから耳元へ唇を這わせ、荒い息ごとそう囁く。  
「んっ…ふ、ふぁ…っ」  
必死で声を抑え、俺の指をしゃぶって快楽をやりすごすその様に  
なけなしの嗜虐心が煽られた。  
「お姫様なのに、虐められるのが好きなんですね。」  
わきから手を伸ばし薄皮の剥けてしまった芽を  
中指でぐにぐにと潰して、小さな胸を掴む。  
「ひッ…はああぁぁ…ぁあッ!!」  
きゅうぅと締まる感覚にそのまま我武者羅に腰を進めると  
真っ白な背中に全てぶちまけ、俺も果てた。  
 
あぁ、何時まで俺はこんな事を続けていくのだろう。  
 
根性が足りないと言われればそうなのだが。  
俺は一つの感情に固執できる様な性格ではなかった。  
 
嘘を付かれ、半ば無理やり城へ連行された俺の怒りは  
三日もしないうちにどうでも良くなってしまい、  
そして「一度一線を越えてしまった男と女」というものは  
また簡単に体を重ねるようになる事を己の体で知る。  
 
あれから日に何度も人目を忍んで彼女と俺は抱き合っていた。  
 
よくもまあバレないものだとか、こんな幼い少女にだとか、  
思う事が多々あるものの日々は淡々と進んでいく。  
始めのうちはそれらに幾分か触発され、多少興奮する事ができたのだが  
一連の事で、愛も情すらも湧かない相手では徐々に磨り減って行くだけで  
三ヶ月も過ぎた今、正直辛いものがあった。  
本来ならば触れる事さえ咎められてしまう様な彼女を相手に  
何を贅沢な…とも考えたがやっぱりキツイものはキツイ。  
 
 
俺から抱くことが少なくなった事を、姫様はどう思われているのだろうか?  
それだけがほんの少しだけ怖ろしく思えた。  
 
 
そしてまた日は過ぎ、そんな俺の元に何も知らないであろう局長から  
「山崎、もうそろそろ帰ってこい。お・妙・さ・んvの近藤よりvvv」  
との便りが来たものだからこれ幸いとそれに便乗し、俺は荷造りにせっせと励んでいた。  
 
 
 
 
「帰ってしまうって本当だったのですか?」  
「はい、局長から文が届きまして。」  
最後の毒見になりますね。と何事もなかった様に俺は膳を探る。  
まさかとは思うが、彼女が本当に毒を盛っていないか  
これ以上ないだろうという程、舌で丹念に確かめてから租借した。  
 
「そう…では最後のお仕事しっかりお願い致します。」  
 
やっぱり何か盛ってあるのか!?と背中に嫌な汗が流れる。  
にこっと笑う彼女に努めて俺も極上の笑顔を返した。  
 
「もしも今、私が倒れてしまったら山崎様が疑われてしまいますものね。」  
 
「・・・……は…?」  
 
ゴクリと大して毒見もしていない口内の浅漬けを、噛む事もできず俺は飲み込んだ。  
「何の…冗談ですか…?」  
良く考えなくてもすぐにわかった。  
 
彼女はまた、狂言を企てるつもりだ。  
 
「だから、もしもの話です。」  
 
にこにこと笑い続ける彼女に、俺は真っ白になった。  
 
もしも毒見である俺が無事で、姫様が倒れてしまったりしたら  
薬物の知識が豊富で彼女の一番身近にいる部外者な俺は  
暗殺者として仕立て上げられる事まちがいなしだ。  
運良く疑いが晴れても勤務怠惰で組から切腹を命じられる。  
 
そればかりか彼女が自ら体を張って毒を煽り、死んでしまったりしたら…  
 
 
「あらぬ所を解剖されたり、調べられてしまったら、全てバレてしまいますもの。  
 きっと私、山崎様に悪くて…死んでも死に切れませんわ。」  
 
 
ジュルジュルと卑猥な音を立てて俺を咥えこむ小さな口に意識が遠のいていく。  
 
「…はっ…く…」  
飛ぶギリギリのところで疲れてしまったのか、弱まる舌の動きに焦れて  
彼女の頭を両手で挟むと腰を数度押し付けてそのまま果てた。  
飲み込みきれずポタポタと手のひらにこぼれる白い汚物を  
すする様に舐め、うっとりと彼女は微笑んだ。  
 
ベタベタに汚れた口元のまま、口付けようとするので  
俺は彼女を押し付けどさりとマウントポジションに立つ。  
「ん…苦…ねぇ、山崎様。これも…」  
その先を聞きたくなくて指先を彼女の口内に滑らせ  
舌を挟むと、赤く色付く胸の尖りに歯を立てた。  
「ふぁッ…んん…ふふ…」  
舌を尖らせ執拗にこねりながら、  
もう一方を彼女の唾液でヌメる指でぐりりと摘む。  
 
嬌声を上げ俺の頭部をか細い腕で抱くと彼女は小さく笑い  
途切れ途切れに呟いた。  
 
「ずっと」  
 
「側に」  
 
「いらして下さい」  
 
「山崎様…」  
 
 
 
 
縁側で、空に向かう焚き火の煙を見ながら近藤は部下を想う。  
 
「なぁトシ、山崎はまだ戻らんのか?」  
「あぁ、何やらえらくそよ姫が奴を気に入ってるらしいが…」  
 
それにしては何かおかしい。と、土方は紫煙をなびかせ腕を組んだ。  
杞憂ならいいが、奴に何かあったのかと目を伏せ考えた。その時。  
 
スパーンッと音を立て、勢い良く開いた障子の向こうで  
沖田が力の限りで思いのたけを叫んだ。  
 
「あーあ!俺ぁ山崎じゃなく土方さんがどっか行っちまえば良かったですぜィ!!」  
「あぁ、何やらえらくオメーが俺を気にいらねーのは、よっくわかった。  
 介錯すっから腹切れや、総悟。」  
 
真剣「で」じゃれあう二人を余所に、近藤は沖田のいた部屋の片隅を見る。  
そこにあるのは壁に立て掛けられた、ミントンラケット。  
ため息をつき、また空を見上げてその持ち主を想った。  
 
 
「山崎ぃ…みーんな心配してるぞー?帰って来ーい…」  
 
 
 
 
眠れない日々が続いていた。  
自分で睡眠薬を処方してそれを飲むこの頃。  
そんな事お構いなしで、真っ白な肌を晒したまま眠る姫様を  
俺も一糸纏わずあぐらをかいたままでぼうっと見つめた。  
 
「恋でしょうか?」  
 
何度もそう聞かれたものの答える事ができず、毎度のように  
強引に口を塞いだり、口付けたり、俺はその問いをうやむやにした。  
 
だって彼女は俺を嫌っているのだ。  
いや、もうすでに憎んでいるのかも知れない。  
 
かわいそうな自分が大好きなのに、出生以来の立場ゆえか  
人に憐れまれる事を嫌う彼女。  
やさしくして優越感に浸った俺を、結局言いなりになってしまう俺を、  
簡単で馬鹿な生き物だと見下している癖に、そんな俺に恋だの愛だの  
自分を誤魔化して抱かれる事でまた、自分で自分をかわいそうだと  
こんなにがんばって尽くしているのにと、悲劇のヒロイン気取りで  
彼女は自分にうっとりしているのだ。  
 
 
 
それは恋なんてもんじゃなく、ナルシズムって言うんですよ、姫様。  
 
 
 
きっとまた今日も同じ様な問いを俺にするのだろう。  
YESと答えれば逃げ道すらなくしてしまうし  
NOと答えればプライド以外の全て、命すらなくしてしまう。  
前髪を掴んで掻き乱し、俺は姫様の隣へ倒れこむ。  
どちらを選んでも今更な気がするのだがもう限界が近い。  
 
とろとろとやってくる薬の効果に屯所の皆を想った。  
もう戻れないかもしれないし、戻れたとしてもこんな俺じゃ…と  
色んな事を考えては途方に暮れてしまう。それでも。  
 
 
 
乗るか、反るか。俺は今日こそ選択をしようと瞼を伏せた。  
 
 

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