あん、やっ、いやぁ。もうやめてえ・・・
ふっ、口ではそう言ってても体のほうは正直だぜ。ほら、俺がほしいって言ってみな
やだ・・・っ、初めて会って、名前も知らない人なのに・・・どうしてあたし・・・ああっ
ファンシーな色合いの表紙をゆっくりと閉じ、少女は呟いた。
「成る程。じゅっくじゅくに爛れておるわ」
「つーか音読するなぁぁあああ!お前は恥じらいってもんがないのか!!」
その横にいたコートの下に忍び装束という奇妙ないでたちの男が突っ込んだ。
「何を言う、以前巷で流行ったドラマはチャンガムの痴態と
いったではないか。最近とみに乱れた青少年の風紀に比べれば、この程度、
ボブサップがおぬしの痔に軽いジャブのようなもの」
「軽かないだろそれ。そんな苺十割も裸足で逃げ出すもんジャンプにのっけた日には、
用務員ネタ並の即雑誌回収処分だ」
「用務員ネタとは何じゃ?」
少女、阿国が尋ね、全蔵は過去ジャンプで黒歴史扱いになったいくつかの
事件を話してやる。
二人の頭上は真っ黒な夜空が広がっている。初めて出会って何年たっても、
二人が誰にも知られず話し合うのはいつも夜で、屋根瓦の上だった。
漫画雑誌を土産代わりに、気紛れのように訪ねてくる元お庭番を迎え入れる阿国は
その性格こそ変わらなかったが、姿かたちは年月の流れとともに
大きく成長し、小さな童から巫女装束の似合う少女の姿へと変貌を
遂げていた。以前は片腕で抱えて屋敷の庭から屋根へと
飛び上がったものだったが、今では背負わねばならなくなった。
重くなったと言ったら阿国に無言で下へと蹴り飛ばされ、以後
言葉に気をつけるようになった全蔵だった。
くしゅん、と阿国が小さなくしゃみをした。
「下に行くか」
「もうか?」
阿国がまだ話し足りなさそうな顔をした。
「冬も近い。こんなところで長話してると風邪引くぞ。
天眼通の巫女様を縋りに来た客に鼻水垂らして
ご対面してみるか?」
ほれと全蔵がしゃがんで急かすと、阿国は躊躇ったがすぐ諦めて
全蔵の背中に負ぶさった。
柔らかな重みを背中に感じながら瓦を踏み、軒から地面へと
飛び降りる。人二人分の重みがあるというのに音の無い、
しなやかな猫のような見事な着地だった。
「おぬし、次はいつ来る?」
「さあな。入る依頼次第だ」
背中から降りた阿国の問いに、全蔵は訝しく思った。今まで一度も
こんなことを尋ねたことの無い阿国だった。
「得意の予見でもしたらどうだ?すぐ分かるだろ」
「おぬしのことは見ぬようにしておるのじゃ」
つ、と阿国が全蔵の傍を離れ、屋敷の廊下へと上がる。
「・・・楽しみが減ってしまうから」
どういう意味だと聞こうとする前に阿国は自室へ入って
障子を閉めてしまった。