鈴虫の音が耳に心地よい夜だった。  
微かに肌を撫ぜていく風は、すでに秋のものになっていた。  
満月に照らされて、小さな黄金色の花が庭で揺れていた。  
例年よりも早く咲き始めたその花の名を、金木犀だと教えてくれたのは誰だったか。  
冷たい夜気に濃密な花の匂いが滲む。  
湿った煎餅布団の中で土方は、花の名を教えてくれた娘のことを思い出していた。  
明日、自分達が江戸へ旅立ってしまえば、たった一人取り残されてしまう、娘のことを。  
 
その晩は自分たちが江戸に出立することを祝って、村の人たちが酒宴を設けてくれていた。  
休む暇なく杯は酒で満たされ、笑い声や歌声が絶えなかった。  
賑やかな酒の席で、土方は笑うことができなかった。  
ひとり黙々と酒を煽り続けていた。  
もともとが無口な性質で、無愛想が定着していたので、特に気に留めた者は居なかったであろう。  
いや、近藤や総悟には感づかれていたかもしれない。  
しかし滞りなく宴は続き、酒が回ったそれぞれは、酔いつぶれるまで道場で騒ぎ倒した。  
土方は、一人の娘とだけは、絶対に目を合わさないように、俯いていた。  
神社の境内で言葉を交わしたあの夜から、土方はその娘と口を聞いていなかった。  
土方が最後に娘に告げたのは、拒絶の言葉だった。  
本心ではない。  
娘のことは憎からず思っていたし、幸せになってもらいたかった。  
だが、自分と関わらせることで、娘が幸せになるとは考えられなかった。  
気持ちの優しい、情の深い娘で、人一倍周りの事を考える娘だったから。彼女は彼女のことだけを想ってくれる、性根の優しい男の元に、嫁いでくれればいいと思った。  
病弱ではあるが、器量の美しい素直な娘だから、縁談などすぐ決まるだろうと思っていた。  
そして、己のような偏屈な乱暴者のことなど、すぐ忘れてくれるだろうとも。  
 
流石に酔いが回ったのか、ふらつき気味の足を引きずって、土方は一人、離れの寝室に引き上げていた。  
布団の中で鈴虫の音を聞きながら、それでも娘のことが頭から離れないことに気づいて、己の女々しさに舌打ちをした時、土方は寝室の衾が開く音を聞いた。  
「十四郎さん」  
開かれた衾の外側から、庭の金木犀の香りが部屋に流れ込む。  
香りと共に部屋に入ってきた娘は、土方が想いを巡らせていた娘―――ミツバだった。  
「……何の用だ」  
土方はミツバに背を向けたまま、冷たい声を出した。  
「夜中に若い女が男の寝床に来るモンじゃねぇよ。帰れ」  
だが娘は一向に出て行く気配はなく、むしろ静かな足取りで土方の枕元まで歩み寄って、両膝をついた。  
「十四郎さん……抱いて……ください」  
震える唇から、やっとのことで紡ぎ出されたその声を、土方は信じられない気持ちで聞いていた。  
「…………」  
振り返りもしない土方の背中に、ミツバはなおも続けた。  
「わかっています。あなたが私を拒む理由は。  
私の事なんか…忘れしまっても、構いません。一生口を聞いてくれなくても……いいんです。  
 ただ……一晩だけ……それだけで……構わないから……」  
最後の方は横たわる土方の肩に突っ伏して、すがりつくように、ミツバは告げた。  
お願い、と言う囁きは、やはり震えていた。  
土方は肩にしがみ付くミツバの手を熱く感じていた。  
彼女の気持ちが痛いほどよく分かるので、なおさらその手は熱かった。  
「武士に……そんな半端な真似が、できるわけ、ねぇだろ」  
言葉や理性では彼女を拒んでいたが、土方はミツバの手を振りほどけなかった。  
リーンリーンという鈴虫の声だけが、二人の沈黙を埋めていた。  
「十四郎さん」  
不意にミツバの両手が伸びて、土方の頬を捉えた。  
無理矢理顔を向かせられた土方は、驚いてミツバを見上げた。  
青い満月に照らされた娘は儚く、けれど艶やかに―――微笑んで見せた。  
 
「酔って、いるんでしょう。……これは……夢、なんです」  
「お前……なに……言って……」  
 
「今……十四郎さんも私も……夢を、見ているの。  
…………夢の…中でくらい……抱いてくれたって…いいじゃない……」  
 
今まで微笑んでいたその瞳に、みるみると涙が溢れてくるのを、土方は吸い込まれるように見つめていた。  
目を逸らすことが出来なかった。  
ミツバの熱い想いが雫となって、土方の頬の上に落ちた。  
 
――――こんな顔をさせたくて、こんな想いをさせたくて、口を聞かなかったわけではないのに―――。  
 
惚れた女の涙に、心が痛まない訳はなかった。  
土方はミツバの濡れた頬に、思わず手を伸ばした。  
頬にできた涙の道を指先で拭ってやると、ミツバはそっと瞼を閉じた。  
パタパタと大粒の涙がまた零れた。  
濡れて光る睫毛の先に、小さな雫が留まっていた。  
己の鼻先から5寸と離れていないところで、ミツバが瞳を閉じている。  
月明かりしかない部屋の中で、花の香りがその濃度をより一層、増したように感じられた。  
――――酔いが齎した心の迷いか、花の香りに惑わされたのか。  
土方は気がつくと、ミツバの唇に口付けていた。  
そのまま、抗いがたい力に引き寄せられるように、二人は布団の上で縺れあった。  
互いの舌を絡ませ合って、吸って。角度を変えて、何度も何度も貪った。  
土方はミツバの呼吸を止めるように、激しく彼女を求めた。  
ずっと抑えていただけに、気持ちが抑えきれなくなっていた。  
自分の下で呼吸を荒くしてゆく娘の吐息は、少しずつ土方の体に熱を与えた。  
「んぅ……っはぁん……っと…しろう……さ……」  
絶え絶えに己の名を呼ぶ娘が、愛おしくて、堪らなかった。  
不意に、ミツバの体がびくりと撓って、土方の唇から離れた。  
土方から顔を背けて、小刻みに肩を震わせている。  
「ミツバ…お前」  
よもや、持病の発作がまた起きたのでは、と、血相を変えて土方がミツバを覗き込むと、クスクスという笑い声と共に、悪戯っぽく笑う瞳と目が合った。  
「十四郎さんたら……口付けがマヨネーズの味がするんだもの……」  
百年の恋も冷めてしまうわ、と笑うミツバに呆気にとられる。  
「……お前ぇだって………口ん中辛くって、不味くって、しょうがねぇよ」  
むくれて土方は返したが、不味い不味いと言いながら、二人は再び近寄ると、互いの唇を重ね合わせた。  
 
「夢の中の十四郎さんは、マヨネーズ臭くて、幻滅しました。  
 現実の十四郎さんは、もっと素敵だと思います」  
あくまでこれは「夢」なのだと言うように、ミツバは土方の腕の中で、軽口を続けた。  
土方も腕の中の娘を抱きしめながら、儚い嘘に付き合った。  
「俺の知ってるミツバも男に夜這いをかけるような女じゃねぇから、こいつぁ随分、たちの悪い夢だな」  
口でいくら罵り合っても、二人の体は固く結びついて、離れようとしなかった。  
 
一晩だけ。一夜だけの契りを交わす事に、迷いや恐れがないかどうか。悔いや恨みが残らないかどうか。  
言葉とは裏腹に、互いの覚悟を確かめ合うように、両者はぴったりと寄り添って、互いの指先で相手の形を探りあった。  
体の奥に燻り続けた熱が、行き場を求めてさ迷っていた。  
それをこの娘にぶつけてもいいものか。  
――――良い訳はなかった。余計に忘れ難く、辛くなるのは目に見えていた。  
それでも――――それでも。  
互いの気持ちは抑えようもなく、熱となって相手に伝わっていく。  
土方はミツバに口付けると、彼女の首筋やあごの先を唇でなぞりだした。  
ミツバの桜色の唇から切なげな吐息が漏れた。  
互いの熱が徐々に上がり、弾んでいく息が「その行為」を望んでいることを告げていた。  
闇の中に、金木犀の香りとは別の花の匂いが濃くなる。  
土方はその匂いに誘われるように、ミツバの着物を乱暴に引ん剥いた。  
「あっ……」  
もろ肌をさらけ出されて、月光に晒されたミツバの肌は、透けるように白く、絹のように滑らかだった。  
その乳白色の肌、薄いあばらの上にぷるんとした弾力で弾む二つの乳房、その先端で色づいている乳頭に土方は唇を寄せ、歯を立てた。  
「んんッふぁんッ…っくぅ…!」  
急な刺激にミツバが身を捩じらせる。  
しかし、土方はそれを許さずに、誰にも触れさせたことがないであろう娘の乳房を、己の舌で嬲り上げた。  
男のぬるぬるとした唾液が、ミツバの胸元を汚していく。  
土方の左手はミツバの裾を割って潜り込み、膝頭から太腿の付け根までを愛おしそうに撫でさすった。  
右手はもどかしそうに残りの着物を剥ぎ取ってゆく。  
衣擦れの音と男の荒い息づかい、庭から届く虫たちの声にまぎれて、高く掠れた女の喘ぎが漏れた。  
闇の中で、微かに耳に届くミツバの声は、確かに熱く濡れていた。  
土方がミツバの肌という肌に口付けを落としていく。  
首筋、鎖骨、肩、腕から肘、指先から指の又。脇、乳房の下からその先端、臍からなだらかに続く腹の縦線。  
くびれた腰から豊かに張り出した桃尻まで、触れられるところは全て、気持ちを込めて口付けた。  
ひんやりと冷たかった女の肌は徐々に熱を持ち、珠の汗を浮かべ始める。  
やがて、土方がミツバの太腿のあわいに鼻先を突っこんで、彼女の入り口に指を伸ばそうとすると、彼女はびくりと体を硬直させた。  
「あの……優しく……して……」  
「……しらねぇよ」  
土方は無愛想な声を出したが、指先の動きには優しさと愛情がこもっていた。  
ミツバは古くからの慣例からか、下着を身に着けていなかった。  
ささやかな茂みの中に指先を差し込むと、そこは既にぐっしょりと湿っていた。  
「濡れてるな」  
「やぁ…っ……言わないで……」  
恥ずかしそうに言うミツバの陰唇を押し開いて、赤く勃起した淫核や、蜜を滴らせる入り口を月の下に晒す。  
「あんまり……見ないで……」  
「注文の多い“夢”だな」  
蜜を噴き出す淫裂に沿って指の腹を滑らせ、絡ませる。  
「あん…っあ……はぁあ……っ」  
透明な蜜を纏った指先で、膨れた突起を捏ね回すと、ミツバの体は面白いように跳ねた。  
土方は花弁の中心に中指を突き刺して、中の感触を確認するようにかき回した。  
「んッッああんッんん…ッ」  
「狭い入り口だな……指一本でキュウキュウじゃねぇか」  
入れたら壊れちまうんじゃねぇのか…と呟く土方に、ミツバは言った。  
「…壊しても……構わないから………来て……」  
褥の上で髪と呼吸を乱し、生まれたままの姿を晒して横たわるミツバの瞳は、真っ直ぐに、土方を求めていた。  
月明かりで見るその姿は、土方の理性を奪うのに十分だった。  
 
土方は己の着物の帯を解いて、血が集まった己の抜き身を取り出した。  
ミツバの甘い感触や声に刺激されて、自身は既に熱く猛り、先走りを滲ませていた。  
「……入れるぞ」  
彼女の細い脚を掴んで、左右に大きく開かせる。  
ミツバは小さく息を飲んだ。  
上下する白い腹部から、彼女の汗が伝い落ちた。  
だが汗とは別の液体によって潤った彼女の花芯は、ひくひくと蠢き、脈打つ男のモノを待ち受けていた。  
土方は尖らせた先端をミツバの濡れた入り口にあてがい、息を詰めて突き入れた。  
腰に力を入れて、押し込んでいくと、ミツバが苦しそうに悲鳴をあげた。  
「痛ぇか」  
「ん…ん……イイ……ッから……ッッ」  
ミツバの手が土方の腕を強く掴む。  
「力抜け……もうすぐ…入る……」  
「っっはぁぁぁあああッッ!!!」  
柔らかい肉の抵抗感の後、土方の脈打つ猛りは、ミツバの中に全て沈められた。  
彼女の中は柔らかく、熱く潤って土方を包み込んだ。  
固く瞳を閉じたミツバの頬に涙が流れる。  
土方は首を伸ばしてその涙を嘗めすくった。  
「すっげぇ……気持ちぃーぞ…」  
「ふぁっぁっぁっあっあ…!」  
土方が軽く腰を回すと、土方の腹の下でミツバが鳴いた。  
子宮口の入り口に土方の亀頭が届き、彼が緩く腰を動かすと、ミツバの体は中心から溶かされそうな刺激を受けた。  
「十四郎…っとうしろう……さん…ッ…あっ…」  
ミツバは土方の名を呼び続けた。  
痛みだけではない、体の奥に広がっていく甘美な痺れと、想い人と一つになれた喜びが、彼女を満たしていた。  
恍惚として己の名前を呼び続ける娘に気持ちが昂り、土方は腰の動きを徐々に激しくしてゆく。  
「あっあっあっあっ! とう…しろう…ッさ…んっあっ」  
激しく突き上げられ、内襞を捲りあげられる刺激を受け続けて、ミツバが切なげな悲鳴をあげる。  
だが、土方は昂りを吐き出すために、彼女の脚を乱暴に掴み上げ、更に深く、更に激しく彼女に腰を打ちつけ続けた。  
ぱんっぶぱんっじゅぷっ、という卑猥な音が、出し入れを繰り返されるミツバの秘部から漏れた。  
やがて、土方は己の中心から凄まじい勢いで這い昇ってくる絶頂感に抗えずに、ミツバの最奥に己を突き立て、白濁を放った。  
土方の腰の痙攣に合わせて流れ込んでくる熱を、ミツバは嬉しそうに涙をこぼして受け入れた。  
 
 
翌朝、目を覚ました土方の横には誰も居なかった。  
庭に面した障子を開くと、風で舞い落ちた金木犀の花々が地面の上を覆っていた。  
「……夢……だった…のか……?」  
土方が再度部屋を見渡すと、朝日が差し込む褥の上に、紅い染みが残されていた。  
 
 
出立の朝、道場の前には自分たちを送り出してくれる村人が集まっていた。  
勿論ミツバも来ていたが、土方はやはり目を合わさなかった。  
ただ、遠くから横目で見やると、元気そうに総悟に笑いかけている彼女が見られた。  
 
言葉も視線も交わさない。  
別れはあの夜の神社で済ませてきた。  
昨夜の秘め事は夢。  
想いを通わせあったのは、ただ一夜の夢。  
これから先の現実は、ただそれぞれの道を進むのみ。  
 
土方は己に言い聞かせると、近藤の側に戻った。  
「どうした、トシ。昨晩と違ってスッキリした顔してるぞ」  
昨日の晩の方が二日酔いの顔だったと笑う近藤に、土方は静かに返した。  
 
「いやなに。今朝は夢見が良かったんだ」  
 
 

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