どんな経緯だったかは、実はよく覚えていない。
上司が入れあげている娘の店で酒を飲んでいた。
上司といっても、仕事だけの付き合いではなく、古くからの馴染みで、男にとっては心から気を許せる数少ない仲間の一人だった。
その上司が通っているキャバクラにつき合わされたのだ。
いつもは遠慮していたが、珍しく一緒に行ってみる気になった。
と、いうのも、男自身が、かの娘に会いたくなったからで。
笑顔が美しい娘ではあったが、いまいち腹の底で何を考えているのか分からない娘だった。
落ち着き払った笑顔で構える様は、とても18,9の小娘には見えなかったが、先日、男も噛んだ一件では、随分子供っぽい判断で動いているようにも思えた。
アンバランスさがかえって面白く感じられた。
上司は相変わらず、娘に小気味いいほどに袖にされていた。
というよりも、なぐる蹴るの暴行をうけていた。
上司は娘に対して、涙ぐましい程のポジティブシンキングで接していた。
「お妙さんっ!!貴女のくれる愛ならば、漢・近藤勲、全て受け止めますっっ!!!ぐえっぶば!!」
―――――えらく激しい愛情表現だな、オイ。
心の中でツッコミながら、男――土方十四郎は眼前で繰り広げられる惨劇を平然と眺めて居た。
酒のグラスと肴(それはマヨネーズがかかりすぎて、どんな料理だったのか、第三者には既に判別がつかなくなっていたが)だけは自分の膝元に避難させて。
―――――まあ、でも本気で嫌がってる訳じゃねえんだろ。
娘は勝気な性格ゆえか、しつこく言い寄る上司に対して、決していい顔は見せなかった。
けれど土方には、娘がどこか、この上司に甘えているようにも感じられた。
―――――オンナが考える事なんてな、よく分からねぇがな。
横に他の娘をつけさせようとするのを断って、3人で飲み続けた。(まともに呑んでいたのは土方ただ一人だったが)
数時間が過ぎて、上司の財布の中身がカラになる頃、呑まされて殴られて、すっかり潰された上司を引き取るべく、土方が席を立とうとした、その時だった。
娘が土方の手に触れてきた。
「…土方さんって、きれいな手をしてらっしゃるんですね」
思わず、目を見開いて娘を見つめた。
娘はいつもの涼しい顔をしていた。
アレだけ大の男をタコ殴りしておいて、涼しい顔ができることにも驚くが、娘の柔らかい指先が自分の手の上に重ねられた感触に、何故か一番動揺していた。
酔いが回っている所為か、やけに自分の鼓動が大きく聞こえた。
「この……手で………一体、どれだけの人を斬ったんですか」
娘がゆっくりと視線を上げた。
目が合った瞬間に、鼓動が一際激しく脈打った。
その瞳はぞくりとするほど、女の色香を放っていたから。
挑むような、試すような、そんな瞳で娘は土方を見上げた。
土方はこの娘がこんな目ができるとは露ほども考えていなかったので、娘の瞳に釘付けになった。
「指が長くて、本当にきれい……」
娘は構わず、土方の右手に重ねた手を滑らせて、愛おしそうに撫で上げた。
「この……指で……」
言いながら、娘は男の右手を両の手で包んで自分の頬に摺り寄せた。
「一体、どれくらいの女を泣かせたんですか」
ぞくりとする、濡れた瞳でこちらを射抜いたまま、娘の紅い唇がゆっくりと開いて、男の指先を口に含んだ。
ちゅぶ…ちゅぴ…ちゅ…
音を立てて男の指を舐め上げる。
指の股まで舐め上げる舌の動きが淫猥で、男は軽く眩暈を覚えた。
「土方さん……」
娘は男の耳元で小さく囁いた。
――――抱いてください。
後のことはよく覚えていない。
どうやって店を出たのか、どこで上司を送り返したのか、どこで宿をとったのか。
実際、酒はかなり入っていた。
だが安宿の扉を閉じた時には、もう目の前の紅い唇に噛み付いていた。
薄暗い室内に酒気を帯びた熱い吐息と互いの着物を解きあう衣擦れの音が満ちていく。
場末の“らぶほてる”の一室で、もどかしげに互いの体を弄(まさぐ)り合う。
娘をベッドの上に押し倒して、圧し掛かり、深く唇を吸うと、娘の方でも舌を絡め、男の背中に腕を回してきた。
睫毛が触れるほどの距離で互いの視線が絡み合う。
娘は臆した風もなく、男を見つめた。
奪って見せろと言わんばかりの視線に、男は容易く挑発された。
形の良い小さな顎を捉えて、角度を変えて何度も口付けた。
娘の口内は男の長い舌によって犯され、溢れた唾液は娘の細い首筋を伝った。
安物のベッドのスプリングは二人分の重さに耐えかねて悲鳴をあげていたが、構わなかった。
既に理性は吹き飛んでいた。
目の前の娘を自分のものにしてしまいたかった。
それで、誰が泣こうが傷つこうが知ったことではない。
目の前の、この強い光を放つ瞳を屈服させたい。
不適に笑う紅い唇から快楽にすすり泣く声が聞きたい。
傷一つない白い肌に自分だけの印を刻みたい。
体の中の、一番柔らかくて深い場所に己を沈めて掻き回してやりたい。
男は本能でしか動いていなかった。
目の前の、若い娘の肌を味わう事しか頭になくなっていた。
紅い着物が解けて、娘の雪のような肌が露わになると、男は水を飲む犬のように、その肌にむしゃぶりついた。
柔らかい、未成熟な小さい胸は、仰向けに寝かせると、ほとんど膨らみを感じさせない。
ただ、つんと上を向いた桜色の頂がその先端で主張していた。
男は愛おしそうにそれを口に含んだ。
「…んっ…ぁ…っくぅ…っ」
娘が唇を震わせながら声を漏らす。
男の唇が娘の首筋をなぞり、薄い胸の膨らみを啄ばみ、なだらかな腹部を辿って、腰骨の浮き出た脚の付け根で止まる。
そのままゆっくりと両脚があわさっている谷間の奥へ指を潜り込ませると、娘の腰がびくりと跳ねた。
「心配すんな」
痛くしねぇからよ、と続ける男に娘は言った。
「痛くっても、構いません……むしろ、痛くして下さい」
「………そうかい」
男は目を細めると、娘の両膝の間に体を割り込ませ、娘の陰部がよく見えるように脚を開かせた。
娘が羞恥に眉を顰めて、顔を背ける。耳まで赤く染まった顔を男はしげしげと眺めた。
何もかも知っているような余裕で男を見下すかと思えば、少女のような素振りで恥じらいを見せる。
この部屋に入るまでは淫婦そのもので男を挑発していたくせに、先ほどの声などはまるで怯えて震えていた。
男は娘の白い脚を掴んだまま、娘に問うた。
「なぁ……アンタ、初めてか」
「…………」
娘は黙って男を見返した。
オレンジ色の照明に照らし出されたその顔は、意外にも静かな目をしていた。
「……いいから、抱いて下さい」
挑むような、先ほどまで震えていた娘とは思えない目だった。
――――かわいくねえオンナだな、オイ。
心中で呟きながらも、男はその目に見つめられると、背筋がゾクリとするのを感じていた。
「じゃあ、仰せの通りに、抱いてやるよ」
男はそういうと、押し広げた娘の陰唇の奥へ、脈打つ己の肉茎を突きたてた。
びくりと跳ねる娘の腰を押さえ込んで、男は腰を捻り込ませる。
娘のシーツを握り締める手に力がこもる。
顔を真っ赤にして苦痛に歯を食いしばり、目の端に涙を溜めている。
「……ちからァ、抜けよ。こんなんじゃ入らねぇ」
何か、もう少し優しげな言葉でも掛けてやるべきなのかも知れないが、男はその言葉を知らなかった。
膣口をこじ開けられる痛みに娘は涙を流した。
静かに、あの挑むような目をして。
歪められた瞳の奥で、確かにその光は真っ直ぐに男を射抜いた。
射抜かれた男は更に深く娘の中に己を沈め、娘の顔が苦痛に歪むのを恍惚とした気持ちで見つめた。
「……声、あげろよ」
男は娘を見つめたまま、低く囁いた。
娘は男を見据えたまま、ぎこちなく首を横に振った。
男は不可思議な昂りが己の中で抑えられなくなってゆくのを感じていた。
娘の脚を抱え上げ、腰を深く抜き差しし、乱暴に擦り上げた。
「ぅ……ッぁあッッあうッんッんッ」
たまらずに娘は悲鳴をあげたが、直ぐに唇を噛んで堪えようとする。
男はそんな娘を見て、今度は緩やかな速度で腰を回して、浅く抜き挿しを繰り返し、深い呼吸の中で娘を抱いた。
「ゆっくり…息、吸え」
優しく囁きかけて、男は娘が噛みしめていた唇をねっとりと舐め上げた。
娘は男の変化に戸惑ったが、男の緩やかなリズムに組み込まれて行く内、徐々にその頬に赤味が増し、吐息が熱く湿りだした。
「ん…ッ…は…ぁ…ああ…んっん…」
苦痛に悲鳴を堪える声ではなく、その声には抗いがたい快感が滲みでていた。
「……深く、突いて欲しいか」
耳元で囁く男の声に、娘はぞくりとするようなアノ目で男を見た。
唇は物欲しそうにうっすらと開き、濡れた瞳で男を捕えた。
初めての娘がこんな表情をするものだろうか。
―――――天性のモンかい。
男を惑わせる術をどこで身に着けたものか。
まだ十代の小娘に、少しずつ嵌らされていくのを、意識の片隅で男は懼れた。
「……土方さん…」
娘が小さく男の名を呼んだ。
「深く…突いて下さい……もっと…強く…もっと……痛く……」
――――何も、考えられなくなるように。
娘の最後の言葉に、男の血が熱を増した。
「いいぜ……何も考えられなくしてやるよ」
娘の顔が歪み、苦痛とも快楽ともつかぬ声がその喉から聞こえると、男は戦場に居るときのように興奮した。
日頃、滅多にポーカーフェイスを崩さないこの娘が、己の下で乱れる様は男を虜にした。
気の遠くなるような絶頂感を幾度も味わった。
お互い汗まみれで貪りあった。男女のまぐあいというよりも、獣が番っているかのように男は娘を抱いた。
奪えるだけ奪って、後は何も残らないように。
本当に獣になって、互いの背負っているものが意味を失ってしまえばいい…、と、馬鹿げた考えが頭を過ぎった。
が、男は黙って娘の奥に腰を打ちつけ続けた。
娘は男に突き上げられ、押さえ込まれ、乱暴に揺すられながら、それでも男から目を逸らさなかった。
目を逸らしたら負けるとでもいうように。
およそ、甘いひと時とは程遠い、憎しみでも抱いているのかとも思えるほど、激しい交わりが続いた。
「やっあうっうっひぁっああぁっ!!」
娘が強い快感に強く目を瞑った。
広く、鍛え上げられた男の背中に、白く細い女の腕が巻きつく。
爪の先は男の皮膚に食い込み、血を滲ませていた。
娘の足先にぴん、と力がこもり、びくびくと体が跳ねた。
男は娘が絶頂に達したのを感じ取り、きつく締め上げられる膣内の刺激を堪え、娘の中から自身を引き抜くと、娘の腿の上で自身を扱き、欲望を放った。
娘の白い脚の間に、どろどろとした体液が伝い、シーツに染みをつくった。
荒い呼吸のまま、両者が体をどかすと、シーツには赤い血痕が残っていた。
「……本当に…初めてだったのか…」
土方が煙草を燻らせながら尋ねると、娘は平然と言ってのけた。
「誰でも……良かったんです」
あんまりと言えばあんまりな物言いに、土方は方眉を吊り上げた。
「ごめんなさい……」
素直に謝る娘を見て、なんとも言えない気持ちになる。
―――――なんだってんだよ、じゃあ…。
「……俺が言うこっちゃねぇのかも知れねぇが…
もうちっと自分を大事にしたほうが良いんじゃねぇのか」
複雑な思いを顔に出しながら、土方が言った言葉に、娘は小さく笑みをこぼした。
その笑顔が腑に落ちなくて、土方は更に続けた。
「それに……誰でもいいなら近藤さんを誘ってやりゃあ、良かったろうによ」
ここでこの名前は禁句かとも思えたが、敢えて土方は上司の名前を出した。
「あの人は……駄目です……」
娘は意外にも、穏やかな笑顔でそう返した。
「……そんなに、嫌ってたのかい」
土方の問いに娘は、笑って首を横に振った。
その笑顔は妖しく、そして酷く――― 美しかった。
土方はその笑顔に暫し見蕩れた後、口を開いた。
「なんだい、そりゃあ………ひっでぇオンナだな、オイ」
娘はくすくす笑いながら、シーツを巻きつけて、土方の側に腰を下ろした。
「じゃあ……土方さんはどうなんです」
土方の目の前に、ぞくりとくるような瞳が強い光を放っていた。
日上げてくる瞳に捕えられたまま、男は娘に告げた。
「俺は酷いオトコだよ」
そう言うと、男は煙草から唇を離し、赤い唇に噛み付いた。
娘は満足そうに喉の奥を鳴らした。
――――嗚呼、悪いオンナに掴まっちまった。
オンナなんてなァ、何を考えてんのかも分からねぇってのに―――――
土方は娘の紅が己の唇を染めていくのも構わずに、甘い唇を味わい続けた。
<了>