「ちょっとォ、そこの銀髪のお兄さン!アタシと遊ンでいかないかィ?」  
「あー?・・・すまねェな。ちょっと今立て込んでるんだわ。  
又こんど誘ってくれや。」  
 
銀時が歩いているのは、真選組の屯所に程近い場所の裏通りである。  
川沿いに木が生い茂り、街灯がほとんど無いために薄暗い。  
月だけが煌々と明るい。  
ここは、身を売る女達が数多く出没する場所である。  
売春は一応表向き禁止ということになってはいるが、  
実際の幕府の取り締まりはほとんど無法状態にある。  
そのため屯所に近いこんな場所でも、こういった女が溢れている。  
過去、過激派の攘夷テロによる紛争で行き場を失くした女達や  
体を売るしか生きていく術のない女達が。  
 
「そぅお?残念。」  
26、7くらいの年であろう艶っぽい女が  
しなを作って妖しく微笑む。  
 
「・・・・なぁ、ネェさん。あんた、初潮きたのいくつんときだ?」  
「なンだィ?藪から棒に。変なこと聞くネェ。そうネェ・・。  
そンな大昔のこたァ覚えてないけど、12、3の頃だと思うわァ。」  
「ふー・・ん。女ってのは、胸が充分に膨らんでなくても、  
女の体になるんだな。」  
銀時はおもしろくなさそうにあごを掻いた。  
「そおよゥ。アタシなんて、13、4の頃には、ガリガリだったけど、  
もう体売って生活してたンだからさァ。」  
「そうかい・・。好きでもない男とヤんのは、大変だろうな。」  
「ふふふ。兄さン、そこそこの年だろウけど、まだまだ青いネェ。」  
木の幹にしなだれかかりながら、妙齢の女が目を細めた。  
「女はね、好きでもない男となんて、出来やしないのサ。  
男は、女なら誰でもいいモンなンだろうけどネ。  
アタシたちはネ、お客に惚れるのサ。一夜限りの恋さネ。」  
「惚れるったって、中には嫌な男もいるだろうよ。」  
「そンな男には、体売らないよウ。男は体と心は別モンだろうけど、  
女は体も心も一緒のモンだからねェ。同じ布団で一晩も過ごせば、  
相手を好きになっちまうもンさ。」  
「そんなもんかねェ・・・。」  
「なによウ、その顔。アタシらはね、お兄さン  
体だけ売ってンじゃないンだよウ。体を重ねるだけじゃないンだ。  
心も重ね合わせるのサ。たとえ一夜限りでもねェ。」  
「心・か・・。じゃぁな、ネェさん。今夜もいい恋しろよ。」  
「言われなくても、わかってるよウ。」  
銀時が後ろ手に手を振りながら、その場を離れる。  
と 後ろから声が聞こえた  
「お兄さン、何を戸惑ってンだか知らないけど―――」  
 
 あるがままを 受け止めなよウ  
 
 
「今夜は月が綺麗だな。」  
もうすぐ、真選組の屯所だ。  
神楽はいるだろうか。  
「あの大食い娘が、女になった なんてなぁ・・。」  
新八と泰三に話を聞いてはいたが、  
銀時は実は話半分にしか信じていなかった。  
「信じられねぇよな。あんな小せぇ神楽が。」  
まだまだ子供だと高くくってたのに。  
「心を重ねる か。」  
神楽は、新八と泰三とその他の男と。  
「女はいいな。」  
銀時はつい最近まで独りだった。  
新八と出会い、神楽と出会い。  
そして最近は、騒がしくて賑やかな連中との交流も増えた。  
それまでは 独りだった。  
失うのが恐くて。  
 
もうあいつらを 二度と失うものか  絶対に  
この手に しっかりと掴んで  
 
「だけどよ、あいつらから、俺の手を離れてく場合はどうすれば  
いいんだ・・・?」  
神楽は銀時ではない誰か、他の大切な人間を作って  
銀時の手を離れていく。  
「んだよ、銀さん寂しいじゃんよ・・。」  
まるで、年頃の娘が自分の元を巣立っていくのを嫌がる父親のようだ。  
苦笑しながら、自分の手の平を見る。  
「あるがままを、受け止めろ か。」  
神楽が女の顔になって帰ってきたら――  
「銀さん泣いていい?」  
 
いつの間にか、真選組屯所が見えるところまで来ていた。  
門の前に見える二つの人影  
「それじゃぁ、帰るアル。」  
「本当に家まで送らなくてもいいんですかィ?」  
「いいヨ。一人で帰るアル。子供じゃねぇんだヨ。」  
「・・わかりやした。じゃ、さよならのキスでさァ。」  
「うら゛ぁ゛ぁ゛ア゛ア アアアッ!!!」  
「!?っ旦那!!」  
「っ!銀ちゃん!?」  
沖田が神楽にキスしようとしているのを見た銀時は  
全力疾走で神楽を沖田から引っぺがし、必死でそれを阻止した。  
「くらァアアアッ!てめっ、うちの神楽に何してんだ!!」  
話を聞くのと実際に現場を見るのとでは全然違う。  
「嫁入り前のむすめにィイィ!手ェ出すんじゃねェエエッ!!」  
はぁ はぁ 肩で息をする。  
「落ち着いてくだせェ、万事屋の旦那。」  
「落ち着けるかアァァアア!!おまっ、神楽に手ェ出したのか?!」  
「出しやした。中に。一回だけじゃな・・」  
「うがああああああ!!!その先は言うなァアアッ!」  
銀時は二度と回数を聞かない決意をしていた。  
「大丈夫ですぜ。きちんと責任は取りまさァ。」  
「責任ってなんだこらぁああ!何ぬかすこのやろう!お前みたいなガキに  
うちの神楽をやれるかあァァァァァァ!!」  
「いや、あんたんとこよりかは生活保障されてますんで。定収入あるし。」  
「何ぃお!?」  
銀時が愛用の木刀に手をかける。完璧に頭に血がのぼっていた。  
 
「銀ちゃん、お腹減ったアル。帰ろう?」  
神楽が銀時の着物の裾を引っ張った。  
その顔は――いつもの神楽と変わりなかった。  
「お・おう・・。」  
毒気を抜かれる。  
「バイバイ、総悟。帰ろ、銀ちゃん。」  
神楽が銀時の手を引っ張る。  
なんだ いつもの神楽じゃねぇか  
「さよならでさァ。」  
神楽がじっと沖田の目を見る。  
「・・・・・ かぐら ・・。」  
「よろしいアル!」  
名前を呼ばれた神楽は満足げにそう言って  
銀時の手を引き、颯爽と歩き出す。  
沖田は姿が見えなくなるまで、こっちを見送っていた。  
 
  何?こいつら 名前で呼びあっちゃってんの?  
 
「今夜は月が綺麗アル。」  
月 自分の故郷 絶滅寸前の夜兎族の星  
 マミー・パピー わたしは元気ヨ  
「なんだぁ、神楽。ホームシックか?」  
「違うヨ。」  
  だって 淋しくない 今は  
「銀ちゃん、ラーメン食べたい!ラーメン!」  
「無理。今俺、小銭しか持ってねぇから。」  
「なんだヨ。」  
  銀ちゃんが そばに居る  
 
今歩いているこの通りには、屋台がいくつも連なっている。  
ラーメン、おでん、焼き鳥、綿飴や金魚すくいまである。  
人もそこそこの賑わい。  
「いい匂い。お腹すいたアル・・・。」  
「家帰りゃ、新八がなんか作って待ってんだろ。 あ。」  
銀時が一点を指差す。  
「神楽、アイス食うか?」  
「食う!!」  
「すんません、二つ下さい。」  
 
銀時は甘いもの好きだ。  
しかし、血糖値が高いので過剰な糖分摂取は医者に止められている。  
はずだが  
「週一糖なんて、守れねぇよな。人生に必要なのは、カルシウムと糖分だ。  
神楽、あそこの野っぱらで食ってくぞ。新八にばれるとうるせぇからな。」  
近くの空き地に置いてある角材の上に座り、  
二人並んでアイスを食べる。  
カップアイスはまだ硬く、神楽は手の平でつつんで  
少し溶けるのを待った。  
 
今日のこと  新八  
       マダオ  
       土方  
       沖田  
なぜか  
銀ちゃんには話しにくい・・・  
 
「なぁ神楽、お前、今日・・・・。たくさん楽しめたか?」  
銀時はアイスに視線を落としたまま、ぽつりと語りかけてきた。  
 あぁ 銀ちゃんは全部知ってる  
そう思った。  
「・・・楽しかったヨ。たくさん。イロイロ。」  
自分が気持ちよくて  
相手も気持ちよくて  
夜兎の自分が  
相手を傷つけることなく  
自分も傷つくことなく  
「この星に来て」  
みんなと出会えて  
「本当に良かったアル。」  
銀時にむかって 軽く笑いかける。  
なぜか 銀時が泣きそうだと思ったから。  
 
「そうか、そりゃよかった・・。神楽が幸せなら、銀さんはいいんだ。  
お前の心の赴くままに、自由に、好きなように生きていけばいいさ。」  
 心配いらねぇよな と  
銀時は神楽の肩を自分に引き寄せて、頭を撫でた。  
「銀ちゃん。」  
「ん?」  
「ずうっと、傍に居てネ・・。兎は淋しいと死んじゃうんだって。」  
この前テレビでやっていた。  
淋しいと死ぬくせに  
他者を破壊せずにはいられない夜兎  
だから 絶滅寸前なのかもしれない  
そう思った。  
 
「神楽から離れていかないかぎり、銀さんはどこにもいかねぇよ。」  
遠い目をした銀時が自嘲気味に笑った。  
ぎゅうぅっ と銀時を抱きしめる。  
どことなく甘い匂いがした。  
安心する。  
新八の声よりも  
泰三の目よりも  
土方の手よりも  
沖田の肌よりも  
  銀時の匂いが  
 
「好きヨ」  
 
銀時がやさしく抱きしめ返してくれた。  
目をつぶると、ここが世界で一番安全な場所のように思えた。  
 
「神楽、糖分のさらに甘い取り方知ってるか?」  
「?知らないネ・・。」  
銀時はそう言うと  ぴっ と  
神楽の唇にアイスを付けて  ぺろり と  
猫のようなキスをした。  
「な?」  
銀時がいたずらっぽく笑う。  
「甘い・・・。」  
きっと、銀ちゃんは宇宙中の糖分の何よりも甘い。  
ちゅっ  
神楽もやさしくキスを返した。  
「今日はもうエッチ無しだぞ。散々やったんだろ?」  
「ん。もう満足ネ。」  
「これからは・・なるべく、その、相手は銀さんだけにしとけ。」  
「ん・・。」  
銀時の腕に包まれて  
神楽は少し眠たくなってきた。  
「来月から、銀さんがんばらねぇとな。そうだ、どんきほーてで衣装買わねぇと。  
どっかの星のせぇらぁ服とかよかったな。なーす服だっけ?あれもいいな。  
ミニスカポリスに、兎と言えばバニーガールか。」  
「銀ちゃん・・、そんなものより、まず」  
なんだかきらめいている銀時の目を見ながら、  
「ブラジャー買ってヨ・・・・」  
そう言うと、神楽はすやすやと寝息を立てた。  
 
「わかったよ・・。」  
銀時は観念したように笑い、神楽をおぶって家路についた。  
 
空には  満点の星   
地上には 月の光―――  
 
 
 
――――その後  
 
「オイ!もっと腰動かせアル!さっきから休んでばっかりじゃねぇカ。」  
べしっ  
「!おまっ、痛ぇよ。ここ赤くなってんじゃねぇか!  
ほんと、もう勘弁して下さい。」  
神楽が銀時の上に乗っている。  
「何言ってるネ。銀ちゃんが満足させてくれるっていうから、  
他の男のところに行かない約束したアル。  
こんなひらひらした服まで着せておいて、勘弁も何もないアル!!」  
「そうだよ!お前は今、メイド役なんだぞ!?  
コスプレするときは心まで飾るの!  
もっとご主人様に従順になれよ!キャラ変えろ!」  
「もっと腰動かすニダ」  
「語尾変えただけじゃねぇかァアア!!」  
 
カラカラ・  
「いらっしゃい。・・新八か。さっきから銀時の悲鳴が聞こえてくるけど、  
いつものかい?」  
「そうなんですよ、お登勢さん。上が終わるまで、  
スナックにいさせて下さい。」  
「大丈夫なのかい?銀時は。」  
「大丈夫なんじゃないんですか?部屋にはコスプレ衣装やら  
怪しい器具やらでいっぱいですし。勘弁してほしいですよ。全く。」  
二階からはゴンとかガンとかいう音が聞こえる。  
新八とお登勢は上を見上げて苦笑した―――  
 
「銀ちゃんが満足させてくれないなら、他に行くアル。  
沖田も土方もマダオも坂本も、させて欲しいってうるさいし。」  
「ぅおいィィィィィ!?一人増えてんぞオォォォォォ!!?  
このっ、お前が他の男のとこ行くってんなら、  
俺だってみちこのとこ行くからな!?」  
「だからみちこって誰ヨっ!!?」  
ぎゅぅうううううっ  
「い゛い゛ぃぃでエェェェッ!!!おまっ、どこつねってんだァア!  
ちくしょうっ、こうなりゃやけだ、うるァアアアアッッ!!」  
「あ あん やぁ んっ・・銀ちゃん やれば出来るアル! 」  
「はぁ 、終了です。」  
「早っ!!」  
 
 
   銀ちゃんには悪いけど    
 
「ほら銀ちゃん!変な薬打ってでも続けるアルよ!」  
歌舞伎町に銀時の悲鳴が響き渡る  
 
 
   わたし 夜兎でよかった                
                              了  
 

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