それは、幾松が床について、半時ほど経った時だったろうか。
幾松はすでに眠りに落ちかけていた。今日も忙しく働いて、へとへとだった。
その幾松を、現に引き戻す音がした。誰もいない筈の寝室で、畳が軋んだのだ。
――――!? なに……? ……泥棒!?
はっとして、息を呑む。
暗い寝室の中で、確かに、自分以外の人の気配がする。
暴漢だったら、どうやって助けを呼ぼうか―――布団の中から、部屋の様子を窺う。
部屋の中は真っ暗でよく見えないが、こちらを背にして、窓際に人影が立っていた。
人影は、男のようである。
幾松の背筋に、冷や汗が流れた。
大声を出して逃げようと、機を窺っていた、その時である。
男がくるりと、こちらを向いた。
さらりと、背中まである長髪が、ゆれた。
見覚えのあるシルエットに、幾松は急に肩の力が抜けた。
「不法侵入で訴えるよ、この犯罪者」
驚かされた腹いせに、不機嫌な声を出すと、男は驚いた様子もなく、平然と言ってのけた。
「犯罪者じゃない、桂だ」
予想通りの反応に呆れて、幾松は男に背を向けて寝返りを打った。
「全く。私ゃ、明日も早いんだから、いい加減にしとくれよ」
男はそんな幾松など、お構いなしに、幾松の寝室で、当然のように自前の寝巻きに着替えている。
まるで自分の家のようである。
「幾松殿、玄関の鍵が壊れていたぞ。女性の一人暮らしにあれでは無用心であろう。
この界隈は物騒なのだから、いつ不審者が侵入してくるとも限らないのだぞ」
「アンタがその不審者じゃ……って、なんで入ってくんのよ!」
男は、さも当然と言わんばかりに、幾松の布団を捲って、隣に潜り込んできた。
「えー、だって……寒いし……」
「だって、寒いし…じゃないわよ!
だいたい、寝巻きとか、歯ブラシとか、アンタいつの間にウチに置いてったんだぃ!
今日、見つけたけど、青い蕎麦猪口、あれもアンタのでしょう!?」
「幾松殿、明日も早いのだろう? 早く寝た方が良いぞ」
至近距離で捲し立てる幾松に、涼しい顔で返す桂。
幾松は深く溜息をつくと、馬鹿にゃ何言っても無駄だったね、と、再び桂に背を向けた。
それ以上、同衾していることは突っ込まないらしい。
桂は、背を向けて寝てしまった幾松の腰に、自らの腕を回して、後ろから抱きしめた。
幾松の耳元で、馬鹿じゃない、桂だ、という、男の囁きが聞こえた。
幾松は男に聞こえないように、もう一度、馬鹿、と呟いた。
暫く、そのままでいた。
触れ合っている部分が、互いの体温を伝え合った。
幾松が不意に、背を向けたまま、口を開いた。
「…………怪我、してないね?」
桂は幾松の首に顔を寄せて、心配ない。無事だ。とだけ、答えた。
男が幾松の元に訪れるのは、一月に数回、あるかないかだった。
男はお尋ね者の攘夷志士で、大抵、真撰組に追い回されていた。
前回、幾松との別れ際も、男は派手に真撰組とやりあって、逃げ去って、そのままだった。
幾松は、自分はつくづく男運がない、と、溜息をついた。
旦那は早くに亡くしてしまうし、今の男はこんなのだし、と。
だが、背中に感じる男の温もりは、ひどく心地よかった。
このままでいられたら、どんなに良いだろうと、本気で思った。
幾松が幸せを噛み締めていた、その時だった。
幾松は自分の尻に何か、硬いものが当たるのを感じた。
「…………私、本当にもう、眠いんだけど?」
幾松が目を瞑ったまま口を開くと、幾松の髪に頬を埋めていた男も、口を開いた。
「いや、俺も眠いんだが、俺の息子が起きてしまってな……」
寝かしつけてやってくれんだろうか、という男に、幾松は布団の中から、廊下の方向に指をさした。
「便所はあっちだよ。変なとこに飛ばしたら、承知しないからね」
「えー…、幾松殿……冷たい……」
男は尚も、熱く猛った箇所を幾松の尻に押し当ててくる。
完全にわざとである。
幾松はたまりかねて、後ろにいる男を振り返った。
「……さっきから何なのよ! 何そのキャラ!?
流行ってんの!? ねぇ、流行ってんの!?
この間の『怒られちゃったぁ』といい、アンタ気持ち悪……」
抗議をするつもりで振り向いたのに、あまりにも穏やかな笑顔で、桂がこちらを見ているので、黙ってしまった。
二人を照らしているのは、窓から差し込む月のみである。
同じ布団の中で、見つめあう。
その距離は、五寸と離れていない。
――――最後に、コイツの顔見たのって、何日前だったっけ。
本当は、心配だった。
口には出さないけれど。心配で、たまらなかった。
――――あ。
考えている幾松の隙をついて、幾松の唇を、桂のそれが覆った。
不意をつかれたので、舌の侵入を許してしまう。
口内を貪る男の舌の感触に、頭が真っ白になった。
みるみる力が抜けて、どうでも良くなってしまう。
悔しい、と思いながらも、幾松は男の舌の動きに逆らわなかった。
送り込まれる唾液も、素直に嚥下した。
男に触れられている端から、どうしようもなく自分がこの男に惚れているという事実が、甘い痺れとなって、全身を包んだ。
桂が唇を離すと、二人の間に、唾液の糸が引いた。
「『気持ち悪い』のならば、これから『気持ちよく』しようと思うのだが……ダメだろうか」
男は真顔で、幾松を見据えて言う。
「……好きにすれば。……このスケベ」
幾松が諦めて口を開くと、助平じゃない、桂だ。と、男は返した。
布団の中で、脚を絡ませあう。
乱れた寝間着の裾から伸びた、互いの素肌が擦れ合う。
腰は相変わらず、密着している状態である。
男の片腕は幾松の腰に巻きついて、一向に離そうとしない。
幾松は寝巻き越しに、絶えず男の猛りを感じていた。
それは、どんどん、熱を増しているように感じられた。
押し当てられていると、以前に男とまぐわった記憶を刺激される。
この硬く熱を持ったものが、己の内でどう暴れたのか、その感触を思い出す。
幾松の体の奥も、男を欲して疼き始めた。
互いの息が、少しずつ上擦っていく。
幾松が上体を捩じらせて男を振り返ると、再び唇を覆われた。
激しく、噛みつきあうような口づけをかわす。
男の唇はそのまま、幾松の顎や首筋へと下りてゆき、最後は寝巻きの上から、幾松の胸にむしゃぶりついた。
薄い寝巻きの布は、男の唾液を吸って、みるみる透けていく。
寝る前で、下着をつけていないのか、透けた寝巻きは幾松の肌に張り付いて、胸の突起を強調させた。
張りのある丸いふくらみの先に、桜色をした突起がぷっくりと立ち上がっているのが、わかった。
男はその小さな突起に、寝巻きの上から、かり、と、噛み付いた。
「ぁ…ッッ……っく……!!」
幾松の体に電流に似た痺れが走る。
思わず、胸元にある男の頭を掻き抱く。
男はその姿勢のまま、幾松の寝巻きの裾を捲り上げて、彼女の脚に猛った自身を押し当てた。
幾松の白い太腿に、にちゅにちゅと擦り付けられたそれは、痛いくらいに張り詰めていた。
早くお前の中に入れさせろ、と訴えているかのようである。
男の手が、幾松の下肢を覆う、僅かな布に伸びた。
その布越しに、背後から指を差し入れ、割れ目をなぞりあげる。
少し力を入れただけで、男の指先に、じゅくっ、と湿った感触が伝わってきた。
下着の内側は、もうぬるぬるで、既に男を受け入れる準備を整えていた。
「すごいな……もう、こんなに……」
男の囁きに、幾松は左右に頭を振った。
「…ゃ……言わな…で…」
「……ぐちゃぐちゃだ」
「んぁあッ……んん…ッ」
男の中指が下着を掻き分けて、その奥へと差し込また。
熱く潤った肉壷の中へ沈められたそれは、くちゅくちゅと出し入れを繰り返した。
肉壷から溢れた蜜は男の指に絡みつき、てらてらと濡れ光った。
部屋の中に淫靡な水音が響いた。
「幾松殿……もう…耐えられん」
既に余裕のなくなった声で、男は幾松の下着を乱暴に引きずり下ろした。
後ろから覆いかぶさる姿勢のまま、幾松の尻をつかみあげて、目指す入り口に自身を押し当てる。
お互いから分泌される粘液が、ぬるぬると擦り合わさって、欲情を煽る。
男は幾松の肉壷に、一気に己を突き入れた。
「ん…ぁあッ…ふぁ…あああんッ……!!」
幾松の腰が妖しく揺れた。
後ろから突き入れられたモノは、幾松の予想しないところを擦りあげる。
もどかしくて、思わず、腰を振ってしまう。
男は幾松の肉の感触を味わうように、丁寧にストロークを繰り返した。
繋がった箇所から、愛液が溢れて、互いの腿を伝った。
男は夢中で腰を振り続けた。
男の両手は幾松の寝巻きを肩から剥いて、彼女の上半身をあらわにした。
こぼれた幾松の乳房が、男の与える振動にあわせて、揺れる。
「んッんッ…ゃ…ッ…らめ……ッ、気…もち…イイ…ッ」
幾松のあげる艶っぽい悲鳴に、男は苦しそうに、射精を堪える。
「幾…松…殿…ッ、上…に…」
言うか、そのまま幾松の腰を持ち上げて、座った己の猛りの上に、幾松を沈めた。
じゅぷじゅぷっ、と幾松の体重で、男のモノがめり込んでゆく。
幾松の背が、大きく仰け反る。
「んッ…はぁ…ッう…ッ」
男は、そこから、さらに激しく突き上げた。
ゆさゆさと、男の上で幾松の体が揺すられる。
幾松は、自分の中で暴れる男の熱に、頭の芯を焼き切られるような、強烈な快感を覚えた。
息も絶え絶えに、彼女は言った。
「んッ…ふぃ…やぁ…っ、やめ…っ…おかしく…なっちゃ…」
「多少は…おかしく、なってもらわねば…困る」
――――俺はもうとっくにおかしくなっている。
男は幾松の耳にがり、と歯を立てた。
幾松の中がきゅうっ、と男を締め付けた。
男の亀頭の部分が太さを増した。
それを感じ取った幾松が、慌てて言った。
「や…! 待って、まだ…ッ、最後………顔見て……したい…」
その声を聞いて、男の動きが止まる。
幾松が腰をあげると、ずるり、と男のモノが抜けた。
限界まで漲っているそれに、今度は向かいあう形で、幾松は腰を落とした。
ぐぷぷ…、と結合部分から音と蜜が溢れる。
男のモノが差し込まれる間中、両者は互いに目をそらさなかった。
ゆっくりと、幾松の襞を掻き分けて、男の肉茎が進む。
幾松は唇を微かにわななかせて、切なそうに眉を顰めた。
それが幾松の中に根元まで埋め込まれると、幾松はびくん、と体を強張らせて、男にしがみついた。
「入れただけで…イッてしまったのか…」
「ん…だって、アンタの目…やーらしんだもん…」
あんな顔されたら、こっちがヘンになっちまうよ、と続ける幾松に、そんな、人の顔を猥褻物のように言わんでもらおう、と男が返す。
「とにかく、俺も、もうすぐだから…続けさせて、もらうぞ」
「あん…ッ、はう…ッ、ああんッ!!」
男は腰の動きを再開させた。
イッたばかりで敏感になっている幾松は、男の首にしがみ付いて、悶えた。
そんな幾松の顎を捉えて、男は三度、彼女の唇を吸った。
上と下で深く繋がったまま、男が急に、立ち上がった。
「んんんん−ーッッ…!!! ん…ぁあ…ッ!! ふか…すぎ…っ、奥、に…あたって…るぅ…っ!!」
幾松は落ちないように、必死に男にしがみ付くが、男は幾松を突き刺したまま、壁際まで歩いていく。
「んッッ…、やめ…ッ、歩か、ない、で…ッ、ヘンなとこ…こすれ、ちゃ…ッッ」
「もう…少し…だから」
男が歩く振動と、自分の体重で、体の深い部分に男を感じてしまい、幾松は気が触れそうな感覚を何度も味わった。
やがて、男は壁際まで幾松を運ぶと、壁に幾松の背を押し付け、幾松を壁と自分とで挟み込むようにして、下から突き上げた。
激しく何度も揺すられて、再び幾松に限界が訪れる。
「だめぇ……ッ また…イッちゃ…!!」
「俺も、イク」
背中に壁の冷たさと、腹に男の放った白濁の熱を感じながら、幾松は果てた。
「すまなかったと……こうして、詫びているではないか」
乱れた姿のまま、姿勢だけはやたら美しい正座の姿勢で、桂が幾松に対峙している。
窓の外は、空が白んできて、月が西に傾きかけていた。
幾松は、自分の腰に巻きついているだけで、すでに意味を為さなくなった帯を解きながら、不機嫌に返した。
「まったく、よくここまで無茶してくれたモンだ。寝る時間も削られちゃ、こっちは商売あがったりだよ」
ブツブツ漏らす幾松に、桂はしれっと答えた。
「えー、でも、幾松殿が好きにしろって言ったー」
「だぁぁから、そのキャラやめてくんない!? 気持ち悪いんですけどォォォ!!!」
「気持ち悪いなら、気持ちよくしてやると……」
「その手は喰うかァァァ!!!」
汚れた寝巻きを桂に叩きつけて、部屋を出て行こうとする幾松の手を、桂が掴んだ。
「何処に行くのだ。ストリーキングか」
「誰がこのまま、街中出るかァァ!! 風呂よ!!風呂!!!」
「俺も入りたいのだが」
「私の後に入りなさいよ。アンタみたいなテロリストと違って、こっちは定時に開店しなきゃなんないのよ」
幾松は桂の手を振りほどこうとしたが、桂は一向に離そうとしない。
「……一緒に入りたいのだが」
真っ直ぐにこちらを見つめる桂を見て、幾松は呆れた。
全く、この男。ふざけている。
いつから、こんなにふざけた男になってしまったのだろう。
誰だ、この男をこんなに甘やかしているのは。
――――……私か。
握られた手を、振りほどけない。
触れられた先から、抗えなくなる。
見つめられた途端に、ヘンになってしまう。
―――――…この男には、なんだかんだ許しちまう。
「あー、…悔しい」
ぽつりと呟く幾松を、桂が不思議そうに見つめる。
「幾松殿…?」
幾松は掴まれた手を握り返すと、微笑んだ。
「アンタの寝巻きも洗濯しちまいたいから………一緒に入ろうか」
<終>