「銀狼怪奇ファイル〜二つの頭脳を持つ少年〜」(1996)  
不破耕助は幼少時に親と死別、小早川家に引き取られ、2歳年上の冴子と姉弟のように  
育つ。耕助が高校に入学すると、学内で次々と怪事件が起こり始める。ある日、耕助は  
交通事故で意識を失うが、それをきっかけにもう一つの人格、銀狼が覚醒する。  
銀狼は並外れた頭脳で怪事件の謎に挑む。  
実は父親による遺伝子操作実験で、耕助には二つの脳が……(後略)  
 
 
 
『……さえ…こ……』  
 
遠くで名前を呼ばれた気がして、冴子は目を開けた。  
しばらく耳を済ますが、もう何も聞こえない。  
 
夢……?空耳……?それとも、耕ちゃんが寝ぼけたのかな。  
 
「…耕ちゃん……?」  
小さな声で、襖の向こうの弟に声をかける。  
「耕ちゃん…、起きてるの……?」  
答えはない。  
 
「寝てるぜ、あいつなら」  
足元から声がした。  
「………?!」  
冴子はがば、と身を起こす。  
「なっ…、何であんたがここにいるのよ!」  
 
薄闇の中の黒い人影は、弟の姿をしていた。  
おやすみを言った時と同じ、ブルーのパジャマ。  
 
「どうして俺が出てきているかってことか?…ふん、大方、悪夢でも見たんだろう。  
 寝ている時まで俺を頼りやがって、弱虫が」  
「やめて、そんな言い方!」  
冴子は相手を睨みつけた。  
「それより、何であたしの部屋にいるわけ?!」  
 
相手は黙ったまま、ゆっくりと冴子に近づいてくる。  
「な、何…よ……」  
冴子は身構えた。  
「……ちょっとした実験さ」  
「…実…験?」  
 
と、目の前に拳が伸び、しゅう、と音が聞こえた。  
気体が鼻に吹き付けられ、冴子は軽く咳き込む。  
「何すんの!」  
「…お前って女は、気が強くて凶暴だからな。少しおとなしくしてろ」  
 
「………っ…」  
体が痺れ、力が抜ける。怒鳴り付けようとしても囁き声しか出ない。  
「な…にを…する気……。…銀…狼……」  
「言っただろうが。実験だよ」  
体を起こしていられなくなって、冴子はぐらりと倒れた。  
真上から、青い瞳が見下ろす。  
 
この顔も、この体も、耕ちゃんなのに。  
どうしてこいつは、耕ちゃんと全然違うんだろう。  
 
気持ちだけでも負けまいと、冴子は目を逸らさなかった。  
銀狼はふっ、と鼻で笑う。  
「噛み付きそうな目だな。いい根性だぜ」  
冴子の胸元に指が伸びた。  
シャツドレスのボタンが一つずつ外されてゆく。  
 
「……や…、なに……」  
慌てた冴子はのろのろと手をかけて、狼藉を阻もうとする。  
が、銀狼が軽く手首を返すと、その手はあっさりとはね飛ばされた。  
「…やめて…よ…。どういう、つもり……」  
ボタンは臍の下まで外され、深いV字に白い肌が覗いた。  
「バ…カッ…!……やめ…ろ!」  
 
蹴飛ばしてやる。  
 
冴子は腰をよじって脚を蹴り出そうとした。  
しかし脚が動く前に、銀狼が冴子の膝の上に跨がる。  
「無駄だよ。無理すんな」  
そう言って、シャツの前を広げた。  
 
薄く肋骨の浮かぶ胸が、あらわになる。  
小ぶりの乳房は空気に触れて粟立ち、先端が薔薇色に尖った。  
「……い…や…」  
上下する胸の丸みを、銀狼の手が包むように押さえる。  
冴子はびくんと体を震わせた。  
 
全体を強く揉まれ、乳首を指先で撫でられる。  
「あ…っ……!…や…っ、やだ……」  
苦しそうに目を閉じ、冴子は切れ切れの声を上げた。  
銀狼の頭が下がり、乳首を口に含む。  
「…ゃ……!……ん…っ…」  
柔らかく温かな唇に吸われ、乳首はますます固くなる。  
 
「バカ……、いや…ぁ……」  
冴子は銀狼の肩に手を当てて押し退けようとしたが、何の意味もなさなかった。  
熱い舌が乳首を舐めるたび、下腹部が奇妙に疼く。  
「…あ、ぁ…っ…、や…め…」  
ちゅっと音を立てて、唇が乳首を放した。  
「んっ…」  
 
銀狼は冴子のシャツドレスの前をつかむと、左右に大きく広げた。  
かかっていたボタンが弾け飛ぶ。  
「………!」  
冴子は驚いて身をすくませた。  
 
袖に包まれた腕以外の、全身がさらけ出される。  
銀狼は冴子の上から退いて、ショーツを腰骨から剥がす。  
足先まで下げて脱がせてしまうと、冴子の脚の間に割って入り、淡い茂みの奥に  
指を当てた。  
「……ぅ…っ!」  
腰がぴくんと揺れる。  
「…ここまでは順当な反応だな」  
透明な粘液で濡れた指を見ながら、銀狼はつぶやいた。  
 
冴子は悔しそうな顔をして銀狼を睨む。  
「……あんた…あたし…が嫌い、でしょ…。なのに、どうして、…こんなこと…」  
「…好き嫌いなんか関係ねえ」  
銀狼は冷たく答えた。  
「これは実験さ。一番手近で都合のいい女が、お前だっただけだ」  
「…どういう、こと…」  
 
「俺の欲しい実験道具は、試験管の中より、人間の腹の中でうまく出来るんでね」  
「……何、言ってるの…。意味…わかんない……」  
「いい歳してカマトトぶってんじゃねえよ。生物は履修したんだろ」  
冴子はやっと理解し、青ざめた。  
 
「い…や…。あんたと……なんて、死ん…だ方が…、まし…よ!……悪魔!」  
青い瞳が闇の中で光る。  
「お前は動けない。観念するんだな」  
「あんた、なんか…、大っ嫌い!動ける…ようになったら……、殺してやる…!」  
 
銀狼は凄艶な顔をして笑う。  
「この体は耕助の体だ。お前にあいつが殺せるのか?」  
冴子は言葉に詰まった。  
「…そんなに嫌なら、弟とやってると思え。弱虫で泣き虫の耕助とな」  
低く吠えるように吐き捨てると、銀狼は耕助のパジャマを脱いだ。  
少年期を脱しつつある、精悍な体躯が闇に浮かぶ。  
 
銀狼の体は、耕ちゃんの体…。耕ちゃんも、こんな……?  
でも、耕ちゃんとなんて考えられない。だって、耕ちゃんは…弟だもの。  
 
抵抗を諦め、冴子は銀狼を見上げた。  
無表情に冴子を見返した銀狼は、おもむろに膣に指を差し込んだ。  
「……う……っ…」  
異物の侵入に冴子はのけぞる。  
あふれた粘液のおかげで、指はやすやすと奥まで入った。  
 
膣壁をなぞりながら、深く浅く、指が動く。  
「…ん……!……んっ…、…あ……ぁ……」  
華奢な裸身が淡いピンク色に染まる。  
少女のような体は、指がもたらす奇妙な快感に鋭く反応する。  
 
その事に、冴子自身が戸惑っていた。  
 
耕ちゃんの指……。耕ちゃんの指で、あたし、こんな……。  
なんで?!ダメだよ…!そんなこと、許されない。  
ううん、違う。ここにいるのは、銀狼……。耕ちゃんじゃない。  
 
「……銀…狼……」  
弱々しい囁きが、喘ぎと共に唇から漏れる。  
「…どうした。痛いのか」  
銀狼が問うと、冴子は首を振った。  
長い髪が波打ち、頬にかかる。  
 
「もっと…痛くたって、いい……。…やりなさいよ、…早く……」  
このまま弟の体に、快感に溺れていくのが恐かった。  
「…冴子…」  
無力なはずの体が、誘うように、挑むように、自分を待っている。  
悩ましげな表情は妖しくさえ映り、銀狼は息を飲んだ。  
「……ああ。望み通りにしてやる」  
 
指を抜き、代わりに猛った硬いペニスをあてがう。  
細い脚を折り曲げて広げ、その間にゆっくりと体を沈めた。  
「……あ、…ぁ…!」  
がくんと震えた冴子の背が、大きく弓なりに反る。  
ペニスはぬるぬるとぬかるみの中に潜り込み、止まる。  
 
銀狼は大きく呼吸をすると、更に奥へ、体を押し込んだ。  
「……――っ!!」  
かすれた悲鳴。  
冴子は腕を縮めて胸を押さえ、拳を握りしめる。  
目を閉じ、子供のような仕草で痛みに耐えた。  
 
「……ふ…ぅっ…」  
息をついて、銀狼は体の下の少女を見つめる。  
今の反応と、狭い膣内を強引に通り抜けた感覚で、彼女が傷付いたのが分かった。  
獰猛に暴れ回りたい衝動と、優しく抱き締めたい思いとが、体の中で交錯する。  
 
銀狼は冴子の両手首を片方ずつ引き離すと、顔の両脇で押さえ付けた。  
冴子の体が緊張して、体内のペニスをきつく締め上げる。  
「……うぅ…」  
銀狼は歯を食いしばって熱い息を漏らす。  
濡れた粘膜にまとわりつかれる快感が、衝動を後押しした。  
 
「あぁ…、…うっ……!」  
ベッドの上に磔にされ、体を貫かれて、冴子は呻き声を上げる。  
下腹部を焦がし、内蔵をえぐる、野獣のような激しい動き。  
呼吸をし過ぎたせいだろうか、意識が薄れてくる。  
 
「さえ…こ……」  
銀狼は冴子の名前を呼んだ。  
最高潮に達した興奮を味わうように、緩慢な抽送を繰り返す。  
はあっ、はあっ、と荒い息をしていた銀狼が、突然低く唸る。  
 
「……ぁ」  
冴子の体内でペニスがどくん、と脈打った。  
生き物のように小さく震えながら、とめどなく射精し続ける。  
「……く…、…う…っ……」  
銀狼は体を固くし、苦しげな顔をして呻く。  
やがてゆっくりと冴子に体を重ね、細い首筋に唇を当てた。  
 
体の重みを受けとめて、冴子は天井を見つめる。  
 
…熱い体……。耕ちゃんと…、同じ匂い……。  
どうしてこいつは耕ちゃんなんだろう。他の男だったら、まだ良かった。  
かわいそうな耕ちゃん。こんな事になっちゃって、ごめんね…。  
 
冴子の目から涙がこぼれた。  
 
「死にたい。あたしを殺して、銀狼」  
静かな呼吸に戻っていた銀狼の体が、ぴくりと動く。  
顔を上げて冴子を見た。  
「…断る。耕助が俺を道連れに死ぬだろうからな」  
「……今夜のこと、絶対誰にも言わないで」  
「言わねえよ。バレたら、お前の親父に殺される」  
 
銀狼はベッドから下りると、下着をつけ、パジャマのズボンをはいた。  
「どうであれ、死ぬ運命には変わりないか……」  
くくっと笑って、パジャマの上着を拾う。  
 
「銀狼…」  
「そうだ、お前も俺を殺すんだったな、冴子」  
上着を着て、障子を開ける。  
「……どこ行くのよ…」  
「うるせえ」  
背を向けたまま答え、銀狼は消えた。  
 
冴子はゆっくり体を起こす。  
「…う……」  
腹部に力を入れた途端、膣から熱いものがとろりと溢れ出る。  
生理が始まったのかと思ったが、シャツドレスに染みているのは白い液体だった。  
「シャ…ワー…浴びなきゃ…」  
足をふらつかせて立ち上がり、冴子も部屋を出た。  
 
 
ぼすぼすぼす、と襖を叩く音。  
「姉ちゃん…、姉ちゃん!……起きろよ。そろそろ時間、ヤバいよ」  
 
ぐっすり眠っていた冴子は、その声に跳ね起きた。  
「……耕…ちゃん…?!」  
銀狼が消えて、耕助に戻っている。  
「……お、おはよ!…大丈夫、起きた。今行くから」  
「『おはよう』じゃ、ないんですけどねえ……」  
からかうような声が遠ざかっていく。  
 
「おはよう、お父さん……」  
髪を結い、制服を着て、冴子は食堂に入ってきた。  
「はいはい、いいから、早くしなさい」  
「姉ちゃん、すっごい眠そう。どしたのさ?」  
無邪気な笑顔。  
冴子は胸がひしがれる気がした。  
「ん、なんか……変な夢見ちゃって。…耕ちゃんは?良く眠れた?」  
「ぐっすりだよ。夢も見なかったぜ」  
 
……そうだよね。深く、深く…、眠ってたんだもんね。  
 
泣き出したい気持ちを抑えて、冴子は笑顔を作る。  
耕助の顔を見るのは辛かったが、この場にいるのが銀狼でないことは救いだった。  
 
「――冴子…。どうした、喉のところ……」  
「……え?」  
「あ、ほんとだ。ぽつって赤くなってるよ、姉ちゃん」  
耕助が、触れそうなくらいに顔を近付ける。  
銀狼と同じ匂いがした。  
 
あいつだ。  
冴子は喉を押さえた。  
最後に、抱き合った時…。あいつ……わざと付けたんだ。  
 
「薬、塗っとくか?」  
「ううん、だいじょぶ…。――いただきまあす」  
「え!姉ちゃん、これから食べる気?……遅刻するよ?!」  
「もうちょっと待ってて!」  
冴子はサラダを頬張り、ばりばりと音を立てて食べた。  
 
あいつ、あたしの心を先読みしたんだ。  
悪い夢だって思いたかったのに、キスの跡なんてあったら…。  
自分がいない時まで、思い知らせてくれるってわけ?  
……本当に、悪魔みたいなやつ!  
 
 
3日経って、赤い痣は消えた。  
 
冴子は寝床で本を読んでいる。  
目は字面を追うものの、考えているのはあの夜のことだった。  
ふと、銀狼の言葉が頭をよぎる。  
 
「これは実験さ――」  
 
心臓がどきどきし始め、腹部に手を当てる。  
 
できちゃったらどうしよう。  
ううん、まさか、一度きりで……。  
 
不安と怒りがふつふつとわいて、冴子は歯噛みした。  
「畜生っ、なんであたしがこんな…!」  
思わず叫んでから、慌てて口をふさぐ。  
 
隣の部屋の弟に聞こえてはいないだろうか。  
耳をすませ、様子をうかがう。  
起きている気配はない。  
良かった。冴子はほっと息をつく。  
 
「…あ、……うぁっ、…あぁ…あ…っ…!」  
 
突然、苦しそうな叫びが聞こえ、静かになる。  
 
「…耕ちゃん……?!…耕ちゃん!…どうしたの、…大丈夫……?」  
「あ……。…姉…ちゃん……?…夢か……。夢、見たんだ。恐かったよ……」  
半べそをかいた、悲しそうな声。  
「大丈夫、もう、大丈夫だよ…。手、握ってあげようか」  
「うん……。そっち、行っていい…?」  
「いいよ。おいで」  
 
襖が開いて、パジャマ姿の弟が入って来る。  
くすん、と鼻を鳴らし、手で目を隠した。  
「まぶしい……」  
「ごめん、消すね」  
冴子は読みかけの本を置くと、読書灯を消した。  
 
「ほら、座って」  
耕助の手を引いて、一緒にベッドに腰掛けた。  
手をつないで、ぎゅっと握ってやる。  
「どんな夢、見たの……?」  
「よくわかんないけど、誰かが死んじゃうんだ…。あれは……僕かな…」  
 
不安げな声に、冴子は胸が締めつけられる。  
耕助の体に手を回して、強く抱いた。  
「ただの夢だよ。大丈夫、姉ちゃんが守ってあげる」  
「……うん……」  
「姉ちゃんが、ずっと一緒にいるからね…」  
「うん…。ありがと、姉ちゃん」  
 
耕助は冴子の長い髪に鼻を近づけた。  
「……姉ちゃんの髪…、…いいにおい……」  
そのまま鼻先を潜らせて、冴子の耳の後ろにキスをする。  
「……ぁっ…。やだ、耕ちゃん…、くすぐったいよ…」  
体の芯がむずむずする。  
くすっと笑った耕助の息が耳にかかって、冴子は体を震わせた。  
 
「……耕…ちゃん、な…に…」  
耕助は耳たぶを舐め、頬に唇を当て、最後に冴子の唇をふさいだ。  
「……ん……」  
冴子は信じられないといった顔のまま、耕助に唇を吸われる。  
ちゅっ、という音が繰り返し響いた。  
 
「ん…ん……、……ちょっ……」  
耕助を抱いていたはずが、いつの間にか耕助に抱かれている。  
冴子はパジャマの腕にすがりついた。  
耕助の舌がちろちろと動いて、冴子の唇を、歯の裏を、上顎を舐める。  
「…ん…ふっ…、……ぁ…ん……」  
快感に体が痺れ、目が眩む。  
 
甘い声を上げた自分に驚いて、冴子は無理に唇を離した。  
「…ちょっと、待…ちなさいっ。ふざけないでよ、耕ちゃん」  
耕助の胸に手を当て、突っ張る。  
「ふざけてないよ。姉ちゃんが、好きだ……」  
耕助は冴子を抱きすくめると、そのままベッドに押し倒した。  
 
冴子の首筋に唇を押し付け、シャツドレスの上から胸を揉む。  
「………っ!だ、だめ…だよ…。あたしたち、姉弟…でしょ……」  
体の間に腕を入れて、抵抗を試みる。  
「血はつながってないだろ?……僕、姉ちゃんのことは、姉ちゃんで、母さんで、  
 恋人だと思ってる…。ダメかい?」  
「…耕…ちゃん……。――あ…っ」  
パジャマごしの勃起したペニスが、冴子の太腿に固く触れた。  
 
銀狼と、同じ……。耕ちゃんは、銀狼と同じ体なんだ…。  
ほんの数日前、あたしを無理矢理抱いたやつと、同じ……。  
耕ちゃんも…、あんなふうに、あたしを抱く…つもりなの…?  
 
冴子は頭がおかしくなりそうだった。  
耕助はシャツドレスのボタンを外し、できた隙間に唇を這わせていく。  
ぴくん、と反応しながら、冴子は声を絞り出した。  
「や…、やめさいってば……。…子供の…くせに…」  
弱々しく、パジャマの肩を叩く。  
 
「もう子供じゃないよ、僕も、姉ちゃんも……」  
耕助はくすくす笑って、シャツドレスの裾をたくしあげると、冴子のショーツに  
手を滑り込ませた。  
「…あ……、ば…かっ!」  
襞の間に、ぬるん、と指が入る。  
「ほら…ね。待ってんだろ、僕のこと……」  
 
この前と同じ指。同じ感覚。  
 
――まさか。  
 
いやな予感が閃き、冴子は弟の顔を凝視した。  
「まさ…か……、あんた、……銀狼?!」  
 
くくくっ、と肩を震わせて笑うと、弟は起き上がって長い前髪をかきあげた。  
青い瞳が光る。  
 
「ああ、俺だよ。…似てたか、耕助ぶりっこは。我ながら相当キモかったけどな」  
「……な…っ…」  
すぐには言葉が出ず、冴子は腕をついて上体を起こす。  
「なんで……耕ちゃんのふりなんか…」  
銀狼は氷のような笑みを浮かべた。  
「試したんだよ、耕助でお前がその気になるのか。…無防備だな、あいつには」  
 
「……や…めて…」  
冴子は震えた声を出す。  
「生物学的には弟でも何でもないんだ。やったって問題ねえよ」  
「やめてよ…っ。ちが…、違う……」  
冴子は激しく頭を振った。  
涙の粒がぽたりと落ちる。  
 
「あたし…、耕ちゃんのこと、そんな目で見てない。耕ちゃんは大切な弟だもの。  
 あんたが悪いのよ……。あんたが耕ちゃんの体を使って、あんなことしたから、  
 あたしの体が…変になったんじゃない…。元のあたしに…戻してよ……」  
冴子は顔を歪めた。  
 
「気が狂いそう……!あたしの体を、あたしの心を、もてあそんでそんなに  
 面白いの……?!やっぱり、あんたは悪魔だわ…!…バカ野郎……!!」  
ぼろぼろと涙をこぼし、うなだれる。  
「……元に…戻して…」  
シャツドレスが滑り落ち、細い肩が剥き出しになる。  
 
銀狼は微かに苦い顔をした。  
「…耕助の体じゃなきゃ良かったのか。……だが、俺にはこの体しかねえ…」  
冴子ははっと顔を上げる。  
 
耕ちゃんも、銀狼も…、好きでこんな風に生まれたわけじゃない。  
一つの体に二つの心なんて。  
どうして神様は、こんな残酷なことをするんだろう……。  
 
冴子は濡れた瞳で銀狼を見つめた。  
自分のためではない涙がひとすじ、頬を伝い落ちる。  
目を細めた銀狼の、青い瞳が切なく翳った。  
 
冴子は手を伸ばし、銀狼のパジャマの襟を握りしめる。  
ゆっくり体を近づけると、銀狼の肩に顔を伏せ、静かに泣いた。  
耕助と銀狼が不憫でならなかった。  
 
「…冴…子……」  
銀狼は冴子の裸の背に腕を回す。  
つややかな長い髪に頬を埋めて、目を閉じる。  
それからそっと、冴子の耳の後ろに唇を当てた。  
 
温かく、優しい感触。  
不思議と嫌悪は感じない。  
 
さっきと同じように、耳から頬へキスが移動する。  
冴子が少し顔を傾けると、唇が重なった。  
唇の隙間から入ってきた舌を、冴子はためらいながら舐める。  
「……ぅ…、ん……」  
反対にその舌を強く舐められ、体をよじった。  
「…ぁ…ぁん…、んん…っ…、…ん…ふ……」  
舌を絡めて、食むようなキス。  
体の芯が熱を帯び、息苦しいほどに高まってくる。  
 
「やっ…。あたし、どうかしてる……」  
冴子は銀狼の胸に手をついて体を離し、首を振った。  
銀狼は冴子の体を強く抱き寄せ、はだけたシャツドレスを下ろしていく。  
「…だ…め、やめて……」  
 
弱々しく呟くものの、冴子は抗うことができなかった。  
裸の体を抱かれ、再びベッドに横たえられる。  
シャツドレスとショーツが足先から抜けていった。  
手で胸を隠し、目を伏せて横を向く。  
 
ほんのり上気した肌。華奢な手足。薄闇に青白く浮かぶ、頼りなげな細い裸身。  
横たわった冴子を見下ろして、銀狼はパジャマを脱ぐ。  
全裸になると、すらりとした脚の間に入り、膝を立てさせた。  
 
この前の手酷い挿入を思い出し、冴子は目を閉じて身を硬くする。  
 
「……――っ…!」  
 
触れたのは唇だった。  
薄い陰毛の上から、紅い尖りを柔らかく挟む。  
「…ゃ…っ…」  
ひくんと動いて、冴子はそこに手を伸ばした。  
銀狼の手が冴子の細い指を払いのける。  
 
唇の隙間から舌がのぞいて、硬くなった尖りを軽く撫でた。  
「…ん……!……あ、ぁ……」  
開いた脚が小刻みに震える。  
甘い潤いが膣からとろりとあふれ、会陰に伝い、滴り落ちた。  
 
銀狼は頭を上げ、襞の間に指を差し入れる。  
「…あ、…ぅ…」  
ぽってりと充血した襞の内側が、温かく指に吸い付いてくる。  
そのまま中に滑らせると、蜜の絡んだ指を膣壁がぎゅっと押し包む。  
少なくとも冴子の体は銀狼を受け入れようとしている。  
指を抜き、すくいとった潤いを尖りに塗り付けると、それは指の下でひくんと動いた。  
 
銀狼は唇を平らな腹部へ這わせる。  
臍を通り、みぞおちを上がり、胸の間から乳首の先をかすめ、鎖骨にキス。  
「……は…ぁ…、…んっ……」  
冴子の真上に体を重ねると、濡れた襞の間にペニスを押し当てた。  
 
「………あ、……あぁぁ……!!」  
ゆっくりと入ってきたそれは大きく、冴子は銀狼の肩に手を当ててのけぞる。  
逃げようとする体を押さえ、銀狼は腰を進めた。  
「……う…ぅ…」  
奥まで一杯に挿入すると、低く息を吐く。  
 
冴子は目を閉じ、切ない表情をして、小さく息をしている。  
「……冴…子…?」  
辛いのだろうか。そっと名前を呼ぶ。  
途端に、冴子の体の奥が、熱くきゅんと締まった。  
「…ぅ…あっ」  
不意の快感に銀狼は声を漏らす。  
 
冴子は当惑していた。  
 
銀狼なのに。こいつは銀狼なのに。  
汗ばんだ肌の匂いも、熱い手のひらも、声の振動も、耕ちゃんと一緒…。  
だからこんなに…心地いいの?…やっぱりあたし、おかしい。どうかしてる……。  
 
銀狼が緩やかに腰を前後させ始める。  
硬いペニスが腟壁を押し広げて摩擦を加える。  
「……あっ、あ…ぁ!」  
下腹部が痺れ、全身が熱く蕩ける。  
潤いはますますあふれ出し、ペニスは滑らかに奥深くまで潜り込む。  
ペニスの先端が腟の最奥を突くたびに、冴子の細い体がせり上がった。  
 
「…あ…、ぁ、あ、…ぁ…っ…」  
耕助も知らないであろう冴子の声に、銀狼の昂りは倍加した。  
本能のままの荒削りな情熱が冴子の体内を穿つ。  
低く抑えた荒い息遣いは牡の獣を思わせた。  
 
冴子は朦朧としながら目を開ける。  
眉をひそめて射精の衝動に耐えている、苦しげな少年の顔。  
それでも透明な、青い瞳。  
 
耕ちゃんと同じ顔。でも、耕ちゃんであって、耕ちゃんじゃない。  
銀狼…、あんたは誰……。あたしに罪を犯させて、地獄に連れていく悪魔…?  
…でも、悪いのはあたし。罪だと知っていながら、こんな……。  
 
冴子はさらに脚を曲げると、銀狼の腰を挟み込んだ。  
熱い背中に手を回し、ぎゅっと体を引き寄せる。  
ペニスが、突き抜けるほど深く入る。  
引き裂かれるような痛みは甘美でさえあり、冴子は渾身の力で銀狼を抱き締めた。  
「ぅっ、んー…っ……!」  
「……あぁ…っ…」  
 
次の瞬間、ペニスはぐぐ、と膨張し、大きく震えた。  
断続的な痙攣を繰り返して、熱い精液を絞り出す。  
息を詰め体を震わせていた銀狼は、はあっ、はあっ、と激しく喘ぎ、やがて冴子に  
体を預けた。  
 
体内から伝わってくる脈動。胸の上に感じる荒い呼吸。  
弟よりも、近く、深く。  
重なり合った体の温もりが、泣きたいほど心地良かった。  
 
銀狼が体を離し、隣に横たわってからも、冴子はしばらく放心していた。  
二人の静かな息の音だけがして、時が過ぎる。  
 
銀狼は寄り添ったまま黙っている。  
何を考えているのか、どんな顔をしているのか。  
まじまじと見るわけにもいかず、冴子は横を向いていた。  
 
大体、なんでいつまでもくっついてんのよ……?  
なんか、なんかすごく……恥ずかしいじゃない…。  
 
少しずつ冷静になってくると、この状況はかなり照れくさかった。  
沈黙がどうにも気まずくて、冴子は自分から口を開く。  
 
「…地獄に堕ちるのは、この際覚悟するわ。でも神様だって、あんたと耕ちゃんに  
 結構ひどい事してるよね……。文句言わないと、気がすまないな」  
ふふん、と小さく鼻で笑う声が聞こえた。  
「んなもん信じてるのか。おめでたい女だぜ」  
いつも通りの毒舌に、冴子は振り向く。  
「…なによ。だって、恨み言の一つも言いたくなるじゃない」  
「それが俺達の現実だ。向き合うしかねえ」  
 
冴子は銀狼の横顔を見た。  
強がっているのか、諦めているのか。  
だが、もとより銀狼が弱味を見せるはずはない。  
 
「現実か…。あたしは逃げたい。これから、耕ちゃんとどんな顔して…」  
「普通にしてりゃいい。耕助とだって時間の問題だろ」  
「やめてよ。耕ちゃんは弟なんだから」  
銀狼は横目で冴子を見た。  
 
「お前はあいつしか眼中にねえ。あいつもお前しか見ちゃいねえ。当然の帰結だ」  
「……え……」  
耕ちゃんしか眼中にない……?…言われてみればそうかも知れない。  
冴子は口をつぐむ。  
 
「…鈍くさいあの馬鹿も、いずれ自分の気持ちに気づくだろう。その時、つまんねえ  
 理由でお前が拒否したら、あいつは…」  
「銀…狼……」  
「――ま、俺には関係ないけどな」  
 
宙を見つめた青い瞳は、孤高を気取りながらも寂しげだった。  
なぜか耕助と銀狼が重なる気がして、冴子は思わず尋ねた。  
「…ま…さか……あんたも、あたしの…こと……?」  
 
銀狼はぎろりと冴子を睨む。  
「馬鹿言ってんじゃねえ。ふざけるな…!」  
体を起こして、冴子に背を向けた。  
「じゃあ……どうして、あたしと…したのよ……」  
「…実験だって言ったろうが」  
パジャマを拾って上着をはおる。  
 
「実験って……」  
上体を起こした冴子は、危急の現実を思い出した。  
「――ね、銀狼。もしあたしが、あの…、妊娠…したら」  
「するかよ」  
「……え?」  
銀狼は下着をつけ、ズボンを穿く。  
「お前、明日あたり始まるんだろ、生理」  
 
「…えっ…。……うん…」  
冴子は口ごもって答えた。  
こいつ、なんてこと言い出すんだろう。  
悔しいが、顔が赤くなる。  
 
「排卵はとうに終わってる。たとえ受精したところで、着床する場所がなくなるんだ、  
 受胎はしねえ。安心しな」  
「………ちょっと。……あんた…、なんでそんなこと知ってんの?」  
冴子は、険しい顔で銀狼に迫った。  
「お前こそ何で知らねえんだよ、女のくせに」  
「違うわよっ!あたしの、よ…、予定日……!」  
 
銀狼は表情を変えずに上着のボタンをかけている。  
「カレンダーに書いてあったぜ」  
「…カレンダー……?って、手帳のこと?!……まさか……、見たの?!!」  
「見なきゃ分からねえだろ」  
冴子は真っ赤になった。  
「何よ、それ?!!信じらんない!!出てけ、バカッ!この、悪魔…っ!!」  
髪を逆立てて怒鳴り散らす。  
 
ちょうどパジャマを着終えた銀狼は、立ち上がって障子を開けた。  
「でかい声出してると、親父さんが飛んで来るぜ」  
まだ裸でいた冴子は、慌てて口をふさぐ。  
「じゃあな、姉ちゃん」  
にやりと笑って、銀狼は廊下に消えた。  
 
『大っ嫌い!絶対許さないっ!殺してやる!!バカバカバカーーーーッ!!!』  
冴子は般若の形相で、声を出さずに怒鳴り続けた。  
急いでシャツドレスをはおる。  
 
ふと気になって体を鏡で見たが、キスの跡はなかった。  
実験の意味は聞かずじまいだった。  
 
 
 
それからしばらくして、あいつはいなくなった。  
 
「…冴子…。お前の耕助、返してやるよ…。俺からの…、最初で最後の、誕生日  
 プレゼントだ……」  
 
限界に来ていた人格交代。もう耕ちゃんには、二度と会えないと思ってたのに。  
あんたはなぜか最後に耕ちゃんと代わった。  
まさかあんたにバースデープレゼントをもらうなんてね。  
でも、あたしにとっては、最高のプレゼントだった…。  
 
「なに、姉ちゃん、そんなじっと見てさ」  
冴子の視線に気付いた耕助が尋ねる。  
「……え?…ううん、何でもないよ……」  
「ふーん……」  
「なっ…、なあに」  
耕助は含み笑いをして冴子の顔を見つめる。  
 
「姉ちゃん……、ちょっと、大人っぽくなったね」  
「えっ…」  
胸がどきっと音を立てた。  
まぶしそうな目で、穏やかに微笑んでいる弟。  
 
耕ちゃんも、すごく…大人になったよ。  
銀狼と一緒に運命に立ち向かって、一回り強く、大きくなったみたい。  
もう泣き虫の耕ちゃんはいないんだね……。  
 
様々な思いが入り混じって、冴子は声を詰まらせる。  
「……こ、耕ちゃんだって…」  
「あれ!……もしかして姉ちゃん、マジ照れ?」  
耕助がにっと笑った。  
 
「社交辞令って知ってるよね?もう大学生だもんね?」  
「…………」  
冴子は眉を寄せて耕助を睨みつけ、どす、と腹部に拳を見舞う。  
「姉ちゃんをからかうなんて百年早いよ!」  
「……手…加減しろよ、姉ちゃん…」  
耕助は咳き込んで呻いた。  
 
耕ちゃんはまだまだ弟だけど…、…でも、お互い予感はしてる…。  
……その日が遠くないことも分かる。悔しいけど、あんたの言った通りね。  
まったくあんたって、悪魔みたいに……。  
 
冷然とした顔の、孤独な青い瞳。  
銀狼の実験というのは、冴子の記憶に自らを刻みこむことだったのかも知れない。  
そんなふうに冴子は思った。  
 
あんたの中には耕ちゃんがいて、耕ちゃんの中にあんたがいるような気がするの。  
だから、あんたのことは忘れない。  
銀狼……。あんたのくれたプレゼント、あたし、一生大切にするわ。  
 
                                 〈完〉  
 

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