エピローグ
数ヶ月後
「さて、今シーズン初めての戦い、ショートプログラムが終わって、上位にはお馴染みの
三人が残ったわけですがどうでしょう? 今のお気持ちなど」
前半戦が終わって暫定(そう、あくまで暫定の)一位のリアへのインタビューが行われ
ている。あいかわず相槌だけで二文以上は殆ど喋らないけれど。
そしてインタビューはポイント二つの差で僅かにリードを許している私へ。
けど一昔前の私みたく日本の××なマスゴミへのような対応はせず無難に纏める。
母よ、タズサは大人になりました。……身も心も。
あ。当たり前だけど横で澄ました顔をしている彼女はまだ子供だからね。
ふふ、そう易々と大人の階段を登らせてあげるもんですか。
そうこうしているうちに三位のガブリーへと質問は移る。
一,二位と無愛想が続いたぶん彼女の存在は記者たちの清涼剤となることは請け合いだ。
ま、どうでも良いんだけどね、そんなこと。
「二人には少しポイントを離されてしまったのですけれど、何とか食らいついていきたい
ですね」
このまま何事もなくガブリーのジョークで和やかな雰囲気のまま締め括られる……
…………はずだったんだけど。
「ところでガブリー、怪我の方は大丈夫かい?」
この記者の質問を取り消せることが出来るならば、私は何だって惜しまない。まあ今更
遅いんだけれども。
「お陰様ですっかり良くなったわ。回復後の試合だったから多少不安だったけど……」
良かった。一応大丈夫とは聞いていたんだけど結構意地っ張りだから、この人ってば。
でも聖女は嘘ついちゃいけないんだから!
「これもタズサのお蔭かな」
──────はい?
突然の呼びかけに面食らう。
記者も同じ意見のようで頸を傾げている。
「三日前にタズサとこの街でデートしたの。その時病み上がりで不安だった心が途端に癒
やされたのよ。きっとこれも愛の力ね」
おおっ、と記者たちの歓声が湧いた。さすが欧州ね、ノリが違うわ。
でもちょっと……いくら何でもガブリーったら悪乗りしすぎじゃ……
そんな心配とは裏腹に聖女様の御巫山戯は続く。
「組んだ腕から愛が注ぎ込まれる…………きっと私たちは前世からの恋人で…………」
────ガタンッ
何かが倒れる音を聞いた。
(何事よッ!)
そう思い振り向いた瞬間──
私の唇は何者かによって塞がれていた。
無論、九時の方向には一人しかいない。そしてこの行為に相応しい人物も……だ。
周囲が魔王でも見たかのように凍り付き静まりかえる中、動いているのはリアの小さく愛
らしい舌だけだった。
……ぅゎ、舌なんか入れちゃ言い訳も出来ないじゃない。
前より格段に上手くなった彼女の二ヶ月ぶりの舌技に思考さえ蕩けている間、私は周囲にどうや
って言い繕おうかと懸命に考えていた。
控え室にて
「さぁて、どうやって帰ろうか」
ちぢこまっている二人にわざと聞こえるような声量で洩らす。
「「…………ごめんなさい」」
ステレオで帰ってきた謝罪を私は溜息混じりに聞いた。
外には黒山のような記者が居る。
その数はさっきの何十倍にも膨れあがっていた。
「最悪の場合、今日は此処に泊まりね」
明日の試合どうなるんだろ。
息を吐く。またも幸せが逃げていく私……って何を喜んでるのよッ、リア!!
「……ガブリー」
あなたもか。
「それにしても……」
まあリアは論外として、
「あなたがあんなに悪ふざけするとは思わなかったわ。リアとのことはこの前会ったとき
にちゃんと言ったのに。わざわざあんな風に……まるでリアを煽るようなことを。あなた
がこんなに無神経だとは思わなかったわ!!」
「だって……」
ガブリーの肩がふるふると震え出す。
しまった。私ったら……ちょっと言い過ぎちゃったかな?
「ご、ごめんなさいガブリー。わたしったら…………」
「──だって私だってあなたが好きなんだもんッ!!!」
──────はい?
なんだかつい先程も似たような思考をしたような……
「だってタズサってば酷いじゃないッ。私とのデートだって言うのに……出てくる話題は
リアのことばっかりでっ!!」
いや、あのちょっと。思考が追い付いてないんだけど。何なのよ、この急展開は。
──聖女様ご乱心です。
十分ほどして落ち着くと、途端に恥ずかしくなったのか俯いてしまったガブリー。
何となく私も気まずくなって、沈黙の長さと話し出しにくさは比例していく。
そのグラフはどんどん右肩上がりになる一方。
そんな暗黙の場を断ち切ったのが今まで我関せずを決め込んでいたリアだった。
というか貴女も主原因何だからもう少し何かあるでしょうに。
「タズサは渡さないけれど……」
そうそう、貴女からも何か言ってあげなさい。
「……愛人なら良いと思う」
──────はい?
あ、なんだかこの口癖が恒常化しつつあるかも。
「そっか。良かったぁ。リアにそう言ってもらえて。絶対駄目だと思ったから」
「貴女だから許すの、ガブリエラ。他の人じゃこうはいかない」
ちょっと何を勝手に……
「まずは愛人としての心構えから。差し当たっては、タズサの悦ばせ方を」
もう立ち直って熱心に聞く体制をとるガブリー。ああ、メモまでとって。
「お尻にローターを三つ入れながら後ろからディルドでおまんこを後背位で突く。」
……ほんとに教えてるし。それに何てはしたない言葉を……
「その時に乳首やクリトリスを捻り上げる。なるべく強くするのがポイント。後一番弱い
のはお尻を思いっきり力を入れて平手で叩いて……んむッ!!」
「はい、余計なことは言わないように」
藻掻いているリアと顔を真っ赤にしているガブリー。
この反応は…………ふふ、初めてね。
まあ、それはさておき。
「そんな事言ってて大丈夫なの? 明日は最終日なのよ」
「ポイントが離れすぎちゃってるからね。仕方ないけど今回は三位死守を目指そうかな」
確かに。私たちがミスをしない限り逆転は望めないだろう。四位とも離れているという
こともあってガブリーには余裕が見受けられた。
だけど。
「問題はリア、あんたよ。たった二ポイントよ。大丈夫? 世界選手権の事を忘れた訳じ
ゃ無いでしょうね」
やっとの事で私の魔の手から抜け出したリア。
「二度目はないわよタズサ。貴女では私には勝てない」
スケーターの彼女に戻る。しかしそれは……
「私にも勝ち目は十分あるわ。リアはもうオリンピックのような滑りはできない」
もはや女帝では無く……
「なんで、そんなこと……」
「何故って? 面白いことを聞くわね。自分の演技を忘れた訳じゃないでしょう?」
まだ分からないらしい。ガブリーを見なさい、とっくに気づいてるわよ。
そう、もはや今のリアに無いもの。
オリンピックの時とは一つだけ、しかし大きく違うものが。
「だって──」
「人形なんてもう何処にも居ないじゃない」
完。