彼女が語った通りの大震災に見舞われた帝都はその後、あがきながらも復興を遂げた。今上天皇の崩御と皇太子の新天皇即位に伴って元号も昭和に変わり、大正の浪漫に満ちた空気は10年以上を経てきな臭い火薬の匂いにかき消されていた。  
 
それでも私は、まさに十年一日のごとく、うだつの上がらない探偵稼業を続けている。事務所の入っている建物はすこぶる頑丈で、あの地震にも特に被害を受けることもなくやり過ごした。  
親父が亡くなった時に、雄兄貴が法外な分与を押し付けてくれたお陰で家賃の心配をする必要もなくなった。今や気まぐれに訪れる依頼人の頼みごとや諌早警部の協力依頼をこなすくらいで、糊口をしのぐに不足の無い日々を過ごしている。  
探偵稼業で気を紛らしながら、ただひたすら待ち続ける日々を。  
 
その日は諌早警部に手を貸してひとつの事件にけりを付け、警部と別れて夕刻に事務所に帰り着いた。が、開けようとした事務所の鍵が既に解かれていた時、私の心臓は期待と不安に締め上げられた。こんな何もない探偵事務所に、しかも昼間から侵入する賊などいるはずもない。  
それよりも、このシチュエーションは。あの時も警部の誘いを断って一人で事務所に帰ると、三重にかけたはずの鍵を開けて彼女はそこに立っていたのだ。衝立の向こうの窓際、ソファに座りもせず暮れなずむ夕日を眺めて。  
 
あの日と同じように彼女は立っていた。短く切りそろえた髪、理知的でいくぶん挑戦的な瞳、白い襟とツートンをなす濃い色のワンピースをまとい、胸元には大きな丸いブローチ。年のころは16、7の少女が振り返って私を見つめた。  
 
「お帰りなさい。勝手に入って待たせていただきました。」  
 
真夜くんが両親に伴われて日本を去り、私の事務所は閑散とした雰囲気を醸していた。ほんのわずかな期間でもあり、随分長い事一緒に仕事をしてきた気もする。いずれにしても、真夜くんの不在は私に思っていた以上の喪失感を味合わせていた。  
年端も行かぬはずの少女に自分が気持ちの上でどれほど寄り掛かっていたのか、そして失うまで何故それを自覚しなかったのか。  
行きたくないという彼女の意思に同意することは容易だったはずなのに、意固地なまでに何故それに反対したのか。そう、認めたくなかったのだ。彼女に惹かれている自分を。  
 
差出人不明の封筒が届いたのは、蝉の声がやかましい夏の盛りだった。中には短い文面の便せんが一枚と、長崎からの上海航路の切符。無論長崎までの鉄道切符も抜かりなく同封されている。  
だがそんなものより、私はほんの短い文字を何度も何度も目で追った。魂を失っていた私を目覚めさせた、それは間違いなく彼女の筆跡。  
 
「上海にてお待ちします。真夜。」  
その下に書かれているのはおそらくホテルの名前と住所。  
 
切符を改めると、明日の朝には発たねばならない。何も考えずに私は事務所を飛びだした。自宅に戻って旅行鞄に手早く荷物を詰め込むために。  
 
36時間の鉄路の旅と、それに続く26時間の船旅。私は殆ど一睡も出来ず、窓から外を眺めて過ごした。時折、上着の内ポケットからあの短い文章の書かれた便せんを取り出して飽きもせず彼女の書いた文字を目でなぞり。  
それは私の事務所で彼女と別れてから、初めての便りであった。  
 
ここに来られるのも今日限りと告げた彼女。ずっとここに居たいと言った彼女を、しかし私は突き放してしまった。自身の本心とは異なる事を知っていたはずなのに。  
そんな自分を私はずっと後悔していた。彼女から何の連絡も無いのも当たり前、自業自得だと思っていた。  
そんな自分の愚かしさに苦笑しつつ、私を乗せた長崎丸は上海の港に入った。  
 
食事か、酒か。一服盛られていたのは間違いない。私の意識は明晰だった。しかし自分の身体を動かしているのは意思ではなく、熱く湧き上がる欲望と衝動。担がれるようにこの部屋に導かれ、ベッドに誘(いざな)われた。  
天蓋の付いた広い寝台の上で、紅いチャイナドレスを、飾りボタンを千切らんばかりに開き、滑らかな光沢のシルクの下着を引き毟るようにはぎ取り。  
 
彼女は暴力的な私の振る舞いに逆らいもせず、むしろ協力的ですらあった。小振りな胸を隠すブラを引き剥がす時に身をよじるのも、幼さの残る引き締まった尻からショーツを下ろす時に腰を浮かすのも。  
そしてろくな愛撫もなしに私は彼女に侵入した。狭い門をこじ開け、処女の扉を破って。  
 
わずかに苦悶の表情を浮かべ、刹那逃れる素振りをした彼女はしかし、私にしがみついてきた。私の背中に両の手を回し、私の腰に細い足を絡め。  
 
「せん、せい…、わたし、あぁ…。」  
 
真夜の細い体を抱きしめ、その薄い胸に自分の胸を押し付け、互いの下腹をこすりつけるように私は腰を振った。狭い通路を奥へ奥へと押し進み、ひたすらに彼女を求めて。それに応えるように彼女は私を呼び、私も彼女の名を呼んだ。  
薄く汗をかいた額に短い前髪がはり付き、いくらか伸びた後ろ髪が枕元に乱れて広がる。私が前後に動く度彼女が吐く息は最初呻く声であったが、少しずつ高い声になり、やがてあえぎ声に変わるのを確かに聞いた。  
そして彼女にかき抱かれたまま私は絶頂に至り、彼女の胎内深くに精を放った。  
 
欲望を煽り立てる衝動が去り、シーツを汚す鮮血を見て私は激しい慚愧にさいなまれた。  
「真夜くん、すまない、私は…。」  
つたない謝罪の言葉はしかし、重ねてきた彼女の唇に遮られた。ゆっくりと顔を放すと、横たわる私に寄り添い、彼女の白い裸体が押し付けられた。  
「いいんです。私、先生にこうして欲しかったから、嬉しいんです。むしろ、私の方こそごめんなさい。多分飲み物に薬が入ってたんだと思います。  
先生に使うなんて聞いてなかった。私は痛み止めを予めもらってたんですが。でもあれも痛み止めというより…。」  
「どんな薬か分からんが、君の体に害は無いんだろうね。大丈夫か?」  
「専門家がいますから。私の利用価値はこれからですし、先生が私にとって大切な存在だとは分かっているはずですから、迂闊な事はしないと思います。」  
その時、豪華な部屋の扉がノックされた。私たちは顔をあわせ、そしてドアを見つめる。彼女の体をシーツで包(くる)んでから、声をかけた。  
「どうぞ。」  
 
 
上海港に降り立った私は、指定の場所まではてどうやって行けばいいのか考えていなかった。しかし自分の間抜けさ加減に呪いの言葉をつぶやくまでも無く、濃い灰色の長袍を着た男が声をかけてきた。  
「松之宮先生でいらっしゃいますね。お迎えに上がりました。」  
日本語の達者なその男がハンドルを握り、私を後席に乗せたクルマは、やがて市電の走る大きな通りに入った。男に話しかけても気のない相づちが返るばかり。何も話す権限が与えられていないらしい。  
所在なく車窓から外を見る。歩道を行き交う人々は国際都市上海の名にふさわしく、様々な服装の様々な人種が入り交じっている。欧米列強のみならず日本人も進出しているのが見て取れる。  
そしてほどなく停まった瀟洒なつくりの建物、それが真夜くんの手紙にあったホテルだった。  
「どうぞ。ロビーから別の者がご案内します。お荷物は部屋に運んでおきますので。」  
有無を言わせずクルマから降ろされる。大した荷物のない私の鞄を提げた男は、待ち受けていた女性に私を引き渡すとそのまま立ち去った。  
 
「松之宮先生、どうぞご案内します。真夜さんと、私たちの大老が先生をお待ちです。」  
体のラインを強調するチャイナドレスを着た美貌の女性が先に立つ。袖のない、深いスリットの入った濃い藍色のドレスは彼女の魅力を引き立たせるためだけのものでは無さそうだ。  
バランスの取れた歩き方、無駄なく引き締まった筋肉の動き。いざと言う時に四肢の動きを邪魔しないようデザインされているのでは無いか。この国独自の拳法、功夫の達人は西洋人の様な隆々としたこれ見よがしの筋肉の持ち主では無いと聞く。  
 
フロントを素通りし、隠されるように設置されたエレベータで上階に案内される。何階についたのかの表示すらない、特設フロア専用の直通エレベータだ。今回真夜くんの名で私を招待したのは案内役言うところの「大老」であろうが、一体何者か。  
上海の一等地に建つホテルの、VIP専用フロアを確保してわざわざ日本から一介の探偵風情を呼びつける存在。一見そうは見えないが、素手で私ごときあっと言う間に制圧してしまえそうな美貌の用心棒をそばに置く。かなり、興味が湧いたのも事実だ。  
 
専門のボーイの手によって開かれた扉の向こう、待ち受けていたのは紅いチャイナドレスをまとった彼女と、そして「大老」。髪も髭も、眉毛まで白い年老いた人物。柔和な表情の奥に、底を見せない思慮を伺わせる。  
 
「先生、申し訳リませんこんなところまで。お疲れではありませんか?」  
「なに、君に逢えるなら千里の道も遠からずだ。それよりこちらの御仁を紹介してもらえないかな。」  
丸テーブルに並んでいた最後の空席が、案内役の女性の手によって引かれる。  
「どうぞ、座りたまえ。」  
「大老」に言われるまでも無く遠慮する理由は無い。どっかりと座ると、その女性は黙礼して部屋を下がった。  
「良いのかな、有能な護衛を下げてしまって。私があなたに危害を加える可能性が無いとでも?」  
「それほど愚かではあるまい。私をどうこうするよりまず話を聞きたいだろう。それに、私に何かあれば君はもとより真夜くんも無事には済まないことくらい理解していよう。そんなことは君の望みであるまい。」  
「ごもっとも。では、はるばる上海くんだりまでお招きいただいた理由をお聞かせねがえますか、ご老人。」  
言葉を発したのは真夜くんだった。  
「先生、ごめんなさい。私の我侭なんです。」  
「?」  
視線を絡めて先を促す。  
「この人は、『大老』と呼ばれる、上海の中国人社会の有力者です。以前、私の両親がこの国に滞在していた時にあるトラブルに巻き込まれ、その解決に大きな助けをいただいた事があって。それで私が、ご恩返しにお仕事の手伝いをする事になったんです。」  
 
真夜くんが語る間に、入れ替わり立ち替わりボーイが料理の皿を並べだした。どう見積もっても安物では無い器に盛られた料理は一体幾皿あるのか。細かな装飾の施されたクリスタルガラスの杯に注がれる白酒は複雑な香りを漂わせる。  
 
「君も知っているように、彼女には『先見(さきみ)』の力がある。私の仕事には非常に有効な助けとなるのだよ。当分の間かかりっきりになってもらわなければならないのでね。」  
「いつまで、そのお仕事とやらに真夜くんを縛り付けておくおつもりで。」  
「私が死ぬまでだ。安心したまえ、見ての通りの老人だ。そう長くも無いよ。」  
「ですが、あなたの後継者がそれほど有効な力を手放しますか。」  
「日本の諺にもあるだろう、『子孫に美田を残さず』と。為すべき仕事は引き継がせるが、便利過ぎる道具はむしろ有害だ。頼り過ぎれば足下をすくわれる。」  
「それを信じろと? そもそも彼女にギャングやマフィアの手助けをさせることを、私が見過ごすとお思いですか。」  
「信じるかどうかは君の自由だ。私の仕事はそれほど小さなものでは無いよ。知っての通り、上海は各国の租界に牛耳られ、無政府状態に近い。それでも治安が保たれているのは何故だと思う?  
表立っては自治警察の働きによると言われているが、実際は私が私の組織を以て全てを掌握しているからだ。各租界の我侭を聞き、調整し、不穏な動きは未然に防ぐ。そのためにこそ真夜くんの先を見通す力が大きな助けになるのだよ。」  
「それで、私がその大事なお仕事にどう関わるんです? 私がここに居る理由が分からない。」  
「それは、私より真夜くんが説明した方がよかろう。冷めないうちに食べながらで良いだろう。」  
 
隙間の無いくらい卓を満たす料理。手の込んだ、相当上等な料理だ。だがそれらを口にしても、私には味の記憶がない。そんな余裕は無かった。  
 
「私は、両親の受けた恩を返したいんです。何年かかっても、それが娘としての義務だと思うから。でもその間は日本に帰る事も、先生にお目にかかる事も出来ない。  
だからその前に、どうしても一度先生にお逢いしたかった。  
ごめんなさい、それだけのために先生にこんなところまで来ていただいて。」  
「仕事が終われば真夜くんには日本に帰ってもらう。だがそれはしばらく先の事になる。それまでは我々のために真夜くんの力が必要なのだ。彼女の力は非常に微妙なもので、繊細に扱わねばならない。  
何より彼女に自分の意思で協力してもらわない限り、決して役に立たない。だから、その前に君と過ごす時間を持ってもらおうという事だ。彼女の希望は最優先であり、君に状況を理解してもらうためにもそれが良かろうと思ってね。」  
 
「大老」の仕事とやらに、真夜くんの力を使う。それが全ての発端。真夜くんの両親巻き込まれたトラブルも、あるいはこの老人の演出かも知れない。真夜くんに自発的に協力させるために。  
多分に買い被られている気はするが、私には彼女を連れ戻したりしようとはするな、と言う事でもある。  
私が彼女を取り戻そうなどとしないことが、彼女の安全を保証する。彼女が自発的に仕事をこなす限り、両親にも私にも危害が加えられることもない。がんじがらめだ。考えることもいやになって、私は強い蒸留酒に満たされたグラスをあおった。  
 
「私が、真夜くんを無理やりにでも連れ戻したらどうするんです?」  
「第一に、彼女がそれを望まない。健気だよ、この子は。両親にささやかな手助けをしたことに恩義を感じて、進んで私の仕事を手伝おうとしてくれているのだ。」  
私がグラスを空ける間に、「大老」は続ける。  
「第二に、私がそれを望まない。私は平和主義者でね、争いごとは好きではないのだ。君が実力行使しようとするなら、それは好ましからざる事態を引き起こすことになる。  
私の嗜好に関わらず、必要な措置は断固とらなければならない。出来得べくんば、そんなことにはなって欲しくない。」  
自分でボトルを引っ掴み、空になったグラスを満たす。  
「第三に、君の周囲の人もその結果起きる事態を望まないだろう。君がいなくなってしまったら、悲しむ人が大勢いるのではないかな。」  
さらりと、恐ろしいことを言ってのける。敢えて私の意思を無視することで、私が何を試みても無駄だと告げているのだ。  
 
どれほど酒精の強い杯でも、一、二杯でこんなに酔っぱらう訳は無い。体の自由が利かない。いや、動く事は動く。しかし意のままにならない。不安げな顔で、真夜くんが席を立って駆け寄る。長いドレスの裾、スリットからこぼれる白い脚から視線が離せない。  
彼女が私に声をかけながら右の二の腕に手を添える。真夜くんの触れたところだけがかっと熱くなり、その手に自分の掌を重ねる。強い衝動に襲われ、彼女の腰を抱き寄せた。  
 
いつの間にか、「大老」の護衛役の女性が入ってきた。椅子から私を引き剥がし、真夜くんと共に私の両側から体を支えて廊下を歩いている。そして同じフロアの別室に連れていかれた。  
窓には分厚いカーテンが掛けられ、続きの部屋を持つ豪華なスイート。寝室には天蓋の付いた時代掛かったベッド。そこに私の体を横たえると、私と真夜くんを残して女性は部屋を去った。  
 
「先生、大丈夫ですか。」  
心配そうな表情で真夜くんは私のネクタイを緩め、ベッドサイドの小さなテーブルに置かれた水差しから汲んだ水を飲ませようとした。  
「あっ。」  
コップが床に転がり、水がこぼれる。私が彼女の手を握り、強引にベッドに引きずり込んだからだ。欲望が、止まらない。  
 
入ってきたのは護衛役の女性だった。扉を閉めると、彼女はベッドの横に歩み寄って小さな薬瓶を置いた。  
「少し話しておくことがあるのだけれど、座ってよろしい?」  
私が頷くと、その女性は作り付けの書き物机から大振りな椅子を引き出し、腰を沈めた。優雅に足を組むと、チャイナドレスのスリットを割って脚線美が目の当たりになる。  
思わず見とれそうになったが、真夜くんの視線が突き刺さるをの感じて無理やり目をそらす。全く男と言う生き物は。  
「松之宮先生には明日の船で帰国していただきます。真夜さんは、申し訳ないけれどお見送りには行けません。その代わりと言っては何ですが、この部屋で出立までお二人でお過ごしください。  
食事や飲み物はルームサービスをお申し付けください。何か不足があれば、いつでもおっしゃっていただければ対応します。何かご質問はございますか?」  
「せっかく上海まで来たんだし、出かけてはいけないのかね。」  
「申し訳ありませんが、それはご遠慮ください。今、上海の治安はよろしくありません。護衛に取り囲まれてでは散策も愉しめませんでしょうし。」  
万が一にも私が彼女を連れて逃げ出す機会は与えられないと言うことか。  
「さっき私が飲んだ酒には、どんな薬が入ってたんだ。」  
「男性用の強精剤と、少しばかり理性のタガを緩めるお薬を。失礼ですが先生は朴念仁だと伺ってましたので、限られたお時間の中で真夜さんのご希望を満たすには必要かと思いまして。  
念のために申し添えておきますと、あの薬は飲んだ本人の望まぬ行為をさせることはありません。飽くまでも、心の底にある欲望を素直に行動に移すことを、少しばかり介助するだけのものです。  
その証拠に、私には全く興味をお示しになりませんでしたでしょう。殿方にはそれなりに魅力があると思ってましたのに、自信を無くしそうです。」  
微笑む彼女の表情は、確かに魅力的ではある。  
「真夜くんが飲んだ薬は?」  
「痛み止めと、女性用の媚薬を少しだけ。好きな人との初めてが、痛いだけでは可哀想ですから。同じものをもう少し持ってきましたから、真夜さん、よろしければお使いなさい。」  
「『大老』は、いつ彼女を解放してくれると思う?」  
「それは私からは何とも。明日突然亡くなるかも知れませんし、まだ何十年も生きられるかも知れません。ですが、その時が来れば必ず真夜さんはお返しします。その約束を違える事は、ありません。」  
 
扉が閉められると再び二人きりになった。真夜くんが手を伸ばし、薬瓶を手に取る。ガラスの栓を抜き取り、およそ半量を喉に流し込んだ。  
「今度は、正気の先生にして欲しいです。二人でいられる今の内、いっぱい、先生を私の体に刻みつけて欲しいんです。離れている間、決して忘れないように。」  
薬瓶をテーブルに置いて真夜くんが私にすがりつく。私はその細い体を抱きしめる。  
「初めて、なんだろう。体は大丈夫なのか。」  
「痛いなんて言ったら、先生してくれないでしょ。だからあのお薬、飲んだんです。お願いです。」  
真夜くんの潤んだ瞳が私を見つめる。これで抗う事が出来たらそいつは男では無い。  
「では一つだけ条件を付けるぞ。」  
「何ですか?」  
「その、先生はやめてくれ。私の名前は遥だ。」  
「なら、私の名前も呼び捨てにしていただけます? その方が嬉しいです。遥…さん。」  
「真夜。」  
「遥さん。」  
彼女の細い肢体を胡坐の上に抱きかかえ、くちづけを交わす。その黒髪が私の頬をくすぐる。左手で腰を抱き、掌にすっぽり収まる乳房を右手で愛撫する。掌で小さな乳房を包むようにさすり、中指の先で尖った乳首をつつき、こねまわす。  
重ねた唇から彼女のくぐもった声が漏れ、わずかに開いた唇に私は舌を挿し込む。やや強引に上下の歯を割ると、真夜も積極的に舌を絡めてきた。それ自体が交尾する軟体動物のように二人の舌は蠢き、深い接吻はしばし続く。惜しみながら唇を放し、彼女をそっと横たえた。  
「遥さんのキス、煙草臭い。」  
「嫌かい?」  
「いいえ、大好き。だからもっと。」  
体を重ね、さらに唇を重ねる。私の唇を彼女の唇がむさぼり、彼女の口蓋を私の舌がまさぐる。真夜に体重をかけ過ぎないよう左肘で自分の体を支えながら、右手は滑らかな肌の上を滑る。  
小さなヘソを少しだけなぶると、彼女はぴくりと身を震わせて、軽く抗議するように呻き声を上げた。唇を放し、耳元で囁く。  
「ここが、弱いのかい。」  
「駄目、くすぐったい。」  
「どれどれ。」  
「やだ、あ、だめ、力が、抜けちゃう…。」  
見悶える真夜が余りに可愛らしく、私は体を下にずらして彼女のお腹に舌をはわせた。嫌がる彼女を無視して舌の先をヘソの穴に挿し込むと、小さな悲鳴が上がった。  
「やん、あ、だめ、ちからが、はいらないから、だめ、でちゃう、さっきのが、だ、め、ああん、いやぁ…。」  
私のせいで脚を閉じる事も出来ず、真夜のそこから白いものがとろりとあふれてきた。さいぜん私の放った精が漏れてきたのだ。わずかに赤い血も混じっている。  
「いや、だめ、みないで、おねがい。」  
顔を背けた真夜は、頬を真っ赤に染めていた。  
「ほら、真夜のここから溢れてきたよ。さっき真夜の中にいっぱい出したからね。」  
「そんなこと、いわないで。はるかさん、いじわる。」  
「意地悪だよ。だからもっともっと、虐めてあげる。」  
「…いっぱい、して。いっぱい、いじめて。絶対に忘れられないように。おねがい、はるかさん。」  
「じゃあ入れるよ。真夜の中に。」  
「ください。はるかさんを。わたしに、ください。」  
「ほら、分かる? 少しずつ入っていくよ。真夜の中、暖かくて気持ち良いよ。」  
「はるか、さ、ん、ああ、わたし、も、あん、こんな、こんなの、あ、やぁ…。」  
「嫌なの? でもほら、真夜のここは、もっともっとって言ってるよ。こんなにぎゅうぎゅう締めつけて。」  
「だって、だってぇ。はるかさんに、されたら、わたし、わたし、こんなの、ちがうの…。」  
「さっきのお薬のせいだね、きっと。初めてなのにこんなに感じやすくなってるのは。そうだろ?」  
「そうなの、そうなの、こんなに、あぁ、こん、な、はるか、さんのが、きもち、いいの…。」  
「お薬のせいで、こんなに気持ちよくなってるんだね。ほら、いっぱい締めつけて、いっぱい溢れてきてるよ。」  
真夜は私にしがみつき、脚を絡める。強く目を閉じ、堅く唇を結び、真夜の奥深いところで痙攣が走る。そのしなやかな腕に力が込められ、真夜は私の背中に強く爪を立てて食い込ませた。  
 
汗にまみれた二人は、大理石の浴槽に浸っていた。座り込んだ私の足の間に真夜の小さなお尻がすっぽりとはまっている。真夜はその背中を私に預け、私の両手は彼女を抱いている。  
ゆっくりと両の掌を滑らせ、下から真夜の乳房に触れる。優しく、柔らかく揉みしだくと、真夜はあごをのけ反らせて私の肩に頭をもたれかけてきた。まぶたを閉じ、僅かに開いた唇から細い喘ぎが漏れる。  
小さな乳首がつんと尖り、指先でこねると更に堅くなる。両膝を立て、ほっそりした太股が透明なお湯の中で悶えるように妖しく動く。真夜の両手が私の手に重なり、指を絡める。  
 
「もう、ゆるして。そんなに、されたら、だめになっちゃう。」  
「じゃあ止めた方が良い?」  
「だめ、やめないで、でも、もうだめ、おかしく、なってしまう、わたし、ああ、はるかさん…。」  
右手を束縛からほどき、彼女の滑らかな肌を伝って下へ滑らせる。薄い恥毛をかき分けると、彼女は太股を開いて私の手を招いた。その股間に右手を差し入れ、掌全体でゆっくりとさするように撫でる。  
湯の中で閉じている割れ目を探り当て、人差指と薬指でそっと押し開き、中指で谷間をなぞる。  
真夜は身を捩(よじ)り、両手を挙げて私の頭の後ろに回した。そのまま引き寄せて、下から私の唇を吸う。  
私の左手は彼女の乳房を愛撫し続けた。人差指と中指で小さな乳首に触れ、強く、弱く挟み込む。  
私の右手は彼女の股間をまさぐり続ける。中指を沈め、ざらりとした感触の内部を指の腹で撫であげる。指を抜き、北上して谷間の果ての小さく勃起したクリトリスを探し当てた。包皮を左右に引いて、露出した敏感なそこにそっと指の腹を押し当て、ゆっくりとこねまわす。  
彼女の右手が私の脚を掴み、左手が更に強く私を引き寄せる。体を震わせ、両足で私の手を強く挟み込む。重ねた唇の間から言葉にならない喘ぎ声が漏れる。  
 
彼女の上体を前に倒して浴槽の縁に手をつかせ、腰を抱いて持ち上げた。脚を伸ばさせると、私の目の前に彼女の白い尻が迫る。  
シンメトリーな彼女の下半身、白い双丘に掌を当てて広げると、中心の割れ目が口を開けて赤い花芯が咲いた。ひくひくと震える谷間の奥からは、彼女自身の分泌液と私の注いだ精が交じって溢れてくる。  
「ほら、もう少し脚を開いて。そう、可愛いお尻だ。真夜の大事なところもよく見えるよ。奇麗な色をしてる。」  
「いや、みないで、こんなの、はずかしい。」  
「はずかしいこと、いっぱいしてあげる。」  
尻を突き出した格好のままの彼女を、舌と唇でたっぷりと愛撫した。割れ目をなぞり、入る限り舌を差し込み、クリトリスを吸い、外陰唇を甘く噛み、蟻の門渡りを舐めあげ、菊の門を舌先でつつき。真夜はその都度甘い悲鳴を上げ、見悶えし、全身を震わせて応えた。  
上半身を支え切れず、両の腕を曲げて浴槽の縁に突っ伏し、横目で私を見つめる。  
「もう、だめ、ゆるして、おねがい、あぁ、こんなに、されたら…。」  
「駄目、許してなんてあげないよ。まだこれからだからね。」  
立ち上がり、彼女の両の膝を自分の膝で軽く押し広げる。  
「ほら、こんな格好のまま、してあげる。さあ入れるよ。」  
「だめ、こんなの、もう、わたし、ああ、いやぁ…。」  
肉を打つ音と共に、真夜の喘ぎ声が浴室に響く。私は容赦なく真夜を後ろから貫き、激しく責め立てた。  
尻だけを持ち上げた姿勢で貫かれた真夜は、私が腰を振る度、腟内の壁を亀頭で強くこすられて刺激されている。強く目を閉じ、開いた唇からは細い悲鳴のような声が漏れる。細い足が震え、下半身が崩れそうになるのを私が腰を掴んで許さない。  
 
正面から挿入したまま、ベッドまで真夜を抱えて運んだ。一歩一歩、奥まで届く私自身が真夜を刺激する。彼女は私の首っ玉にすがりつき、背中に爪を立て、私の肩に何度も歯形を付けた。  
ベッドに彼女を下ろし、私の腰に絡んでいた両足を解くと、その細い足を肩に乗せるように抱える。そのまま腰を振り、彼女の尻に打ち付ける。  
 
薬のせいでも構いはしない。真夜がその小さな体で私を受け入れ、私が真夜に快感をあたえる。真夜の中に入り込むほどに、私もまた真夜を自分の中に刻み込む。  
何度目か、数える事もおっくうになるほどの交わり。その果てに、私は真夜に折り重なるように体を突っ伏した。  
 
激しく喘いでいたその呼吸がやがて落ち着くまで、汗ばんだ彼女の顔を見つめる。  
ようやく、彼女はその瞳を開き、私を見つめた。何か言おうとする唇を先んじて、自分の唇で塞ぐ。しっとりと、長いくちづけ。少し顔を離すと、私は彼女を見おろし、彼女は下から私を見つめる。  
 
ぽたり、と彼女の白い胸に落ちた滴は、汗ではなかった。  
「はるかさん…泣いてるの、どうして。お願い、泣かないで。ごめんなさい、私のせいで…。」  
「ちがう、君のせいじゃない。君がこんなに愛おしいのに、君を守れない自分が不甲斐なくて。済まない。」  
「いいえ、私が決めてしまった事だから。本当にごめんなさい。勝手に自分で決めて、それなのにこんなところまで遥さんを呼びつけてしまって。こんなにいっぱい、我侭ばかり聞いてもらって。ごめんなさい、でもそれだけ、貴方が、好きなんです。」  
体をつなげたまま、真夜を抱きしめた。  
「君の我侭なら幾らだって聞き届けてあげるよ。好きな子の我侭なら、何だって。」  
「もう一度、言ってくださいます?」  
「君が好きだ。だから君の我侭なら、何でも聞いてあげるさ。」  
「じゃあ、言って良いです?」  
「言ってごらん。」  
「このまま、もっと。遥さんが欲しい。」  
「それって、薬のせいだけかな。」  
「違うかも…。ごめんなさい、こんなはしたないこと。あ、でも遥さん、ちっちゃくなってたのにまたおっきくなってきた。」  
「そりゃ、真夜におねだりされたらね。」  
 
 
私たちはひたすら睦みあった。登り詰めては抱き合って休み、届けられた食事をつまんでは体を重ね、互いの汗を舐めあってから飲み物を取り、湯を浴びて互いの体を洗いあい。  
眠る事を忘れて、真夜は貪欲に私を呑み込み、私は真夜に愛情と欲情を注ぎ込んだ。次の日の太陽が黄色くなるほどに。  
 
帰りの旅路は、往路とは逆にひたすら眠り続けた。傷を癒すためには眠るしかなかった。酒保で買い求めたウイスキーを煽り、酔潰れるように眠った。  
哀しみでは無く虚ろな空しさは涙を流す事も許してくれなかった。忘れることは出来ない。けれど素面でいると、喪失感に押しつぶされてしまいそうだった。  
時が流れるにつれ、失った痛みは少しずつ癒された。けれど胸にぽっかり空いた喪失感だけは、酒も時間も、埋めてくれる事は無かった。  
 
「真夜…。」  
違う、そんなはずは無い。けれど、その少女は真夜にそっくりだった。初めてここで逢った、あの時のままの真夜だった。  
「佐夜、と言います。初めまして、お父様。あなたの娘です。」  
あの日、最初で最後の逢瀬。二人で過ごした濃密な時間が記憶に甦った。十数年の過去、上海の瀟洒なホテルの一室。真夜はあの時に身篭もり、生み育てたのか。  
私に見つめられた佐夜は、目を伏せた。  
「お母様から、ごめんなさいと伝えて欲しいと言付かっています。約束を守れなくて、お父様の元に帰れなくて、ごめんなさいと。ここに帰る日の事をずっと楽しみにしていたのに。お母様は帰れなくなってしまった。」  
「どういう、ことだ。」  
 
佐夜が私に手渡したのは、大老からの手紙だった。大老は未だに矍鑠としていると言う。しかし昨今のきな臭い情勢下、上海は国民党と中国共産党の戦闘が激化し、上海事変が勃発。帝国海軍の砲撃が行われたのはつい先日だ。  
この状態で日本人である真夜をそばに置く事が難しくなった大老は、真夜と佐夜を日本に帰すことを決意した。だがその直後、真夜が疾に倒れてしまった。  
数年前から心の臓が弱っていた彼女は、いよいよ帰れると言う安心感で気が緩んだのか、床に伏して立つことも出来なくなってしまった。  
大老は手を尽くし、佐夜の必死の看病の甲斐も無く真夜は身罷ってしまったと。先見の力を使わせた事で真夜の寿命を縮めたのだとすれば、誠に申し訳ない。そう結んでいた。そうして大老は、残った佐夜を独り、私の元に送り届けた。果たせなかった約束の代わりとして。  
 
佐夜は、傍らのテーブルに置いていた小さな白い陶器の壺を手にした。  
「お母様は、上海の地に埋葬されました。遺体をこちらに運ぶことが出来なくて。けれど、少しだけお骨を分けて来ました。こんな形になってしまったけれど、お父様のおそばにお届けしたくて。」  
私は佐夜の傍に歩み寄った。真夜の忘れ形見。私の愛娘。その肩にそっと手を置き、抱きしめた。  
「お父様…泣いてるの、どうして。お願い、泣かないで。ごめんなさい、私のせいで…。」  
「ちがう、佐夜のせいじゃない。よく、帰ってきてくれた。君一人だけでも。」  
あの夜以来か、私が涙を流すのは。佐夜が私の胸に顔を押し付けた。肩を震わせ、声を押し殺して泣いている。私たちは二人、父と娘は静かに涙を流した。失われた真夜を弔うように。  
 
 
- しゅうりょ -  
 
 

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