先日父から異国の品々が荷物として届いた。
そしてその中に古代の後宮で使用されていたというお香があった。真夜は半時間ほど前に
さしたる深い考えもなくそれに火を灯したのだった。
『このお香を焚いて眠ることで皇太后は亡き皇帝を偲び憂愁の官女たちは涙ぐむ』
そんな能書きはひどくロマンチックな響きを帯びていた。それが真夜は珍しく胸をときめかせた。
その真の効用も知らずに…
今、華やかな香りが暗い部屋に満ちている。香炉は机上でしゅうしゅうとたおやかな煙を流し続けている。
「あ、ぁっぃ、ぁっぃょぉぉ…」
真夜は布団の中で身悶えた。全身がべっとりと汗ばみ痺れたようになっている。
「あ、ぁるこーるか何か……」
アルコールか何かが混じって発生しているのだろうか。そもそも彼女は自分が起きているのか眠っている
のかが分からなかった。ただ仰向けになった目の前、闇の中で虹色の光が閃いては消える。
「ぁ、はァ……」
ひどくそわそわする気分だった。意識は朦朧としているというのに。ただ体中の血行が飛躍的に上がっている
のを自覚していた。彼女は微かな後悔の念を覚えた。しかしそれは夢なのかもしれないとも感じた。
「ぅ、ぅふぅぅ……」
決して嫌な感覚ではなかった。全身が浮き立つような粘性の快感が彼女を苛んでいる。
(麻薬……なの……?)
そんな懸念が脳裏を過ぎったとき、真夜は全身を何かが這い回っているかのような感覚に見舞われた。
「ぅ!」
それが錯覚であることはすぐに気がついた。極度に敏感になった肌が寝巻きの繊維が擦れるのに
過剰反応しているのである。全身の快楽神経を摘み弄られるようなざわめき。
真夜は首をひねる。呼吸による体のごく微かな動き。それが襟との摩擦を生んで汗ばんだ首筋を舐めている。
「ぁ、は……」
彼女の瞳孔は闇の中で拡大していく。頭の芯が石になったようでその特殊な感覚だけが彼女に浮かび上がってくるのだった。
汗ばんだ乳房ごとに自分の肩を抱きしめて彼女は夢とうつつの境を彷徨っていた。
「!!」
真夜は思わず歯をかみ合わせた。しかし顎に力が入らず頬を戦慄かせる。
(う、うそ……)
それは違和感だった。足の間が妙に熱を持ってきていることには気がついていた。
そしてそこを濡らしているのが汗だけでないことも。彼女の端正な顔が歪む。
しかしさっき一瞬何かが体内に奔り込むような、まるで細い空間が開いたような気がしたのである。
(あ、やっぱり……オカシイ……)
それは前兆に過ぎなかった。
次の瞬間、彼女の下腹部がはっきりと蠢く。巨大な、太い棒のような何かが……!
「ああッ?! あ、あぐぅううううぅぅ〜〜〜」
真夜は目を剥いて跳ね上がる。はっきりと布団が膨らんだのは彼女が身を反らしたからだろう。
体内の繊細な部分を苛まれ、揉み解されつつ蹂躙される夢。薬品による生理反応を利用した擬似性交の秘薬。
「ぅ、くッ! くァ、クぅ〜〜〜!!」
真夜はあえぐように肩で息をする。耳が音を捉えることさえ忘れてしまうほどだった。
しかしそんなものは序の口である。
熱を帯びた体の喧騒は静まるどころか加速していくのだった。
「ぁ、あ、ぁあ!? アっ、アァァッ!!」
その鼻にかかった叫びは次第にうわずり舌は引きつっている。寝乱れた着物からせり出したなだらかな肩の線が小刻みに打ち震えている。
「ああぁ〜〜〜ぅはァ〜〜A〜〜AA〜〜〜…ぁ………ぁッ、ぁぁ……ぅ、ぅぅ……」
だがその声はだんだんと小さく、力なくなっていく。しかしそこからがお香の効果の真骨頂だった。
体中が緩んでいくのだ。後門さえもが貫かれて責められているような狂乱。千本の指で愛撫されるような幻覚。
真夜の大きく開かれた瞳は闇の中にもう何も見てはいない。ただ斑の光が広がっているようであった。
「あは」
そのだらしなく開いた口から涎が零れ落ちる。枕はすでに涙でしとど濡れていた。
時間の感覚さえもが狂っていくようだった。真夜は手足を引き攣らせて前後不覚に悶え続ける。
(こ、こんなァの……ありえない、ありえない……し、しんじゃう…しんじゃうぅぅ……)
中国四千年の歴史が生んだ秘薬だ。命に別状などあろうはずがない。
しかしその異常な淫楽の洪水は彼女の魂さえも弄りつくし蹂躙していくかのようだった。意識が切れ切れになっていく。
だが完全に気を失うことさえ許されずひたすら体中の神経が浸されていく。彼女は横たわったまま激しく頭を振る。
その道に慣れた女性でさえも稀なほどに続く絶頂感が断続的に続いていくのだ。
「ひっ!」
無意識に上げたのはほとんどおびえたような微かな悲鳴。もう許してください、と真夜は心の中に祈る。
だが祈りなど通じない。
突然に彼女の体が大きく震えてビクビクと痙攣し始める。激しくビクンビクンと踊りだす。もう悲鳴さえ出せはしなかった。
「ッ!!!〜〜ッ!〜ッ!!〜〜〜ッ!!!!!!!!!!!!」
そのとき真夜の頭の中は真実の白に埋め尽くされた。
翌朝。彼女は薄明かりの中で目を開いたまま気を失っていた。そしてその顔には痴呆の様な壊れた笑み。
意識を取り戻して彼女は一言だけこう呟く。
「しんじゃった…わたし」
痴女と成り果てたその真夜の顔は悟りきった菩薩様のように穏やかだった。