先刻まで茜色に染まっていた空に薄墨を垂らしたような帳が下りてくる。  
西の山の端には沈みかける太陽が熾火のように燻り、刻一刻と暗闇が迫っていた。  
そんな中街道を駆ける一人の少女がいた。  
「はっ、はぁ、はぁ…」  
荒い呼吸を繰り返しただひた走る。なにかに追われているかのように表情は歪んでいた。  
「は…っ、きゃぁっ!」  
――と、足が縺れてしまい、悲鳴をあげて少女―響―はその場に倒れこんだ。  
のろのろと身を起こすとその場にしゃがみこむ。彼女の速く浅い呼吸音だけが  
やけにはっきりとその場に響いていた。  
(また…人を斬ってしまった…どうして…どうしてなの?)  
腕の中の刀袋を抱き締める。自身の高ぶりと同調するように、谺も微かに震えていた。  
父の仇を探す旅、と覚悟の上で臨んできたものの、実際命のやり取りなぞ知らぬただの小娘。  
以前までは花を愛でていた白い手が、今や人の命を奪う死神の手となっている現実に  
最も苦しんでいるのが彼女自身である。  
刀を振るうたび、赤く流れる血を見るたび、横たわる骸を見るたび、自分が自分でなくなっていく、  
そんな錯覚に陥ってしまう。  
(―そう、斬る必要なんてなかった。勝負はもう決していたのに―)  
脳裏に甦るのは先刻の風景。緋色に染まった空。崩れるように膝をついた忍び装束の男。  
相手はこれ以上戦う事は出来なかった――なのに。  
追い討ちをかけるように自分は刀を抜き放ったのだ。  
緋色に染まった空。崩れるように倒れた忍び装束の男。うつ伏せた身体から  
じくじくと血が染み出してくるのを無感動に響は見詰め――我に返る。  
「…ぁ、いや、いやぁぁっ!!」  
悲鳴をあげ、その場から逃げ出した。少しでも遠くへ離れたかった。  
今斬り殺した男が何事もなかったかのように身体を起こし、自分の元に迫ってくるようで――。  
響は自分の馬鹿馬鹿しい妄想を振り払うように首を横に振る。  
「……先を急がなきゃ…」  
自分に言い聞かせるようにそう呟き、立ち上がった彼女の耳に奇妙な音が聞こえた。  
 
「………」  
(何…?)  
訝しげに眉を寄せ、周りに神経を集中する。  
「……ぁ…っ……あぁ…」  
苦しげな女性の声だ。具合でも悪くしたのだろうか。  
声は茂みの奥のほうから聞こえてくるようで、響は注意深くそろそろと近付く。  
「はぁ…あっ…あ…」  
方向は間違っていなかったらしく、声は確実に明瞭になっているのだが…。  
声が大きくはっきり聞こえるようになると、女性の声の響きは苦痛のそれではなく  
もっと別の色を帯びているように聞こえる。  
そう、酷く艶やかで、誰かに媚びているような――。  
「あぁ…っ!…ぁん…」  
なるべく音を立てないように茂みをかき分け、相手に悟られないように  
恐る恐る奥を覗き込む。  
その光景を見た響の表情が強張った。  
奥にはあられもない姿で交わる一組の男女。しかも男女の顔には見覚えがあった。  
――男は先刻斬り殺した忍び装束の男。  
そして女は――自分、だった。  
 
響は男の上に跨る格好で執拗に腰を動かしている。  
真っ白な臀部が薄闇の中、浮き上がるように目立っていた。  
「…あぁ…気持ち良い……」  
快楽に蕩けるような表情で、  
「ね…、もっとして…ほしいの…」  
そう相手に強請る。  
その言葉に応えるように男の動きが大きく突き上げるような動きになった。  
男の肉棒が潤んだ響の秘所を深々と貫き、小柄な身体がびくびくと痙攣するかのように動く。  
「あっ!…ふぁ、あぁ…っ!」  
必死に声を押し殺そうとするが、堪えきれず甘い嬌声が溢れ出る。  
大きな動きで抽送される度にぐちゅ、ぐぢゅ、と結合部から湿った音が響いた。  
「やっ、そこは…ぁっ!」  
弓なりに背を反らせ、一際高い声で啼く。男の指が愛液で濡れそぼった響の肉芽を掠めたのだ。  
その反応が気に入ったらしく、捏ねるように肉芽を弄ぶ。  
くりくりと動かすと肉芽はすぐにいやらしく勃ちあがり、より一層の快感に響の顔が切なげに歪んだ。  
「あ、やっ、だめ…んっ、あぁ、っ…おかしく、なりそう!」  
その直裁的な刺激に、肉棒を包む柔肉が戦慄く。一際強くなった締め付けに  
男の表情も苦しげなものになる。  
男は限界を感じたらしく、響の臀部を抱え込むと、性急な動きで突き上げ始めた。  
「あっ、ああ、そん…ぁっ、こわれ、ちゃ、ぅ…!」  
ぱんぱん、と肉のぶつかりあう音があたりに響く。男の叩きつけるような腰使いに  
翻弄されながらも身体を動かす。  
とどめとばかりに深く突き上げ、そのまま男は達する。  
小さく痙攣しながら響のナカに熱い奔流を叩きつけた。  
「あ、っ、ぁぁ、あぁっ――――!!」  
一際高い声をあげ身体を弓なりに反らせ、響は繋がったまま男の上に崩れ落ちる。  
結合部から胎内に収まりきらなかった濃い白濁液がだらりと漏れていた。  
 
目の前の悪夢のような嬌態に響はただ呆然とするばかりだった。  
はしたなく男とまぐわっているあの女は自分なのか自分ではないのか。  
ではこうしてその様子を見ているのは自分なのか自分ではないのか。  
あれは――私?――私は、誰――?  
全く考えが纏まらない。そもそもこれは現実なのか。  
――と、男の上に伏していた響が気だるそうに身を起こし――こちらを見た。  
自分と同じ顔ながら、自分とは到底思えないただならぬものを感じるその面差し。  
それはすれ違っただけの父の仇に、どこか似ていた。  
彼女は響が覗いていることをまるで知っているかのように、口元を歪める。  
どこまでも冥く深い、嫌な感じさえする、それなのに何故か蟲惑的な女の笑み――。  
「――いや、いや、いやぁぁぁっ!!」  
箍が外れてしまったかのように響は絶叫をあげた。  
 
 
からん。  
そのひどく軽い音で響は我に返る。  
慌てて周りを見渡すも、闇が染みるように迫ってくる夕暮れの世界。  
あの男女の姿はどこにもなく、ただ静寂だけがあたりを支配していた。  
(……あれは…夢…?…なんて浅ましい――)  
小さく嘆息し、足元に目をやると刀袋が転がっている。  
それを拾い上げるとしっかりと胸に抱く。  
(あれは悪い夢。実際起こりうるはずのない夢。実在しない夢――)  
(…あんな夢を見たのは、人を斬って神経が高ぶっていたからよ)  
(落ち着けばこんなこと――あるはずないんだから)  
そう自分に言い聞かせる。何度も何度も。  
 
――それでも袴の下の自分の下着はしっとりと濡れていた。  
 

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