先日対峙した際は香織の剣幕に圧されて一旦は退いたものの、その後も密かに香織の行方を追っていた鷲塚は、独特の瘴気が漂う空間に辿り着き――そして、瞠目する。  
「あれは……小次郎殿!?!」  
むごたらしく利き手に鋭利な凶器を突き立てられ、地に縫い留められた香織の身体に醜悪な物体が覆い被さり、その肢体を屠っていた。  
「最終……狼牙!!!」  
鷲塚は矢も盾もたまらず、憤怒に身を任せて己が奥義を放つ。  
骸が肉欲に溺れていたため、辺りへの警戒心が薄れていた事が幸いした。鷲塚の攻撃は骸を直撃し、その体躯を吹っ飛ばした。  
「ぐへあぁ……!!!」  
「貴様……よくも香織殿を!!許さぬ!!」  
踏み潰された蟇蛙のような声を上げて岩に叩きつけられた骸に、更なる一撃を加える。  
「ぎゃああぁ!!」  
断末魔の叫びを上げて絶命した骸に、しかし鷲塚は攻撃を止めようとしなかった。  
何度も何度も刀を突き立て臓腑を抉り、そうして骸が半ば肉片と化した屍となって漸く鷲塚は手を止めた。  
 
それでも、鷲塚の激情は治まらぬ――最早任務などとは関係ない、完全に私怨での行動である。  
兄同然に慕っていた小次郎殿の命を奪った憎き仇敵が、香織殿をも殺めようとしていた……のみならず、その身を劣情に任せて穢した事は、鷲塚にとって八つ裂きにしても到底許せるものではなかった。  
 
「!!香織殿!!」  
辺りに漂う死臭と噎せ返るような血と体液の臭いで我に返った鷲塚は、慌てて香織の元へと駆け寄った。  
口を塞いでいた汚らしい布切れを外してやると、香織は大きく咳き込んで唾を吐き出す。  
「慶一郎、どの……なぜ、ここに……?」  
朦朧とした頭で、これは願望が見せた幻ではないかと考えた……が、労わるように汗と涙で顔に貼り付いた髪を払う掌の温もりは、紛れもなく本物の鷲塚であった。  
「話は後です。とにかく、この手の刀を抜きますゆえ……暫し、我慢なされよ。」  
鷲塚はまず得物に括りつけられていた左手首を解放し、次に掌を貫いた得物の柄を握ると、なるべく傷に障らぬよう注意深く外していく。  
「くぅ、っ……!!」  
香織の口から呻き声が上がるが、鷲塚は心を鬼にして得物を引き抜くと、塞き止められていた傷口から溢れる血を簡単に止血する。それからおぞましい体液に穢れた香織の下肢を丁寧に拭き清め、傷だらけの身体に自分の羽織を掛けてやり、抱え上げた。  
「直ぐに医師の所へお連れしますゆえ、どうか……お気を確かに。」  
低く囁かれた、耳に心地良い声が香織を安堵させる。――途端、両目から涙が溢れ出した。  
「……けいいちろう、どの……。」  
張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた香織は、そのまま鷲塚の胸へと頭を預けて気を失う。  
「香織殿……!!」  
肝心な所で間に合わなかった己の不甲斐無さを呪いつつ、鷲塚は香織を背負うと一目散に診療所へと向かった。  
 
医師の適切な処置のお陰で、香織は何とか一命を取りとめた。  
しかし、未だ床に就いたままの香織の看病の為、鷲塚は暫しの休暇を局長に申し出て受理され、香織の自宅へと泊り込んだ。  
幸いな事に、手の傷は癒えれば恐らく日常生活には支障がないだろうというのが医師の見立てである。  
しかし――それよりも厄介なのは、心の傷の方だった。  
夜毎見る悪夢の為、香織は突如悲鳴を上げて目覚める事が度々あったのだ。  
「香織殿……大丈夫です、私がこうしてここにおりますゆえ……今はゆっくりお休みくだされ。」  
鷲塚が安心させるように手を握り続けると、漸く落ち着いて再び眠りに落ちる――そんな日々を繰り返しつつも、鷲塚の懸命な看病の甲斐もあり、少しずつ香織は快復していった。  
これも亡き小次郎殿のご加護やも知れぬと、鷲塚は毎日位牌に手を合わせて香織の平癒を祈り続けていた。  
 
そうして、香織が床に伏せって幾日が過ぎた頃であろうか。  
「……慶一郎、殿……。」  
意識を取り戻してうっすらと目蓋を開けた香織は、傍らに付き添っていた鷲塚の姿を認めると名を呼んだ。  
「香織殿?気が付かれましたか!!……ああ、まだ無理をなさってはなりませぬ!!」  
布団から起き上がろうとしている香織を見咎め、鷲塚が窘めるように言う――が。  
「何故、私を助けたのだ?……どうして……死なせてくれなかった?」  
目に涙を湛えて鷲塚を見遣る香織の声音には、非難めいた響きが含まれていた。  
「なっ……何を言い出すのです香織殿!!」  
鷲塚の言葉に、香織がきっ、と睨み付ける。  
「あのような辱めに遭い、生き恥を晒すなど言語道断!!何故……何故、あのまま放っておいてくれなかった!?」  
搾り出すような香織の叫びに、鷲塚は握り締めた拳を戦慄かせ、唇を噛み締めた。  
「それは……本心で仰っておられるか?香織殿……見損ないましたぞ。」  
静かな――だが、憤怒を隠し切らぬ鷲塚の声に、香織が顔を強張らせる。  
 
あの日以来、香織が幾度も悪夢にうなされ、時にはあまりのおぞましさに吐き気を催していた事を鷲塚は知っている。男である自分には計り知れぬほどの苦しみを味わい続けている香織には、酷な物言いであるのは重々承知していた。  
香織に生きていて貰いたいのは、自分の利己心ゆえに過ぎぬ。だが――それでも、これ以上目の前から大切な人が喪われるのが耐えられなかったのだ。  
 
「貴女は、小次郎殿の代わりを勤めると決めたときに覚悟したのではありませぬか?……それを、何を弱気な事を仰るのです!!小次郎殿は……きっと、もっと生きたかった筈です!!貴女は、亡き小次郎殿の分まで生きる義務があるのですぞ!!」  
何時になく語気を荒げた鷲塚の言葉に、香織がいたたまれなく俯いた。  
「そう、……どうしても兄上の仇は、私の手で討ちたかった。」  
 
皆に慕われ、強く優しかった自慢の兄――かけがえのない、己が半身。  
小次郎を喪った時以上の苦しみなど、悲しみなど……この世にありはしないと思っていた。  
 
「その為なら……女である事など、捨てた筈だったのだ……。なのに、私はこんなにも弱い!!あの時の……私を犯した骸の感触を思い出す度に震えが止まらぬのだ!!」  
未だ自由の利かぬ、包帯の巻かれた右掌を見つめながら香織が慟哭する。  
「兄上の無念も晴らせず、憎き仇敵にこの身を穢され……結局は慶一郎殿の手を煩わせた。……私は、とんだ道化だ!!呆れただろう慶一郎殿!!私は最早生きるに値せぬ愚か者だ!!」  
 
「断じてそんな事はありませぬ!!」  
思わず手を伸ばし、香織を抱き寄せる。はっとした表情で顔を上げた香織だったが、されるがままに鷲塚の胸へとしなだれかかった。  
「貴女は……この細い肩に過ぎた荷を負ってしまったゆえの事。女の身でありながら懸命に過酷な勤めをこなした貴女を労いこそすれ、非難する謂れなどありませぬ。」  
優しく諭すような鷲塚の物言いが、香織の心に沁み渡る。  
「死にたいと願う、貴女の辛いお気持ちは痛い程分かります。ですが……。」  
そこで一旦言いにくそうに言葉を区切り、鷲塚は香織に聞こえるか聞こえないかという位に小さな声で囁いた。  
「香織殿……貴女を、愛しております。貴女を喪いたくないのです。どうか……私の為に、生きては下さいませぬか?」  
確かに届いたその言葉に瞠目すると、香織はあの時何度も心の中で叫んだ大切な者の名を小さく呟く。  
「……慶一郎、殿……?」  
「貴方をここまで追い詰めた咎は、私にある。香織殿……お許しください。私が不甲斐ないばかりに、貴女を護る事叶わず、斯くも苦しめてしまった……。」  
宥めるように香織の髪を梳りながら、鷲塚はずっと秘めていた感情を吐露していく。  
「……違う、……慶一郎殿の所為では、ない……。私が、決めた事だから、……全ては、私自身の責だ。」  
瞳に涙を溢れさせ、香織はぶんぶんと首を振る。  
「香織殿、もう一度願い奉ります……どうか、生きてください。……貴女を愛する、私の為に。」  
鷲塚は香織の顔を真っ直ぐに見つめ、そうして再び、今度は明瞭に思いの丈を告げた。  
 
――私は、生きなければなるまい。……この人の為に。無念のうちに逝った兄上の分まで。  
しかし、その為には……この痛みを、苦しみを……乗り越えなければならないのだ。  
 
「慶一郎殿……ならば……私は、貴方の為に生きよう。だが……その為に一つ、頼みがある。」  
暫し逡巡した後に香織は意を決すると、鷲塚の首に縋り付いて耳元に唇を寄せる。  
「私に出来る事であれば、何なりと。」  
柔らかな香織の感触に、邪なる情欲が湧き上がるのを鷲塚は懸命に押し殺して応じた……が。  
「私は……あの日の事を忘れたい。だから……慶一郎殿、手伝ってはくれぬか?」  
香織の口から発せられた思いも寄らぬ言葉に鷲塚はごくり、と息を呑む。  
「それは、……如何なる、意味で。」  
「それを……私の口から言わせるか?慶一郎殿……貴方の手で、あの……忌まわしき記憶を、……塗りつぶして欲しいのだ。」  
たどたどしく、懸命に言葉を選ぶ様が酷く鷲塚の情欲を揺さぶった。  
 
いかん、香織殿は病み上がりの身ゆえ弱気になっているだけだ。  
そこにつけ込むような真似は……いやいや、何を考えておる鷲塚慶一郎!!  
香織殿の言葉は、断じてそのような不埒な意味ではない!!  
 
一、士道に背くまじき事。  
一、局を脱するを許さず。  
一、勝手に金策いたすべからず……  
 
脳裏で局中法度を復唱しながら、努めて平静を装い続ける――が。  
 
「頼む……今、ここで……抱いて欲しい。」  
羞恥に潤んだ瞳で見上げられ、掠れた声で哀願され、鷲塚に残された最後の理性の砦は――あっけなく陥落した。  
 
 
 
「身体に障りますゆえ、あまり無理をなさるな。……辛ければ、申してくだされ。」  
「……ん。」  
こくり、と頷いた香織の身体をそっと布団に横たえると、鷲塚は逸る気持ちを抑えて圧し掛かる。  
些かやつれた香織は、快活だった昔とはまた違った、妖しいまでの凄艶さを醸し出していた。  
「香織殿……。」  
熱の篭った声で名を呼び、香織の柔らかな唇を吸い上げる。初めて味わう愛しき女のそれは、酷く甘いと鷲塚には思えた。夢中になって貪り、何度も角度を変えて繰り返した。  
「ん、んっ……。」  
息苦しさに薄く開いた唇の隙間から舌を差し入れると、香織は戸惑ったように目を開けて鷲塚を見つめたが、直ぐに再び瞳を閉じて受け容れる。その健気さが酷く劣情を煽った。  
「っ……ふぅ……んんっ……。」  
口付けを繰り返しながら、鷲塚は香織の腰を弄り帯を解く。緩められた襟から掌を忍ばせた。  
「っ!!」  
鷲塚が豊かな乳房に手を添えると、あの時の事を思い出したのか香織が身体を強張らせる。  
「……矢張り、まだ無理ですな。止めましょう。」  
小さく嘆息して鷲塚は香織の寝間着の襟を整えようとするが、香織はその手首を捕らえて抗った。  
「すまぬ、大丈夫だから……続けて欲しい。」  
「しかし……。」  
「もう、平気だから……頼む。お願いだ……慶一郎殿……。」  
躊躇う鷲塚であったが、香織の真摯な眼差しに結局折れる。  
「……分かりました。ですが……次に私が無理だと判断したら、貴女が何と言おうと止めます。」  
「慶一郎殿……それは、……。」  
眉根を寄せて口籠もる香織の不安の原因を悟り、鷲塚は微かに笑って言った。  
「違います、貴女を傷付けたくないからです。……決して、嫌がる貴女を厭うておる訳ではありませぬ。私は貴女が受け容れてくれるまで、何時までも待つ覚悟は出来ておりますぞ。」  
幼子をあやすように頬を撫ぜ、そうして軽く口付ける。  
 
「しかし、それでは……。」  
「大丈夫です、待つのは慣れておりますゆえ。何しろ私は……貴女に初めて逢った時より、今までずっと待っていたのですから。」  
何時になく饒舌に己が心中を語る鷲塚の言葉に、香織の顔が朱を帯びた。  
「では……続けても良ろしいか?」  
真っ赤に染まった顔を隠すように手で覆った香織が無言で頷くのを認めると、鷲塚は香織の胸元へと顔を埋めた。  
心の臓が早鐘の如く脈打つのを感じつつ、張りのある乳房に掌を添えてそっと包み込む。しっとりと汗ばんで手に吸い付くかのような感触が心地良い。鷲塚の大きな掌にも余る柔らかな膨らみをゆるゆると揉みしだきながら、その中央の突起を指で捉えた。  
「っ!!」  
指の腹で捏ねるように摘んでいるうちに、そこは少しずつ硬さを増して勃ち上がってくる。香織の唇から漏れる吐息が少しずつ荒く、甘さを含むようになっていった。  
「ひゃあっ!!や、慶一郎どの、やだぁっ……!」  
つんと尖った乳首に唇を寄せ、優しく食むと香織の身体がびくん、と大きく震えた。嫌がる言葉とは裏腹に、その声音は酷く甘ったるい。  
「っ……あ、あっ……。」  
口に含み、舌で突付いてやりながら、もう片方の乳房も指先に挟み込んで弄ってやると、それだけで随分と感じるらしく、香織はいやいやするように首を振りながら、身の内に湧き上がって来る得体の知れない何かを懸命に堪えていた。  
「やぁっ…ぅん…んんっ……。」  
己の唇から漏れる声がまるで女のそれである事を自覚して、香織は慌てて口を押さえる。  
「香織殿……声を、聞かせてくだされ。」  
鷲塚が口元を覆う手を除けようとするが、香織はふるふると首を振った。  
「いやだ、……私の、声じゃ……ない、みたいで……恥ずかしい、っ……。」  
「なんの……可愛らしい声ではありませぬか。」  
それでも尚口を噤み首を振り続ける香織の様に、鷲塚は小さく嘆息し――そして。  
「啼かぬなら、啼かせてみせましょうぞ。」  
言いながら鷲塚は、乳房を弄っていた手を下肢へと伸ばした。  
「!!きゃあんっ!!」  
鷲塚の指が香織の秘部に到達すると、香織は思わず悲鳴のような嬌声を上げてしまう。愛液で滑る花弁を弄りながら、鷲塚が喜色を隠さず囁いた。  
「凄い……ぐしょぐしょですな、香織殿……随分と感じておられるか。」  
あからさまな指摘に、香織が羞恥で朱に染まった頬をさらに紅くして懸命に首を振る。  
「ちが、……っ……!!」  
「否定せずとも良いのです。私なんぞの慰撫で斯くも悦んで戴けたのなら恐悦至極。」  
心底嬉しそうに頷くと、鷲塚は香織の股間に顔を寄せた。愛しい女人の放つ雌の匂いを胸一杯に吸い込みながら、そこに湛えられた蜜を指で掬い取って感慨深げに見つめる。  
「やっ、……何を、……ひゃあぅ!!」  
恥ずかしい処をまじまじと見られて困惑する香織の花芽を摘んで弄りながら、舌先で舐り上げる。かつて無い強烈な刺激に、香織が甲高い声を上げて身体を震わせた。  
 
「あ、やぁっ……だめ、慶一郎、どの……いや、っ……!!」  
蜜壷から止め処もなく溢れる愛液を啜る音すらも、香織の性感を高めていく。全身の熱がそこに集まったかのように熱く、頭の芯が蕩けそうになる。  
「やっ……あぅっ!!」  
愛液を絡めた無骨な指が香織の内に差し入れられるに至り、香織は身を捩った。指の腹が内壁を探るように擦る度、背筋に怖気にも似た快感が走り抜ける。鷲塚は特に香織が反応を見せる処を重点的に攻め立てた。  
「あ、あああっ……!!」  
あえかな嬌声を上げると、香織の意識は刹那途切れた。何が起きたか分からないまま、脱力感に襲われた香織は荒い呼吸を繰り返す。  
「ああ……気を遣りなさったか。」  
柔らかな肉が指を心地良く締め付ける感触に気付いた鷲塚は満足げに頷き、一旦香織を弄っていた手を止めると、未だ朦朧とした様子の香織の頬を撫ぜた。  
「えっ?気を……何?」  
言葉の意味を取りあぐね、困惑した表情を浮かべる香織をあやすように髪を梳いて鷲塚が言う。  
「気持ち好かったのでしょう?」  
「……その……慶一郎殿に、されてて……段々、何も考えられなくなって……。こんな風になったのは、初めてで……私は、おかしくなってしまったんだろうか……?」  
未だ興奮冷めやらぬ己の変調に戸惑う香織が酷く初々しくて愛おしい。鷲塚はそんな香織に幼子を諭すように囁いた。  
「おかしくなどありませぬ。それが……女人の悦び、というものです。」  
「私が……悦んで、いる……?」  
その言葉の意味を反芻して、香織は羞恥に頬を染める。  
「……慶一郎殿は……こんな……浅ましき私を軽蔑せぬか?」  
不安げな眼差しで問う香織であったが、鷲塚は穏やかに笑った。  
「何故です?嬉しいと思いこそすれ、蔑む気などありませぬ。」  
「……なら、いい。」  
小さく呟いて香織は顔を背ける。気恥ずかしくて鷲塚の顔を真っ直ぐには見られない。  
「香織殿……怒っておられるか?」  
「違っ……自分が、恥ずかしいだけだ!!」  
「恥ずべき事などありませぬ。私は……嬉しいのですから。」  
言いながら鷲塚は些か強引に香織の顎を捕えて己の方へと向ける。そして鷲塚は真顔になり、最後にもう一度問い掛けた。  
「香織殿……本当に良ろしいか?今ならまだ止められます。ですが……ここから先は、最早己を律する術を持ちませぬ。」  
真摯な眼差しと言葉に、香織は息を呑み――そして、無言でしかし確りと頷いた。  
 
鷲塚の舌と指でとろとろに溶かされたそこに、今度は熱く硬いものが押し当てられた。  
「では……香織殿、いざ……参ります。」  
許しを乞うが如く目礼すると、鷲塚は香織の両脚を抱え上げる。香織は全てを鷲塚に委ね、されるがまま大きく脚を広げてその時を待った。  
「くっ……んんんっ……!!」  
鷲塚の肉茎が、愛液を潤滑油代わりにずぶずぶと己の内を犯していく。その感触にあのおぞましき記憶を呼び起こされた香織の背筋に汗が噴き出してきた。  
 
――あの時とは違う。これは慶一郎殿だ。  
彼奴とは違う……この人は、こんなにも私を慮ってくれているではないか。  
兄上の代わりに新撰組零番隊組長の激務をもこなした私が、この程度の事に耐えられなくてどうする?  
 
香織は何度も己に言い聞かせ続けて恐怖に耐える。鷲塚はそんな香織を労わるようにゆっくりと侵入し、ようやく根元まで中に収めると大きく息を吐いた。  
「力を抜いてくだされ。それでは辛いでしょう。」  
すっかりと身体を強張らせてしまった香織の血の気の失せた顔にそっと手を添え、鷲塚が囁く。  
「っ、……慶一郎、殿……もっと……。」  
絶え絶えに呟かれる微かな言葉に気付き、鷲塚は香織の唇に耳を寄せた。  
「?……もっと、……何ですか?」  
震える手を伸ばし、香織は鷲塚の首に縋り付いて強請る。  
「もっと、名を呼んで……今、私の中にいるのが慶一郎殿だと……感じさせて、欲しい。」  
掠れる声で懸命に訴える香織が酷く愛おしく感じられ、鷲塚は破顔した。  
「勿論です。……香織殿、愛しております……香織殿……。」  
熱の篭った声で幾度も名を呼ばれ、優しく身体を撫でられて、香織の緊張は少しずつ解れていく。力が抜けたところで鷲塚は一旦雁首を残して引き抜くと、再びおもむろに奥まで穿っていった。  
「くっ……んんっ……。」  
眉根を寄せて苦悶する香織の痛みをせめて少しでも紛らわせられるようにと、鷲塚は組み敷いている香織の掌に己の手を添え、指先を絡めた。  
「……あっ……。」  
鷲塚の力強い手の温もりを感じて、香織が小さく声を上げる。  
 
夜毎見る忌まわしき悪夢から、いつも引き揚げてくれたのも――この手だった。  
 
その存在を確かめるように、香織は自由になる左手できつく握り返す。  
「香織殿……矢張り、辛いのですか?」  
苦痛の所為で手に力が篭ったのだと思った鷲塚が気遣うが、香織はゆっくり首を振る。  
「違う……貴方の手を、……離したく、ないから……。」  
香織の言葉が、鷲塚の胸を尚一層熱くする。急く心を懸命に抑え、鷲塚は少しずつ腰を動かし始めた。  
「あ、ああっ……!!」  
湿った音を立てて中を肉棒が行き来する感触に、香織の唇が戦慄く。熱い塊が内壁を擦る度に、あの時のおぞましさとは異なる、得体の知れない悦楽が生じ始めていた。  
「けいいちろう、どの……あ、……やぁっ……!!」  
挿出の度に愛液が滲み、鷲塚の動きを助けて滑らかにしていく。柔らかな肉の襞が鷲塚に絡み付き、その情欲を煽り立てていた。そんな香織の内を思うさま味わおうと、より深い結合を求めて腰を密着させる。  
一つになった処からとろとろに溶けてしまいそうな錯覚に陥り、その心許なさに香織は懸命に鷲塚の手を握り締めた。  
「あっ……や、あああああっ……!!」  
漣の如く這い上がって来る快楽に身を委ね、再び香織は気を遣った。  
「香織殿っ……!!」  
秘肉の締め付けに促されるまま、鷲塚もまた昇り詰め、香織の内に精を放つのだった。  
 
二人は身体を重ねたまま、荒い呼吸を繰り返して快楽の余韻に浸る。  
何とも言えぬ感慨が、互いの胸を占めていた。  
 
鷲塚としては未だ身の内に燻る熱を持て余しており、もっと香織の肢体を愛でたい、貪りたいというのが本音であったが、香織の心の傷と体調を慮ればどだい無理な話である。  
今この時、こうして受け容れて貰えただけでも僥倖なのだと、ともすれば再び硬さを取り戻し、香織を蹂躙しそうになる己に言い聞かせ、鷲塚は身体を起こすとおもむろに香織から肉棒を引き抜いた。  
「ふぅ…んっ……。」  
今まで内を塞いでいたものが抜かれる感触に、香織が鼻にかかった声を上げる。中に注がれた精が愛液と入り混じり、とろりと女陰から零れ落ちた。鷲塚は懐紙を取り、香織の大腿を汚す体液を綺麗に拭き清めていく。  
「大丈夫ですか?香織殿……?」  
「ん、……平気だ。」  
頷く香織の顔に汗で貼り付いた髪を掌で払ってやると、鷲塚は香織の唇に己のそれを重ねた。  
今宵何度も繰り返された口付けに、香織がたどたどしく応じる。暫し互いを味わった後に離れると、名残惜しげに銀糸が二人を繋いでいた。  
「……そういえば、一つ気付いたのだが……。」  
「?……何ですか?」  
鷲塚の背に腕を回しながら、微かに笑みを浮かべた香織が呟く。  
「あの男は……己の情欲の赴くままに私の身体を貪ったが、口付けはしなかった。だから……私の唇に初めて触れたのは、慶一郎殿なんだ。それだけの事だけれども……私は、凄く嬉しいと思っている。」  
「香織殿……!」  
「痛っ!!」  
思わず香織の身体を抱き締めた鷲塚だったが、喜びのあまり力を込めすぎたらしく、香織が小さく悲鳴を上げた。  
「す、すみません!!」  
慌てて腕を緩めて謝る鷲塚に、香織が艶やかに笑う。  
「……慶一郎殿……本当に、ありがとう。」  
先刻までの精彩を欠いた痛々しい姿はどこにも無い――だが、穢れを知らぬ頃の香織とはまた違う、どこか蠱惑的ですらある笑顔であった。  
「いいえ……斯くも懸命に受け容れてくださって……私のほうこそ、感謝せねばなりませぬ。」  
 
――全く、慶一郎殿らしいと香織は思う。  
どこまでも生真面目で誠実な、この人が傍にいてくれて良かった。  
 
そんな事を考えていた香織であったが、安堵したためかどっと疲労が押し寄せる。  
「すまない……何だか、疲れてしまったようだ……酷く、……眠い……。」  
懸命に目を瞬かせ、欠伸を噛み殺す香織の様に小さく笑うと、鷲塚はそっと胸に抱き寄せる。  
「病み上がりの身で、慣れぬ情交ともなれば当然です。……今宵はずっとこうしておりますゆえ、安心してお休み下され。」  
その気遣いに、香織も素直に甘える事にした。広い胸板に頬を摺り寄せながら、微笑を湛えて言う。  
「ああ……きっと……もう、悪しき夢は見ずに済むと思う。今、私の中は……慶一郎殿で満たされているから……。」  
余程疲れていたのだろう、香織はそのまますうっ、と目を閉じると直ぐに規則正しい寝息を立て始めた。  
 
香織が今こうして己の腕の中にある幸せを噛み締め、その穏やかな寝顔を眺めながら、鷲塚もまた眠りの淵へと引き込まれていったのだった――  
 

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