「リー!」
「菊池さん・・・?」
学校帰りに電車に乗ろうとした時、後ろから声をかけられた。
茶色の髪の彼女がこちらへ走って来た。
「みんなみたいにダッコでええよ。私やって勝手にリーって呼んどるけん」
「・・・なん?」
本当はイイ子なんだって、わかってる。
わかってる。
でも、どうしても心を開けない。
みんなみたいに、彼女と仲良くなれない。
「途中まで一緒に帰りたいなー思うて。ダメ?」
「別にええけど・・・」
「そう?よかった」
電車に乗り込むと、彼女は私の右隣に座った。
ガタンゴトン、電車は進む。
もう5分くらい無言だ。
妙に体の右側が緊張する。
ちらっと彼女を見ると、なんだか遠い目をしていた。
一緒に帰ろうと誘ってきたのは彼女なのに。
なんで私はこんなに神経を磨り減らしているのだろう。
気持ちが苛立ってきた頃、彼女が口を開いた。
「なぁ・・・やっぱりまだ嫌っとるやろ、私のこと」
私はうろたえた。
「そっ・・・そんなこと」
「ええんよ、そんなウソつかんでも。全部私が悪いけん・・・」
言葉が出て来ない。
まだ私は彼女のことを、どこかで嫌っていると思う。
悪い子じゃないとわかっているのに。
悦ねぇに背中をさすってもらっていた彼女が、本当の彼女だと知っているのに。
その顔を見る度、高校受験の時の彼女の顔が、トイレでやりあった時の彼女の顔が、街中で偶然見かけた時の彼女の顔が、浮かんでくる。
そして私はまた怯える。
その繰り返し。
「ずっと謝りたい思うとった。リーは何も悪いことしてへん。全部私が悪かったんや。ごめんな。許してほしい。そんでもっと仲良うなって、仲良うボート漕ぎたいんよ」
私はまだ首を縦に振れなかった。
「・・・なんてな!そんなの、都合良過ぎるわ。私はリーにあれだけ酷い事したけん、今更仲良うなんて・・・虫が良過ぎるにも程がある・・・」
やっぱり私は何も言えなくて。
そんな自分がつくづく嫌になる。
「私のことは嫌うててもええ。顔も見たくない言うんなら、リーの目に入らんとこにおる。でも、ボートだけは、ボート乗っとる間だけは、私のことクルーだと認めてほしいんよ。やりたいんよ、ボート・・・」
「うん・・・」
そう返事を返すので精一杯だった。
彼女はそれを聞くとニコッと微笑んだ。
「あっ、私、駅ここやけん、また明日な!」
そう言うと彼女は電車を降りていった。
結局私はほとんど言葉を発しなかった。
彼女の思いを聞いただけだった。
隣にはもう誰もいないはずなのに、まだ体の右側が緊張していた。
「キャッチ、ロー!」
ヒメの声が響く。
2番に彼女が乗るようになって、速く進むようになった気がする。
私たちのボートはぐんぐん加速していく。
背に受ける風が気持ちいい。
飛んでくる水飛沫も、きらきら光る水面も。
あの時、悦ねぇの言葉にふるふるしたのは間違いじゃなかった。
目の前の背中が急に大きく見えた。
みんなそれぞれにふるふるして、このボートに乗っている。
そう考えた瞬間、背中が緊張した。
彼女も、悦ねぇの言葉にふるふるしたのだろうか。
「イージーオール!」
考え事をしながらボートを漕いでいたら、いつの間にか練習は終わってしまった。
「なぁ、なんか食べてこ?」
「行く!」
「何食べんの?なぁ、何食べんの?」
練習が終わって、着替えている時にそう悦ねぇが言い出した。
何を食べて帰る気なのか。少しお腹の空いた私は、体がうずうずした。
「私用事あるけん、パス!」
「え・・・ダッコまた来れんの?」
「うん、ゴメンなぁ。4人で行ってきぃ」
まただ。
彼女は、決してこういった話に乗らない。
そしてそれが私に気を使ってだということを、みんな知っている。
私だって気付いている。
なんだかみんなに、そして何よりも彼女自身に申し訳なくて、とうとう私はやりきれなくなった。
「あ・・・私も今日は行けん・・・三人で行ってきぃ」
「えー、リーもなのー」
用事なんてない。ただ、行きづらかった。
みんなに嫌なヤツと思われるのが怖かった。
彼女をのけ者にして、自分だけ楽しむなんて、もう耐えられなかった。
「うん、ごめんなぁー。ばいばい」
そう言って歩き出したとき、彼女が哀れみの視線を向けてきているのが見えた。
私の選択が間違っている。
そう言いたそうな彼女の目に、私は少しいらついた。