「なぁ、もうすぐバレンタインやろ?チョコとか、クッキーとか、作って交換しあいっこせぇへん?」
筋トレも終わって、着替えの時に急に悦ねぇがそう言い出した。
「友チョコ?そんなことしてむなしくない?」
私はそう思った。心から。中学生じゃあるまいし、友チョコだなんて。
だけどみんなは違うみたいで。
「する!私みんなのチョコ食べたい!」
「ええなぁ、それ。面白そうやん」
「・・・別にええけど」
ヒメ、イモッチ、リー、みんな乗り気だった。
「むなしいってなんでよダッコー」
ぶーたれる悦ねぇ。
「当たり前やろ?好いとるヤツにチョコ渡してこそのバレンタイン!友チョコなんて子どものすることよ?」
「えー・・・ダッコせぇへんのー・・・」
しょんぼりする悦ねぇ。他のみんなの視線が突き刺さる。心が痛い。
「・・・したってもいいよ」
思わずそう言ってしまった。
「ほんとっ?」
「条件つきや。みんなちゃんと本命あげるんなら私も作ったる」
「ほっ本命って」
「悦ねぇは中田三郎やろ?」
「えっいや」
「ヒメは安田部長」
「・・・」
「リーは・・・誰や、関野ブーか」
「なっなんで関野くんがっっ」
「イモッチ、好きな人おる?」
「んー、5組の」
「おるならええわ」
「最後まで聞いてや!」
みんなの顔が真っ赤になった。イモッチを除いて。
「とにかく、その人らにちゃんとあげるんなら私も参加したるわ」
「ダッコは誰に本命あげるん?ダッコだけあげないのはおかしいやろ?」
「内緒」
教えない。
「えー・・・」
「ちゃんと渡すから、本命。成功したら教えたる。そんでやる?やらへん?」
「うー・・・」
やらないだろうな。そう思ってた。そのために本命を渡せなんて言ったのだから。
私も本命なんて渡せるわけない。
「やる」
「悦ねぇ、やるん!?」
「じゃあ私もやろかな・・・」
ヒメまで。
「私は最初から渡す気やったから」
イモッチはなんとなくそんな気がしてた。
「リーは?やらへんやろ?」
「みんながやるなら・・・」
やることになってしまった。
少し、後悔した。
「それじゃ14日な!楽しみにしとるけん!」
笑顔の悦ねぇ。頭が痛くなってきた。
自分の浅はかな考えに少しいらついた。
「なぁ、ダッコ」
帰り道、悦ねぇがひそひそ声で話しかけてきた。
「なんやの?」
「一緒に作らへん?私、上手に作れん」
「ええの?楽しみ少し減ってしまうよ?」
「家で作るとお父さんがうるさいけん。ダッコの家で一緒に作ろ?な?」
「ええけど・・・」
「やった。13日、学校終わってからでええ?」
「うん」
なぜか、そういうことになった。
12日に材料を買い、次の日に備えた。
「おじゃましまーす」
悦ねぇがうちにきた。手に大荷物を持って。
「悦ねぇは何作るん?」
「クッキーにしよう思うて。ダッコは?」
「ガトーショコラ」
「なんかすごそうやなぁ」
「簡単やって」
スーパーの袋を開け、中身を広げる。お菓子作りなんて久しぶりだ。
「ふるいとかボールとか、どこにある?」
「ちょっと待って、今出したるわ」
お菓子作りの道具なんてしばらく出していない。
どこにあったか探すのに少し手間取った。
「よし、作ろ!」
満面の笑みの悦ねぇは粉をふるいにかけ始めた。
私も、作り始めた。
「なんでダッコのが先にできるんよー」
テーブルの上にはガトーショコラが2つ。
悦ねぇはまだ種を型抜きしている。
「悦ねぇの手際が悪いからや」
不器用な悦ねぇ。悦ねぇらしい。
「うー・・・」
そんな悦ねぇをよそにガトーショコラの1つを切り分けた。
「ちょっとラッピングとってくるけん」
そういって台所を後にした。
部屋に戻り、可愛らしい包み紙を出す。
中学のときの残り。
ついでにリボンも適当につかむと、キッチンへと戻った。
「悦ねぇは包むもんもってき・・・た?」
悦ねぇの口の周りにチョコ。
どうやら私のをつまみ食いしたらしい。
慌てる悦ねぇ。
「えっああ!持ってきたよ!」
「そか」
そう言うと私は悦ねぇの顔に手を添えた。
「チョコついとるよ」
―ねぇ、悦ねぇ―
顔を近付ける。
―私が好きなの、悦ねぇなんよ―
「つまみ食いしたんか?」
―大好きなんよ―
私は悦ねぇの口の端に付いてたチョコを舐め取った。
少し苦い、ビターチョコの味が口に広がった。
「な・・・ダッコ!びっくりしたやない!」
顔を赤く染める悦ねぇ。
「んー、まあまあおいしくできたな」
私の気持ちは、心の奥に秘めたまま。決して悟られることのないように、隠したまま。
「ダッコー・・・」
「早く作ってしまい。帰りが遅くなってしまうよ」
「・・・うん」
そう言うと悦ねぇは再び手を動かし始めた。
私も、切り分けた少し苦いガトーショコラを包み始めた。
悦ねぇは中田三郎が好きなのは、よく知ってる。
悦ねぇの視線の先にはいつもあいつがいる。
私は、女の私は、中田三郎の代わりになんてなれない。
どうしようもなく辛かったけれど、慣れたのか、以前ほど辛くはない。
だけど、悦ねぇを想う気持ちは消えずに私の中に残ったままだった。
「できたぁー!」
悦ねぇもクッキーを袋に入れて、完成させた。
「数足りるかなぁ・・・」
香ばしい匂いが漂う。
「悦ねぇ、もう8時よ。帰らな」
「うそっもうそんな時間!?」
悦ねぇはカバンにクッキーを詰め込むと、ボウルやら何やらを片付けようとした。
「ええよ、あと私やっとくけん」
「ごめんね」
悦ねぇはコートを着て帰りの準備をしている。
私はホールのガトーショコラの入った箱を手に取った。きれいにラッピングもしてある。
「悦ねぇ、これあげる。家で食べぇ」
「えっこれダッコの本命用じゃ・・・」
「さっき電話したらな、彼女おるらしいわ。気持ち伝える前にフラれてしもうた」
ウソ。
「ええの?」
「うん。食べて」
半ば強引に受けとらせると、玄関まで見送りにでた。
「明日、渡せるといいな」
「うん・・・がんばる」
精一杯の笑顔を作る。
私は友達でいることしかできないから。
「それじゃあ今日はありがとな。また明日!」
「ばいばい」
とっくに消えたはずのチョコの味が、再び口の中に広がった気がした。