「なぁ、喉乾かへん?ジュース買ってこよか?」  
悦ねぇが笑顔で言う。  
「だーめ。どうせ勉強嫌になったんやろ」  
今日は悦ねぇの家でみんなで勉強会。勉強会といっても、ほとんど悦ねぇへの家庭教師みたいなものだけれど。赤点をとって、部活禁止令なんてたまったものじゃない。  
「えー・・・ちょっと休憩しよう・・・」  
お願いっと必死に頼み込んでくる。悦ねぇのための勉強会なのに。  
「リー、私も少しお腹空いたわ。買い出し行ったらかん?」  
イモッチまで。ダイエットしてるんじゃなかったのか。  
「私チョコ食べたい・・・」  
そうヒメがこぼす。  
「そうやって自分を甘やか」  
キュルンと、私のお腹がなった。  
みんながにたーっとした笑いを浮かべてこっちを見てくる。  
「わかった。買い出し行ってきてもええよ・・・」  
「やったぁ!!」  
20分で帰ってくるように念押しして、悦ねぇとイモッチを送り出した。  
ヒメはやがてやってくるチョコを楽しみににこにこしている。  
「ヒメ、そんなにチョコ好きなんか」  
ノートを閉じて、ベッドにもたれかかる。  
「うんっ。はよ悦ねぇたち帰ってこんかなぁ」  
私もアロエヨーグルトが待ち遠しかった。  
 
「なぁ、ダッコはなんもいらんかったんかなぁ?」  
ダッコ。振り向くと、まだベッドでスースー寝息を立てて寝ていた。ここに来てからずっとだ。  
「悦ねぇたちのことだから、なんか買ってくるんやない?」  
ぶっきらぼうにそう言った。  
正直言うと、今のダッコに私はむかついている。勉強もせずに、眠いから寝るなんて。  
これで私より頭がいいなんて。神様は本当に不公平だ。  
なんとなく苛立ってきた。  
「ダッコー、起きぃ。いつまで寝とるつもりなん」  
「リー、寝かしといたりゃあよ」  
「ダッコー」  
私はヒメの言葉も聞かずにダッコを起こそうとした。  
「んっ・・・」  
ダッコがもぞっと動いた。  
「やっと起きたか・・・ってきゃっ」  
腕を引っ張られ、ダッコの上にのしかかる形になってしまった。  
「悦ねぇ・・・」  
寝ぼけ眼のダッコはそう言うと、私の頭をぐいっと引き寄せた。  
唇に、柔らかい感触。  
頭が真っ白になった。  
ダッコの手が、太股を這っている。  
状況が飲み込めない。  
手がスカートの中に入り込んできたとき、ようやく今の事態を理解した。  
「ちょっダッコ!何するんよ!!」  
手を引きはがし、頬をパンっとはたいた。  
「痛っ・・・」  
ダッコはむくりと起き上がった。  
キスしよった・・・  
 
私は唇を手でごしごし擦った。  
「痛いやないの・・・」  
目をこするダッコ。  
「何しよるん!ダッコのアホ!!」  
「アホって、私何かしたんか?」  
目を丸くしていたヒメに聞く。何も覚えてないのか。  
「えっとダッコがリーに・・・キス・・・したんよ」  
顔を赤くするヒメ。私の顔も赤くなっていくのがわかった。  
「私リーにキスしてしもうたの?」  
平然と答えるダッコに、体が熱くなった。  
「しよった!どうしてくれるん私のファーストキス!!」  
「ごめんなぁ」  
「ごめんで済まん!!」  
むかつく。むかつく。  
ダッコなんて大嫌い。  
目頭が熱くなって、涙が出てきた。  
「ただいまー。買ってきたよー」  
悦ねぇたちが帰ってきた。  
「ちょっ・・・リー、なんで泣いとるん?どっか痛いんか?」  
私は、声が出なかった。  
「えとな、悦ねぇ、ちょっとダッコがな・・・」  
私はダッコを睨み付けた。  
「ダッコ、リーいじめたんか」  
悦ねぇが低い声でそう言った。  
「いじめてへん!ただ・・・」  
ダッコはその先を言おうとしない。さっきはあんなにさらっと言ったのに。  
「ただ、何よ?」  
やっぱりダッコはどもるだけ。  
「ダッコがね、寝ぼけてリーにね・・・んと、キスしてしもうたんよ」  
ヒメが代りに言った。  
「ダッコ、キス・・・したんか?」  
悦ねぇの大きな目がさらに大きくなった。  
ダッコは何故か慌てふためいている。  
何かおかしい。  
「あのな、寝ぼけてたんよ!まさかリーだとは」  
「でも、したんやろ?リーにしたんやろ?」  
「うん、してしもうたみたいや・・・」  
悦ねぇの目から大きな涙の粒が零れた。  
「・・・ダッコのばか!もうダッコなんか知らん。だいきらいや!」  
悦ねぇは外へ飛び出していった。  
みんな唖然としている。  
なんであんなに悦ねぇは怒っているのか。された本人の私以上に。  
「悦ねぇ!」  
ダッコも後を追いかけていった。  
残された私たちはただ二人の出て行ったドアを見つめていた。  
 
「なぁ・・・あの二人、なんかあったんか?」  
こんがらがった頭の中から最初に言葉を引っ張り出したのはヒメだった。  
確かに、おかしい。  
私がされたのに、悦ねぇは怒って泣いたし  
ダッコは悦ねぇに知られたくなかったみたいだし  
何より、ダッコはキスする前に確かに言った  
「悦ねぇ」と。  
これじゃまるで・・・  
「あの二人、付きあっとるらしいわ」  
イモッチがそう言った。  
聞き間違いかと思った。  
「は?嘘やろ?」  
「本当よ。私前聞いたもん」  
付キ合ッテル?  
女同士ナノニ?  
私は目を見開いてイモッチに詰め寄った。  
「だってダッコも悦ねぇも女の子よ?女の子同士で付き合ってるって・・・嘘やろ?イモッチ、私らをからかったらあかんよ?」  
ヒメは顔赤くしてうつむいていた。  
「からかってない。本当よ。なんや、ヒメには刺激が強すぎるし、リーは絶対理解してくれへんだろうから黙ってたんやと」  
友達だと思っていた。仲間だと思っていた。  
その中で違うカタチをした愛が生まれていたのか?  
理解は、できない。  
だけど、理解できないだろうからって言ってくれなかったことが哀しかった。  
私たちは仲間なのに。  
「じゃあ・・・なんでイモッチには言ったん?」  
「黙ってるのも辛いんよ。認めてもらえないのは、ものすごく辛いことなんよ」  
ワカラナイ  
「でもっ・・・でも・・・」  
「リー、そんなに女同士で付き合っとるんがおかしいか?」  
淡々と事情を説明していたイモッチの顔が急に真剣になった。  
一瞬、鳥肌がたった。  
「なぁ、おかしいことか?女は女を愛しちゃいけんのか?」  
私は何も言えなかった。  
本気で恋をしたことなんてない。  
私は何も知らないのに、常識という枠組みで二人を見ている。  
「なぁリー、答ええや。リーは女同士で付き合っとるんはおかしいと思っとるんか?悦ねぇとダッコが好きあっとるんはニセモノだっていうんか?」  
答えが、でない。  
その場から逃げ出したくなる空気の中、ヒメが口を開いた。  
「私ね、ちょっとだけわかるよ、悦ねぇたちの気持ち」  
うつむいたまま話すヒメ。  
「まずな、好きってなった人たちをな、ふるいにかけるん。性別とか、立場とか、そういう社会的なふるいにかけるんよ。それでも残った人の中から私たちは愛する人を選んどるんだと思う」  
ふるい。  
私のふるいの目は細かすぎるのだろうか。  
「悦ねぇたちは、そういうふるいをかいくぐって好きあったんや。よう考えたら、そんなふるいは利己主義すぎるわ。私はそういうの、好かん」  
イモッチもヒメも、理解できている。  
それでもやっぱり私はおかしいと思う。  
女同士で、そこから何が生み出されるのだろう。  
新しい命も生まれないし、今の日本では家庭にもならない。  
どうしてそんなにまでして人を好きになるんだろう。  
ワカラナイ  
ファーストキスを奪われたことも忘れて、私は考え続けていた。  
 
おしまいw  
 

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