――さて、どうしよか  
練習が終わった夕方。いつも家へ帰る気はしないけれど、今日は一段と帰りたくなかった。  
制服に着替えて、浜に出る。砂が入るから靴と靴下は脱いで。  
座り込み、ただボーっとしていた。キラキラ光る水面を見ていた。  
頭の中浮かぶのは、悦ねぇのこと。  
――なんで私、女に生まれてきてしまったんかなぁ  
所詮自分は女で。友達にしかなれなくて。  
そんな自分がくやしくて。  
好きや好きや言うても、私も好きよ!と返されるだけで。  
そんな意味で言ってるんじゃないのに。  
わかってる。悦ねぇが誰を好きかくらい、わかってる。  
どれだけそうしていただろう。気づくと、夕日が海に沈もうとしていた。  
「菊池ぃ!何しとるんー」  
後ろから名を呼ばれる。振り向くと、三郎がいた。  
「なんや・・・中田三郎か。別になんも」  
「黄昏とったんか」  
勝手に隣へ座り込んできた。別に拒否する理由もないので、放っておく。  
「そう思うんならそうやないの」  
口から出てくる言葉は、思いやりもない言葉ばかり。今は気を使うこともできない。  
「なんや、後姿が哀愁を帯びとるけん、気になったんよ」  
――アイシュウ?  
「俺でよかったらなんでも聞くぞ?」  
――何言うとるん  
そう思ったけれど、今日の口は軽くて。  
胸の内を、誰かに聞いて欲しいのか、言葉が勝手に出てきた。  
「あんた、好きな人おるん?」  
「んー、おるっちゃあおる」  
「私もおるんよ、好きな人」  
何故こんなことを話しているのかわからない。  
「けどな、ダメなんよ。あの子の中には別の人がおる」  
「あの子って・・・菊池の好きな人って誰やの?」  
「・・・悦ねぇ」  
そう口に出したとき、三郎の顔が一瞬固まったのが見えた。  
――ほらな、やっぱりそれが普通の反応や  
少し、無言の時が続く。  
 
――なんか言ってや  
それでも三郎は何も言わない。  
――なんでもええから  
そう思ったとき、三郎の声が聞こえた。  
「そっかぁ・・・色々大変やな、菊池も」  
「そっかぁって・・・もっと、こう、驚いたりとかしないん?」  
なんだか少し拍子抜けした。  
「なぁ、俺の好きなやつ、知っとるか?」  
「知らん」  
「・・・セッキーや」  
思わず目を見開いて三郎を凝視した。  
「だから菊池の気持ちはようわかるわ」  
似ていた。自分は三郎とよく似ていた。  
先ほどまで止まっていた思考回路が、急に働き出した。  
「あんたは、あんたは関野のこと好きで、辛くないん?」  
「辛いなぁ。でも慣れたわ」  
そう言って笑う三郎は、どれだけ辛かったのだろう。自分と同じくらい、それ以上に、苦しかったのではないか。  
波の音だけが、規則的に響いていた。  
「菊池はなんで篠村が好きなん?」  
――なんで私は悦ねぇが好きなん?  
理由が、見つからない。  
「わからん・・・けど、悦ねぇがいちばん好きや。大好きや。あの子は私の特別や。だからずっと悦ねぇのそばにおる」  
急に、悦子が愛しくなった。  
逢いたい 声が聞きたい 触れたい 感じたい  
――さっきバイバイしたばっかやのに  
「別にええんちゃう?好きなら好きで」  
「・・・そやかて、悦ねぇが好きなのは関野や。あんたもわかっとるやろ。私は所詮『ともだち』にしかなれん。決していちばんにはなれん。女の私には、何もできん・・・」  
涙は出てこなかった。ただ絶望だけがそこにあった。  
一緒に過ごしていれば、嫌でもわかる。  
どれだけ二人が好き合っているのかなんて。  
本人達は気づいていないかもしれないけれど、自分には、痛いほど伝わってくる。  
涙は、出ない。  
 
背後に、声が聞こえてきた。  
――悦ねぇっ!  
振り向こうとしたけれど、できなかった。  
――関野と一緒なんか  
二人で、ギャーギャー喚いているのが聞こえる。  
胸が、締め付けられる。  
「・・・関野よ?行かんの?」  
三郎の方を見つめる。  
顔を上げた三郎の目は、哀しそうだった。  
「行けるわけないやろが・・・菊池こそ、篠村やぞ」  
「行けるわけ、ない・・・」  
振り向くこともできない。  
醜い嫉妬が生まれるに決まっている。  
「あいつら、喧嘩しとんのか」  
口論が聞こえる。  
――私なら、絶対喧嘩なんかせん  
気づくと現れている対抗心。つくづく嫌になる。  
「喧嘩しとると思うと、なんやつらいなぁ・・・なぁ菊池?」  
つらい。  
喧嘩なんてしないで。  
希望が生まれてしまうから。  
諦めきれないから。  
「喧嘩、やめさすか?」  
そういう三郎の目は、まだ哀しそうで。  
「どうやって?」  
自分の目は、どんな目をしているのだろう。  
三郎のように、哀しそうな目をしているのだろうか。  
「菊池、俺にキスされるの嫌か?」  
――キス?  
「・・・別に。キスくらい気にせんよ」  
三郎の顔を見る。顔が、近づいてくる。  
唇が、重なった。  
口論が、聞こえなくなった。  
波の音だけが響いていた。  
――私は何をしてるんや  
砂浜に押し倒される。ざらっとしていて、少し痛い。  
三郎の手が腕を這い、自分の手を握り締めてきた。  
唇は冷たいのに、手だけは暖かかった。  
 
何秒そうしていたのだろう。  
三郎が唇を離した。それでも手は握ったまま。  
「なんでキスしたん?」  
素朴な疑問だった。  
夕日を背負った三郎は笑って言った。  
「ドラマとか映画とかでラブシーンがあると、そういう気分にならんか?セッキーたちがそういう気分になるといいなぁ思った」  
笑っているのに、目の奥は哀しそうだった。  
首を伸ばし、声が聞こえていた方向を見る。  
そこに悦子たちの姿はもうなかった。  
「ばかやないの・・・」  
涙が、溢れてきた。  
今まで涙なんて流れることがなかった。  
希望なんて、捨てていたのに。  
諦めるしかないと、わかっているのに。  
「ああ、俺はばかや。でもそういう菊池も、十分ばかやぞ・・・身を引こうとしとるんやろ。でも、篠村が大好きでどうしようもない・・・」  
頬に、水が落ちてきた。  
三郎の目にも、涙が浮かんでいた。  
「ばかやな・・・私ら」  
愛しているのに。  
他人の恋を応援して。  
「大ばかや・・・」  
実らぬ恋と知っていて。  
 
道なき恋から、抜け出せないでいる  
 

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